5-1 新たな部署を創設するほど拡大しているようです
急速な拡大は、組織を崩壊させる。
仕事に慣れてない人間を入れる事で、どうしても問題が発生する。
それが無用なしくじりを発声させ、しくじりが無駄につながる。
無駄は作業量の増大となってあらわれ、負担を増大させる。
そして、次の作業に取りかかるのを遅らせ、やらねばならない事を先送りにしてしまう。
<秘密帝国ザルダート>は、今そんな状況におかれていた。
「いや、人が増えたのはいいけど」
頂点に立つ総統閣下は、押し寄せる作業結果の山におされていた。
まだ各部署がしっかりと機能してないので、最終的な決断を総統閣下が行ってる状態だ。
もとりん悪魔参謀長も地獄将軍も担当部署ではしっかりと仕事をこなしてくれている。
だが、それ以外の、新設されたり増加した部署ではまだそれらが出来てない。
業務になれてないためにどうしても作業が滞る。
人手が足りなくて求めていたが、その人手が今は重荷になっていた。
彼らが戦力としてしっかり働けるようになれば解消される問題だ。
それがいつになるのか目処がつかないのが辛いところである。
「これで定年退職した人たちが来てくれてなかったらどうなっていたやら」
悪魔参謀長の言葉に総統閣下も頷くしかない。
「経験者は本当にありがたいな」
「ええ。おかげで仕事のやり方を教えなくてすむ。
それどころか、新人達に仕事を教えてもらっていますしね」
「まあ、各自やり方が違うようだから、すり合わせていかなくちゃならないが」
「それだけは他人に任せられないですからなあ」
経験者を使う上での問題である。
今まで別々の場所で、違った仕事をしていた者達がほとんどだ。
単純に事務作業と言っても、内容はそれぞれ違う。
書類の書き方から、善し悪し、良否の選定基準まで各自で違いがある。
その違いに対して判断基準を設けるのは、どうしても総統閣下の役目となっていた。
「いや、面倒だな」
会社でこういった場面に何度か直面した事はある。
しかし今回のように常にそれが求められるというの初めてだった。
どうでもいいと思えるような細かい事から、組織の今後を左右しかねないものまで。
様々な判断と決断のやり方を総統閣下が決定していかねばならない。
事あるごとに悪魔参謀長や地獄将軍に、そして経験のある定年退職組の者達などから意見を聞いたりしていた。
それでも、果たしてこの基準で正しいのかどうかと悩み続ける事もしばしばだった。
一度決めてしまえば、すぐに変えるのも難しい。
出来ないというわけではない。
決まったことが常に変更されてしまっていては、いつ、どこでの変更が正式なものなのか分からなくなってしまう。
また、連絡の徹底がなされてなければ、それまでのやり方と変更後のやり方を混同する事にもなる。
可能ならば、一度決めたことは変えない、変えずに済むやり方を用いるのが理想だった。
そんな事、絶対に不可能と言っても良いのだが。
総統閣下の悩みと苦悩はそこにあった。
「これなら……」
同じ部屋に悪魔参謀長や何人かの結社員がいる。
だが、その誰にでもなくぼやいた。
「……誰かの下で仕事してた方がマシだな」
職場では上からの指示に頭を抱える事ばかりだ。
それでも、上に立って全体を指揮していくといのに比べれば、責任は軽い。
その軽さが今はありがたいと思えた。
ぼやいていても仕方がないので仕事を進めていく。
新たに新設された部署の事もある。
今まで悪魔参謀長が行っていた、組織内部の統制や指示。
それを専門とする部署を発足させた。
そうしないと、悪魔参謀長が戦略・作戦の策定に動けなくなってきている。
新たな部署として設置されたのは、会社で言うところの総務や経理など事務関係である。
必要になる物資の管理や、各員の状態などの管理を行う事になる。
人員が増えた事でどうしても必要になってきた部分である。
これには、定年退職組の中で<秘密帝国ザルダート>の事を打ち明けられる人物をあてた。
彼も秘密結社、それも悪の組織に興味を抱く者だった。
それもあって、新しい部署の運営をゆだねようという事になった。
あわせて、新たな部署を率いる幹部として新しい役職も作られた。
────奈落長官
それが、悪の秘密結社<秘密帝国ザルダート>の内政を司る幹部の名前である
その奈落長官を交えて、組織運営についての幹部会議が開かれる。
「まあ、とにかく何もかも足りないね」
至極あっさりと現状を言い表した奈落長官に、総統閣下も悪魔参謀長も地獄将軍もため息を吐くしかなかった。
「やっぱりそうか」
「ええ。嘘を吐いてもしょうがないですし」
その言葉に、悪魔参謀長と地獄将軍もぼやくしかない。
「分かってたとはいえ、きついですね」
「楽できると思ったのになあ」
本音である。
「まあ、そのうち楽になりますよ。
今がそうじゃないだけで」
「だといいけど」
とてもそうは思えない総統閣下は先行きに明るい所を見つけられなかった。
「で、作業自体はどうなってる?」
「発注に受け取りは今のところ順調です。
借りてる倉庫などに確かに届いてます。
ただ、倉庫の中の整理が追いついてません」
近所の農家などで、使ってない物置などを借りる事ができたので、当面そこを物資置き場にする事にしていた。
「もちろん、一時しのぎでしかないので、早いところ専用の施設を用意しないと」
「そんなにか?」
「こちらだけの問題ではありません。
派遣の方もあるので」
派遣とは、表側の顔である派遣会社の事である。
そちらの事は、単に「派遣」と呼んでいた。
ちなみに<秘密帝国ザルダート>の事は「本社」「本部」などと呼んでいる。
下手に「秘密結社」や「結社」などと呼び続けていたら、どこで漏れるか分かったものではない。
それを警戒しての事であった。
結社員達には、「秘密があるみたいで格好いい」と割と評判がよい。
その本社である<秘密帝国ザルダート>の幹部達は、表の派遣業に対しても最終的な決定権を持っている。
基本、運営に関する全ては派遣の方に全てを任せている。
それでも何をしたかの報告や、決定された事などは全て総統閣下へと送られる。
組織としてどうしても必要な事であり、こればかりは避ける事ができなかった。
それでも、基本的には別の組織であり、直接運営に携わる事はない。
親会社と子会社の関係に近いかもしれない。
理由として、関係が密接だと秘密の保持が難しくなると考えられた事がある。
運営する手間もあり、派遣と秘密結社の両方を同時進行で治めるなど不可能とも思われた。
だからこの二つを分けて運営する事とした。
ただ、用いる施設などには共通の部分も出てくる。
備品や消耗品を納入する倉庫もその一つである。
奈落長官の言う「こちらだけの問題ではない」にはそれがあった。
この先、様々な物が必要になるだろう。
そのとき、悪の秘密結社として注文をするのは難しい。
表の業務である派遣にかこつけてそれらをやってしまおうと言う意見が出ていた。
だからこそ、施設はなるべく共用しておきたかった。
いつまでも、ご近所の農家などを頼ってるわけにもいかない。
「今のままだと、すぐに倉庫もいっぱいになるし。
町まで遠いのも問題だ」
「なるべく良いところが見つかればいいんだが」
総統閣下も問題は分かっている。
分かっているが今すぐどうにか出来るものではない。
だからそれらは後回しにせざるえなかった。
「まさか倉庫を建てるわけにもいかないし」
「ですな」
財務を一手に引き受けてる奈落長官もそれは分かっている。
「もしそうするにしても、あと半年一年は先です」
「それまでは、だましだまし何とかしてくしかないな」
山積みの問題を前にして、総統閣下はため息を吐く。
「でも、こうして状況がはっきりと分かるってのはありがたい」
救いのない状況の中、総統閣下はあらたに専門部門を作った意義を感じていた。
これらがはっきりと分かっただけでもありがたかった。
以前ならこういった問題すら浮かび上がってこなかっただろう。
ほんの少しだが、組織化の効果があらわれてるように思えた。