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4-1 どうも面倒な騒動に巻き込まれてしまいました

「さて、がんばるとするか」

 総統閣下の言葉に、<秘密帝国ザルダート>の構成員一同が「はーい」と返事をする。

 週末が迫る金曜日、彼らは駅前までやってきていた。

 人口八万人ほどの、そこそこ大きな市町村である彼らの地元は、現在地域興しの催しの準備に取りかかっていた。

 <秘密帝国ザルダート>の面々もその手伝いに赴いて来ていた。

 ご町内の八百屋さんから声をかけられたのがきっかけである。

 人手が足りないのでどうにかならないかと。

 不良退治で更に株をあげた彼らに、最近八百屋さんをはじめとするご町内の方々はやたらとお付き合いを緊密化させてくる。

 彼らだけでなく、ご町内の近隣地域のほとんどがそんな調子だった。

 近隣の情報が手に入るのはありがたいのだが、悪の秘密結社としてこれでいいのだろうかと悩む事も多い。

 とはいえ、人間関係を良好に保っておくにこしたことはない。

 各自の仕事の手が空いたときにという事で、金曜日の午後に時間を作ってやってきていた。

 <秘密帝国ザルダート>構成員のうち、大半が何らかの仕事に就いている。

 なので、勤め先に休暇を申請せねばならない。

 同じ市内、あるいは近隣地域で働いてる者がほとんどなので、「それなら」と全員が認められたが。

「じゃあ、がんばるとするか」

 先頭に立つ総統閣下は、催しの準備会へと向かっていく。

 何をするにしても、説明を受けなければはじまらない。

 その後ろをついていく一同と共に、どうにも長閑な作業に従事しようとしていた。

 <秘密帝国ザルダート>における問題も解決しないままに。



 どうしても足りない人手の補充。

 その方策が全くたたないまま、いたずらに時間が過ぎていた。

 もとより悪の秘密結社などという、趣味の集いでしかありえないような組織である。

 そんなものにどうやって人を誘えばいいのか、誰も思いつく事ができなかった。

 これが本当に趣味の集まりならば、遊びのノリで募集でもかければよいのだろうが。

 総統閣下達は本気で悪の秘密結社を結成していた。

 遊びや悪ふざけで人を入れるわけにはいかない。

 やる気のある人間を招かねばどうにもならないのだ。

 だからこそ悩んでしまっていた。

 世界征服を本気で狙い始めた集団に、どうやって人を勧誘すればよいのか?

 ヤクザやテロリスト、あやしげな宗教に誘う方がまだやりやすいかもしれない。

 そんなわけで、この件については完全に手詰まりになってしまっていた。

 手伝いに来てるのは、そんな行き詰まった空気を少しは忘れるため、という意味もある。



 ただ、彼らは彼らの存在意義を決して忘れてない。

「お、来てくれたな」

 顔なじみとなった八百屋の老経営者が笑顔で近づいてくる。

「いつも通りの格好なんだなあ」

「ええまあ」

 おもしろそうに「わははは」と笑う八百屋さんに一同は苦笑するしかない。

 そう、<秘密帝国ザルダート>の面々は、彼らの制服である格好に扮していた。

 総統閣下に悪魔参謀長、地獄将軍に怪人ゴリラ男。そして戦闘員達。

 彼らはいつも通り悪の秘密結社としての姿で手伝いにきていた。

「ま、一目で分かるから便利だけどな」

「そう言ってもらえると助かります」

 さすがにこの格好で外をあるくのは恥ずかしいものがあった。

 幸いなのは、全員顔を隠すような衣装であった事だろう。

 これが剥き出しだったら、おそらく普段着でやってきていたはずだ。

 彼らには悪の秘密結社の一員としての顔よりも、まだ世間で働く一般人としての比重が大きい。

 もう少し組織が軌道に乗るまでは、表の顔も必要である。

 社会人としての顔を守るために、見た目は誤魔化さないといけない。

 周りの者達に「何あれ」「コスプレってやつか?」などと言われてるが、そんな恥などかまってる場合ではない。

(これは周りに我々を示す機会だ)

 そうも思って自分を奮い立たせる。

 今日はまだ始まったばかりで、やらねばならない仕事は多い。

 ここでくじけてる場合ではなかった。



 作業自体は単純なもので、テントをはったり、テーブルなどを運んだりといったものだった。

 それでも、駅前の広々とした場所に設置するとなると手間が膨大になる。

 金曜日とはいえ平日となると、集められる人数も限られる。

 時間の経過と共に人手は手伝いは増えていくが、それでもなかなか作業は進まない。

 そんな状況なので<秘密帝国ザルダート>の面々は非情にありがたがられた。

 奇抜な格好も気にならないほどに。

 人間、友好的で利益をもたらしてくれる存在には寛大になれるもの。

 予定より準備が早く進んでいる事もあって、周囲の者達は<秘密帝国ザルダート>を受け入れはじめていた。

「いやー、よく働いてくれるねえ」

「うちのもあれだけがんばってくれりゃあなあ」

「まあ、ちょっと変わった格好してるけどなあ」

「働き者なのが大事よねえ」

 ご近所のおっちゃん・おばちゃん達はそんな事をあちこちで言っていた。

 目立つ格好をしてるのもあって、話題の提供に事欠かない。

 組織としての目的と方向性からすると正反対の評価であったが。

 働いてる最中の本人達も、総統閣下率いる<秘密帝国ザルダート>の正体も知らない周囲の者達は、そんな事気にする事もなかった。



 そんな長閑な準備も、おやつの時間を過ぎて夕方にさしかかろうとしていた。

 この時間になると、仕事が一区切りついたり、学校が終わった学生なども集まりはじめる。

 準備は一気に進み、終わりも見えてきた。

 ただ、増えてきた人間にはろくでもないのも混じっている。

「なんだあれ」

 準備に忙しかった総統閣下は、それを見て怪訝な顔をした。

 すぐ近くにいたご町内の顔見知りが、「ああ、あいつらか」と顔をしかめる。

「知ってるんですか?」

「いやね、どうしようもないロクデナシって奴ですよ。

 この前皆さんがやっつけてくれたような」

「あれって、まだ残ってたんですか」

「うちの近所の連中は片付いたんだけどねえ。

 町の中心あたりにゃ、もっと質の悪いのがいるんだよ」

 困ったもんだと呟きながら、顔見知りはぼやく。

 その言葉通り、ロクデナシと呼ばれた連中は、手伝うでもなく一カ所にかたまり、仲間通しでペチャクチャと何かしゃべっていた。

 賑やかなところに集まってきただけなのだろう、他に何かするという事もない。

 邪魔にならない片隅でたむろしてるならまだかわいげがあったのだが。

 ちょうどテントなどを設置しなければならない場所に集まっている。

 見てる総統閣下も、さてどうしたもんかと思ってしまった。

「ま、とりあえず他の場所の準備を進めましょう。

 あそこは後回しにしてもいいですし」

「そんだな。にしても、来てるなら手伝えばいいのによお……」

 憤懣やるかたないといった調子の顔なじみの言葉に、総統閣下も「そうですね」と同意した。

 それでも、当面邪魔にならないなら放置しておくか、と思っていた。

 すぐにそうもいかなくなったが。



「ん?」

 なにやら騒々しい。

 気づいた総統閣下はそっちに赴いて、すぐに顔をしかめた。

「あの、私用があるので……」

 と困ってる女の子に、

「ええ、いいじゃん」

「そうそう」

「大丈夫大丈夫って」

と先ほどのロクデナシ達が絡んでいる。

 女の子、と言っても二十歳くらいであろう。

 総統閣下よりは大分年下だが、子というほど幼くはない。

 なかなかの、いや、かなりの美貌だ。

 そこに、先ほどより数を増やしたロクデナシ達がまとわりついている。

 総勢十人といったところか。

 女の子…………ではなく女性に絡んでるのは三人四人といったところ。

 他はそれをおもしろそうにニヤニヤと眺めている。

「ふむ……」

 さすがに見過ごしておけなくなった総統閣下は、携帯電話を取りだした仲間にメールをうつ。

 それから数分もしないで悪魔参謀長、地獄将軍、そして怪人ゴリラ男に戦闘員達が駆けつけてきた。

 他にも、普段運転手や事務作業をしてる結社員も。

「総統閣下、いったい…………って、あれですか」

 状況からすぐにさっした悪魔参謀長が、呼び出しの理由を理解する。

「やるんですか?」

「ああ、見逃しておくわけにもいかん」

 決断を口にした総統閣下は、

「地獄将軍、そして怪人ゴリラ男に戦闘員よ。

 やってしまえ!」

 号令をかける。

 地獄将軍達は「はっ!」と返事をすると、女性に絡んでいたりそれを眺めて楽しんでる連中へと飛び込んでいく。

「なんだ?」

「は?」

 何事かと驚いてるロクデナシ達であるが、すぐに鉄拳制裁が打ち込まれる。

 この手の輩に言葉など通用しない。

 言いたい事は拳で叩き込むしかない。

 総勢十人の戦闘員達と、普段はデスクワークが基本の結社員達も加わり、その場は一瞬騒然となる。

 が、数の多さは力である。

 すぐさまロクデナシ共は静かになり、催しの準備で用意されていたビニール紐で縛り上げられていく。

 それを見て総統閣下は悪魔参謀長に指示を出す。

「連中を運び出せ。

 前にやったように、反省をさせろ」

「分かりました」

「それと、こいつらから聞き出すだけ聞き出して、今後の対策を練り上げてくれ。

 二度とこんな事がおこらないようにな」

「もちろんです」

 そう言って悪魔参謀長は、地獄将軍や結社員達に指示を出していく。

 周囲にいた者達は、それを黙って見つめていた。

 総統閣下は、その中にいるご町内の顔なじみ達に向かっていく。

「すいません、お騒がせしてしまいました」

 何一つ悪い事はしてないとは思ったが、騒動になってしまった事はたしかので、まずは頭をさげる。

「こいつらについては我々に預けてもらえないでしょうか。

 悪いようにはしません」

 そうなる保証は何もなかったが、言うだけ言っておいた。

 世の中、嘘も方便であると社会人生活が教えてくれた。

 ご町内の方々もそれはご理解いただいてる状態なので、「わかってるって」と応じる。

「ここは俺らに任せてくれ。

 周りの人たちは説得するから」

「あいつらには懲り懲りだったから、たぶん大丈夫だよ」

「みんな、あんたらがよくしてくれてるのは知ってるから」

 ありがたい言葉だった。

 支持を得てるっていいなあ、とつくづく思う。

「それではよろしくお願いします」

「ああ、だから早く行きなって」

「あいつらの事、頼んだよ」

「徹底的にやってくれや」

 応援の言葉をもらって総統閣下は再び頭をさげる。

「それでは」

 催しの準備が終わってないのが気がかりだったが、ここに残るわけにもいかない。

 結社の者達ととものその場をあとにする。

 と、視界に絡まれていた女性が入った。

 そちらにも軽く会釈をした。

 面倒な事に巻き込まれてかわいそうだなあ、という思いと、こんな形であるが少しは縁が出来てしまったのだ。

 少しくらいは挨拶らしき事はしておこうと思った。


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