1-1 彼らはついに悪の秘密結社を起ち上げました
「諸君、ついにこの時が来た」
狭い一室である。
だが、集まった三十人ほどの男たちはそんな事を気にもしてない。
貸会議室の中、持ち込んだビールケースの上に立つ男の言葉に感無量となっている。
「同じ夢を抱いた我々は、隠忍自重の日々を過ごし、ただひたすらにこの時のためにがんばった」
うんうん、とうなづく者たちが何人もでる。
確かに彼らはがんばった。
子供の頃の夢を捨てることなく抱き続け、学校を出て就職し、趣味や楽しみにそそぎ込んでもよかった金や時間をこのために投資してきた。
結婚し、子供も産まれ、その資金すらままならなくなっても、それでも毎月一万二万の小遣いをこの為に用いてきた。
その成果が今ここにあらわれようとしている。
「しかし、その日々も今日ここに終わる」
「…………!」
「我々は、今日ここに新たな出発をする」
待ち望んだ言葉だった。
ビールケースの壇上に立つ男に注がれる視線は決してぶれる事がない。
ただひたすらに男を見据え、次の言葉を待つ。
「諸君、我々は────」
────悪の秘密結社をここに発足する。
おおおおおおおお!
小さな雑居ビルの最上階にある会議室から、怒号のような雄叫びがあがった。
これが、彼らの長年の悲願がかなった瞬間であった。
彼らは皆、同じ夢を抱いていた。
子供の頃、テレビの中に見た世界。
そこで活躍する者たちを。
それは彼らの心に大きな衝撃を与え、引きつけてやまない魅力を放っていた。
そんな彼らに憧れ、いつかは彼らのようになりたいと常々願っていた。
ごっこ遊びでは常にそれを演じ、仲良しのお友達と楽しい日々を送っていた。
小学校、中学校と年齢と学年が上がるにつれそういった遊びをする事はなくなっていったが、それでも胸の中にはブラウン管の世界が消えることなく存在していた。
それは、彼らにとってのヒーローであった。
そんなヒーローになりたい、ヒーローそのものは無理でもそれに似たような何かになりたい。
彼らの夢は、年とともに薄まるどころか、時間とともに大きく膨らんでいった。
もちろん現実は厳しい。
大人になるにつれ、それが創作の中の世界のこと、挙行でしかない事は分かっていった。
しかし。
それでも。
彼らは自分たちの夢を捨てる事はできなかった。
ヒーローたちを裏切る事はできなかった。
同じ趣味の者たちと出会い、仲間同士で飽きることなくヒーローたちの事を語り合った。
あのシリーズの第何話がよかった、そのシリーズなら第何話も捨てがたい…………そんな言葉が彼らの絆を結んでいった。
最初は趣味の集まりで、インターネットが出てきてからは通信回線の上で。
彼らの絆と仲間の集まりは時間とともに大きくなっていた。
「この夢をかなえよう」
いつの頃だったか、集まりの中で出てきた言葉である。
普通であるならば、それは冗談で終わってしまうものであっただろう。
だが、発言者の真剣さに誰もが息をのんだ。
これが本気の発言であると。
「やろう」
別の誰かが参道した。
「俺も」
続々と続く声があがった。
このとき、彼らは幼い頃の夢を現実にする事を誓った。
悪の秘密結社を作ることを。
それから十年。
早いのか遅いのか分からないが、日常と仕事をこなしながらも彼らは結社発足に向けて動いていった。
途中、やむなく離脱する者もいた。
方向性の違いで衝突する事もあった。
それでも彼らは夢に見た組織を作る事に向かって進んでいった。
「長かった。
いや、短かっただろうか」
発起人であり、皆のリーダーとして全員を引っ張ってきた男の声がうるんでいる。
夢に向かい、夢を叶えた男の涙が、目尻と声ににじんでいた。
「諸君、よくぞついてきてくれた。
礼を言うぞ」
「何を言ってる!」
声があがる。
「おまえがいたから、俺たちここまでくることができたんだ」
そうだそうだ、と合唱がおこる。
実際、発起人であるこの男がいなかったら、彼らの目的は途中で頓挫し、空中分解をしていただろう。
それこそ、変身ヒーローたちに倒される怪人たちのように。
「頼む、これからも俺たちのリーダーでいてくれ」
「あんたが俺たちのトップだ」
「総統だ!」
その声によって、部屋の中に総統コールが巻き起こる。
それは、悪の秘密結社を率いる者に与えられる称号であり、役職名であった。
「総統…………」
その呼び声に男は、自分でも言葉を転がしてみた。
こみ上げてくるものを感じ、目頭が熱くなる。
「そうか、俺が総統なのか」
「そうだ!」
「おまえこそが!」
「俺たちの総統だ!」
その声がどんどんと高まっていく。
押し出されるように男は首を立てにふった。
「分かった。
皆がそういってくれるなら、俺は総統になろう」
おおおおおおおお!
再び怒号が起こる。
悪の秘密結社の発足のみならず、彼らは自分たちを導く総統をも得る事となった。
「では諸君」
総統となった男はあらためて仲間を見渡した。
「これから何をする?」
それを決めるのが、悪の秘密結社の初めての作業となった。