その7
「アルおにーちゃん~、だいじょうぶ? あれ?アルおにーちゃん、またおしっこもらしたの~? もう、大人なのにアルおにーちゃんはしょうがないなぁ~。そんなアルおにーちゃんもすきだよぉ~!」
ドラゴンが間延びした馬鹿でかい声で言った。
それは間違いなくアリアの声だった。
「お、俺がションベンをもらしたのは、これが初めてだぁ~!!」
とりあえず俺は大声で弁解をした。
あんな馬鹿でかい声で言われたら、どこで誰に聞こえたかわかったもんじゃない!
「うんうん、わかったぁ~」
ドラゴンはそう言うと、ふっとい腕を俺に伸ばしてきた。
俺は注意深くその手の目的地を見定めた。
それは、俺のズボンを目指していた。
「やめろぉっぉおお!! そんな手で触ってみろ! 俺の肉ごと脱げるわぁぁあああ!!」
「もう、アルおにーちゃんはわがままさんだなぁ~」
そう言うと、ドラゴンはするすると小さくなり、そこには元の幼女のアリアが立っていた。
……全裸で。
「アリアっ、服はっ!?」
「うん、やぶけちゃった。」
そう言いながら全裸のアリアは俺のそばにくると、ズボンとパンツを一緒に握り一気に下に引っ張った。
「「あ」」
ズボンとパンツは音をたてて引きちぎれた。
「ごめんね、アルおにーちゃん。竜化したあとはとくに力加減がわからなくて…」
「…うん、お前が無事ならそれで良かったよ…」
下半身を露出したまま腰を抜かしている俺の頬を、涙がつたった。
それから家に向かう道をふたりでとぼとぼ歩いた。
アリアは俺のシャツをはおりワンピースみたいな格好で、俺は地肌に直接ベストを着て、破れたズボンとパンツの残骸で股間と尻を押さえながら歩いた。
いま思えば、初めてアリアにあったときも俺のシャツを羽織らせてやればよかったのだ。
全裸の幼女にあったときよりも、家ぐらいでかいドラゴンがアリアだと知ったときのほうが冷静な自分がおかしかった。
家にたどりつくと、まず風呂を沸かして二人で入った。
俺は狼のよだれを洗い流し、アリアは狼の血を一滴残らず…舐めとった。
俺はアリアの舌があやしく動くのを横目で見ながら、いろいろと頭を整理しようとした。
アリアの舌は赤く色づいていて、幼く小さい唇から出ているのが信じられないくらい淫らに見えた。
いや、そうじゃなくて!
いかん、俺もそうとう動揺しているようだ。
アリアを可愛いと思っても、色気があるとか思うなんて…。
いかん、いかん。
頭を振って余計なことを追い出す。
アリアの正体は…
「あ、アルおにーちゃんのここに血がついてるぅ」
「…いやぁぁああああああっ!!」
アリアはいきなり俺の耳をベロンと舐めた。
俺は耳を押さえ、狭い風呂のなかで一生懸命アリアから距離をとった。
「な、何してるんだ!」
「うふふふ、アルおにーちゃあん、かぁいいこえ…。もっときかせて…」
アリアは目をとろんとさせながら俺に迫ってくる。
その顔はなんていうか、酒に酔っているような…
「アリア! お前、もしかして血に酔ってるのか!?」
「うふふぅ、なんのことぉ? アルおにーちゃん、さっきのこえ、き・か・せ・て」
「いやぁああ!! 耳を舐めるなぁぁぁああ!!」
全裸の熊男に迫る全裸の幼女の図。
……なんて地獄図だ。
「ふっふっふっふ。ここはどうかなぁあ?」
「いやぁぁっぁあ! そんなとこ触っちゃらめぇぇぇええええ!!」
もちろん前者が幼女、後者が熊男の声だ。
そして散々アリアはやらかしてくれた後、俺の肩にもたれかかって眠ってしまった。
俺は…なんとか最後の砦は死守した…。
次の朝、俺はベッドの中で目を覚ます。
目の前にはあどけない顔で眠っているアリアの姿があり、俺はなんだかほっとした。
眠るアリアを抱きよせ、子ども特有の高い体温を感じながら思い切り息を吸い込む。
うん、昨日のなごりの血の匂いはしない。
血って狼の血だぞ。
そして俺はいつもどおり、アリアを起こさないようにベッドを抜け出して朝飯の準備をはじめた。
「アルおにーちゃん、おはよぅ」
「あぁ、アリア、おはよう」
それはいつもの光景。
俺はそんな何気ない日常を、しみじみと味わいながらアリアと食べる朝食を楽しんだ。
「…さて」
食後のお茶を飲んで一息ついたところで、俺は切り出した。
「アリアは、ドラゴンなんだな」
俺は世間話でもするように言った。
「うん、アリアはドラゴンなんだよ」
アリアも当たり前のように言った。
ドラゴンなんておとぎ話の中だけの存在だと思っていたが、アリアならなんでもありそうであっさりと俺は納得していた。
「アリアはね、アルおにーちゃんとあった日にたまごからうまれたの」
「あのときのお前、生まれたばかりだったのか…」
「うん。はじめて見たのがアルおにーちゃんだったから、ひとのかたちになったの」
「親はいないのか?」
アリアはう~んと考え込んだ。
「えっとね、ドラゴンはね、じぶんがしぬときにタマゴをうむの。それでね、しんだらタマゴのなかにはいって、またあかちゃんになるの」
う~ん、わかるような、わからんような…。
「アリアがいつまでたっても幼女で、俺が周りから白い目で見られるのはドラゴンだからか?」
「ドラゴンはね、100ねんか150ねんくらいでおとなになるの。アリアはね、まだあかちゃんなの。」
「そうか…俺が白い目で見られるのは、まだまだ続くんだナ…」
そこで俺はふと気が付いた。
「アリアが凹凸のない幼女なのはわかったが、俺まで変わらなくなったのは何でだ?」
「それはね…」
そこでアリアはそっとはにかんだ。
それは、思わず抱きしめて頬ずりをしたくなるくらい愛らしい姿だった。
「アルおにーちゃんのごはんに、アリアの血をまぜたの。ドラゴンの生き血には、じゅみょーをながくさせるこーかがあるんだよ!」
アリアは得意げな笑顔でいい、俺は条件反射でアリアの頭を撫でてやった。
アリアは気持ちよさそうに目を細め、そして顔を赤くしてうつむいた。
そのまま小声でそっと囁いた。
「アルおにーちゃんにね、アリアがおとなになるまでまっててほしいの…。アリアがおとなになったら…アルおにーちゃんとこうびしたいの…」
「………」
俺はあえて返事をしなかった。
ここでなにを言っても、俺が変態のようだからだ。
なんか理不尽だ。