その6
村長宅につくと、見知らぬ男が俺たちを出迎えてくれた。
「あの、村長さんは?」
俺が尋ねると男は、
「今は私が父の後をついで村長をしています。」と答えた。
村長にこんなでかい息子なんていたか?
たしかにこの青年は立派だが、村長はまだ白髪が混じり始めたばかりの歳で引退するには早いと思うのだが…。
俺が再度青年に尋ねようとしたとき、奥からよぼよぼのじいさんが杖をつきながら姿をみせた。
こんなじいさん、いたっけか?
俺が不思議そうにじいさんを見つめていると、じいさんはハッとして俺のほうに近寄ってきた。
「お前、アルバートか!? ここ何十年も姿を見せないものだから、死んだものと思っておったわ!」
「…え!? もしかして、村長!?」
じいさんには、よく見ると村長の面影があった。
「村長、なんでそんなにいきなり老けたんですか!?」
「ばか、お前がぜんぜん変わってないんじゃ! もう最後に会ってから30年ほど経っておるんじゃぞ!!」
「…村長、それ、なんの冗談ですか?」
呆然と言いながら村長の瞳に、俺に対する恐れや疑惑を感じた。
ふと男のほうを見ると、彼も俺とアリアを化け物でも見るような目つきで見ている。
俺は悪意のある視線から隠すように、そっとアリアを引き寄せた。
「…お前が拾ったのは、森の化け物だったんだ。お前がアリアを置いていったあの日、その化け物はこの家を半壊させて逃げたんだ!!」
「アリアをそんなふうに言うのはやめてください!」
俺のことはなんと言われてもいいが、アリアを悪く言われるのは絶対に許せなかった。
村長宅に険悪な空気が充満した。
それはちょっとしたきっかけで、簡単に爆発しそうなくらい緊迫していた。
「…アルおにーちゃん、おこってるの…? けんかしちゃだめだよ…」
村長たちとにらみ合っていた俺の手をひき、アリアが泣きそうな声で俺に言った。
俺もこんな悪意に満ちたところにひとときでもアリアを置いていたくなかった。
「アリア、家に帰ろうか。」
俺の腕にすがりついてくるアリアをなだめながら、二人で村長宅をでる。
「もう二度と村には来るな。お前が私たちに関わらないのであれば、私たちもお前たちに干渉するつもりはない!」
俺たちの背中に村長のしわがれた声が投げかけられたが、俺は返事をすることもなく村をあとにした。
あぁ、言われなくても二度と来るもんか!!
俺とアリアは手をつなぎ、家への道を歩いていた。
二人とも黙ったままだ。
俺はアリアを侮辱されたことに激しく憤りを感じていた。
本当なら黙って落ち込んでいるアリアに話しかけて安心させてやりたかった。
が、今くちを開けば俺の憤怒の感情がアリアに伝わって怖がらせてしまいそうで、俺は口を固く閉じたまま歩き続けた。
「…ひっ!?」
どこか上の空で歩いていた俺は、いきなり何かに突き倒され上に乗り上げられた。
一瞬アリアかと思ったが、俺の上に乗り押さえつけている何かはとても重く、はねのけようとしてもびくともしなかった。
俺の顔によだれを垂らしながら押さえつけていたのは、
やせ細った狼だった。
何でこんな村に近いところに狼が!?
森には狼の餌になる小動物が山ほどいるため、ふつうは森の深くにいるはずだ。
だが目の前の狼はあばら骨が浮き出ており、見るも哀れなくらいやせ細っている。
声も出ずに狼を見ていると、狼は俺を油断なく押さえつけたまま遠吠えをはじめた。
「!! アリアっ、逃げろぉおぉ!!」
見れば茂みからぞろぞろとおなじくやせ細った狼が8匹も出てきた。
あっという間に俺もアリアも囲まれてしまった。
最初に狼に襲われたときにアリアを逃がすべきだった!!
俺は自分のうかつさを呪った。
アリアに狼たちがじりじりと寄っていく。
狼が飛びかかり、アリアの凹凸のない小さな身体にその牙をつきたてるのも時間の問題だ。
目の前の狼が俺に向かって口を開けた。
生臭い息が顔にかかり俺は死を覚悟したが、アリアだけはどうか助かって欲しいと神に祈った。
そのときだった。
「アルおにーちゃんに、なにするのーっ!!」
突如、アリアの鋭い声が空気を切り裂いた。
そして俺に牙を突きたてようとしていた狼が、白い丸太のような太い何かに吹っ飛ばされた。
俺の上にいた狼は、悲鳴をあげる間もなく近くの木にぶつかり、まぁ見事につぶれてひっしゃげていた。
俺はそろそろと恐怖でこわばった体を起こす。
アリアを助けなければ!
勢いよくアリアが狼に囲まれていたほうを向き、腰をぬかした。
そこには、家と同じくらいでかい、全身が乳白色の、
ドラゴンがそこにいた。
でかい図体の割には小さい羽がちょこんと背中についており、その周りに稲妻のような褐色の線が入っていた。
尻尾を丸めて逃げ惑う狼を、ドラゴンはぶっとい尻尾で軽く払ってぶっとばし、そしてつぶれた肉塊を、……パクッと喰った…。
「…うっぷっ!」
俺は目の前で繰り広げられる一方的な殺戮劇、いや食事風景?を、口に手をあてながら呆然と眺めていた。
やがて乳白色のドラゴンは、血で真っ赤に染まった口を満足そうに舌で舐めながらげっぷをした。
「…うっ…」
身体が白いだけに、血と舌の赤さがよけい強調されて俺は青ざめた。
白いドラゴンは俺のほうをゆっくりと見た。
このとき俺は自分でも不思議だが、このドラゴンがアリアだと確信していた。
だが、食欲に負けて俺を喰うことぐらいアリアならやりそうで、俺は……ションベンをちびった。