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その3

 俺は思わず苦笑いすると、しゃがみこみ幼女と目線を合わせた。

思えば、幼女とまともに顔を突き合せるのはこれがはじめてだった。

「そんな情けない顔をすんな。これから俺と一緒に暮らそう」

そう言って幼女の頭を撫でた。


 幼女は気持ちよさげに目を細め、俺から頭を撫でられるのを楽しんでいるようだった。


 ふと、幼女があくびをした。

昼前からずっと驚きの連続だったが、幼女もそうとう疲れていたのだろう。


 俺の手は村長からもらった食料でふさがっていた。

俺はしゃがんだ姿勢のまま幼女に背を向けた。

「ほら、負ぶってやるからおいで」

幼女は首をかしげて俺の背を眺めたが、すぐに俺の背に飛びついてきた。


「うわぁぁあああ」

俺は勢いに負けて前のめりに倒れたが、俺を下敷きにしてニコニコ笑っている幼女をどうにか担ぎなおし、森へと帰った。




 それから奇妙な同棲生活が始まったが、幼女は俺のそばを決して離れようとしなかった。

そのため、食事も、寝るときも同じベッド、風呂も一緒、…トイレも一緒だった。

俺は無の境地だった。


 幼女は好奇心旺盛で、不思議そうな顔で裸の俺の股間に手を伸ばしてくることが何度かあった。

そのたびに俺は僧侶のような神聖さで幼女を叱りつけた。

今でも死守している。


…いや、…一回だけ不意をつかれて思いっきり掴まれた。

そのまま無垢な瞳で俺を見上げ、覚え始めた舌足らずな話し方で

「これ、なぁに?」

と聞いてきやがった。


 そのとき、俺の頭にある童話の一節が浮かんだ。


「おばぁさんのお耳は、どうして大きいの?」

「それはね、お前の声がよく聞こえるようにだよ」


「おばぁさんのお口は、どうして大きいの?」

「…それはね、お前を食べるためさぁぁぁああああ!!」


……食べちゃ駄目だ、食べちゃ。

俺は拳骨をくらわしてこっぴどく叱った。




 俺はとりあえず幼女にアリアと名前をつけた。

ここらへんでよく咲いている可憐な花の名前だ。


 幼女は最初きょとんとしていたが、すぐに嬉しそうに笑い「アリア、アリア」と言いながらそこらじゅうを飛び跳ねた。

それは名前の通り、風に楽しげに揺れる可憐な花のようだった。



 一人きりだった俺の生活は大きく変わった。

朝眼を覚ますと、目の前にあどけない寝顔のアリアがいる。

アリアを起こさないようにベッドから抜け出し、二人分の朝食の準備をする。

アリアはよく食べるため、量は俺の2倍だ。

燻製肉や卵の焼けるいい匂いが部屋に漂うと、アリアが目をこすりながら起きてくる。

俺は外で顔を洗ってくるように声をかけ、机の上に朝食を並べる。

アリアがうちに来てから、子供用の椅子を作った。


「いただきます!」

二人で手をあわせて食事の挨拶をする。

量に倍の差があるが二人同時に食事が終わる。


 俺とアリアの二人で台所に並び、昼飯用の弁当をつくる。

アリアがうちに来てから、踏み台をつくった。


「忘れ物はないか?」

「うん!」

簡単な受け答えができるようになったアリアと確認をし、森へ二人で手をつないで出かけた。

俺が木を切る間、危ないのでアリアは少し離れたところで俺を見つめている。

リスが寄ってこようが、蝶が目の前を通り過ぎようが、いつも俺だけをじっと見つめていた。


 仕事が終わるとまた手をつないで家に帰る。

夕食の準備を二人でして一緒に夕飯をとり、家の外でわかした風呂に一緒に入り、同じベッドに一緒に眠る。

この頃になるとアリアも少し恥じらいというものがわかってきたようで、トイレは別に入るようになり、風呂でも俺の股間に手を伸ばしてくることはなくなった。


 そんな生活を送っていた。



 アリアを拾ってから一月ほどたった。

何度か村長を訪ねたが、アリアと思われる幼女を探している情報はないそうだ。


 アリアはだいぶ流暢に話ができるようになった。

俺の努力の賜物だ。

村長に挨拶をして、ほめられて嬉しそうに笑っている。

「アルおにーちゃん、ほめてほしいの」

俺に得意げににこにこと笑うアリアの頭を撫でてやる。


 俺はアリアに、俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶように教えた。

変な下心はなく、家族として扱っていることをアピールするためだ。

本当は『お父さん』と呼んだほうが自然なのだろうが、それは何となく悲しいので『おにーちゃん』に落ち着いた。



 そんな俺たちを村長は微笑ましく見つめた。

「もう、すっかり親子のようだな」

「あはは、嫁さんもいないのに子育てしていますよ」


「…アリアは、アルおにーちゃんの子どもなんかじゃないよ…?」


 突然アリアが、悲しそうに言った。


 俺と村長はびっくりしてアリアに注目した。

アリアはその小さい身体を更に小さくしてうつむいている。


「わ、悪かったな、アリア。そうだね、お前はアルバートの子どもじゃないね」

村長の言葉に、アリアはそっとうなずいた。


 俺は何気に傷ついた。

なんだかんだ言いつつ、この一月は楽しかった。

いろいろと教えているうちに、アリアが本当の子どものような気になっていたのだ。


 だが、アリアのこの反応を見て、それは俺だけだったのだと思い知らされた。

「俺の子ども」と言われたときのアリアは、その透き通った瞳に涙をにじませて、誰もが駆けよってその頼りなげな凹凸のない細い身体を抱きしめてやりたくなるくらい悲哀に満ちていた。

そこまで嫌がるのかよ、と俺はちょっと泣きたくなった。

いや、子供じゃなくて妹だと主張したいのだろうか…?



「そう、アリアは、…アルおにーちゃんのおよめさんなの…」


 恥じらいながらアリアはそう言うと、花がほころぶように可憐な笑顔を俺に向けて浮かべた。


 沈黙がその場を支配した。



「…お前」


 村長が、犯罪者でも見るような目つきで俺をにらんだ。





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