その2
誰にも会わずに家に帰り着き、とりあえず替えの布団シーツを幼女に巻きつけた。
幼女はしばらく俺の腕から離れようとしなかったが、俺が布団シーツを巻き付け出すとお気に召したようで、愛らしい声を出して笑いながらその場でクルクルとまわりだした。
なんの変哲もない布団のシーツが、幼女が身にまとうと真っ白なシルクのドレスにでもなったようで、しばらくヒラヒラと蝶のように舞う幼女に見とれていた。
唐突に幼女の動きがピタリと止まり、その小さな腹から耳を疑うような豪快な音が聞こえてきた。
「あぁ、腹が減ってるんだな」
俺は棚から子どもの顔ぐらい大きいパンやチーズを取り出す。
切り分けるためのナイフを取りに行こうとしたところで、幼女に強奪された。
あっけにとられる俺をよそに、幼女は部屋のすみに行きガツガツとパンとチーズの塊にかじりついている。
そんなことを繰り返し、家にあった食料は全て幼女の腹のなかにいってしまった。
村に幼女を連れて行ったときに食料の買出しもせんとな…。
俺はまた腕に幼女をはりつけ、村へと向かった。
村の人々は、めったに姿を見せない俺が腕に幼女をはりつけて現われたものだから、皆俺たちを遠巻きに凝視していた。
ひそひそと囁く声があちこちから聞こえるが、俺はそれを無視して村長の家に向かう。
この幼女を村長に預ければ、いつもの生活に戻れて変な噂もすぐに消えるだろう。
村長の家に入る。
村長も俺の姿に驚いていたが、少ししていつもの表情に戻ったのはさすがと言うべきか。
…いや、俺のほうを疑わしげな目で見ている…。
無理もないか…。
俺は村長にこの幼女を拾った経緯を、いかに俺が怪しくないかを重点的に説明した。
その間も幼女は俺の腕にしがみついて、珍しそうに辺りを見回していた。
「うぅむ、この村の子どもではないし、付近の村に確認してみるかな」
「よろしくお願いします。それと、この子を預かってください。一人暮らしの俺のところにこの子がいたら、変なうわさが立ってこの子のためにもよくない」
「…そうだな。さ、おいで。…あぁ、言葉がつうじないんだったな。えぇと、これならどうかな?」
村長はそういうと、上着のポケットからお菓子を取り出して幼女に見せた。
「……」
俺は、幼女がおかしに飛び掛って村長を突き倒すのではないかとひやひやしたが、予想に反して幼女は俺の腕にしがみついたままピクリとも動こうとしなかった。
「…どうした? おかしだぞ? 甘いぞ、欲しくないのかい?」
村長が目線を幼女に合わせるようにかがみながら、ゆっくりと近づく。
「…グルルルルルルル」
俺と村長はギョッとした。
あの愛らしい顔の幼女が、眉間と鼻にしわを寄せて目を吊り上げ、まるで威嚇をする獣のようなうなり声をあげて村長を睨みつけていた。
今以上に村長が幼女に近づけば、指を食いちぎられそうなくらいの迫力があった。
いや、たぶん幼女はそうするだろうと本能が告げていた。
村長もその恐怖を感じたようで、顔をじゃっかん青ざめながらあとずさりして、俺に助けを求める視線を送った。
「こら、この人はいい人だ。これからお前の面倒をみて、おいしいご飯をたくさん食べさせてくれる人だ。」
俺はまだ威嚇を続ける幼女の肩に触れようとして、思い直し背中を軽くたたき声をかけた。
この状態で肩に触れると、俺の手が食いちぎられそうな迫力があったからだ。
幼女は俺の顔を見上げると、元の愛らしい顔に戻り俺の腕にしがみついたまま俺の腰あたりに顔を擦り付けてきた。
「こ、こら! やめろって!」
俺は幼女からできるだけ身体を離しながら叫んだ。
幼女はめげずに、今度は俺の腕に鼻をすりつけて甘えてきた。
村長はそんな俺たちを呆然と見守ったあと、
「…お前にしか懐かないんじゃないか? 村の連中にはわしから変な誤解がおきないようにちゃんと説明しておくから、引き取り手が見つかるまでお前が面倒見てなさい」
「えぇえぇぇええええ! 無理ですよ!」
慌てて拒否する俺を、村長はうさんくさいものを見るような目つきで見つめる。
「お前、こんな小さい幼女と一緒に暮らして、手を出すかもしれないと…?」
「そういう意味じゃないですって! 結局そんな目で俺をみてるんじゃないですか! ずっと男一人暮らしの俺が、こんな子どもの、しかも女の子の面倒を見れるわけないでしょう?」
「…しかし、こんなに威嚇してくるぞ?」
村長と目が合うと、幼女は俺の腕にしがみついたまままたうなり声をあげた。
さっきからしがみつかれている腕が、幼女の高い体温で汗ばんでしかたない。
「村長じゃなくて、奥さんとか、若い娘さんならどうです?」
「そうだな!」
そして村長の奥さんやら、村の若い娘さんやらが幼女をおかしで釣ろうとしたが、幼女の威嚇はとまらなかった。
駄目押しにと、村の若い男や子どもたち、爺や婆まで村人を総動員したが結果はかわらなかった。
しかも、村人全員に引き合わされた幼女はすっかり機嫌を損ね、俺の背後にべったりとくっついて誰とも目線を合わせようとしなくなった。
ひょぇえぇえええ!! 俺の尻に幼女が顔をうずめてスリスリしてくる!
お前、顔の高さから自然そこになるんだろうが、もうちょっと場所を考えろよ!
いや、前に来たら絶対駄目だぞ!!
顔を赤くしたり青くしたりしている俺と、そんな俺の尻に顔を擦り付け続ける幼女を見て、村人たちは全員、
「こりゃ、しゃーないな」
と俺に世話を押し付けて、おのおの仕事や家に帰っていった…。
村長と奥さんはたくさんの食料をくれ、俺と幼女を村から追い出すように送り出した。
俺は村のはずれで、呆然と村のほうを眺めてしばらく立ち尽くした。
俺はとてつもない疲労感に襲われながら、まだ尻に顔をうずめる幼女を腕に移動させた。
幼女は不安げな顔で俺をじっと見つめた。
あんまりにも必死に見つめてくるので、俺はじんわりと胸に愛おしさがわいてくるのを感じた。
言っておくが、母性や父性による愛おしさであり、決して変な意味ではないからな!