ハルカ
扉の中は変わらず漆黒が続いているが、どうやら小部屋になっているようだ。
声は、右の奥から聞こえる。ライトで奥を照らす。
どうやら少女のようだ…。その足は鎖に繋がれている。
「ゴメン…ナ…サイ…」
「モウ…オウチ…二…カエシ…テ」
ずっと泣きながら叫び続けていたのだろう。声が掠れ、何を言っているのかも分かり辛い。
僕は少女に駆け寄り声をかけた。
「大丈夫か!もう大丈夫だ!助けてやるからな!」
少女が掠れる声で話し掛けてきた。
「ウウゥゥ…カイ…ト…ナノ…?」
えっ!?
僕は耳を疑った。改めて少女をライトで照らす。少女は久しぶりの光に「ヒィ…」と小さく声をあげると顔を背けた。
少女はうちの学校の制服を着ていた。何日閉じ込められていたのか、長い髪の毛が乱れ、弱っているのが一目で分かる。
顔を背ける少女の顔に無理矢理ライトを当て、顔を確認する。
僕は、今度は目を疑った。
その少女はハルカだった。
えっ……、だってハルカはそこに…。
俺は振り返った。そこには…。
誰もいなかった。
「えっ……。リク…ハルカ…?」
居るはずの2人がそこにはいない。
僕は、もはや五感すべてが信じられなくなっていた。
「カイト…イッタイ…ナニヲ…イッテルノ…?」
鎖に繋がれたハルカが不安そうに僕を見ている。
僕はまだ混乱していたが、今すべき事だけは理解できた。
細かい事情は後だ!今はハルカを救う事!
「ゴメン、ハルカ。すぐに助けてやるからな!」
ハルカは衰弱はしているものの、怪我はしていない様だ。問題はハルカを繋いでいる鎖だ…。
かなり太いもので、持ってみてもかなりの重さがある。試しに引っ張ってみるが、ビクともしない。チェーンカッターでもないと切る事は出来ないだろう。
「ハルカ!少しだけ待っててくれ!その鎖を切る物を探してくる!」
ハルカは僕に少し笑いかけた様な気がしたが、壁にもたれ、目を閉じた。よほど疲れていたのだろう。
俺は扉の外に出た。一旦表へ出よう。外に出れば誰かに助けを求める事もできる。
助け…?そうだ!携帯は?慌てて携帯を取り出すと、
プルルルルル…
突然呼び出し音が鳴り始めた。
発信者は「リク」と表示されている。
「もしもし…」
「バカヤロウ!お前どこに行ってるんだよ!俺とハルカを置いて先々行きやがって!」
ハルカ…?
「リク、ハルカもそこにいるのか?」
「あたり前だろ!今、さっきの開けた所にいるんだよ!早く来いって!」
僕はこの部屋まで歩いて来た方向を向いた。広間の方からチラチラとライトの光が漏れているのが見える。
ハルカ…?一体どうなっているんだ?
僕は混乱しながらも、リクに言われるがまま、広間に向かって歩き始めた。
「…ダ、オマ…!コノ……オ」
前方にから、何か争っている様な声が聞こえる。あれはリクの声か?
バタン!ガシャ!ガシャン!!
「キャァァァァァァァァ!!!」
激しい物音と共に女の叫び声が聞こえた。
僕は走った!つもりだが、あまりの恐怖に足が思う様に動かない!
気持ちの焦りとは裏腹に、上手く動かない身体を引きずるようにして、ようやく広間まで辿り着いた。女が何かにしがみつきながら泣いているのが見える。だが、そこにいたのは女だけではなかった。
女の後ろに誰かが立っている。
ビシャ…ビシャ…ビシャ…
僕はゆっくりと水溜りを踏みつけながら女の方に近づいた。
女がカイトに気づき、顔を上げた。
「カイト……どうして…?」
それはハルカだった。
ハルカの声に後ろにいた人影が反応した。
「カイト!お前…!」
それはリクだった。何かの液体を浴びたのか顔から上半身にかけて真っ黒になっている。
僕がハルカを見て動揺したのと同じく、2人も激しく混乱し、僕と、ハルカの前に転がっているものを見比べている。
僕もソレを見下ろした。
ソレは首のない死体だった…。本来あるはずのものが失われた場所からは、まだ黒い液体が流れ出ている。そばにはソレの首を切り落としたと思われる斧が転がっている。
まさか、さっきまでの水溜りは…。僕は軽く悲鳴をあげながら水溜りから飛びのいた。
そして、ソレにライトを当てる。
うちの高校のジャージを着ている。一体誰なんだコレは…?
という疑問を口に出す前に、リクが僕に向かって口を開いた。
「お前……、一体誰なんだよ?」
?
リクは一体何を言っているんだ?
「何を言ってるんだよ?僕だよ。カイトだよ…。」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ〜〜〜!!!」
リクは後ずさりながら半狂乱で叫んでいる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
リクは悲鳴をあげ、闇の中へ消えて行った。
僕は呆気に取られ、ハルカの方を見た。
ハルカも僕の方を怯えながら見ている。
「リクと私が一緒にいたら、急にカイトが斧を持って襲いかかってきたの…。それで、リクが…。私を守るために…」
僕を殺した?
でも僕はここに生きている。
そしてハルカ…。
コイツハイッタイダレナンダ?
僕の中で黒い疑念が、わきあがる。最初は小さな違和感…、だが、それは僕の中でだんだん大きくなっていき…やがて僕の精神を支配した。
「ハルカ…お前、ネックレスどうした?」
ハルカは突然の問い…、しかも確信を突く問いに動揺を隠せていない。
「えっ、ネックレス?あ…あぁ…走ってる時にとれちゃったかな?」
動揺のあまり声が上ずっている。
間違いない!コイツがニセモノだ。
僕は落ちていた斧を静かに拾い、向こう側を向いているハルカのニセモノに近づいた。
「リク、大丈夫かな?早く探しに行かなきゃ」
コイツはまだ僕を騙せてると思っている。話題を変えようと必死だ。
僕は背後から更に近づき、その頭上から斧を一気に振り下ろした。
グヂャリ!!
斧の重量もあり、一気に頭部から首の部分まで斧はメリ込んだ。
ドサッ!!
ハルカの形をしたモノは何も言わず、静かにその場に倒れ込んだ。
僕はソレの頭部にメリ込んだ斧を引き抜くと、その斧を引きずりながら歩き出した。
急がないと…、いつリクが襲ってくるか分からない。
今のリクの精神状態は普通ではない。見つかると問答無用で襲いかかってくるだろう。
その前にハルカを助け、ココから脱出する。
出来る!
僕なら出来る!
ハルカを助けるんだ!
僕は湧き上がる使命感に高揚しながらハルカのもとに急いだ。
「ハルカ!」
先程の部屋に辿り着いた僕はハルカの姿を見つけた。
ハルカは僕の姿を見ると力無く笑った。その首には僕のプレゼントしたネックレスが光っている。
やはり、間違っていなかった。
こっちのハルカが本物だ!
「ハルカ!ゴメン!今助けてあげるから!」
ガツン!ガツン!ガツン!
僕はハルカを繋いでいる鎖に斧を振り下ろした。
ガツン!ガツン!ガツン!
ガツン!ガツン!ガツン!
太い鎖はビクともしない。
僕は焦った。このままではリクに見つかってしまう。
僕は斧を振り下ろすのをやめた。
もう力が入らない。
静寂が僕らの周りを包む。
ハルカ僕の方を見ているが、どことなくもう諦めている様に見える。
「……トォォォォ!」
静寂を破る叫び声が遠くから響いてきた。リクの声だ!
「…イトォォォォォ!!」
声が徐々に大きく、ハッキリと聞こえてきた。
確実に近づいている。
ヤバイ!今見つかったらハルカを守りながら勝てる自信はない。
「………オォォォォォ……」
リクの声が遠ざかっていく。
チャンスだ!
僕はハルカの目を真っ直ぐに向いて言った。
「ハルカ!今から僕がすることに対して、僕を恨んでくれてもいい!でも僕は君を愛している!君の事は僕が一生守ってみせる!」
僕は泣いていた…。これからハルカの身に何が起こるか考えると涙が止まらなかった。
ハルカは僕の方を見ている。
その眼差しは聖女の様だ。
すべてを僕に任せるという事なのだろう…。微笑みながら目を閉じた。
僕は覚悟を決めてハルカに向かい斧を構えた。
目を閉じたい衝動にかられるが、ハルカのダメージを最小限に抑えるため、しっかりと見定め、彼女の足に向かって斧を振り下ろした。
ゴブッ…。
嫌な手応えが両腕を伝わってくる。
ハルカは…、想像を超えた激痛が襲っているはずだが、僕の方を見ながら目を潤ませ微笑んでいる。
僕に心配をかけまいとしているのだろう。
僕が絶対に守ってみせる!
僕の疲労はピークのはずだが、身体をは妙に軽い。ハルカを肩に抱え上げてもまだ余裕がある。
扉を開け、廊下の外を伺う。
リクがいないのを確認し、僕は廊下を走り出した。
広間を越え、梯子が見え始めた時、後ろからライトの光とともにリクの声が聞こえてきた。
「カイトォォォォォ!!」
今追いつかれる訳にはいかない。
幸いリクは足でもくじいたのか、歩みが遅い。
絶対に逃げ切ってみせる!
ハルカも僕も絶対に生き残る!
生きる!
生きる!
生きる!
その後の事は全く覚えていない。
気が付けば病院のベッドの上だった。
僕のベッドのそばに車椅子に乗ったハルカがいる。
ハルカは…、声と片足を失ってしまったが、命は助かった。後は僕が一生かけて君を守る!
君のために僕は生きて生きて生きていく。
僕がハルカの頭をなで、軽くキスをすると、ハルカも微笑みながら僕に身を寄せてきた。