パンツかおっぱいか
そろそろ中間試験が近い。
俺の中学での成績は平均すれば中の上といったところだが、結構アップダウンが激しかったので気を抜くとやばいことになりかねない。科目でいうと英語や古文などの文系よりは、世界史や物理などの理系のほうがやや得意という感じだが、あまり当てにはならないだろう。とにかく成績を上げるには勉強する以外ない。
「おう、スマホン。勉強してるかぁ? おい、どうなんだ、おいぃ。してんだろぉ、おい」
そんな事を言ってきているが、実際のところ加藤はかなり頭がいいと思う。あまり勉強しているそぶりは見せないが、小テストではほとんど満点を取っている。それでいて嫌味もなくちょっかいを出してきたかと思うと、わからないところを教えてくれる。つまり高校の俺の成績は加藤にかかっているってわけだ。あまり認めたくない話ではあるが。
「まあ、それなりにね。あ、ここなんだけどさ」
「ああ、それね。それはほらここに書いてあるだろ、ほら」
「あ、そういうことか。なるほどね」
「それよりさ、ほら、あれ見ろよ」
加藤の視線の先を追ってみると、教室の前の方に相良が来ていた。クラスは違うがその美貌は既に校内に知れ渡っている。そのモデル並みの長身と整った目鼻立ち、それだけでも十分なインパクトだが、その乳のでかさたるや百m先からでもその大きさがわかるほどなのである。まさに超高校級、加藤が気になるのも無理はない。
性格は活発でしかも礼儀正しい、だから男女両方から評判がいい。はっきり言ってしまえば、比較的地味な存在の豪徳寺さんよりも彼女のほうが校内では断然人気があるのが現実だ。いや隠れ人気を考慮すればわからないが、一般論としてはそうなってしまうだろう。
そして実のところ俺は、彼女と小中高と一緒であり、半分以上は同じクラスだった。だがけっして幼馴染ではない。幼馴染というのは、とても仲の良い関係に対して用いられるものであり、頼んでもいないのに弁当を作ってくれたり、前もって言わなくても誕生日を毎年祝ってくれたり、寝ている間に布団に入り込んでいるものなのだ。要するに俺に惚れていなければならないのである。
だが全くそんなことはない。現に俺のクラスに来ていても、挨拶はおろか、一切視線を合わせることすらないのである。
「ああ相良か。やっぱすごいよな」
「お、知ってんのか。まあガードも固いけどな。俺とほとんど身長変わらないから、顔を見てるふりして胸を見れないんだよ」
そうだったんだ。確かに身長差があれば、顔の延長線上に胸の谷間が来るのだろう。俺にはわからない世界だ。
「ばれるてるぞ、それ」
「はは、かも。あ、やっぱり俺ちょっと行ってくるわ」
加藤が相良のところへ向かった。どうやら軽妙なトークでお近づきになろうとでもいうのだろう。しかし開始早々相良以外はドン引きである。しばらくすると相良は毅然とした態度で加藤をあしらい、自分の教室に帰っていった。
「いやあ~、『セクハラもほどほどにしないと嫌われますよ』だってさ。さすがだよ、行ってよかったわ」
本人がいいなら、それでいいんだろう。俺から言うことは何もない。
そして放課後。
加藤は用事があるとかで先に帰っていった。俺は相変わらず用事はない。まあ帰ってテスト勉強でもするか、と校門を出ると。
「久しぶりですね」
相良に声をかけられた。珍しいことだ、というか初めてかもしれない。
「あ、いや、今日来てたじゃない。教室」
「はは、そうですよね」
うむ、このよそよそしさ。やはり幼馴染ではない。
「何か用?」
「実はですね、ちょっと聞きたいことがありまして」
「何?」
「今日話しかけてきた方、加藤さんといいましたっけ。仲いいんですか?」
「ああ、うん。まあ」
「彼女いますかね?」
あれ、ひょっとして。いやこれくらい俺でもわかる。さすがの俺でも察しがつくさ。なんだかんだいって加藤ももてるよ、そりゃあそうだ。イケメンだし、背が高いし。
「いや、いないと思うよ。いればさすがにわかるはずだし」
「好きな人とかは?」
「うーん、特にいないんじゃいかな、聞いたことないけど。女ならみんな好き、みたいな?」
特におっぱいが大きい子が好き、とまでは言わない方がいいか、と思った。さすがにここで言うことでもないだろう。
「そうですか、ありがとうございました」
「いやいや、大したことじゃないし」
それからしばらく並んで歩くことになった。もう用は済んだと思うんだけど。彼女はまだ実家にいるはずなので、確かに方向は一緒になる。俺の実家の近くにあって、小学校のとき学芸会の練習かなんかで一回だけ行った事がある。あのときは一緒に行ったやつらが結構騒いで大変だった。結局どうなったんだっけ、俺がなんか言ったんだっけ、よく覚えていない。
「まだ何か……」
「一人暮らししてるんですよね、どうですか? 寂しくないですか?」
実家から聞いたんだろうか。彼女の実家と俺の実家は結構近い、隣ではないが。彼女の母親と俺の母親は小中のPTAで一緒だったし、ご近所同士顔見知りなので、そのラインで伝わったのだろう。俺は実家から少し離れたところで一人暮らししている。困ったときはすぐ帰れる程度だが、まだ帰ったことはない。
「どうってまあ、寂しくはないよ。それなりに快適だよ、気を使わなくていいし」
というか、今現在一人じゃなくなっているから寂しいわけはない。まあ、それは言わないが。
「いいなあ、私もやってみたいんですけど。大学まではだめだって」
「まあ、女の子はなかなかね」
などとどうでもいい話をしながら場をつないだ。仲がいいわけじゃなくても、それなりに馴染みがあるので緊張感はない。その意味では幼馴染? いや、そんなことはない。敬語だし。そんな関係じゃない。
「じゃあ、またね」
と、彼女の家に向かう道のところで分かれた。
そうかあ、加藤と相良がね。まあ結構お似合いだよな、美男美女カップルってやつ? 月並みな言い方だけど。
そんな事を考えながら、玄関のドアを入ると、
「貴様、女と一緒だったな。何者だ?」
「あれ、見てたの? 何者って、同級生っていうか、まあクラスは違うけど」
「ふん、どうせくだらない話をしていたのだろう。それにあの乳の大きさ、一体何がどうなっているのか!」
この子はそのあたりにコンプレックスがあるのだろうか。いやでもあるほうがおかしいだろう、普通に考えて。その年で胸があったらそっちの方が異常だ。
「いや、考えてないって。それに加藤のことが好きっぽいし」
「加藤? 誰だ?」
「友達だよ」
「そうか、貴様にのようなクズにも友達がいたのだな」
「ああ、まあね」
「あの女も友達か」
「いや、相良は友達っていう感じではないかなあ」
「では、わっ、わらわは友達……いや、なんでもない。バカ者が!」
「ええと、だったらそろそろ名前くらいは……」
「ふん、害虫が。巨大なおっぱいに挟まれて死ぬがいい」
まあ、それも悪くないかもだが。しかしその前に、せめて名前くらいは知っておきたいものだ。
そして、その日は試験勉強をした。彼女は特に邪魔になることも役に立つこともない。ひたすらパソコンを見つめているだけだ。ただパソコンを使わせてくれないので、勉強するしかなくなる。その意味では役に立っているのかもしれない。
試験が終わった。
結果はまあ普通だった。今回は日本史が結構難しかったので点が低かったが、おおむね平均を上回ることができた。これも加藤と、もしかすると彼女のおかげなのだろう。
「どうだった?」
「まあ、それなりだよ」
加藤はやはり得点が高い。数学などは百点だ。あまり見せたがらないが、必死に隠すでもない。聞けば普通に見せてくれる。
「ところでさ、俺コクられたんだけど。試験終わった日に」
衝撃の告白だ。そういえば試験に必死ですっかり忘れていたけど、相良に聞かれたんだった。そうかやはり積極的だな。もうか。きっと試験の邪魔にならないように、終わるのを待っていたんだな。だとしたら勉強にも身が入らなかったんじゃあるまいか。
「へえ、よかったね。で、どうしたの? オッケー?」
「いや、断った」
あれ、おっぱいが三度の飯より好きな加藤には願ったり叶ったりのはず。アプローチもしていたし、断る理由なんてないと思うんだが。俺は自分から告白する主義だ、みたいなことだろうか。
「そんな、もったいない」
「いやでもさ、俺の好みじゃないっていうか。それによく知らないし」
おかしいな、好みのはずだと思ったけど。俺が加藤の好みを勘違いしてたのだろうか。それともでかすぎてもだめとか?
「ふうん、お似合いだと思ったけど」
「お似合い? 相手のこと知ってんの?」
「いや、えっと」
しまった。俺が事前に聞いていたことがばれてしまう。どうしよう。いや、ばれても別にいいんじゃないか。何の問題もないぞ、と思い直し
「相良だろ?」
「ちげーよ! なんていったかな、伊藤だか紀藤だったか。相良と同じクラスの子かな」
あれ、違ったんだ。やべ、うかつなことを。
「なんで相良だと思ったんだよ」
「だって、聞かれたから。お前に彼女いるのかって」
「ふうん、お前相良と仲いいの? 言ってくれよ、そういうお得情報は。水臭いぞ」
「いや、ちょっと小中高と一緒なだけで」
「おいおい、幼馴染ってやつ? おいおいおい」
「いや、そんなんじゃないよ。ただの知り合いだよ」
「そうなのか? まあ、いいけど。ともかく相良にコクられたりしないって」
「そっか、ごめんごめん」
なんだ、じゃあたまたまこのタイミングだっただけなのかな、と思った。
すると、突然相良が入ってきた。なんかすごい剣幕だ。
「ちょっと、彼女いないんじゃないんですか? ひどいじゃないですか」
と一気に加藤に詰め寄った。
「え、いやでも俺にも選ぶ権利とかあるので。申し訳ないとは思うけど」
「佐藤さん、かなりショック受けてたんですよ。すごい勇気出したのに」
いや、わかってたよ。伊藤さんでも紀藤さんでもないんだろうって。むしろちょっと近かったことが意外ですらある。
「ごめん、一応ソフトに断ったつもりだったんだけど。そんなことになってたなんて」
「あれがソフト? 私には女の子をバカにしているとしか思えません」
「いや、ほんとごめん」
「なんなんですか、断るにしてももう少し言い方ってものがあると思います。誠意が感じられないですよ」
「面目ない」
加藤が完全に圧されている。こんなことは初めてだ。でかい加藤がちょっと小さく見える。
「大体私は、あなたはやめておいた方がいいんじゃないかなって言ったんです。すごくもてそうだし、女の子を軽く見ているって感じがするので。でも佐藤さん真剣だったから、それなら応援しようかなって」
「そんなことはないって。だったら相良さんはどんな男性がタイプなんですか?」
「私? いまはそんなこと関係ないでしょう」
「いや、参考までに」
「そ、そりゃ、誠実な。私だけを大切にしてくれる人が……って何ですか! やっぱり関係ないですよ」
ふと相良は俺をチラ見した。
「うーん、もういいですよ。仕方ない。確かにあなたにも断る権利はありますし。ちょっと言い方に問題はありましたが」
「ああ、うん、ごめん。ごめんなさい」
「これからは女の子には優しくしてくださいね」
そして、相良は去っていった。
そういうことか、友達に言われて聞きにきたってわけね。自分のことじゃなかったんだ。
「ふう、びびった」
「でも、最後よくあそこに持っていっったな。あの流れから好みを聞き出すとは」
「ははは、あんなところも悪くない気もしたりしてね。おっぱいも間近で見れたし。もうちょっとでくっつきそうだったぞ」
転んでもただではおきない男加藤。見習うべき点もあるのかもしれない。
「で、なんて断ったんだよ」
「ソフトにさ、『俺、巨乳好きだからごめん』って」
「……いや、まずいだろ。それは……最低だろ……」
「笑いにつながるかなって……」