パンツはあと何枚
今日は日曜。まだまだ寝ていられる、一日中だって寝ていられるんだ。まあ、腹は減るけども。
「おい」
なんだろう、今日はまだ寝ていたいんだが。
「おい、貴様」
珍しくロロが起こしてきている。今度はおじいさんでも来るのか? それともおばあさん? だがその割には起こし方が激しくないようだが。
「何? 今日は日曜だよ。日曜は休みなんだ」
「実は……だな……」
いつになく歯切れが悪い。いつもの罵倒はどうしたのだろう。何かあるのなら問答無用で叩き起こしてくるはずなのに。
どうにも妙な感じだが、もう起きてしまった。話を聞こうか。
「どうしたの?」
「あと九十九匹……」
「え?」
「あと九十九匹だ、バカ!」
「九十九匹って何が?」
「倒さねばならんのだ」
「倒すって何を?」
「近所でおっさんに憑いていただろう」
近所のおっさん――ああ、あの思い出したくない思い出のあれか。あの時確かに何かを倒していたな。
「ああいうのをあと九十九匹倒すって事?」
「そうだ」
「なんで? 別にほっとけばいいじゃん。確かに迷惑だけどさ」
「いや、それでは負けてしまう」
「誰に? カオーソに?」
「うむ」
「そっか、大変だね」
「だから貴様も来るのだ」
「どうして? 眠いよ。それに外は暑いよ。面倒だよ」
「力が出せない」
なるほど、近くにいないと力が弱まるからってことか。ううむ。
「でも九十九匹って結構大変じゃない? いつまでに倒すの?」
「今日中だ」
「えーっ、無理だよ。そんなに出会えないよ」
「いや、探すのは簡単だ。近づけばわかる」
「でも多すぎだよ。カオーソはそんなに倒したの?」
「うむ。やつは毎日やっていた」
「ロロは?」
「……」
まあわかってたさ。ろくに外に出ていないもんな。あの時はあんなに楽しそうに倒してたのに、それから後は結局家でネット三昧ってわけか。それで今は自己嫌悪ってわけね。
どうせ暇だし、ここまできたら一緒に行ってやるか。さすがに九十九匹は厳しいと思うけど、五匹ぐらいは倒せるだろう。そう思って、着替えて外へ出た。
「こっちだ」
さっそく見つけたんだろうか。あんなのが街じゅうにうろうろしているんだとしたら、この街は一体どうなってしまったんだろう。かなりやばい。引っ越すべきだろうか。
ロロの後をついてしばらく走っていくと、民家の庭先に入り込んでいた。
「ちょっとロロ、ここ知らない人の家なんだけど」
「黙れ、ゴミクズ星人が」
ロロは犬と対峙していた。この犬に? あまりトチ狂っているようには見えないが。そう思っている間にロロは飛び掛り、犬のやや上の空間に殴る蹴るの暴行を加えた。恐らく普通の人間なら全治三週間といったところだろう。もちろん、適当な診断だが。
「行くぞ、ぐずぐずするな」
息をつくま間なく、ロロはまた走り出した。結構きついぞ、これは。
「人間以外にも憑いてるの?」
「何にでも憑く、人間にも犬にも蟻んこにもな」
蟻んこにも憑くなら意外と簡単に数を稼げるのかもしれない。なにせもう既に、早く終わって欲しい、そう思い始めているからね。これは朗報だ。
「でも、別に害はなさそうだったけど」
「バカが、さっきのは腰痛を起こしていたぞ。そんな事もわからんとは」
いや、犬の腰痛なんて見ただけで解るわけないし。でも要するにそのくらいのレベルもありってことなのか。
「こっちだ、急げ、このドンガメ」
必死でロロの後をついていくと、いつの間にか商店街に来ていた。この街はそんなに大都市というわけではないが、そうは言っても休日の昼間だ。それなりに賑わっている。
「ククク、うようよいるわ」
やはり人が多いところの方が憑いているやつも多いということだろうか。ロロはしばらく周囲を眺め、狙いを定めているようだ。
「そうだ、貴様にも手伝ってもらうとするか」
そう言うと、ロロはいきなり俺にビンタを食らわした。
「てっ。なっ、なんで?」
結構効いた。パーンという大きな音がしたが、きっと俺以外には聞こえていないんだろう。
「これでやつらを見られるぞ。触ることもできる。貴様ごときのしょぼいパンチでも雑魚なら退散するだろう」
「へえ。顔をくっつけたりしなくていいの?」
「まったく貴様は大馬鹿だな。金だらいに当たって死ぬがいい。やつらのような低級な存在とパロ契約は全くの別物だ」
「ふうん、なるほどね。で、どんなやつなの?」
「そんなものは見れば解る、さっさと行け」
ロロは猛ダッシュで人混みに飛び込んだと思うと、次々に空間をぶん殴った。たまにまわし蹴りを入れながら。
仕方ない。そう言うんなら、一匹や二匹やってみるか。こんな機会滅多にないし。
そう思って周囲をよく見ると……何か……おかしいぞ……。
簡単に言おう、簡単に言うと、パンツが見えている。正確に言うと、俺の周囲半径約五mの女性のパンツが見えているのだ。つまり下半身だけ透けているのである。
男はそのままだ。女性であれば子供でもお年寄りでも見えている。これはいったいどういう。
そう思ってしばらく歩いていると、若い女性の肩に緑色で丸っこい形をした、ゆるキャラのような生命体が乗っているのが見えた。
あれが、憑いているっていうやつなのか? 肩こり的なことだろうか。見ただけでは全く解らないが。
そして、ちなみにだがパンツはピンクのフリルの付いた、やや浅いはきこみのものであった。
見えているんだから仕方がない。
だがどうしよう、肩の上をいきなり殴ったりしたら大声を出されかねないぞ。そう考えると結構ハードルが高い。他の人には見えないロロと違って、こっちは相手にも普通に見えているわけだから。
ああ、どうする、早くしないと通り過ぎていってしまう。でも、変に思われかねないし。どうしたら。
「あの、何か?」
その人から話しかけられた。しまった、無意識に肩の上を見続けてしまっていた。そのまま目が合ってしまったのだ。
「えっ、いや、ええと」
もうこうなったらいくしかない。やるだけやってやるよ。
「ひょっとして、肩こりとかで悩んでないですか? いや、すいません突然へんなこと聞いて」
ああっ、やっぱり怪しまれてる。そりゃそうだろう、宗教的なやつだと思われたか?
「まあ、最近よく肩がこるなって思ってるけど」
「あ、ああ、やっぱりですか。あの、よく利くおまじないがあるんですけど、よかったらどうですか? すぐ済みますから」
「ええ? なんか変なことするんじゃないよね?」
「大丈夫です。本当。簡単なやつなんで」
「ふうん、まあ、いいけど」
よし、よかった。なんとか了解を取れたぞ。
俺はおもむろに、肩のゆるキャラをつかみ取った。そしてそいつを左手に持ち替え、右手の拳で殴りつけた。
「このやろ、この野郎、こっの野郎!」
三回ほど殴った。結構、これ見よがしに大げさなフォームで。
すると、そいつはすっと消えてしまった。
「あっ、なんか楽になったような気がするかも」
「よかった、では、これで」
「うん、ありがとうね」
なんか感謝されてしまった。こんなのも悪くないな。といっても報酬は事前に頂いていたけどね、パンツという形で。
む、今度は腰のところに赤紫のゆるキャラがついている――なんだ男か。
何気なく、すれ違いざまに叩き落した。相手は気づいていない。男はさっさと済ませばいいや。
今度は女子高生三人組だ。俺とは違う学校の制服を着て、ぺちゃくちゃと話しながら歩いてくる。真ん中の子の胸の辺りに、ピンク色のゆるキャラがついている。
ちなみに関係ないことではあるが、パンツは右から順に白地に黄色の花柄、グレーの無地、グリーンの紐パンだ。仲良しグループといってもパンツは色々だな。
しかし報酬をもらってしまった以上、やるしかない。なんかかなりテンションが上がってきているぞ。もちろん主な原因はパンツが見えていることにあるのは言うまでもない。
「あっ、ちょっ、ちょっと」
「えっ、何?」
「なにこいつ、ナンパ?」
「もう行こうよ。こんなの無視してさ」
確かに俺はキモいナンパ野郎なのかもしれない。だが善意だ。心の報酬をもらってはいるが、あくまでもボランティア精神なのだ。
「なんか悩んでることない? 主に胸の辺りで」
「ちょっ、やばいよこいつ」
「胸って、突然なに聞いてくれちゃってんの?」
「まじきもいんですけど」
ああ、俺は突っ走りすぎていたよ。そのままのことを口に出してしまっていた。もっと遠まわしに、まずは容姿を褒めたりしながら、粘って粘って最後に聞くべきだったのかもしれない。でももう遅い、こうなったら強行突破だ。
一瞬の隙を突き、俺はピンクのゆるキャラをつかんで、地面に叩きつけた。俺の動きに女子高生は全員さっと後ろに下がったが、ゆるキャラは光の粒となって消えていった。そして俺はダッシュでその場を離れたのだ。もうこうするしかない。俺は仕事を果たしたのだ。
「この変態ー」
背後から女子高生の罵声が聞こえてくる。だが俺は悪いことはしていない。パンツを見たお礼に、悪い何かを取り除いてあげただけなのだ。
「おい、どうだ。もう十匹くらい倒したか」
路地裏で休憩していると、背後にロロが立っていた。
「いや、まだ三匹だけど」
「やはりな。まあ、はじめから貴様に期待などしていない。だがこれで三十匹は倒したわけだな」
「へえ、結構進んでるじゃん」
「当然だ。わらわがカオーソなどに負けるはずがないのだ」
この分なら、今日中に九十九匹いけるのかもしれない。道行く人のパンツを眺めながら、俺は見通しの明るさに胸をなでおろした。
「ところでさ」
「なんだ? 早く次のやつを倒しに行け。ノロマが」
「いや、あの、別のものも見えるようになったり、なんてことない? いや、副作用っていうか」
「なんのことだ?」
「いや、だからさ、憑いてるやつが見えるようになったじゃない。その影響で他のものも見えるとか」
「ふむ。確かに、そういうこともあるかもしれん。本人の特質の影響をうけるからな。以前貴様の顔が女になったことがあっただろう。あれも貴様の中にある願望からあの顔になったのだ。カオーソは顔の細かい部分までは指定していない」
「ふうん、なるほどね」
「何か見えておるのか?」
「いや、別に。ちょっと気になっただけで」
「ふん。まあいい。とにかく早く次のやつを倒しに行け」
「うん」
ということは、ロロもわざとじゃないってことか。俺の中のパンツを見たいという願望がこの能力を発現させたってわけだ。でも一生このままじゃちょっとどうなのか。だってパンツのありがたみがなくなってしまう。パンツ? 見えてるのが普通だろ、みたいになってしまう。それじゃあ興奮も何もないよ。
それからまた二手に分かれて狩りまくった。まくったといっても、俺の方はちょびちょびとしかやれていないが。なにせ、たまに見つけても怖そうなお兄さんの頭の上だったり、小学生の女の子の背中にいて、声をかけようとしたら全力で逃げられたりとか、なかなか手が出せないのが多くて。
それでもどうにか五匹ほど倒したよ。もうそろそろ日も暮れかけてきた。
「貴様、何匹だ?」
またもや路地裏で休憩していたら、ロロが声をかけてきた。
「五匹」
「ふん、そんなところだろうと思っていた。これで九十五匹だな。ククク、もう少しだ」
九十五匹か、全裸のおっさんの一匹をあわせると九十六匹。百匹まであと四匹ってわけだ。
とはいえ、そろそろ俺が限界なんだが。
「でももうお腹減って死にそうだよ。考えてみたら朝から何も食べてないし。さっさと終わらせてご飯食べよう」
「貴様など餓死してもかまわんがな。しかしわらわもちょっと疲れてきた」
再度大通りに出ると、豪徳寺さんが通りがかってきた。どうやら夕飯の買出しみたいだ。
「須磨君、お買い物? ロロちゃんも一緒ね」
言わなくてもいいことではあるが、見えてしまってので言っておくと、パンツは薄い紫で細かいドットが入ったものだ。無難な選択、この無難さが豪徳寺さんなのだ。
「いや、ちょっとロロの手伝いで」
パンツを見ているそぶりは、一切見せるわけにはいかない。最初の一瞬で確認したら、あとはちゃんと顔を見て話している。問題ない。
「カオーソに伝えるがいい。貴様には負けぬとな」
「あら、なにかの競争?」
「悪い憑き物を退治してるんだ」
「ふうん、そういえばカオーソもそんなことしてるって言ってたかな。いつも家にいないんだよね」
「やっぱりそうなんだ」
「うん。今日は、買い物に付き合ってくれてるんだけど」
そう言うと、豪徳寺さんは振り向いて手を振った。すると、カオーソがそっちの方から走り寄ってくる。離れて付いてきていたようだ。
だがそれよりも、振り向いた豪徳寺さんのお尻には、プリンのバックプリントがしてあるじゃないか。プリンとしたお尻ということなのか? 無難と思っていたパンツにこんなどんでん返しが待っていたとは、パンツは奥が深い。
「オルオルじゃない。外にいるなんて珍しいね」
「ふん。もう九十六匹倒したぞ。貴様には負けん」
そう言いつつ、ロロはカオーソに細かい攻撃を繰り出している。
そして、カオーソは平然とした顔で確実に防御している。
「そっか、一応ノルマはこなさないといけないもんね」
「ノルマ?」
「うん、これもこっちに来る目的の一つなんだ」
「なるほどね、合わせて百匹倒すってわけ?」
「そう、最低百匹ね。僕はもう三百匹は倒してるけど」
ロロの顔色が変わった。
「貴様……、百匹と……」
「いや、それはノルマを言っただけだよ。僕は毎日の習慣でやってるからさ」
「おい、三百だ、いや四百だ、今からやるぞ」
「無理だよ、もう晩御飯食べようよ」
「いや、やる。わらわはやるぞ」
「そんな事言ったって」
「方法はある」
「方法?」
ロロは少し間を取り、俺を指差して言った。
「パラディーゾだ」
「パラディーゾ? あの全裸フィールドのこと?」
「うむ。あれはただ全裸になるだけではない。その範囲にいる雑魚を殲滅することもできる」
「えっ、でも、できるの?」
「母上の血を引くわらわにできぬはずがない」
「まあ確かにここでパラディーゾを使えば、一気に数を稼ぐことができるね。でもオルオルにはまだ無理じゃないかな」
「できる!」
いやいや待って欲しい。数をこなすこなさないの問題以前に、ここで全裸フィールドはまずいだろう。大パニックになってしまう。警察沙汰だ。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ」
もうロロがなにやら念じ始めた。まずいぞ、これはまずいぞ。
「ごっ、豪徳寺さん逃げて。早くっ」
「う、うん」
「平気だって、できっこないよ」
「えっ、でも、もしかしたら」
「無理無理」
しばらくすると、ロロだけが全裸になった。俺も豪徳寺さんも近くを歩いている人も変化はない。
「ほらね。まだオルオルにできるわけないんだよ」
「ぐぬぅ。いや、まだだ、まだ手はある」
「手って?」
ロロはじっとこちらを見つめている。一度逸らし、また見つめてきた。なんなんだ? 俺に何かあるのか?
「貴様、動くなよ」
と言ったと思うと、急に飛び掛ってきた。
そして――俺の貞操は奪われたのだった。
ロロにキスされてしまった。それも唇にだ。さらに舌も入れられてしまった。なんてこった。ははっ、初めてなのに、そんな。豪徳寺さんともしてないのに、あの時しなかったから。こんなことならしておけばっ。
でもとても柔らかい。ロロのしっとりとした唇が俺の唇と重なって、小さな舌が俺の舌に絡み合い、プルプルとした感触が口の中を転げまわっている。
なんだろうこれは、いままでロロのことを好きとか嫌いとか考えたことはなかったけど、今俺はロロのことがすごく好きな感じがした。キスされると好きになってしまうっていうやつだろうか? いや、俺は前からロロのことは好きだったんだ。でも意識してなかっただけなんだろう。だって子供だし、人間じゃないし、愛想も悪いし、パソコンでネットしてばかりだし、死ね死ねって言うし。でも、本当はいい子だってわかっていたから。
ロロが唇を離した。大体五秒位だっただろうか、していたのは。でもすごく長かったような感じがする、それだけ強く印象に残っているってことだ。
周囲を見回すと、全裸だった。老若男女が全裸だった。ただ豪徳寺さんとカオーソを除いては。
「ふう、ほんとにやるとはね。どうやら半径三百mくらいは発動したみたいだ。カスミには終わってすぐ服を着せたけど」
「さあ、帰るぞ」
「う、うん。じゃあ、ね。豪徳寺さん、カオーソ」
「あ、うん。また」
俺はロロに手を引かれ、全裸で商店街を歩いた。他の人も全裸だった。みんな走っている。うずくまっている人もいる。街はパニック状態だ。俺はその中で一人歩いていた。
しばらく歩くと、服を着ている人が歩いてきた。範囲外から来た人か。女性だけど、パンツは見えていない。そっちの効果は切れたみたいだ。当然かなり驚いている。だが俺は驚かない。悠然と商店街を通り抜け、自宅へと向かった。いいじゃないか、全裸でも、そんな気持ちで。
自宅に入っても俺は全裸だった。ロロも全裸だった。なんか、何もする気が起きなくなってしまって。
「き、貴様」
「ん?」
「勘違い、してないだろうな?」
「あ、ああ、うん」
勘違い――何が勘違いで何が真実なのか? 実はよくわからない。わかるのは、俺はロロにずっとここにいて欲しいって思ってるってことだ。ロロの気持ちはわからないけど、でもロロもそう思ってくれていたらいいな、なんて思っていた。
ぐ~~
あ、そういえば俺、腹減ってたんだ……。




