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お姉さんのパンツはどんな色

 その日は突然訪れた。

「起きろ、貴様! この睡眠バカ」

「ん、なんだよ。日曜だよ」

「何曜だろうが関係ない、外を見てみろ」

「えー、ちょっと待ってよ」

「大バカ者、そんな状況ではない。これだ、これを見るのだ」

 ロロが俺の顔を無理やり窓の方へ向けさせる。空は青く澄み絶好の行楽日和だ。でももうかなり暑くなってきているので、なるべくなら屋外は勘弁して欲しい。

「見えるだろう、あれが」

「見えるって、何が? 何も変わったところはないみたいだけど」

 窓の方はちょうど俺の実家のある方角だ。でもいつも通りで、特に変わったところはないように見える。

「見えんのか……なるほどな。だがこれは早急に対応が必要だ。早くカオーソのところに行くぞ」

 ロロがあまりに血相を変えているので、さすがに俺も無視するわけにもいかない。着替えをして外に出た。なぜか休日に豪徳寺さんに合う口実にもなることだし。なんてことも考えてないこともない。


 豪徳寺さんの家に向かう途中、向こうから豪徳寺さんとカオーソが走ってくるのが見えた。

 カオーソはかなり焦っているようだ。いつもはニヤニヤしているけど、今日は真剣な眼差しをしている。豪徳寺さんも息を切らせている。カオーソに急き立てられたのだろう。

「母上が」

「オフクロが」

 ロロとカオーソが同時に叫んだ。

「まさか来るなんて思わなかった。オフクロがこちらに現れたら大変なことになる、かなりやばいよこれは」

「うむ、早く対応せねば。こちらの世界にもかなりの悪影響が及ぶ可能性があるぞ」

 ロロとカオーソは、会うなり議論を始めた。しかし今度はお母さんか。二人はかなり取り乱しているけど、親父さんはいい人だったし、そんなに問題ないのかも、そんな気がしてきた。

「豪徳寺さんもカオーソに言われて?」

「うん、なんか緊急事態だって言うから。もう不安になっちゃって」

「でもお母さんみたいだし、そんな心配しなくても」

「バカか! 貴様何もわかっていない。父上と母上はまったく次元が異なるのだ。父上も厳しい方だが、母上はそういうレベルではない」

「そうそう。これは世界の危機なんだよ。僕らだけの問題じゃないんだよ」

「そうなの? じゃあちゃんと説明してよ」

「貴様などに説明しても……」

「わかった僕が説明するよ。でもその前にキミの実家に行かないと」

「え、なんで俺の実家に?」

「だってオヤジに会うにはそれしかないからね。オヤジのパロはキミの妹だろ」

「パロって?」

「えーっ、知らないの? まあとにかく急ごう、ここで話している場合じゃないよ」

 カオーソにせかされ、俺達四人は走って俺の実家に向かった。実家に近づいてくるとロロとカオーソはちらちらと上の方を意識しているようだった。俺と豪徳寺さんには何も見えないが、二人には何か恐ろしいものが見えているらしい。俺の実家の真上ではないようで、ちょっと違う方向のようだ。

 俺は実家の鍵を持っているので、それで実家の玄関を開けた。

「ただいまー」

「あら、どうしたのよ。急に」

「えっと、真実は?」

「真実なら塾に行ったわよ、午後には帰ってくるはずだけど」

 そうだった、真実は塾に行っているんだった。親父さんのときと一緒じゃないか。

「あら、なに? 彼女の紹介? ちょっと言っておいてくれないと。ちょっとあなたー」

 後から豪徳寺さんが入ってきていた。ロロとカオーソは見えないわけだから、俺達二人で実家に来たことになる。ぜんぜん意識してなかったけど、そりゃ勘違いされても不思議ではないよな。

「いやいや、そういうんじゃないから、とにかくあがるね」

「あんたの部屋、物置きになってるけど」

「いいよもう、それで。とにかくあがるよ」

「なんだ豊。彼女か? はじめまして豊の父です」

「いやいいから。とにかく入ってこないでね」

 豪徳寺さんを連れ、早歩きで俺の部屋(もう元俺の部屋なのか)に入った。部屋の中は主に母親の服や食器などが積み上げられている。まだそんなに経ってないはずなんだが、俺の存在って……。

 元々そんなに広い部屋ではないが、荷物が増えてさらに狭くなっている、そんな狭いところに豪徳寺さんと二人きり――他の人から見れば、だけど――。

「おい、こんなときにいないってどういうことなんだ? 早く連れ戻して来い、クズが」

「いや無茶言わないでよ。昼には帰ってくるからさ」

「まあ、まだ時間は多少あるし、その間に説明をするよ」

 カオーソが荷物の上に立ち、話を始めた。俺と豪徳寺さんは適当に床に座っている。ロロは俺の椅子に座って、外を見ている。

「オルオルはぜんぜん説明してないみたいだから、最初から説明するね。カスミは知ってることもあると思うけど。僕らはこの世界と重なっている違う世界の住人なんだ。でもある方法でこの世界の人と繋がりを持つことで、この世界にも影響を及ぼせるようになってる。その繋がりを持った関係をパロっていうんだ。この世界の人と繋がりを持つと、向こうの世界でも力が増幅されて身体機能やこの世界の人が使えないような力も強化される。それに力を使えば、この世界のものにも触ったり食べたりもできる。少しくらいなら変形させたりもね。その力はパロの近くにいるほど強まるんだ。僕らの存在は自分のパロ以外には感知できないけど、他の人のパロの場合は、顔の一部同士を接触させれば感知できるようになる。これはもう知ってるよね。それでここからが本題なんだけど、元々僕ら二人は両親に黙ってこっちに来ちゃったんだ。ほんとは千歳の誕生日にパロを作るんだけど、待ちきれなくてね。僕は七百二十歳、ロロは六百八十二歳かな……」

「六百八十三だ」

「そっか六百八十三ね。あ、これは向こうの世界の年のことでこっちの世界の時間とは違うから。きっちりとは換算できないんだけど、見た目でなんとなくわかってもらえればいいかな。それでオヤジがこの前来たけど、二人が引きとめてくれたから大目に見てもらえたみたい。ほんと感謝してるよ。でもオフクロはまだ納得していないみたいなんだ。そもそもオフクロは力が強すぎるんだよ、だから本人に悪気がなくても世界にいろんな影響を与えてしまうんだ。それでいままではこっちに現れないように気を使ってなんとかなだめてもらっていたんだけど、ついに我慢できなくなったみたい。それであそこに巨大な城ができたんだ。今は僕らしか見えないけど、あれはオフクロがこの世界に現れる証拠なんだ。多分昼過ぎくらいに現れると思う。もうすぐだね。そしてオフクロが現れると、この世界は徐々にオフクロのエロパワーに侵食されていくんだ。つまりエロスに満たされていくんだよ。オフクロのエロパワーは世界を破滅させる可能性もあるほどの恐ろしい破壊力をもっている。現にとある文明が滅びたのはオフクロが現れたせいなんだ。そのときはオフクロの力もいまより弱かったからそれくらいで済んだけど、いまの力じゃ最終的には地球全土に被害が出る。だからなんとか止めないといけないってわけ。わかってくれたかな?」

「ええと、エロパワー?」

「うん、エロパワーだよ。もうエロい事しか考えられなくなるんだ。誰も彼もね。そうなったら世界の終わりだよ」

 確かにエロいことしか考えられなくなるのはまずい。たまに考えるからこそいいのであって、常に考えていては何もできなくなってしまう。っていや俺一人がエロい事しか考えられなくなるのはいつものことだが、それとはわけが違うのである。他の人には真面目なことも考えて欲しい、そうでないと困る。

 豪徳寺さんはもうかなり怯えているようだ。豪徳寺さんがエロエロになった様も見てみたい気もする。

 『須磨くん、なんか今日暑くなってきたね――服、脱いじゃおう、ね――須磨くんも、ほら――全部――早くぅ、私はもう全部脱いじゃったよ――』なんて、いやいや。そんなことがあってはいけない。やはり止めねばならない。

 しかしこんなとき、本人が隣にいるにもかかわらずこんな妄想をする俺は、とってもくされ外道なんだろう。

「それで、どうすれば?」

「うん、この世界に現れるには必ずパロが必要なんだ。たぶんあの城の建っている家にいるんだと思う。最終的にはパロに会って、契約を解除することになる。パロとの契約が解除されれば簡単にはもう一度来ることはできなくなるからね。でもオフクロが簡単には解除させてくれないだろうね。いろんな手を使って妨害してくるんじゃないかな」

「解除するにはどうするの?」

「要は信頼関係の問題なんだ。だからパロの人とオフクロが互いに契約にマイナスの感情が強まって、解除したいときっぱりと願えば解除される。この前キミがオルオルと揉めたときに、姿が見えなくなっただろ。あれは解除しかかっていたからなんだ。困ったことにオフクロは、結構人に好かれやすいタイプなんだよね。それに頑固だし。だからなかなか難しいかもしれない」

「ええと、話し合いでなんとかならないのかな? 二人が謝れば」

「いや、もうここまできたらそういう問題じゃあなくなっていると思う。ゾルガスからの連絡でも、オフクロは話の通じる状態じゃなくなってるらしいし。まあ元々あんまり話の通じない人なんだけど」

「ゾルガスって?」

「執事だよ、うちの。ゾルガスだけにはちゃんと話しておいたんだ。これまでも何かと連絡を取ってる」

「やっぱり、ご両親の許可をとってなかったんだね。だめだよ」

「ええと、まあそれは若気の至りっていうか。ああでもね、キミらのパロになるってことはもう決まってたんだよ。パロになれる組み合わせはそんなに多くないんだ。一つの時代に一人いるかいないかくらい。だから相手がカスミってわかってから、早くパロになりたくて仕方なかったんだ。ごめんね。あ、オルオルもそうだったっぽいよ」

「そっ、そんなことはない」

「へへへ。とにかくもうやるしかないってことなんだ。よろしく頼むよ」

「ふうん。じゃあとにかくお母さんのパロに会うんだね」

「そう、それにはオヤジの協力も得ないと。なにせ何があるかわからないからね」

「ただいま帰りました」

 ちょうど真実が帰ってきたようだ。テクテクと小さな足音が近づいてくる。真実の部屋はこの隣だ。廊下に出て真実を呼んだ。

「真実。ちょっと、来てよ」

「あ、豊さん。いたんですか? これから復習をするのですが」

「いいからちょっと」

「わかりました、かばんを置いてきます」

 しばらくして、真実が部屋に入ってきて、床に座った。

「あ、こないだの方ですね。ご無沙汰しています」

「こんにちは、真実ちゃん。そういえばあのときは全然お話できなかったね。急にキスしちゃってごめんなさい。私、頭に血が上ってて」

「いえ、構いませんよ」

 真実は相変わらず淡々としている。もっとキスの感想とかないんだろうか? 柔らかくてそれでいて張りがあって、桃の缶詰のようだったとか。まあそんな事ここで言い始めたらそれはそれでやばいか。

「あれからあの時のおじさんには会った?」

「あの大きな方ですか? はい、今朝お会いしました。何か重大な問題があるとかで焦っておられたのですが、私は塾がありましたので終わるまでお待ちくださいとお伝えしたら、お消えになりました」

 ううむ、世界の危機より塾を優先する。受験戦争恐るべし。

「それにしても最初会ったとき、どんな感じだったんだよ。びっくりしなかったのか?」

「そうですね、あの日塾に行こうと外に出たら突然目の前に現れまして、『ちょっとだけ一緒に来てくれないかな? 悪いようにはしないから』とおっしゃるので、これは確実に誘拐だと思いまして、早足で家に戻ろうとすると『いや待って、わたくしは怪しいものではないのです。ほら、これを見てください』と言って、家のブロック塀を通り抜けました。『余計怪しいのですが?』と言ったものの、普通の人間ではないんだなと思いましたので、これは警察に届けてもだめなのかもしれないな、と。ぱっと見悪い人でもなさそうだし、言うことを聞いておいて危なくなったら逃げようと思いまして、一緒に行くことにしたんです。だからなるべく人気の多い道を選んで歩いたのですが、他の人にはあの方が見えないようでした。でも特に危害を加えてくるそぶりもないし、行き先が豊さんの家だったのでこれは大丈夫そうだなと。塾と方向も一緒でしたし」

 なんて冷静な対応なんだ。ロロにビビッていた自分はいったい……。

「そうしたら豊さんの姿が見えたとき、急にあの方が見えない敵と戦い始めまして。これはやっぱり危ない人だったんだ、逃げた方がいいのかもしれないと思っていると、いつのまにか戦いは終わっていて。豊さんと顔と顔をくっつけて欲しいと言われたので、頭突きさせていただきました。そしたらだいたいの状況は理解できました、ほんとに戦っていたんですね」

「ああ、うん。こっちは冷や冷やしたよ。あのときは」

「この子達もその時の子ですよね」

「あ、はじめまして。じゃないね、二度目か。僕はカオーソ、こっちはオルオル」

「オールドだ」

「カオーソさんに、オールドさんですね」

 さすが、最近の小学生は発音も完璧だ。俺は全然言えたことがない、もうとっくに諦めている。ロロはロロだ。

「カオーソでいいよ。ちょっと失礼」

 カオーソは、真実の額に右手を当て、何かぶつぶつ言っている。

 すると、真実の背後に巨大な筋肉の塊が現れた。部屋いっぱいだ、というか天井に突き刺さっている。

「やっと終わりましたかーっ!」

 巨人はしゃがみながら言った。

「お待たせしてすみません」

「いや、そもそもこちらの問題ですからな。真実様にはまたご迷惑をかけてしまいます」

「そうだよ、止められなかったの?」

「必死で止めたんだが、なにせアーモは言い出したら聞かないタイプだからなあ。まあそこがまたいいところでもあるんだけどな。可愛いじゃないか。はっはっは」

「いや、のろけてる場合じゃないよ。それより対応を考えないと」

「うむ、もうお父さんの言うことは聞かないだろう。いままで散々止めてきたからな。オーちゃんとカーちゃんが直接言うしかないよ。難しいと思うけど、それしかないんだ」

「だろうね」

「お父さんもできるだけ援護するから、なんとかがんばってくれよ。オーちゃん。カーちゃん」

「じゃあ、行くか」

「あ、豪徳寺さんと真実はここで待ってなよ。危ないから」

「そうだね、ここならそんなに距離がないし、問題ないと思う」

「えっ、私も行くよ。カオーソが心配だし。待ってられないよ」

「ううん、でも」

「お願い」

 豪徳寺さんに真剣な目で見つめられた。いつもは穏やかな表情をしているけど、真剣な表情もまた素敵だ。熱い眼差しから強い決意が感じられる。こんな目で見つめられたら、断ることなんてできるはずがない。

「わかった、一緒に行こう」

 こちらは五人。小細工をしても無駄ということで、すぐに城に向かうことになった。


 カオーソとロロについて歩いていくと、なんとなく見覚えのある家の前に着いた。

 表札には『相良』とある。やっぱり、相良の家だった。小学生のとき以来だ。ということは、お母さんのパロっていうのも?

「まずは状況を確認する必要がありますね。呼び鈴を押してみてください」

 と親父さんが言うので、俺が呼び鈴を押した。考えてみれば、他の人から見たら俺と豪徳寺さんが相良の家に来ただけなんだよな。それがまさが世界の危機を救うためとは、ご近所さんの誰しも思わないだろう。もちろん隣の小林さんも。


 ピロロロロロ


 緊張感に満ちた状況に緊張感のかけらもないベルの音が鳴り響く。

 だが、これが世界の命運を賭けた戦いの幕開けなのだ。

「はーい」

 お母さんらしき女性の声がインターホンから聞こえた。なんら不審さは感じない。

「須磨です。ええと……」

 あれ、名前なんだっけ? いつも相良相良って思ってて、度忘れしちゃったよ、こんなときに。仕方ない

「さ、相良さんいますか?」

 この家の人はみんな相良さんだけど、まあ見た目でわかってもらえるだろう。

「あら、久しぶりじゃない。ちょいとお待ちになって」

 久しぶり、確かに久しぶりだ。相良のお母さんに会うなんて何年ぶりだろうか。はっきりいってどんな顔だったかまったく覚えてはいない。

「お待たせ~」

 玄関のドアを勢いよく開いて、ド派手な格好をした美熟女が現れた。美熟女、その言葉がぴったりと当てはまる。一見三十台のようで実は五十くらいいっていても不思議ではない。そんな若々しさと年季の入り混じった美しさ、確かに美しいことだけは事実だが、いまひとつ腑に落ちないものを感じる、そんな微妙な印象を強く感じさせる女性であった。ちなみにどのくらい派手かというと、演歌歌手がステージ衣装で民家の玄関から出てきたくらいと言えばわかりやすいだろう。

「あらあら、こんなに大きくなっちゃって、もう。この分じゃ、あっちの方もすごく大きいんじゃな~い?」

 すごいお色気だ。でもおかしいな。なぜこんなに嬉しくないんだろう。俺が還暦を過ぎていたらとても嬉しいのかもしれない。『はっはっは、自慢じゃあないがそこいらの若いもんには負けんよ』とでも言うのだろう。でも残念だ、俺はまだ十六歳なんだ。シックスティーじゃなくてシックスティーンなんだーっ、ごめんなさい、ほんとごめんなさい。

「なんて、わかってるわ。うちの未也美ちゃんをお嫁に迎えに来たんでしょう? どうぞ、お入りになって」

 ということは、この人は相良のお母さんってことか。だが前に会ったときはこんなインパクトがある人じゃなかったはずだ。もしこれだったら間違いなく覚えているはずだからな。というか小学生の俺にとってトラウマになっていてもおかしくない。これは二人のお母さんの影響なのだろう。てっきりこれが二人のお母さんなのかと思ったが、考えてみりゃ、二人のお母さんは俺にはまだ見えないはずだもんな。

「もう完全にオフクロのエロパワーにやられているね。二人は僕らの力でどうにか守るけど、いつまでもつか……」

 やはりそういうことか。相良のお母さん……戦いが終わったらこのことは忘れますので……。

 なんか相手のペースに乗せられている感じだが、あっさり中に入れるならそれもまたよしか。

 ロロとカオーソがさっと小走りで家の中に入り、続いて俺と豪徳寺さんが入っていった。

 だが親父さんがついてこないようだ。おかしいな、あの巨体の存在感はあるんだけど。玄関が狭くて入れないとか? と思い、振り返って見てみた。

 そこには氷の柱に閉じ込められた親父さんがいた。玄関先の硬く透き通った巨大な氷の柱の中で、半裸の巨人が白目をむいていたのだ。その顔は恐怖におびえ、その目は深い地獄の闇を見ているかのように真っ白に光っている。恐ろしい芸術作品に、俺の背筋に冷たい電流が走るのを感じた。

「あの、ちょっ、ちょっとあれ」

「大丈夫、いつものことだから。あれくらいでオヤジはくたばったりしないよ」

「これくらいで何を驚いている、ビビリ蛆虫が。母上の本気はまだまだこんなものではない」

 はわ、はわわわわ。俺、甘く考えてた。豪徳寺さんも失神寸前の表情をしている。俺は軽く豪徳寺さんの背中を触った。俺にできるのはそのくらいなんだ。これで精一杯なんだよ。頼りなくてごめん。

 だけど最大の戦力と思っていた親父さんが、かませ犬にすらならず早々に戦線離脱したことで、勝算は限りなくゼロに近づいた気がした。もうだめなのかもしれない、世界はエロに満たされるのかもしれない。そんな世界でどう生きよう。俺のエロさはその世界で通用するのだろうか?

 家の中では、ダンディーな紳士がバスローブを着てウィスキーのロックをたしなんでいた。オールバックで口ひげを生やし、金縁のメガネをかけている。バスローブは薄いピンク色で、かなりはだけたその様は何か激しい運動をした後であるかのようだ。

「あなたぁん、須磨さんとこの豊ちゃんがうちの未也美ちゃんを奪いにやってきたわぁ」

「はっはっは、そう簡単にはいかんぞ。まず私を倒してみるがいい。はっはっは」

 なんかご機嫌だ。酒が入っているせいだろうか。だがそれよりこの事態を放っておくのはまずい。なりゆきで結婚させられてしまう。

「いえ、今日はそういう用件ではなくて」

「なんだなんだ。うちの未也美はいらないっていうのかい? それともそっちの娘さんの方が好みなのかな? 娘を泣かすなんて許さんよきみぃ。未也美もああ見えて女の子らしいところもあるんだよ。この前など二時間も体重計に乗っては下り乗っては下りを繰り返していてね。そんな事を気にする年頃なんだなぁ。はっはっは」

 そんな娘のプライベートエピソードを喋ってしまっていいのだろうか。このままでは相良の赤裸々な生活が明らかになってしまう。早いとこ目的を達成しないと。

「す、須磨く……」

 豪徳寺さんからも微妙にプレッシャーを受ける。もうとにかく進む、それだけだ。

「さっ、相良さんの部屋は?」

「あらあら、せっかちさんねぇ。若くてうらやましいわぁ。その階段を上がって左の部屋よん」

「頑張りたまえよ、こっちはこっちでまた頑張るからな。はっはっは」

「まあ、おっほほほ。あなたったら」

「はっはっは、いいじゃないか、はっはっは」

「おっほっほ、おーっほっほ」

 これはもうおいそれと一階に戻ることはできないだろう。まさに退路を絶たれた背水の陣ということだ。こんな形の背水の陣があるとは今まで考えたこともなかった。豪徳寺さんは頬を赤らめてうつむきつつ、こっちをちらちら見ている。一応意味はわかってるって事だろうか、そう考えると俺の興奮も高まってしまうが。とにかくそんな事を考えている場合じゃないんだ、急ごう。

 二階に上がると、左右に部屋があった。左が相良の部屋だがドアは閉まっているようだ、右のドアは開いている。

 右の部屋を何気なく覗くと、中学生くらいの男の子が全裸で座っている後姿が見えた。パソコンから女の子のあえぎ声が響いている。できれば見なかったことにしてあげたい。豪徳寺さんもそう思っているだろう。

「いよいよだね、とにかく相手に飲まれちゃダメだよ、それだけは気をつけて」

「貴様は簡単に影響される単細胞なアメーババカだからな。心配だ」

「大丈夫だよ、何もできないかもしれないけど。とにかくやるだけのことはやるよ」

「私も、頑張る」

 四人の結束を確かめた俺は、意を決して相良の部屋をノックした。


 トントン


 ノックなどせずにつっこんでもいい状況なのかもしれない。なにせ世界の危機なのだ。でも俺には女の子の部屋に無断で突っ込むなんて暴挙はどうしてもできなかった。もしあられもない姿をしていたとしたら、もう相良と目を合わせることはできなくなるだろう。そんな恐ろしい、恐ろしすぎる。

「どうぞ」

 相良の声がした。よかった、まだ無事だということだ。それだけでもよかった。安堵の気持ちを胸に俺は相良の部屋のドアを開けた。

 そこには相良がいた。

 普通だ。グレーのジャージ上下を着て、本を読んでいる。中央に丸いテーブルがあり、赤い座布団に座っている。そばには勉強机とベッドがある。どちらも綺麗に整えられていて、とても相良らしいという感じがした。その地味な服装から姿勢から全てが、きっと家ではいつもこうなんだろう、そう思わせるものだった。

「母上!」

「オフクロ!」

 二人はベッドの方を見つめたまま動かない。いるんだ、そこに。そして、しばらくの沈黙が訪れた。

「須磨さん、来てくれたんですね。そんなところに立っていないで、どうぞ座ってください。そちらの方はお友達ですか? どうぞこちらに」

「あ、ああ、どうも」

「豪徳寺です。おじゃまします」

 普通に迎え入れられた。俺が来るのは小学生のとき以来のはずだが、奇妙なほどの自然体に思える。まるで俺がいつもここに入り浸っているかのようじゃないか。相良は突然俺が女の子を連れて自分の部屋に来たことに何の疑問も持たないのだろうか? そんなはずはないと思うのだが。

 だが迎え入れられたからには、座るのが礼儀というものだ。俺は相良の向かいにあぐらをかき、豪徳寺さんも俺の左に恐る恐る腰を下ろした。

「そうだ、紹介しますね。この子がアーモちゃん。今日会ったばかりなんですけど、すっかり打ち解けてしまいまして」

 そう言って、ベッドの方を掌で示した。だが俺には見えない。豪徳寺さんも見えている様子はない。やはり。

「あ、そうなんですか? わかりました。須磨さんじっとしててくださいね……」

 相良がすすすっと俺の右隣に来たかと思うと、ほっぺたにキスをされた。ほっぺたに微かに唇の感覚が残る。突然の不意打ちに、俺の心臓は一気に激しいビートを刻み始めた。

 豪徳寺さんは驚いた表情をしている。ほんのりと頬がピンク色だ。ごめん、でもこれは無理やりされただけで、と心の中で言い訳しておいた。口に出すことはできない、でも豪徳寺さんならわかってくれるはず、そう勝手に信じ込む。

 豪徳寺さんから目を離すと、何か周囲の様子がさっきと違っている気がしてきた。いままでごく普通のちょっと殺風景な女の子の部屋にいたはずなのに、なんかこう女の子成分が増しているというか、ちょっとしたインテリアとか、ぬいぐるみとかの小物が増えている気がするし、壁やカーテンの色も微妙に女の子っぽい感じになった気がする。

 そして、ベッドに誰か座っている。いや解ってる、それが二人のお母さんだってこと。でも本当だろうか、この人が? とても子供がいるようには見えない、いたとしても生まれたばかりくらいじゃないか? せいぜい二十歳そこそこくらいの若さと大人っぽさを兼ね備えたような小柄で美しい女性だ。化粧も厚くないし、肩にかかるくらいの黒髪で、顔立ちも派手ではなく愛嬌のある、どちらかといえばおとなしめの印象だ。

「はじめまして、あなたが須磨豊君ね。オーちゃんがいつもお世話になっています」

 とても魅力的な声だ。言葉で言うのは難しいが、おしとやかな若い女性の声でありながら、ちょっとかすれたような感覚が男心をくすぐる。この人が世界をエロで満たそうとしているなんて。一目見ただけではとても信じられないだろう。

「あ、ああ、いえ、こちらこそ」

 もしかしたら、話せばわかってくれるかもしれない。だって頭が悪そうな感じでもないし、わがままそうでもない、いいお母さんじゃないか。

「アーモちゃんすごいんですよ。こう見えて子供が二人も……あれ、あなたは……この子が? そうなんですか? かっわいい~」

 相良もロロが見えたようだ。本人はそれどころではないようだが。

 よし、もうこうなったら俺が行く。こういうときは思い切りが大事なんだ。

「ああっ、あのっ、アアッ、アーモさんっ」

「おねえさん、って呼んで欲しいな」

「でっでは、おねえさん」

「なにかしら、豊君。告白なら即オッケーしちゃうかも」

「い、いや、ええと、やっやばいんです、せっせっ」

「あらあら、その先はちょっと、女の子もいるんだよ」

「そそ、そうじゃなくて、世界、世界がやばいんです」

「そうだよね。ほんとうに、この世界はつらいことが多すぎるよ。でも、おねえさんは豊君の味方だよ」

「いや、ええと、そういうことじゃなくて……。おねえさんがいるとエロパワーで……」

「ごめんね、おねえさんエッチなこと大好きで。でもどうしても、こっちに来たくて仕方なくて」

「それはどうして?」

「だってね、カーちゃんもオーちゃんもクラージョ君もこっちに来てるんだよ。自分だけダメだなんてひどすぎるよ」

「うーん、でも、こっちの世界が……」

「豊君は、おねえさんのこと嫌いかな? おねえさんは豊君のことこんなに好きなのに」

「いや、ええと、嫌いとかじゃないけど……」

「よかった。それならもっとエッチなこと一緒にしよう」

「えっと、えー。俺はいいんだけど……、その、みんなそうなると……」

「みんなエッチなの当たり前だよ。それなのにみんな我慢してる。もっと素直にならなきゃだめだよね」

 何だろう、俺がうまく話せていないのは確かだ。だがそれだけじゃない噛み合わなさがあるような。

「豊君、もっとこっちに来なよ。もっと近くでお話しよう」

「そうですよ、ほら、こっちに来て」

 相良に促され、ベッドの方へ行きかける俺。待てよ、俺が主導権を握るはずだったんだが、おかしいぞ、これは。

 ふと振り返ると、豪徳寺さんの視線がかなり冷ややかな感じがした。確かに話の内容を無視すれば、俺は相良にキスされベッドに誘い込まれていると言える。だがもっと前からの状況を考えれば決してそんなことはないとわかるはずだ、わかって、頼むから。

 しかし、俺の服は豪徳寺さんの方へ引っ張られていた。

「あ、ええと、あの……」

「豪徳寺さんでしたっけ。あなたも遠慮しなくていいんですよ、ほら、こうすれば」

 そう言うと、相良は豪徳寺さんにキスをした。ほっぺたなんかじゃない、唇である。本物だ。美少女同士のキス。これはっ! 絵になるっ! しばし見とれてしまった。

 豪徳寺さんも周囲の変化に戸惑っている。相良は何食わぬ顔で辺りを見回して、カオーソを見つけた。

「あら、ボクがカオーソ君かな?」

「うん」

 普段は饒舌なカオーソも、今日はよほど緊張しているらしい。相良の問いかけにも、頷くのがやっととは。

「ほらほら、カーちゃんもオーちゃんもこっちに来なよ。みんなで一緒に楽しもう」

「そうですよ、須磨くんも、豪徳寺さんも。みんなでいいことしましょう」

 いいこと。それは世界を救うことではなさそうな気がする。それなのに俺は、ベッドに向かうのだった。豪徳寺さんもついてきている、雰囲気に呑まれたのだろうか。そう、俺はいま三人の女性とベッドを共にしようとしているわけだ。正確にはさらに一人の少年と一人の少女もいるのだが。

 だがこれはあくまで作戦であって、そうすることで相手に近づき、隙を見て目的を達成する。そういうことなんだ。と遠くの方で俺の声がした、だから問題ない。

「ほら、こっちだよ。おねえさん頑張るから」

 右腕をつかまれて引き寄せられ、そのまま胸にくっつけられた。柔らかいものに挟まれる感覚。大きさで言えば、相良よりは小さいが、体の小ささの割にはボリューム感がある。そして何ともいえない女の人の香りが俺の周囲を包んだ。

「私も」

 今度は左腕が相良の大きなマシュマロに包み込まれた。なんだろうこの柔らかさ、これが体の一部だなんて人体の神秘は計り知れない。

「……」

 不意に豪徳寺さんが正面から抱きついてきた。二つの弾力を中心とした、温かい感じ。

 豪徳寺さん……どうして? もしかして、エロパワーの影響を受けてしまったのだろうか。ということは俺も? もう影響のせいなのか、いつもの俺なのか判断がつかない。なんかボーっとして力が抜けてきた。だがそんな上半身に反して下半身の元気さは、オリンピックの百m走スタート直後のように筋肉の躍動感に溢れている。相当やばいのではないか、これは。

 そしてそのまま俺はベッドに倒れ込むのだった。全身を温かさと柔らかさ、そして弾力が包み込む。三つの断続的な吐息が耳元で繰り返され、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。そうだ、俺はいまお花畑にいるんだ。もうずっとこのままいられたら、そんな思いに目頭が熱くなる。あああ、あああああ、あああ、俺……俺……、もう……俺……、おおお、おおおおお。

「やっぱり、こうなっちまったか」

「うむ、このままでは世界は闇に閉ざされるだろう」

「世界がどうとか難しいことはいいからさ、二人とも。ほら、ママの胸においでよ」

 そう言って起き上がったおねえさんのスカートから、ちらりと下着が覗いていた。かに見えた……が。

 なっ、なにぃーっ!

 スッ、スパッツ!!!

 その時一瞬にして俺の怒りは頂点に達した。全身に感じていた快感をも凌駕する強い怒り。その激しい衝動に、無意識のうちに俺はベッドの上に仁王立ちになっていた。

「おねえさん!」

「は、はい」

「スパッツはないよ。ありえない。おねえさんのキャラからしても、今日の服装からしても。パッツンパッツンのスパッツを運動するときにはくならまだわかる。でもスカートの下にスパッツって意味が解らないよ。寒がりか、夏だってのに。だいたいスカートで期待させておきながらパンツが絶対に見えないなんて、そんな絶望的なことはこの世にあってはならないことなんだよ。ああ、なんてこった。おねえさんならやってくれる、俺の期待をも凌駕する究極のパンツを見せてくれると思って期待していたのに、この仕打ち。俺はいまはらわたが煮えくり返って、いまにも叫びだしそうだよ。いや、もう叫ぶよ。叫ばせてくれ。俺は! スパッツが! 大嫌いだーーー!!! あとレギンスもトレンカもタイツもみんな大っ嫌いだー! ただ隠れる部分が長いものはスカートがめくれる前から既に絶望感があるということからすると、期待させといて絶望させるよりは良心的といえるのかもしれない。それに対してスカートがめくれるという滅多に訪れない奇跡を前に、天国を期待させて地獄に突き落とすスカート内スパッツは、もはや兵器と言っていいだろう。核をも凌ぐ超兵器だ。そのダメージは心の傷として胸の中に深く刻み込まれ、一生苦しむことになるだろう。ミニスカートだけど、どうせスパッツだろ。そんな考えが常に頭をよぎり、希望を見出せなくなってしまうだろう。ひどい、ひどいよおねえさん。どうして、どうして、そんな……」

「ごめんね豊君。今日はたまたまはいてきちゃってて。わかった、脱ぐよ」

「いえ。もう脱いでも遅いです。俺の心はもうズタボロです」

「そんな……」

 おねえさんは、少し落ち込んだ表情をしている。言い過ぎてしまっただろうか。しかし俺は溢れる衝動を押さえ切れなかったんだ。わかって欲しい。それはそうと、相良も豪徳寺さんもキョトンとした顔をしている。まあ無理もないことだが、エロパワーの影響が若干弱まったようにも見える。いけるかも。

「どうしたら、どうしたらいいのーっ!」

 だがそんな油断も束の間、おねえさんの絶叫がこだました瞬間、その場にいる全員の服が消滅した。俺も豪徳寺さんも相良も、おねえさんもロロもカオーソも、全員が生まれたままの姿となったのだ。

「きたな、母上の全裸フィールド――パラディーゾ。これで半径一kmの者は絶対に服を着ることはできない。化粧やアクセサリ、刺青や絆創膏でさえも不可、自らの肉体を一切隠すことはできなくなった」

「ああ、僕も久しぶりに入ったよ。百三十年ぶりくらいかな。でも夏でよかったね、冬だったら凍えるとこだったよ」

 見てしまった、いや完全に全部は見ていないが、かなりの部分を見てしまった。あまり細かく言うことはできないが、大きさで言えば、相良、おねえさん、豪徳寺さん、ロロの順番だ。服の上からでもわかってたことではあるが、しっかりと肉眼で確認してしまった。

 あああ、でもどこを見れば、そ、外を見るしか、外を、と窓に目を向けたとき。

「ぬおーっ! アーモぉぅうううう!」

 巨大な筋肉の塊が窓を突き抜けて飛び込んできた。親父さんである。もちろん全裸だ。氷の中から脱出できたのか。

 なお公平を期すため男性陣の順番を言うと、親父さん、俺、カオーソの順だ。何の意外性もなくてすまない。

「あ、クラージョ君。氷結放置プレイはもうおしまい?」

「うむ、満喫したよ。はっはっは。はーっはっは。たった今亀裂が入ってね、それで飛び出してきたんだよ」

 よし今だ。もうここで決めてしまうしかない、一刻の猶予も許されないのだ。俺はロロとカオーソそして豪徳寺さんとアイコンタクトをとり、お母さんと相良のパロ解除大作戦をスタートさせた。ちなみにちゃんと目だけを見た、そのはずだ。

「さっ相良さん、ええと、ちょっと言いにくいんだけど……」

「なんですか? 急に改まって」

「おねえさ、いやアーモさんはああ見えてね、えっと、なんていうか、やばい人なんだよ。ええとほら、今だって全裸にされてるし、困るだろ」

「別に構いませんよ。恥ずかしがってるのは須磨さんだけじゃないですか。ほら豪徳寺さんも」

「うん、裸なのはいいと思うの。でも他のことができないと」

 どうやらエロパワーは健在らしい、二人とも一切隠すそぶりがない。丸出しで丸見えである。何もかも。

 だが俺は踏みとどまる。パンツのことを思い浮かべる。裸よりパンツ、裸よりパンツ、パンツがすべてなんだ。よし、これで。

「そっそうだよね、エロい事ばかりじゃなく、勉強もしないとさ、ほら」

「いいじゃないですか、勉強なんて。エッチなことだけしていれば幸せです」

「い、いや、でも」

 成績優秀な勉強家の相良の口からこんな台詞が出るとは。恐るべしおねえさん。

 ロロたちの方も、説得は難航しているようだ。おねえさんはしっかりと三人の話を聞きながらも、

「ミヤビちゃんと別れるなんてできないよ。だって私、ミヤビちゃんのこと大好きだもん」

 と、かたくなに拒否している。だめなのか? 世界はもうだめなのか?

 だがそのときだ。俺の頭に一筋の閃光が走った。

「ぬううおーっ!」

 俺は雄たけびを上げ、ひたすらに相良の部屋の引き出しを開けまくった。どこかに、どこかにあれがあるはず、どこかに……あった!

 それは紛れもなく相良のパンツであった。綿製の白くて生地の厚い例のものだ。実を言うと、引き出しの中には他のパンツもあった。真っ赤な紐パンもあったのだ。だが俺はあえてこれを選んだ。それは相良のパンツはこれだと俺の脳内にきっちりとインプットされているからだ。

「こ・れ・を・見・ろーっ!」

 そして俺はおもむろにそのパンツをはいた。そう、確かにはいた。はけたんだ。

「ばっ、ばかな。全裸フィールド内でパンツをはくなど、ありえん!」

「はけるはずがない、はけるはずがないよ。あらゆる体への装飾は完全に禁止されているはず」

「まさかっ、まさかぁーっ。このわたしですらできない、全裸フィールドでパンツをはくなんてぇえええ」

 無我夢中だった。パンツのことで頭がいっぱいだったんだ。そして体が自然に動いた。このパンツをはく、俺はこのパンツをはくんだって。それだけだった。

「そっか、はいちゃうんだ」

 おねえさんは、ふっとため息を一つついた。

「豊君が初めてだよ、この楽園の中で服を着たの。おねえさんほんとびっくりしちゃった。どうしてそんなことができたのかな?」

「俺にとっては、パンツがすべてなんです」

「そう。そうなんだね……。わかった。わかったよ。おねえさん豊君の言う通りにするよ。何して欲しい?」

「い、家に……帰ってください……」

 言ってしまった。でも仕方ないんだ。

「そっか、家に帰ればいいんだね。寂しいけど」

「おねがいします。世界のためなんです。俺、おねえさんのこと大好きです。でも、どうか、お願いします」

「じゃあね、豊君。キミの事は忘れないよ。ほらクラージョ君も帰ろう。一人じゃ寂しいよ」

「うむ」

「カーちゃんもオーちゃんも、たまには帰ってきてね。帰ってこないと、ママ泣いちゃう」

「わかりました、母上」

「うん、わかってる」

「またね、ミヤビちゃん、豪徳寺さん。みんな、またね」

 そして、親父さんとおねえさんは光の中に消えていった。

 しばらくの間、全員放心状態。

「イヤーッ!!」

 突然、二人の悲鳴が部屋に響き渡った。同時だった、完全にシンクロしていた。

「とにかく出よう、仮の服を出すよ」

 カオーソが豪徳寺さんを連れて走り出した。カオーソが右手を上げると、豪徳寺さんの体に来たときと同じ服が着せられた。カオーソも来たときの服を着ている。

「貴様もだ。ノロマめ。早く来い」

 ロロも服を着て走り出した。俺もロロを追いかけて走った。でもロロは俺に服を出してくれないんだが……。

 リビングをわき目もふらずに抜け、とにかく全力疾走で実家へと戻ってきた。周りを見たら、見てはいけないものを見てしまう、そう思ったからだ。だが逆に言うと誰かに見られたかもしれない。しばらく実家には帰ってこれないな。

 実家は相良の家から一km圏内なので、家族は一度は全裸になったはずだ。だが確認はしない。誰だって知られたくないことはあるさ。大人の配慮ってやつだ。

 実家にはまだ俺の服が少しばかりあったので、それを着た。でもこれどうしよう。これというのは、他でもない相良のパンツである。はいたまま帰ってきてしまったのだ。まさか学校で返すわけにもいかないし。もらってしまっていいのだろうか。それもちょっと……。ともかくポケットに入れておこう。

 ロロは直接俺の部屋に帰ったようだ。こっちには来ていない。俺もちょっと気まずい感じがするので、こっそりと実家を出ようとした。

「豊さん。帰ったんですか?」

「あ、ああ。真実か。まあね」

「先ほど突然裸になってしまったのですが、あれはやはり」

「ああ、うん。でも戦いは終わったよ。世界の平和は保たれた」

「そうですか。それはよかった」

 相変わらず表情は薄いが、それでも安堵の気持ちが見て取れた。

「じゃあ、俺帰るわ」

「はい」

 そして俺は両親とは顔を合わさず、自宅へと向かった。


 自宅へ入るとロロは既にパソコンの前、定位置だ。なんか安心する。

「貴様。遅かったじゃないか、どこをほっつき歩いていた」

「いや、実家で服を着たからさ」

「そうか……まあ……その……ご苦労だったな」

「あ、うん。パンツはいただけだけど」

「パンツか……。ふん……」

 なんか世界を救ったって実感はない。単にロロの家に遊びに行ってきたみたいな。終わってみればの安堵感ってことなんだろうけど。

 ただ、また学校が憂鬱だよ。今度も許してくれるのかなぁ。


 あれから数日、世界はいたって平和だ。

 相良も豪徳寺さんもエロパワーに影響されていたときの記憶はあいまいみたいだったけど、事情は理解してくれていたので、さしたる問題はなかった。

 ただ、相良のパンツのことはお互い言い出せないでいる。相良の方は忘れてしまっているのかもしれない、確認できないが。だから俺のパンツと一緒に奥の方にしまってある。まあ、世界を救ったご褒美と勝手に理解しておこう。


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