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作者: 関口 太郎

 ベイブレード、というオモチャを知っているだろうか。


 ベーゴマを現代風にアレンジしたもので、全体はほぼプラスチックでできており、いくつかのパーツでできた層で構築される。

 一番上はアタックリングと呼ばれ、ベイブレードの特徴を決める大きな要因となる。名前の通りリング状のパーツで、先端が尖っているものはアタックタイプ、丸まって攻撃を受け流すような形をしているものはディフェンスタイプ、などと分類され、中央には青龍や白虎をモチーフとしたキャラクターが描かれたビットチップと呼ばれるものを着ける。

 二番目のパーツはウエイトディスクで、基本的にはベイブレード唯一の金属パーツである。このパーツが全体のおおよその重量を決定し、ぶつかった時にどのくらい飛ばされるかが決まってくる。

 最後は、ベイブレードの土台となるブレードベース。このパーツはベイブレードの重心の高さを決定し、この中央に装着するスピンギアというパーツが全体の軸となり、回転方向を変化させる。


 何万通りというパーツの組み合わせの中から自分好みにアレンジしたベイブレードを用意したら、シューターと呼ばれるベイブレードの発射装置にセットする。実際のベーゴマはタコ糸を巻きつけて手首のしなりを使って投げ出すことで回転力を生み出すが、このオモチャはより手軽に遊ぶことができる。

 シューターには回転する二本の足の部分があり、その部分にはツメとなる個所があるのでそれをベイブレードのスピンギアの部分に引っ掛けるようにする。スピンギアはベイブレードの内側に位置するパーツだが、上のパーツには引っ掛けることができるよう溝が開いている。二本の足を回転させるには片方が波状になっている棒状のワインダーを用いる。それをシューターに開いている穴に差し込むと、二本の足の上部の歯車になっている部分と噛みあって、足が回転する。


 ベイブレードで遊ぶにはスタジアムと呼ばれる台を使用する。ベーゴマと同じようにすり鉢状になっているもので、素材はプラスチックでできており簡単に飛び出さないように三か所に壁がついている。二人、もしくはそれ以上の人数でスタジアム越しに向き合う。シューターを片手で持ち、もう片方の手の人差し指と中指をワインダーに引っ掛けるようにして持つ。シューターを持った方の手はスタジアムの上で固定し、ワインダーを持った方の手を勢いよく引いてスタジアムの中にベイブレードを発射する。絶対的なルールではないけれど、その時『ゴーシュート!』と叫ぶ。


 ベイブレードが回転し、スタジアムの中で激しくぶつかり合う。プラスチック製とは思えないほど激しい音を響かせながら回転が続く。この勝敗の決め方は実に単純だ。ベーゴマと同じで、最後までスタジアムの中で回り続けたものの勝ち。場外へ飛ばされたり、先に回転が止まってしまったら負けとなる。

 このオモチャは、少なくとも僕の周囲の子供たちの間では流行っていたと思う。友達が少ない僕でさえ遊んでいたのだから間違いないだろう。


 いつものように近所の公園でベイブレードを持ち寄って遊んでいた。

 みんながスタジアムを囲んで他の子の対戦を熱中して観ている中、僕はその輪から少し外れ、どうしたらもっとベイブレードが強くなれるかと考えていた。

 僕はクラスの中でも力が強い方ではなかったので、自分の力で発射するというベイブレードのシステムは僕には不利であり、実際あまり強い方ではなかった。


――――改造しよう。誰にも負けないような、強いベイブレードに。


 力が弱い僕にとって、ベイブレード自体を強くするというのは少ない選択肢の中で当然の判断だった。

 友達に別れを告げて家へ帰ると、勉強机の引出しを開けた。中には、ベイブレードのパーツの他に、文房具が隅っこの方にごちゃごちゃと重ねられているのを見つけた。普通に売っているパーツでは限界があると思った僕は、文房具の山の中からカッターの替えの刃を取り出し、それを四つに折った。愛用していたのとは別の、もう一つのベイブレードのアタックリングを外し、裏返してカッターの刃を十字になるようあてがう。その上からセロハンテープをべたべたと貼り付けて、また本体に取り付ける。厚みが増したことにより取り付けることができなかったので、上からテープで固定した。


 自信満々で公園に戻り友達に見せびらかすと、当初僕が求めていた反応とは違っていたけれど、僕はこれが強いと信じていたので、構わずその日集まっていた集団の中で一番強い子に勝負を挑んだ。

 改造したベイブレードをセットしたシューターを左手で押さえ、右手の人差し指と中指をワインダーに掛ける。カッターの刃が当たらないよう、慎重に。衣替えが終わり、石焼き芋のアナウンスが聞こえてくる時期だというのに、両掌はじっとりと汗ばみ、ひどく緊張していたのを覚えている。手が滑らないように左手を一度放してシャツの裾で拭いた。うっすらと、オレンジ色のシャツが焦げ茶色に滲む。


『ゴーシュート!』の掛け声で二人同時にワインダーを引いた。相手のベイブレードは勢いよく回っているのに対して、僕の方は傾かない程度に弱弱しく回転しているだけだった。その上、テープやカッターの刃のせいで回転が不規則になっている。

 二つのベイブレードが牽制し合うように距離を取りつつスタジアム内を何周かしてから、中央付近でぶつかり合った。ギャン!という鈍い音と共に相手のベイブレードの回転が少し弱まり、再び離れていく。


 いける!自分の考えは正しかったと、そう確信した。もう一度、今度は自分のベイブレードが相手のものを追いかけるようにして近づいてゆく。

 また同じように金属のぶつかった鈍い音がする。今度はその音に、ねちゃりとした粘ついた音も混じっていた。見ると、僕の方のベイブレードだけが倒れて回転が止まっていた。

アタックリングが無くなった状態で。


「うわああああっっ!」

 正面から泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてきた。

 顔を上げると、右目を押さえてうずくまっている対戦相手が見えた。押さえている右手の中指と薬指の間から見慣れたアタックリングが生えている。

 何が起こったか理解できずにうろたえている子。右目から流れてくる血に驚いて腰を抜かしている子。助けを求めようと周りをきょろきょろと見渡している子。そして、小さくうめき声を上げながらうずくまっている子。

 そんな中で僕は、勝負に負けて悔しがっている子だった。どうして勝てないんだろう。どうやったら勝てるんだろう。次はどんなふうに改造しようか。そんなことを考えていたと思う。


 数分後、様子がおかしいことに気づいた近所のおばさんが救急車を呼び、怪我をした子以外はそれぞれの家へと帰された。

 それから僕は、どこから聞きつけたのか仕事場から飛んできた両親にこっぴどく叱られた。内容は覚えていないけれど、なんでこんなことをしたんだなんて怒鳴っていたような気がする。

 次の日には顔の右半分を包帯で覆ったままの彼の前で父親に後頭部を掴まれ、顔面をすりおろすかのように床に何度も擦りつけられた。家に帰ってからはベイブレードに限らず持っている全てのオモチャを捨てられ、残ったのはゲームに使っていた単三電池六本だけだった。


 そのことがあったのが金曜日の事だったので土日を挟んで学校に行くと、教室の空気がいつもとは違うことを肌で感じることができた。僕はクラス内では全く目立たないタイプの子供だったので、教室に入っても仲の良い数人以外は気にされていなかった。しかし、今日は違う。教室へ入るなりほとんど全員が僕の事を一瞥してから目を逸らす。まるで、何を描いたか理解できない、気味の悪い絵画を見てしまったかのように。

 教室の後ろにあるロッカーにランドセルを置き、窓際から二番目の列の前から三番目の席に着いた。先週席替えで決まったばかりのこの席は、冬が近づいているこの時期には日差しが暖かくとても気に入っている。

運動着袋を左の側面にあるフックに掛けようとすると、こちらを見ていた隣の子と目が合った。その子は左目だけで僕を見ていた。友達の友達で特に仲が良かったわけではなかったので会話することもない。彼から話しかけてくることもなく、窓の方に顔を向けてしまった。


 チャイムと共に先生が入ってきて朝のホームルームが始まった。日直の生徒がつつがなく進行し、スムーズに最後の朝のあいさつまで終了する。

 あいさつが終わった後に先生が立ち上がりかけていた生徒を制して教壇の前に立った。何事かと思ったら、ベイブレードで遊ぶときは十分気をつけろということだった。話す前に僕の方をちらりと見たのは気のせいではなかったようだ。

 あの言い方だとまるでベイブレードが危険なオモチャだと勘違いされそうで、大人は何も分かっていないと腹立たしく思ったりもしたけれど、今日の給食にフルーツヨーグルトが出ると分かったら、嬉しくていつの間にか忘れてしまっていた。


「ただいまー」

 体育の準備運動が先生とのペアになってしまったこと以外は特に変わったこともなく、いつも通りに帰宅した。そのまま自分の部屋へ直行しランドセルを放り投げると、漫画しか置いてない本棚の上にあるブタの形をした貯金箱を手に取る。首の部分に鍵穴があり、鍵を差し込んで回すと頭部が外れて中身が取り出せるという、ちょっと変わった貯金箱だ。

 鍵を開けて中身を確認すると、千円札が一枚に五百円玉が一枚、それと十円と一円が少しずつ。これだけあれば足りるはずだろう。そう当たりを付けてポケットに全財産を詰め込むと、お金を落とさないよう慎重になりながらも、僕は近所のおもちゃ屋へ走った。

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