コンテンツの洪水
「我々は毎日、いったい何に追い立てられているのか?」
進化し続けるインターネット世界。
ただでさえ、情報過多であるというのに、AIの登場が拍車をかける。
情報収集にかける時間。
思考のゆらぎ。
呼吸をする間もなく、間髪入れずに返される「答え」のようなもの。
すべてがノータイムで、脳が酸欠を起こす。
息抜きの「娯楽」ですら、大洪水だ。
「誰でも発信できる時代」には、初期選別のフィルターがかけられていない。自分好みの「本当に価値のあるコンテンツ」を見つけるのにも、ひと苦労。
収集癖のように、何事も見逃すまいとすればするほど、人々は娯楽に追い詰められていく。
一度バズったものは、しつこく模倣される。
テンプレート化した文言は、探索者を混乱させる。
それなりに気に入った作品も、タイトルで思い出すことはない。
画がなければ識別できないほどには、どれも似たような設定、文言が並ぶ。
画すらもAIによるものが増えてきた。
この先に待ち受けているものは、いったい何か?
これからは発信者よりも案外、「選別者」の方が重宝される時代となるのかもしれない。
だが、それすらも、あっという間に、情報の濁流に飲み込まれる。
時間は加速し続ける。
人間の心が、もはや追いつけぬ速度で。
そして、量子コンピュータが一般普及する。
今度は、あまりにも速度が早すぎて、「停止して見える」現象が訪れる。
オーダーメイド・コンテンツの到来。
それも、おそらくそう遠くはない未来の話か。




