1-1、勇者リの始まり
世間の人々は異世界転生に興味を持っていた。
車を運転しているしがない中年竜洋も異世界転生に興味を持っていた。
スマホから流れる音声。有名的なゲーム会社がゲームの内部だが、異世界を創り上げたと発表したというニュースが流れる。疑心暗鬼の心で聞くも、心のどこかで期待している。
「異世界転生してぇよなぁ。バイト漬けで何とか食って行けてるけど、もうこの生活、辛ぇよ。」
そんな愚痴を垂らして欠伸する。
「あっ、やべっ。赤だ!」
一瞬の気の緩みで赤信号無視してしまった彼は思わずブレーキを踏む。
が、猛スピードでやって来た車と衝突してしまう。
強烈な破裂音。視界が暗くなっていく。聞こえるのは救急車のサイレン。しかし、その音すら遠くなっていく。
まるで死神に連れてかれた洞窟の蝋燭を眺めているよう。そして消えそうな蝋燭の火に新たな蝋燭を近づけ灯そうとして、ふうっ、と死神の息を掛けられ、失敗し絶命し、噺を終える噺手ように、消えていく目の先。
◆◆
『テンプレ通りは嫌なので抗います。奇天烈勇者VS王道世界』
◆◆
――。
(あれ……。俺は今何をしているんだ? 確かさっきまで車を運転して……。)
爽やかな風が吹く。
倒れている体を起こし、そして周りを見渡した彼が目にしたのは一面風になびく草原。まるでこの世のものとは思えない光景。その感動のあまりに空いた口が塞がらない。
「ここは……天国か?」
「いいや。ここは異世界だ。」
一人の男がそこにやって来た。
「初めまして。私は今下駿です。ここでのプレイヤーネームは"コンン"ですので、そちらでお呼び下さい。先上竜洋様、ようこそ異世界へ。」
確かにその男は言った。――異世界と。
しかし、それ以上に気になることが彼にはあった。
「今下さん……って、あの最近、異世界を作り上げたって噂の会社の社長の――」
「ええ。そうですよ。そして、ここはまさしく貴方の言う異世界。先上様は事故に遭われたのですよ。その後、植物状態となりました。そして、貴方の親戚の許可のもと、貴方の脳内情報をこのゲームに移籍したと言う訳です。この世界ではこれからその見た目で過ごして貰います。」
彼は続けて「さて、移動しながら話しましょう」と言い、草原を踏みしめて進んでいく。
「では、今の俺は世間体では死んでいるってことですよね。俺はこのままこの世界で暮らしていかなければならないのでしょうか?」
「いいえ。俗世へと生き返る方法があります。」
「何ですか?」食い気味に聞く。
「最先端技術を用いた手術ならば生き返れます。ただ――」
「ただ――?」
「お金が膨大な程かかりましてね。普通ではその費用を稼ぐことは難しいでしょう。ですが、貴方には稼ぐ方法があります。」
「何でしょう?」
「配信です。この異世界には魔物がいて魔王がいます。魔王を倒し、この世界を平和にする冒険をするのです。それをモニタリングします。ただ、多くの人に見て貰いたいですから、対象年齢が十八を超えないようお願いしますね。」
草原を抜け、門番をパスして都市へと来た。見た事あるような壁に囲まれたヨーロッパ風の町だ。俗に言うナーロッパ都市という訳だ。
「では、お待たせながら、これをお渡ししましょう。」
そう言って渡したのはスマホだった。しかし、触って画面を見ると中身は特性と言う感じがあった。
「その中に、この異世界の設定確認、地図、モンスター図鑑、現在のクエストやサブクエストなどが確認できるアプリが入っております。ここから我々が配信できるまでの期間、この町にて滞在して貰うことになります。その間、もし困ったことがあればいつでも連絡ください。窓口が常時対応致します。」
手渡されるお金。彼はそれを受け取る。
「まずはこの世界での名前を決めて頂きます。ひとまず宿で体を休めながら決めてはいかがでしょう。」
男はにっこりと笑って、その場を去ろうとしたが、再び声をかける。
「言い忘れてました。私、コンンは貴方の旅に同行します。同郷出身のパーティの仲間となります。よろしくお願いしますね。」
ちょっとした圧がある。
コンンはそのまま踵を返して進んでいった。その後ろ姿が遠くなり、消えていく。
取り残された彼は提案通り、宿へと向かう。そして、スマホに触れる。
名前を決める欄がいきなり出てきた。
彼はそこに名前を打ち込む――。『リ』と。
これは奇天烈勇者『リ』の異世界転生の物語である。
都市の中でそれなりの時間を過ごした。
宿に泊まっていたリの元へコンンが現れる。
「お久しぶりです。これから異世界転生のモニタリングが始まりますが……一つよろしいでしょうか。」
壁ドン!
顔を近づける。
「おい。お前。ふざけてんの。何が名前『リ』だ。変えるなら今のうちだ。早く変えろ。」
豹変した態度に気怖じしそうだ。
だが、リは曲げなかった。負けなかった。
「俺は"リ"だ。それでいいだろ? 年齢制限も問題ないはずだ。」
「ふざけやがって。」
邪険な空気が広がる。
リは変人だ。王道――テンプレに踊らされたくないと思っている。厨二病が抜けていないと言えばそこで終わりだが、独特な感性を持つと言えば頷けるものもあるだろう。
「早くやれよ。物語の開幕の狼煙を。」
チッ――。そんな舌打ちの音が聞こえる。
片手を真っ直ぐ伸ばす。その手のひらに宇宙のような色のオーラが集まる。
シュパッ。
彼が真横に手を振る。それはまるで斬撃の如く、いやそれ以上の存在の攻撃。部屋を、リの首を、空間そのものを切り裂いた。
◆
"リ"の自動スキル。
【リトライ――。】
光り輝く魂の玉を所持していれば、条件達成時に常時自動的に発動される。条件は死んだ時。発動内容は、セーブポイントでセーブ前に蘇る。つまり、ロールプレイングゲームの勇者のような能力である。ちなみに、セーブは一日の始まり、セーブ地点に立ち入った時に自動的に更新される。
◆
目を覚ませば、そこは草原が広がる大地。
異世界冒険の始まりの風が吹く。
そこにやってくる一人の男――コンン。そして不満げそうな顔を覗かせながら、口を開く。
「ようこそ――異世界へ。」




