第6話 静かな朝
朝は、思っていたよりも静かだった。
昨日あれだけの騒ぎがあったというのに、屋敷の空気は何事もなかったかのように穏やかで、窓の外では小鳥がないている。その静けさが、かえって現実味を薄くする。
ルルリは、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
視界がぼんやりしている。
天井の模様を認識するまでに、少し時間がかかった。
体が、重い。
熱は下がっているけれど、奥の方にまだだるさが残っている。
指を動かしてみるとちゃんと動いて、私はほっとして、小さく息を吐いた。
「……ルルリ?」
すぐ近くから声がした。
横を見ると、ヒマリが椅子に座ったまま、ベッドに顔を寄せていた。
どうやらそのまま眠っていたらしい。
目の下にうっすら影がある。
「ひまり……?」
まだ舌がうまく回らない。
それでも名前を呼ぶと、ヒマリはぱっと顔を上げた。
「起きた……よかった……」
その声には、昨日からずっと溜めていた不安が混ざっていた。
昨日のことを思い出そうとする。
落ちてきた本。ヒマリの顔。
胸が、ぎゅっとなった。
そのあと、冷たい何かが体の奥から湧き上がって――
「……みず」
無意識に、言葉がこぼれる。
ヒマリの肩がぴくりと揺れた。
「覚えてるの?」
ルルリは答えられない。
覚えているというより、残っているという方が近いかもしれない。胸の奥に、まだある。そんな感じがした。目を閉じると、そこに小さな水面が広がる。
澄んだ、静かな湖。
湖は昨日より少しだけ深くなった気がする。
「昨日ね、本が落ちてきて……ルルリ、魔法で水を出したの」
ゆっくり、確かめるように言う。
「ふわって、ルルリの手から出てきた水が本を包んだの。すごかった。でも、そのあと……」
言葉が詰まる。
ルルリは少し考えてから、小さく言う。
「……ねむくなった」
そうだ。
急に力が抜けて、立っていられなくなった。
湖の水が、いっきに空っぽになったみたいに。
扉が静かに開いた。扉の奥から出てきたのはお父様とお母様だった。
二人とも、昨日よりは落ち着いている。
けれど、緊張はまだ消えていない。
お父様はルルリのベッドの横まで来て、ゆっくりしゃがむ。
「気分はどうだ?」
ルルリは少し考えてから、素直に答える。
「ちょっと、つかれた」
正直な言葉で答えた。嘘をついてまで「大丈夫」と言っても意味が無いと思ったから。
お父様はそれを聞いて、ほんの少し安心したような表情になった。
お母様はベッドに腰を下ろすと、ルルリの髪を優しく撫でる。
「昨日はね、びっくりしたのよ」
そう言うお母様の声はやわらかくて、責める響きなんてなかった。
「一歳で魔法が使えるのもすごいし、水の魔法だなんて」
お父様も言う。
「そうだ。まだ小さい。それに魔法は難しいんだ。ゆっくり覚えていけばいい。」
そして少し間を置いてから続ける。
「ヒマリを守りたいと思ったのは、立派だ。だが……」
言葉を選ぶ。
「まずは自分が元気でいることだ。」
私の胸の中の湖は静かだけれど、昨日より存在感がある。
お母様はヒマリに目を向ける。
「ヒマリも、怖かったでしょう?」
ヒマリはうつむき、小さくうなずく。
「でも……ルルリの水は青く透き通っていてとってもきれいだったよ!」
その言葉を聞いたお父様とお母様の反応はちがった。
お父様は驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻った。
お母様は微笑みながら、
「そんなに綺麗だったのね、私も見てみたかったわ」
きれい。
ルルリはヒマリが言ったその言葉に、少しだけ笑う。自分の魔法をほめて貰えて嬉しかった。
自分の中の湖を思い浮かべる。
昨日空っぽになってしまった湖は少し水か増えていた。
父は立ち上がり、窓の外を見る。
朝の光が庭の噴水に当たり、水面がきらきらと揺れている。
偶然なのか、運命なのか。
一歳で、水。
早すぎる発現。
倒れた代償。
頭の中に疑問は尽きない。
だが今は、ただ。
「今日は一日、安静にしよう」
お父様が言うと、お母様も頷いた。
その言葉に私は少し不安になった。顔に出したつもりはなかったが、お母様にはわかったのだろう。
「ルルリ、不安になることわないわ。私たちはルルリの見方よ。安心してね。」
その言葉を聞くと、
胸の奥の水面が、ゆっくり落ち着いていくような気がした。
ヒマリがそっと言う。
「今度は、私が守るからね」
ルルリは目を丸くして、少し考える。
そして、小さくうなずいた。
朝の光はやわらかく、部屋を包んでいる。
静かな一日が始まる。
だがその静けさの奥に、確かにある。
ちいさな湖。
ルルリとヒマリの冒険はまだ、始まったばかり。
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