表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

たまたま助けた人が聖女なわけないだろう 1章-1

「兵士さん!大丈夫ですか?」


 女性はくるりとこちらに振り向き、遅れて長い髪の毛がふわりと舞う。夜の闇と相反するような真っ白なワンピースから伸びる包帯を巻いたボロボロの裸足でこちらに歩み寄る。


「どうしましたか?もしかして頭を打ちましたか!?」


 何と喋ればいいのか考えがまとまらず呆然とする俺の頭を女性はべたべたと触る。

 何があったのか端的にいうと、この女性が巨体の魔物を倒した。


時間を巻き戻そう。


 深夜、森の入り口にて部隊が整列している。その横では軍医と衛生兵が辺りを整備する。


「レオンハルト隊長、全員揃いました。」


 副隊長から報告が上がる。

 

「全員、必ず3人体制で行動するように!」


 号令の後に兵士たちは森の中に次々に入っていき、最後に俺と部下も続く。

 シンと静まり返る森の中を歩く。左手にカンテラを持ち周りの異常が無いか神経を研ぎ澄まし、木々の間から漏れるカンテラの光に目をくらましそうになりつつ当たりを見回す。


 この時間帯は獣や魔物がうろついている。集団行動とはいえ外を出歩くのは自殺行為だ。こんなことをする理由は見張りからの報告を受けたからだ。獣の鳴き声も魔物の歩き回る足音も虫の音もない、森がとても静かだと。

 たまたま皆引きこもりたい気分だったとか今日はちょっと肌寒い日だからとかなら良いんだが、実際にそんな理由だったことはない。こういう時こそ異常が発生している方が多い。例えば強力な魔物が出現したとか。いっそ派手に暴れまわってくれた方が探す手間が無くなる分楽なのだが、そんな血気盛んな魔物は意外にも少数派だ。むしろ確実に人を襲うために静かに潜伏していることの方が多い。幸か不幸か人や何かしらへの明確な殺意を抱くような魔物は通常の魔物と比べて保有する魔力が桁違いの化け物で、並の魔物からしても獣からしても虫ですらも関わり合わないよう身を潜める。このようにしてこういった危険な存在が近くにいると『異常な静寂』という形で森から警告が出る。警告のついでに魔物の居場所も知らせてくれればいいのだがそんなサービスはないらしい。

 灯りがあるとはいえこの真っ暗で視界の悪い森の中から息をひそめている魔物を探し出さないといけない。日が昇ったら探せばいいのではと思うかもしれないが、一番最悪なのは見張りが手薄なこの深夜の時間に城壁内に侵入されることだ。極端な例だが以前別の国で魔物が侵入した結果、一区域内の市民が一人残らず虐殺されたことがある。一般人が並大抵の魔物に対抗できるかどうか怪しい。2,3人がかりで1体倒せれば御の字だ。ましてや化け物級の魔物相手だと絶望的である。鍛えている兵士でも複数人掛かりで挑まなくてはいけない。


 パキッ。


 かすかだが小枝が踏まれたような音が聞こえた。

 一緒に組んでいる部下二人、近くにいた別の部隊も気付いたようだ。


「俺たちが見てくる。もしものことがあったら頼む。」


 別部隊のリーダーは返事をし、部下とともに音のなった方へ向かう。

 木々の合間を縫い膝位まで伸びる雑草や落ち葉、小枝を踏み歩いていくと、俺たちとは別の騒音が聞こえ始める。条件反射でその方向へ走り出す。途中地面には何かが茂みを踏んでいった跡と1個飛ばしに血痕が付いていることに気付いた。音の発生源は間違いなくこの先にはいるが恐らく目的の相手ではなさそうだ。

 そして真っ暗な森の中で悪目立ちする白い何かが倒れているのが見えた。少し距離を置いて立ち止まる。


「ひっ・・・・・!」


 その人はこちらに向き腰を抜かしたまま後ずさる。乱れた長い髪の毛の隙間から怯えた表情が見える。足は何故か裸足で土や泥で汚れていて、細かい傷も多く特に右足の裏の出血が酷そうだ。右足に点々と続く血だまりが痛みを想像させられる。


「隊長!何か見つけましたか?」


 遅れて到着した部下を右手で制する。


「へ?女の人?」


 さらに遅れてきたもう一人の部下は拍子抜けしたような声を出す。

 自身の剣が収められているのを確認し怯える女性の方に一歩近づく。女性はびくりとする。一定の距離を保ち目線を合わせるためにしゃがみ静かに話す。


「私達はノルディス国の軍の者だ。ここで何をしている?」


 女性は喋ろうとするが「えーっと」とか「その」とか言うばかりで意味のある言葉が出てこない。一応近辺を守るものとして職務質問しようとしたものの求める答えは一向に出てこない。このままでは埒が明かない。


「ここにいては危険だ。一先ず安全なところに移動しよう。足は大丈夫か?」

「あっはい。」


 女性は肯定するものの、苦痛に顔を歪ませるだけでまともに立つことが出来なさそうだ。


「失礼。」


 俺は女性を抱えて戻ることにした。女性は驚き慌てているが暴れず大人しくしている。


「わ、私はこれからどうなるんですか?殺されるとか?」

「なぜそうなる。さっきも言ったように安全なところに移動する。足のケガもそこで治療しよう。」


 部下を引き連れて森の入口に戻った。

 戻るまでの間に女性から事情を途切れ途切れに聞いた。一言でまとめると「捨てられた」そうだ。もともと別の国の屋敷に住んでいたが、夜にいきなり目隠しをされ馬車に乗せられたかと思ったら知らない森の中に置き去りにされたとのこと。こんな寒い中薄い布地の白いワンピース姿な上に裸足だったのはそういう事だ。貴族なのかと聞いたが口ごもってしまった。

 殻潰しを減らすため、あるいは恥さらしの娘、息子を処分するためにこの森を利用する後先考えない人はこのご時世にも関わらず未だに一定数存在する。処分された人を無事に保護できれば一番いい。もし保護出来なくても何も起こらないことの方が多いが、それでも万一というものは必ず発生する。国や街に被害が無ければいいが、もし発生したときにその処理をするのは俺たち近隣の軍隊だ。ただ面倒なだけなので勘弁してほしい。

 拠点に到着し、軍医の方に向かう。


「おかえりなさい、隊長。その人はもしかして?」

「ああ、いつもの『捨て人』だ。足にケガをしている。」

「分かりました。こちらに。」

 

 灯りのあるところに移動し、女性を簡易な椅子に座らせる。


「足の裏に枝が刺さっていますね。抜きますが痛いので我慢して下さいね。」


 軍医は慣れた手つきで治療を進める。


「彼女のことは頼んだ。私は戻る。」

「お気をつけて。」


 軍医はそう言って治療を続ける。心配そうにこっちを見る女性を横目にその場を去る。俺の代わりに報告及び現状確認をする部下たちと合流し再び森に入る。

 まだ肝心の魔物は見つかっていない、そう聞いた直後に静寂が破られた。


「魔物が出たぞ!!!」


 奥から大声が響き渡る。俺たちは走り出した。

 三人の兵士、そのうち一人は負傷しているようで肩を貸して走ってくる。


「大丈夫か!」


 こちらに気付いた兵士たちはこちらに向かう。その後ろについていた一人が構えていた剣を納めて報告する。


「負傷者が一人です!今他の部隊が魔物と応戦してます!」

「魔物の姿は?」

「大きい豹みたいな姿でした。」

「猫型か。厄介だな。」


 猫なんて言ったら可愛いものを想像しそうだが、実際はほど遠い存在だ。姿形が安定するくらい力を貯えている上にその姿が機動力と狩りに特化した猫系の動物だ。相手にしたくない魔物だ。


「案内してくれ。ルーポ、お前は負傷者に付き添え。エギルはついてこい。」


 それぞれ返事をして部下のルーポは負傷者たちとともに入口に戻っていった。


「こちらです!」


 残った部下のエギルとともに走り出す。

 場所は大体だが女性を見つけた場所とは反対側だった。到着したときさらに別の部隊も合流していたが、状況はあまりよくなさそうだ。兵士の一人が俺たちの姿に気付き、


「気を付けろ!奴は隠れている!」


 そう叫んだ直後暗闇から黒いものが別の兵士に飛び掛かる。何とか凌いでいるもののしなやかで素早く動くためまともに攻撃が当たらないようだ。黒の巨体は中心に踊り出る。四方八方からカンテラの光に照らされた大きい黒豹のような魔物の胴体に切り傷は多数あれど全てかすり傷程度だ。


「私たちも戦う!負傷者は下がれ!」


 俺の声に反応して魔物がこちらを見たかと思えば、そいつは脇目も振らずまっすぐこちらに向かってきた。

 下手に避けたら後ろの二人に被害が出る。これは真っ向勝負するしかない。

 両手を意識し、こちらに突進してくる黒豹の魔物に向かって押し出す。魔物は何かにぶつかったかのように後ろに跳ね飛ばされる。が、すぐに態勢を立て直しこちらに向き直す。

 俺は剣を構える。後ろの二人も臨戦態勢に移る。

 理由は分からないが魔物はターゲットを俺に絞ったようだ。普通弱った獲物から仕留めるものじゃないか?理由は分からないが消耗している他の兵が潰されるよりはまだましか。


「うあぁっ!」


 魔物の背後に二人の兵士が勢い任せに切りかかる。まともに攻撃は入ったが魔物は全く動じていない。

 いやな予感がする。俺は今すぐに魔物のもとに走る。

 兵士はこのまま追撃をかけるが剣は空を切った。


「後ろだ!」


 二人が振り向く前に背後にジャンプして移動していた魔物は鋭い爪で切り裂く。量産型の安いものとはいえ鎧はいとも容易く貫通した。二人は倒れこみ鎧の隙間から血が流れ出る。

 魔物は見せつけるように爪を大きく振り上げる。


「待て!」


 俺は魔物に切りかかる。これが罠だとは思わずに。


 魔物は俺の方にいきなり襲い掛かった。右肩を噛みつき、そのまま走り出す。俺を連れ去る形でそいつは戦線離脱したのだ。後を追おうと兵士がこちらに走り出したが人が獣の足の速さに適うはずがない。カンテラの光はあっという間に見えなくなった。

 一体なぜこんなことになっているのか思考がぐるぐると回っていたが痛みによって強制中断させられた。右肩をつかんで離さない牙が骨に達したようだ。


「くっっっっっそ痛ぇんだよ!!!」


 辛うじてまだ握っていた剣を魔物の首にぶっ刺す。急所だからかひるんで俺を放した。地面に叩きつけられゴロゴロと転がる。

 何とか立ち上がり魔物を見据える。同じように魔物もこちらを見る。剣が刺さっている首元から血のように黒い煙が地面に滴っては気化していく。

 首元の攻撃と先ほどの兵士たちによる攻撃、それなりにダメージを与えているはずだがまだ姿がはっきりと保っている。本当に強力な魔物のようだ。

 なんでこんなのがここにいるのか、何で俺が狙われているのか疑問は湧くが今はコイツの対処が最優先だ。武器はまだ首に刺さりっぱなしだが、そもそもこんな右肩の状態では武器はまともに扱えない。あってもなくても変わらない。こんな状態でどう戦うか?決まっているだろう。

 先に動き出したのは魔物の方だった。まっすぐこちらに向かわず右に左に揺さぶりをかける。そして目の前に来たかと思えば姿を消した。

 さっきと同じ手口だ。ジャンプして移動したそいつは俺の真後ろで爪を振りかぶり、俺も右腕を振りかぶる。

 瞬間、魔物は真横から殴られたかのように吹き飛んだ。刺さっていた剣はより深く刺さり剣先が反対側を突き破る。


「痛ってー。」


 負傷しているにもかかわらず右腕を無理に動かしたからものすごく痛い。声も漏れる。右手から魔力で固めて作った即席のモーニングスターが生えていたが、それは役目を終えて俺のもとに戻っていく。


「部下によくもやってくれたなぁ。」


 ふらつく魔物に追撃をする。

 左手の指1本1本に魔力を込め、空をひっかく。魔物はすぐその場を移動したが後ろ脚に3本の傷が付いた

 ここまでやれば効いてきたのではないか?魔物は相変わらず今にも襲い掛かろうと身構えているが息が荒くなっている。姿形も揺らぎ始める。

 辺りをちらっと見てもカンテラの光はまだ見えない。このまま一人で何とか押し切らないといけないようだ。

 次に動き出したのはまたしても魔物だ。

 ・・・・・魔物は、何故か後ろに後ずさり始めた。

 それと同時に後ろから何かがガサガサと音を立てて近づいて来ている。俺と後ろの何かを交互に見ながら更に後ろに下がる。

 視界の端から現れたのは兵士の誰かではなく黒い魔物でもなく、白いワンピースを着た先ほどの女性だった。


「・・・・・おい待て!!何故ここにいるんだ!!」


 そこには先ほどのオドオドしてた姿はなく、


「大丈夫です。ちょっと待っててください。」


 気弱そうに単語を並べていた口から紡がれる言葉は静かだが力強さを感じる。思わず黙ってしまった。

 自身の何倍と大きい魔物のもとに女性は歩いていく。冷酷に獲物を狙うだけだった黒豹の魔物はガタガタと震えている。

 恐怖が頂点に達したのか、魔物は叫びながら女性に襲い掛かる。

「・・・・・っ!!!」魔法を放とうとした瞬間だった。

 目の前に光の霧が立ち込める。

 女性は受け入れるように両手を広げ、鋭い牙が女性の眼前に迫る。しかし彼女の頭がかみ砕かれる前に黒豹の魔物はふわりと黒い煙になって風と共に消し飛んだ。

 

 俺を含めて訓練を受けた兵士およそ12人が負傷者を出しながら何とか渡り合えた強力な魔物は、森に捨てられていた女性によってあっさり倒された。その事実を理解するまでしばらくかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ