発端
「眠れねぇ」
一度帰宅した。
明日の放課後同じ教室で会う約束を金髪女と交わした。
天井を見つめた視線を壁掛け時計に向ける。
(2時か)
7月13日 2時15分
昨日あったことを頭の中で整理しているうちに目が冴えてきた。
(夢、じゃないよなぁ・・・)
記憶に鮮明に残っていることからも普段見る混沌としていてすぐに忘れる夢とは大違いだ。
(あの金髪女が見せた未来が本当なら、立花を、大切な教え子を救いたい。)
あの金髪女から運命を変える方法をなんとしてでも聞き出す。
そう決意し、目を閉じた。
7月13日 7時32分
「ふわぁ〜」
眠い目を擦りながら欠伸をする。
結局あの後もよく眠れず、気づけば外が明るくなっていた。
眠気もあるが、立花を救うという強い意志が、俺をあの教室へと足を動かしていた。
学校に着き、正門を潜って職員室がある校舎へと向かう。
校舎の中に入ろうとしたその時。
「おーい、近衛」
俺の名を呼ぶ声がした。
辺りを見回しても声の主の姿は見えない。
「上だ、上」
校舎の入り口から数歩下がって上を見上げる。
「神田先生!」
俺を呼んだのは世界史担当の神田先生、二階の窓から俺に声をかけたようだ。
「なーに思い詰めた顔してんだ。誰かと思ったよ」
カカッと笑いながら言う。
「いやぁ、私にも悩みの一つや二つありますよ」
深刻な悩みではないことを言外に含ませるようヘラヘラしながら言う。
「とりあえず一服しようや、ほら、ダッシュ!」
「教師が何言ってるんすか、歩いて行きますよ」
そう言って二階の神田先生がいる喫煙所に向かう。
素直に聞き入れた理由は一服したかったからではなく、世界史の神田先生に聞きたいことがあるからだ。
喫煙所の扉を開けると神田先生は窓の外から登校する生徒を眺めていた。
手には電子タバコを握っている。
「神田先生、紙やめたんすか」
一月前まではYシャツの胸ポケットに紙タバコとライターを忍ばせていたはずだが。
黒の髪をジェルでオールバックに固めた黒のスーツ姿の三十代後半のおっさんがこちらを振り向き、真剣な眼差しで俺を見ながらこう言った。
「お前は胸と尻、どっちが好きだ」
「・・・は?」
胸ポケットから愛煙しているオプション付きの紙煙草を取り出そうとしたところで手が止まり、数秒唖然としていたが、真剣な眼差しで見つめてくる神田先生に耐えられなかった。
「尻です」
そう答えた。
「なぜだ」
未だ真剣な眼差しは変わらない。
「なぜって、なんかこう、綺麗じゃないですか」
そう聞くと神田先生は目を閉じ、腕を組んだ。
「ふむ、悪くない」
そう言うと目を開け、俺を再び見る。
「で、なんか悩みあるんだろ」
「いやいや、待ってくださいよ、さっきの質問何の意味があるんすか!」
こいつを教師として雇ったこの学校の未来に不安を抱きながらツッコミを入れる。
キーンコーンカーンコーン
始業開始10分前のチャイムが鳴った。
「そろそろ行かないとな、悩みはまた今度聞かせてくれ」
「ちょっと待ってください、尻・・・じゃなかった一つだけ教えてください」
俺は喫煙所から出ていこうとする神田先生を引き止める。
「なんだ」
俺が聞こうとしていたこと、それは。
「今回の高一の世界史の定期テスト、勉強すべきはなんですか?」
勉強すべき内容が分かれば立花に大きなヒントを与えることができる。
「なんでお前がそんなことを聞くのか分からないが、世界史はまず地球のどこになんの国があるのか知ってから勉強を始めることだ、それを前提として、今回は・・・いや、今回もだな」
神田先生は一呼吸おいて、
「教科書と資料集、用語集を読むことだ」
と言い放った。
昼休み
職員室にいた俺はコンビニで買ったおにぎり二つを爆速で平らげ、世界史の教科書と資料集と用語集を机の上に広げていた。
(えーっと、十字軍はどこからだ)
教科書を開き目次から十字軍を探す。
(あった!)
俺は昨日の夜、自分の力だけでも立花を救う方法があるはずだと考えた。
勉強して立花の躓いてる内容を俺が直接教えることができれば運命が変わるかもしれない。
該当の範囲を開き、読み始めた。
「・・・い!先生!近衛先生!」
誰かに身体をゆすられている。
(あれ、ここどこだ?)
机に突っ伏していた頭を起こす。
「先生!もう昼休み終わりますよ!」
その声で俺は寝ていたことに気づき、後ろを振り向く。
そこには英語教師の水橋先生がいた。
黒髪ロングストレートの女教師で、半袖白シャツに黒のロングスカートを身につけている男女問わず生徒から人気な面倒見の良い人だ。
「起こしてくれてありがとうございます」
とにかくお礼を言う。
「いえいえ、お疲れなんですね。今日一日頑張りましょう!!」
ニコッと微笑み職員室を出ていく。
(・・・寝不足だったとはいえ、気絶するとはな)
不信感が残るが、授業の準備をささっと済ませ、職員室を後にする。
放課後
俺は昨日約束した教室に向かう。
昨日とは違い、世界史の教材3点セットを抱えている。
教室の扉を開ける。
夕陽差し込む毎日見飽きた教室には誰もいない。
(まだテストまで時間はある、少しでも勉強しよう)
金髪女が現れるまで、勉強しようと考え入り口から1番近い席に座り、教科書を開く。
「・・・い、おい、貴様」
「いい加減起きんか!」
バシッと頭を強く叩かれた。
「・・・ってぇ、って、あれ、もしかして俺寝てた?」
「寝てたと言うより、気絶じゃな」
俺の前には金髪女が両腕を組み佇んでいた。
「貴様、机の上の書物を見る限り、勉強して立花とかいう娘に自ら教示するつもりだったようじゃが、無駄じゃ」
淡々と告げるその声色に不思議と嫌味は感じなかった。
「勉強しようとしたのは間違いない、ただ、勉強しようとしても気づいたら意識を失ってるんだ」
俺は気づいていた。
「こんな状況が同じ日に2回も起きるわけがない」
「腐っても教師ということか」
「・・・」
(コイツの俺に対する評価低すぎないか?)
「で、これも運命の力ってやつなのか?」
勉強をしたら気絶するなんて運命の力半端ない。
「まぁ、そうじゃな、そう思っていい」
そう言う金髪女の表情は少し曇ったように見えた。
「まぁいい、昨日の話の続きだ」
「あの小娘を救う方法じゃな」
「そうだ、お前なら出来るんだろ?」
昨日、金髪女はこの教室で「わらわなら運命を変える力を持ち合わせておる」と豪語した。
「運命を変える力を持ち合わせておるだけじゃ」
「なら頼む!立花を救ってくれ」
俺は膝をつき、目を閉じて神に祈るように両手を握り、毅然と佇む金髪の美少女に懇願した。
「よかろう、手のひらをわらわに翳すのじゃ」
俺はその言葉に従って右手のひらを金髪女がいるであろう方向に翳す。
「では、行ってくるのじゃ」
そう言って俺の手のひらに自分の手のひらを合わせてきた。
(・・・行ってくるのじゃ?)
嫌な予感がする。
「ちょ、ちょっとまった!」
俺は目を開き金髪女に待ったをかける。
金髪女は俺の顔を見てニコッと笑った。




