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伏流

「起立〜、礼〜、着席〜」

ガラガラと椅子を引く音が聞こえた後、静寂に包まれる。

「今日は7月12日か、朝の会始めるぞ〜」

教壇に立つ俺の前にはスマホを堂々といじる生徒や机に突っ伏し寝てる生徒が数人いるが、それ以外は私のことを真っ直ぐ見つめていた。

「はぁ〜、帰っていい?」

ため息をつきながらそんなことを言う俺に

「ダメに決まってるでしょ!!」

「先生今日も覇気がないですね・・・」

と生徒から小言を言われる。

「ダメですかそうですか、あと先生は覇気なんて持ち合わせていません。マガジン派です」

きっぱりそう告げる。

「とにかく、なんか私達に伝えないといけないこととかないんですか?」

黒髪ロングで前髪を白のピンで留めているメガネをかけたTHE委員長って感じの委員長が私に聞いた。

「ない」

即答した俺の太々しい態度にイラついたのか、いつもより強い口調で

「じゃあ朝の会締めてください!」

と発言した。

「はい、では朝の会終わり〜」

煙草を吸いに行こうと教室から出て行こうとしたところで

「先生」

後ろから声をかけられ振り向く。

「どした、立花」

立花小咲たちばなこさき小柄でグレーのショートカット、大人しい性格で小動物みたいな女の子である。

「あの、相談したいことが」

俯きながら言う彼女を見てなんのことか察しがついた。

「いじめか、いじめられたんだな、どいつだ、俺が泣いて謝っても許さず全裸でチャーハンを作らせた後でこのチャーハンパラパラしてないですねと小姑みたいにネチネチ言って」

「ち、ちがいます!!」

俺のネチネチした早口を制するように手をバタバタさせ否定する立花。

「今回の定期テストなんですけど、世界史がよく分からなくて・・・」

と両手で世界史の教科書を抱きながら言う。

「世界史かぁ、今回はどこの範囲なんだ?」

国語教師の俺に世界史なんてよく分からんが、とりあえず聞いてみる。

「十字軍です」

「十字軍?」

「あ、先生国語担当ですもんね、すみません。後で直接世界史の先生に聞いてみます」

そう言うと踵を返し自分の席に向かっていく。その後ろ姿は少し寂しそうだった。

(ん〜、世界史なぁ〜、まぁいい加減なアドバイスするよりはマシか)

そう思い、特に気にせず煙草を吸いに喫煙所へ向かう。


放課後


「あぁ〜、今日も働いた働いた」

そう一人ごちながら教室の戸締りをしていく。

自分が担当する教室の扉を開け、中を確認する。

「あ、先生」

夕陽が差し込む教室にはたった一人、立花がいた。

「自習か、偉いなぁ〜立花は」

教科書を開いているところを見ると自習をしていたのだろう。心の底から感心の言葉がでた。

「えへへ、次の定期テストは高得点を取りたいんです」

照れながら立花は俺の言葉を素直に受け止める。

「へ〜、高得点とったらなんか買ってもらえるのか?」

冗談混じりにそう聞く。

「実は、おばあちゃんがもう長くなくて、高得点を見せて安心させたいんです」

そう言う立花の表情に嘘偽りはなかった。

「私小学生の頃からあんまり勉強得意じゃなくて、おばあちゃんによく心配をかけてたんです。だから」

「苦手な世界史を克服したいと」

「そ、そうなんです!!」

(まいったなぁ〜、これじゃ立場的にもなんとかするしかねぇじゃねぇか。)とは思っても何にも方法が浮かばないんだが。

「あれだな、十字軍の遠征とか実際に見れたらいいのにな」

ふざけたことを抜かす。

「あはは、確かに実際に見られれば絶対忘れないですよね!!」

俺のそんな発言に笑いながら応えてくれる立花。

(なんていいやつなんだ同級生だったら絶対惚れてた、そんで告ってフラれてた)

などと気持ちの悪いことを考えていたその時。


「見に行けばいいじゃない」


どこからともなく声が聞こえた。

「ん?立花なんか言ったか?」

「え?何も言ってませんけど・・・」

「そ、そうか。とりあえず自習はこの辺にしてもう帰れ。親御さんが心配するぞ。」

「分かりました。先生も早く帰ってゆっくりしてくださいね」

「天使か」

「え?」

「いや、なんでもない」

天使すぎてつい声に出していた。これはセクハラにはならないよな?大丈夫だよな・・・

「じゃあ先生、さようなら」

「おう!またな」

立花と別れの挨拶を交わし、教室を出ていく立花を見送る。

教室に一人になり、外から部活に励む生徒達のかけ声が聞こえる。

立花が勉強していた机を見ながら、さっき聞こえた声のことを思い出した。

まぁ、疲れてるんだろうと深く考えず、俺も早く帰ろうと教壇へ振り向いた時だった。

「うわぁ!ビックリした!!」

そこには教卓に座って足を組み、俺を見下ろししている赤と黒のゴスロリ金髪美少女がいた。

「い、いつからそこに」

いったい誰なのか、不法侵入じゃないのか、そんなことより美人すぎるだろ、と頭の中で様々な思考が駆け巡ったが、口から発せられたのはそんな言葉だった。

「勉学のことで悩んでいただろうに、なぜ教師である貴様は助けぬ」

淡々と、そして言葉に棘がある言い方だった。

「世界史なんざこれっぽっちも分かんねぇんだわ、日本史選択だったし」

本当に日本史選択だったため、嘘偽りない。

「このままだと、あの子は死ぬことになるぞ」

「は?」

コイツは何を言ってるんだ?

「あの子は試験当日、トラックに轢かれて死ぬ」

冷静に淡々と告げる金髪女

「いや、何言ってんだ?ふざけたこと言ってるとそろそろ警察呼ぶぞ」

こいつはすぐにでも警察に引き渡し、精神科に連れて行ってもらった方がいい。

「ふん、まぁいきなりこんなことを言って信じてもらえるとは毛頭思っておらんわい」

そう言って教卓から降り、俺に近づいてくる。

「お、おい。それ以上近寄るんじゃねぇ!」

危険を察知し右腕を前に出し手のひらを金髪女へと向ける。

「自分から手のひらを出してくれるとは、なんて話が早いやつ」

そう言って金髪女は俺の手のひらに自分の手のひらを合わせてきた。

「テンポスト」

彼女がそう呟いた瞬間だった。

目の前が真っ白になり、意識が遠のく。


「起きんか、おい貴様」

(あれ、俺は寝てたのか?)

(さっきまで教室にいたはずだが・・・)

「ここどこだ?」

意識がはっきりしてきて、目の前にはコンクリートの壁と行方不明になった犬の張り紙が貼ってある電柱。

俺はアスファルトの地面にうつ伏せになっていた。

「通学路じゃ」

立ち上がり後ろを振り返るとそこには教室でさっきまで一緒にいた金髪女が通学路の先を見つめて仁王立ちしていた。

「そろそろじゃな」

「何がそろそろだ、お前俺に何しやがった」

この状況は普通じゃない。さっきまで夕陽差し込む教室にいたのに今は満点青空通学路である。

この金髪女が何かをしたに違いない。それだけは確信が持てる。

とにかく警察を呼ぼう。そう考えズボンに入ってたスマホを取り出し電源を入れる。

画面には7月19日7時36分と今日の日付と時刻が映し出されている。

(19日・・・か、今日は定期テストの日だったな)

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

俺の突然の発狂に電線にいた小鳥達が飛び去っていく。

「どうしたんじゃ、頭でもおかしくなったのか?」

「お前にだけは言われたくねぇよこのゴスロリ金髪バカが!!」

罵倒されても表情ひとつ変えない金髪女。

「これは今どういう状況なん、うわっ!」

この奇妙な現状を説明してもらおうと言いかけたその時、トラックが猛スピードで俺達の横を通り過ぎていった。

「よく見ておくのじゃ」

金髪女がトラックが向かう先を指差しそう呟いた。

いろいろと飲み込めず混乱している俺だったが、金髪女に従い指差す方向を見る。

トラックが向かうその先に本を読みながら歩く小柄な女の子が曲がり角から出てきた。

(あれは、立花か?)

トラックが減速する様子はない。

(まずい!!)

「立花!危ない!」

俺が声を上げ、立花がこちらを一瞥した気がした。


部活に励む生徒達の声が聞こえる。

夕陽差し込む教室に俺はいた。

「その腐った目でもはっきり見えたじゃろう」

立花の席の椅子に座り、項垂れる俺に声色ひとつ変えず告げる金髪女。

「なぁ・・・」

「なんじゃ」

「もう一度7月19日に俺を飛ばしてくれ」

俺は立花を救いたい。

「飛んだとして、どうするのじゃ」

「どうするって、決まってんだろ」

あの時間に戻れれば、俺が先に立花に接触し、トラックを避けることができる。

「救えると、そう思ってるのか?」

「救えるだろ、簡単なことだ」

「残念ながら、それは不可能じゃ」

「なぜだ!!説明しろ!!」

俺は逐一説明が足りないこの金髪女に激昂する。

「立花といったか、あの子の名は」

俺は頷く。

「立花に我々の姿は見えぬ、声も届くことはない」

そう言う金髪女の表情は少し曇った気がした。

「立花だけか?」

「ありとあらゆる生命からじゃ」

「なら」

「あの子の死は決まっておる」

俺の目をまっすぐに見つめてそう告げた。

「死ぬことは決まってるだろ」

生命としての死なら誰もが決まっている。

「運命として決まってるのじゃ、しかし」

そう言って傍にある机をそっと撫で、その手のひらを俺の前に出す。

「わらわなら運命を変える力を持ち合わせておる」

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