04 肉食系彼氏赤月くん※三日間
「春乃って呼んでいい?」
「えっ。あ、はい」
図書室を後にした私は、なんとなく赤月湊についていく形で生徒玄関に向かう。
「敬語じゃなくていいって」
「あっ、うん……」
上履きを見つめながら歩いているうちに、赤月湊が私の歩幅に合わせてくれていることに気がついた。これじゃあ本当に彼氏と彼女みたいじゃないか。いや、私がOKしちゃったんだけど……
「っあの、赤月……くん!」
「なに、春乃」
「スクバ! 私自分で持つから」
「……でも」
「い、いいから貸して……」
なぜか渋られながらもスクバを取り戻した私は、さっきの倍は勇気を出して赤月湊の制服の袖を爪の先で摘んだ。目を丸くした赤月湊に見つめられる。
「あの、さ。つっ付き合うって言ったけど、私やっぱり向いてないと思うんだ。だから期間を決めない?」
捻り出した苦肉の策を提案すると、彼はわかりやすく眉を寄せた。
「期間……?」
少し低くなった声色にひゅっと喉が鳴る。でもここで負けたら私の学校生活は本当におしまいだ。
「うん。明日だけお試しとか、どうかな」
「明日だけ?」
見開かれた切れ長の瞳が、冗談は頭の中だけにしておけと言っている気がして非常に怖い。
「……たった一日で何が分かるわけ」
た、確かに……?
「っじゃあ、明後日までなら」
「二日だって大して変わらないだろ」
「そうかな? ……あっ。そうですよね」
二日で呑んでもらおうとして顔色を伺うも、絶対に折れないという圧を浴びせられて呆気なく負けた。
「あの、三日はいかがでしょうか……」
三日も付き合ったら学校中の噂になるのですが……という苦情を泣く泣く飲み込み、頭を上げる元気もなくした私は目だけで赤月湊の顔を伺う。怖い。怖いよ。
「……いいよ」
「へ」
ぼそっと囁くように呟かれた声が、私の望む単語に聞こえて、思わず彼の制服を摘む指に力が入る。
「春乃がそうしたいなら、いいよ。ひとまずは三日でも」
「ほっほんとですか?! っわ!」
ありがとうございますと頭を下げようとして、体ごと振り向いた彼に指を引かれて体勢が崩れる。転ぶのが怖くて咄嗟に目を瞑ると、体が温かくて固い何かに包まれた。
「? ひぃっ」
まさかなと思いながら薄目を開けると案の定。目と鼻の先に赤月湊の御尊顔。抱擁、つまるところのハグである。
「ああああ赤月、くん!?」
「もう始まってるだろ、三日間。……やだ?」
「やっ! やだっていうか、は、早いです!!」
「そう……」
顔が近過ぎて頭を後ろに引くと、赤月湊は私を解放してくれた。意外にも物分かりはいいらしい。でも
「俺から逃げないでね」
離れる寸前に耳元でこんなことを言うのは脅しだと思う。
肉食動物に狙われる草食動物の気持ちが分かった気がして、外履きに履き替えたところで「一緒に帰るよな」と言われたけど、怖くて学校前に止まっていたバスに走って飛び乗ってしまった。車内で死ぬほど後悔した。
逃げた後の方が、怖いのに。




