03 赤月湊の告白は心臓に悪い
『明日、六限終わったら時間ある?』
赤月湊から二日ぶりに送られてきたのは、この一文だけ。会話の流れ全無視は想定外だけど、話が早くて大変ありがたい。
あとDMで好きだのLINE交換だの言い出さないのは見直した。誰とも付き合う気はないとはいえ、面と向かって告白もできないような根性なしには返事するのも嫌だし。まあ見直すも何も、まだ顔も知らないけど。
『うん。大丈夫です』
『じゃあ図書室集合でいい?』
『分かった』
未歩と佳菜にも言おうか一瞬迷ったけど、自慢になるだけだ。フった報告だけにしよう。赤月湊とは会話らしい会話もしてないし、今ならフリやすくてありがたい……ん?
「……なんで、今日なんだろ」
1組よりホームルームが早く終わった私は、誰もいない図書室の一番奥の席に座りながら、ふと疑問に思った。好意的に話しかけてきたのは、私を知って距離を詰めるため。でも実際は、距離が縮まるほど話していない。
――もしかしてこれ、告白とは違う?
そう思い立った瞬間、顔が曖昧な脳内イケメンが『いつから告白されると錯覚していた?』と不敵に笑った。
そうだそうだよ、そうだった。赤月湊は市内一3.5万の前に不良だった! 実物知らないけど、高校生であんな危険な大人の匂いがするアカウントをやってる男子がまともなわけないのに!
「ど、どうしよ……」
未歩佳菜、助けて。『時間ある?』って不良語で『シめるから面貸せや?』かな? 絶対そうじゃない? 見たことないとか、正直に生意気なこと言ったから怒ったんだきっと。不良相手に脈なしDMなんて馬鹿だった! 明日の朝刊は図書室で女子高生撲殺が見出しに
「――ごめん、待った?」
「ひっ」
嫌だ……
「桜庭さん? いる?」
嫌だ嫌だ嫌だ!!
「……桜庭!」
スクバで顔を隠して図書室の出口目掛けて全力ダッシュしていると、肩を掴まれた。
終わった……
「桜庭だよね? どうしたの」
「えっ。いや、人違いじゃ」
ないですかと言う前に、するりとスクバを取り上げられた。力が強い。怖い。絶対怒られる。怒鳴られる。恫喝される。
怖くて目を瞑っていると、頰に何かが触れた。
「やっぱり、桜庭じゃん。俺、赤月」
降ってきた声は、思っていた百倍優しくて。凶器を突きつけられていないことを祈りつつ、恐る恐る目を開けると、目の前に芸能人がいた。
「カッ」
瞬間、全身が機能停止したように動かなくなった。
正確には芸能人じゃなくて、芸能人みたいな男子だ。芸能人みたいにかっこいい男子。目も鼻も口も私と同じ数ついてるのに、何をどうしたらこんなに綺麗な顔立ちになる? 赤月湊は神の愛し子なのか。
「かっ。って何。面白いね桜庭って」
赤月湊。市で一番カッコよくて、フォロワー3.5万人の不良男子高校生、納得。なんでこれで一般ピープルなんだろう……ってそれどころじゃない手が! 手が!!
「あああのっ、手!」
「ああ。髪、食べてたから」
語彙力が著しく低下した私の叫びの意図を汲み、赤月湊は顔から手を離してくれた。
「何してたの」
赤月湊が、私のスクバを指に引っ掛けて胸の前で揺らしながら尋ねてくる。髪を食べるほどの恐怖で逃げていたんです、あなたから。スクバ返して欲しい。
「いやっその……暇だったので避難訓練を」
なんだそれ、ふざけんなと自分を殴る私と、怖かったんだから仕方ないと泣き喚く私が、心の中で喧嘩している。
「ふうん。まあいいや。ここ、座って」
「えっ。あ……どうもすみません」
入り口に一番近い机の椅子を引いてもらい、恐縮しながら座る。誰にも見られたくなくて一番奥の机に座ってたのは、無意味だった。
「桜庭、俺のこと見たことなかったってほんと?」
向かいの席に腰をかけた赤月湊が首を傾げた。なんか見たことあるなと思ったら、人気少女マンガが映画化したやつのワンシーンだった。ていうかほら、やっぱり怒ってるよ無理。なんて答えたらいいの。『俺の島でこの顔知らねえとか舐めてんのか』って意味なら死ぬけど、嘘ついても殺されそう。
「……はい。ごめんなさい」
自然と頭が下がる。取り調べってこんな感じなのかな。思い込みって重罪だよね。
「ふっ」
頭を下げたまま白い机をひたすら見つめていると、笑い声が降ってきた。何の笑い? よし殺す? よしシめる?
慌てて顔を上げ、やめようよ私たち未成年だよという思いを込めて整い過ぎた顔を見つめる。怖過ぎて声も出ない。
「やっぱり桜庭だよな」
やっぱりって何?! と戦慄していると、赤月湊はどんなに著名な絵師でも描けないであろう、神がかった微笑みを浮かべた。この微笑みに悪意はないと、そう信じたいと視覚が脳に訴えかけてくる。
しっかりしろ。顔がいいからなんだってんだと煩悩を抹殺していると、「俺と付き合ってよ」と幻聴が聞こえた。こんなにかっこいいんだもん。少女マンガ的幻聴が聞こえるのも無理はない。聴覚もしっかりしてくれ。
「……駄目?」
「え?」
再び小首を傾げる赤月湊に、心臓が早鐘を打つ。……クイズ。その顔は分かっててやってるんでしょうか。
「桜庭、俺と付き合って」
それは、ハッキリとしていて淀みのない、素晴らしく美しい声だった。美形は声も美声なのかと目を逸らし、現実逃避に走って出かけた私の心を、目を合わせてきた赤月湊が強引に連れ戻す。離してくれ。
「えっと、わ私男の人って苦手で。向いてないので」
勇気を振り絞り、白机を見つめながら事前に考えていたセリフを声に出す。嘘じゃない。男どころか、自分含めて人間なんて全員嫌いだもん。だから無理と内心頭を下げつつ、早く何か言ってくれと静寂を守っていると、「ので……?」と心なしか低い声で先を促された。
……先なんて、ないんだけど。
この先といえばあれしかないけど、あれを言ってしまったら私は市内以下略の赤月湊の恋愛遍歴に傷をつけた女として、永遠に語り継がれることになる。マスクなしで道を歩けなくなる生活は嫌だ。告白されただけなのに!
「……桜庭、男いたことあるの?」
何も言えずに黙っていると、掠れた声で、如何にも遊び人らしい質問が飛んできた。
「な、ないです……」
「なら、向いてないかは分からないだろ」
嘘ついたら殺られると思って正直に言いました。結果、墓穴を掘りました。急募、埋め方。
「俺も苦手? どこが駄目?」
「や、どことかそういう問題じゃ」
「じゃあどういう問題なの」
駄目だ勝てない。日頃、憎き母親から突然送られてくる理不尽長文LINEを、正論長文LINEで論破してきた私には分かる。赤月湊は、何が何でも私と付き合うつもりだ。あっでも待って。
「あの、付き合うっていうのは、その」
「何」
「……もしや同行的な意味だったり?」
未だ、赤月湊ヤクザ説が拭いきれない今、このまま頷かされて気づいたら海の上とか、白い粉入りバッグを持たされる悪夢は避けたかった。
「恋愛的な意味」
「で、ですよねっ」
即答された。漫画の読み過ぎだ私。初対面の美形に失礼だろう。
とはいえもうあれを言うしかない。ここで言わなきゃ一生後悔する。順風満帆とは程遠くとも、悪意には晒されていない今の自分を守るためだ。
「っごめんなさい!」
高校入試の面接の時だってこんなに緊張しなかった。思いのほか大きい声が出てしまった。静寂が苦しい。早く何か言って欲しい。殴ってもいいけど、あんまり痛くしないでくれるとありがた
「お願い」
「――ぇ」
気がつくと、私に向かって頭を下げている赤月湊が目の前にいて。
「お願い桜庭。俺と付き合って」
「あの、ごめんなさ」
「お願いします」
なんでそんなに必死なのか。何回目のお願いなのか数える余裕もない中で、最終下校時刻を告げるチャイムがなり、ついに私は言ってしまった。
「は、い……」
私は大馬鹿だ。




