02 3.5万人の赤月湊
「赤月さんってまさか赤月湊? え、赤月湊!?」
「ちょっとまって! 春乃、嘘でしょ?」
いちお友達の未歩と佳菜との、唯一の会話の場である昼休み。沈黙に耐えかねた私は、赤月さんからのDMの件を二人に話した。
「うん。知ってるの?」
さっきまでお通夜のような空気で黙々と弁当に手をつけていたのに、二人は食事どころではなくなったらしい。
「え、1組の赤月湊でしょ?! 超有名人だよ、春乃知らないの?」
「知らない」
滅多に話に口を突っ込んでこない未歩が、珍しく興奮している。その横で「やば」と佳菜が目を見開いた。
「藤高どころか、市内で一番かっこいい高校生って言われてるのに!? てかフォローもしてなかったの!?」
ジャ○オタで漫画オタクでもある佳菜は、信じられないという顔だ。
「うん」
そういえば、フォロワー多かった気がする。昨日から避けていたアプリを開いて彼のアカウントを見る。えと、3……
「んぐっ……3.5万!?」
「「そこじゃないって」」
思わずタコさんウィンナーを丸呑みしてしまった。一番お気に入りのおかずだったのに……。追悼の念を送っていると、未歩と佳菜に同時に突っ込まれた。自分のことでもないのに、暑苦しいなあ。
「すごい人なのはわかったよ」
「確かに赤月くんはすごいけど、その赤月くんからDM来た春乃がすごいんじゃん!」
「そうだよ、春乃なにしたの?」
「なにも」
急に盛り上がっちゃって。女子ってほんと恋バナ好きだよねって、今言ったら空気読めないんだろうな。一応私も女子だし。
「よかったね春乃!! 赤月くんと付き合えるとか最高じゃん! いーなー」
佳菜がフォークを振りながら羨望の眼差しを送ってくる。付き合うとかそういう面倒は話はまだ出てないんだけど。
「でも、まだ付き合うかは分かんないよ。告白目的じゃないかもしれないし」
他人事なのに浮かれている佳菜に、未歩がツッコミを入れる。正論だ。
でも有名人な赤月くんとやらが、下心以外で私なんかに近づくとは思えない。3.5万とか見たら、その下心すら信じられなくなってきたけれども。
「いいよね、二人は他人事だから」
はあ、とため息を抑えきれずに俵おにぎりに齧り付くと、二人は目をぱちぱちと瞬かせた。浅慮で、見えるものが少ないのは愚かだけど幸せだと思う。
「は? 春乃うれしくないの?」
「全く。むしろ迷惑」
佳菜のフォークからミニトマトが落下した。
「迷惑って、そんなに?」
大袈裟な、と言いたげに未歩が眉を上げる。
「だって市で一番かっこよくて、フォロワー3.5万の高校生なんでしょ。関わりたくないに決まってんじゃん」
本人に聞かれたら消されかねない本心を打ち明けると、二人は半目で苦笑いした。「あー」と顔に書いてある。入学当初は三人で登校していたのに勝手に抜けた挙句、ほぼ毎日遅刻するわ、未歩と佳菜以外とは話さず目も合わせずな私の内情を悟ったのだろう。
「まあ、赤月くん結構派手目なグループにいるみたいだし、春乃とはタイプ違うんじゃない」
「そうだよ。春乃が誰かと付き合うってなんか想像できないし」
全くもってその通りだ。
「うん。相手が誰でも付き合わない。なんなら、仲良くなったら二人に紹介しようか」
自分でもわかる死んだ目で尋ねると、「え! してしてして!」「やった〜」と二人は声を弾ませた。絶対しないと思いつつ頷きながらスマホを開き、通知のマークがついているアプリからDMを開く。
『4組って家政科だよね? 普段何してるの』
『校内で全然会わないよな』
昨日バスに乗ってた時間に送られてきている。『ありがとう』の後、すぐだ。
『お菓子作ったり裁縫したりかな』
『会わないよね。赤月さんのこと、見たことない』
下心ありとほぼ確信した私は、それを滅するべく脈なし文を送りつけた。払いたまえ清いたまえ。いっそこのまま冷めてしまえ。
◇◇◇
自分の容姿をそれなり以上だと思っているかYESかNOで答えよ。と言われたら
私はYESと答える。
あくまで経験則によるものであって、ナルシストの類じゃない。数回の告白経験とかわいいと言われることがたまにある程度だから、市内一で3.5万の男子と釣り合うなんて夢にも思わない。私は現実主義だ。
だから、赤月湊が私に下心を抱く理由は分からない。
実家が金持ちとか芸能一家なんて裏設定も私にはない。どこにでもいる捻くれた女子高生。それが
「――春乃!! 10時までにお風呂入ってって毎日言ってるのに、なんで入ってくれないの? お母さん、何回言えばいいの!?」
……それが私、桜庭春乃だ。
「春乃がお風呂入るのずっと待ってるんだけど」
うるさいな。そんなに早く入りたいなら先に入ればいいでしょ。
「順番に入らないと、どんどん寝る時間が遅くなるんだよ! ねえなんで入ってくれないの?」
だから、全員先に入ればいいでしょ。私は夜中でも朝でも勝手に入るから、放っておいてよ。ただでさえあんたと住む生活にうんざりしてるのに、生活リズムまで管理されたくないの!
「……」
無限に湧き上がる怒りと憎しみを抑え込みながら、私は扉の前に立ったままの母の顔を正面から睨む。睨み続ける。
「そうやって、ずっと黙ってればいなくなると思ってるんでしょ。心の中ではクソババアとか思ってるんでしょ」
思ってますが何か? クソババアなんて低俗な言葉、たとえ心の中でも使いませんけどね。
「はあ……!!」
あからさまなため息の後、扉が大きな音を立てて閉まると同時に、睨み合いの勝敗が決した。今日も、私の勝ちである。私は憎き母と語る言葉など持ち合わせていないのだ。
「あーうざいうざいうざいうざい」
スマホを母代わりに睨みつけながら適当にいじっているうちに、まだ赤月湊から返信が来てないことに気がついた。昨日はあんなに早かったのに。
「さっさと告って、次行ってよ」
容姿それなりの私なんかに目をつけるくらいだ。どうせ遊びだろう。私が半日置いたからペースを合わせてるんだろうけど、こういう駆け引きみたいなのすごく面倒。結果は変わらないんだから、早くして。
『明日、六限終わったら時間ある?』
私の願いが通じたのか、赤月湊をフる機会は存外早くやってきた。私が最後に送ったメッセージから、丸二日後のことだった。




