プロローグ お試し三日間
「あの……さ。つっ付き合うって言ったけど、私やっぱり向いてないと思うんだ。だから期間を決めない?」
捻り出した苦肉の策を提案すると、彼はわかりやすく眉を寄せた。
「期間……?」
少し低くなった声色にひゅっと喉が鳴る。でもここで負けたら私の学校生活は本当におしまいだ。
「うん。明日だけお試しとか、どうかな……」
「明日だけ?」
見開かれた切れ長の瞳が、冗談は頭の中だけにしておけと言っている気がして非常に怖い。
「……たった一日で何が分かるわけ」
た、確かに……?
「っじゃあ、明後日までなら」
「二日だって大して変わらないだろ」
「そうかな? ……あっ。そうですよね」
二日で呑んでもらおうとして顔色を伺うも、絶対に折れないという圧を浴びせられて呆気なく負けた。
「あの、三日はいかがでしょうか……」
三日も付き合ったら学校中の噂になるのですが……という苦情を泣く泣く飲み込み、頭を上げる元気もなくした私は目だけで赤月湊の顔を伺う。怖い。怖いよ。
「……いいよ」
「へ」
ぼそっと囁くように呟かれた声が、私の望む単語に聞こえて、思わず彼の制服を摘む指に力が入る。
「春乃がそうしたいなら、いいよ。ひとまずは三日でも」
「ほっほんとですか?! っわ!」
ありがとうございますと頭を下げようとして、体ごと振り向いた彼に指を引かれて体勢が崩れる。転ぶのが怖くて咄嗟に目を瞑ると、体が温かくて固い何かに包まれた。
「……? ひっ」
まさかなと思いながら薄目を開けると案の定。目と鼻の先に赤月湊の御尊顔。抱擁、つまるところのハグである。
「ああああ赤月、くん!?」
「もう始まってるだろ、三日間。これやだ?」
「やっ! やだっていうか、は、早いです!!」
「そう……」
顔が近過ぎて頭を後ろに引くと、赤月湊は私を解放してくれた。意外にも物分かりはいいらしい。でも
「俺から逃げないでね」
離れる寸前に耳元でこんなことを言うのは脅しだと思う。
肉食動物に狙われる草食動物の気持ちが分かった気がして、外履きに履き替えたところで「一緒に帰るだろ」と言われたけど、怖くて学校前に止まっていたバスに走って飛び乗ってしまった。車内で死ぬほど後悔した。
逃げた後の方が、怖いのに。




