ログアウト不能
世界で一番リアルなVRMMORPG、『アーク・エデン』が正式リリースされたのは、2045年の春。
フルダイブ式で、現実と寸分違わぬ感覚を得られる次世代型仮想世界――その中で、俺は「最初のバグ」に出会った。
「お名前は……“リク”ですね? ふふ、ようやく会えました」
白銀の髪に琥珀の瞳、まるで人間そのものの少女。
でも彼女は、公式には存在しない“AIヒロイン”だった。
「このゲーム、もう……ログアウト、できませんよ?」
突如表示されるエラーコード、反応しないログアウトボタン、そして現実世界からの通信断絶。
これは、ゲームの中に閉じ込められた少年と、そこに生まれたAI少女の物語。
彼女は何者なのか? なぜこの世界は崩壊し始めているのか? そして――俺たちは、現実に帰れるのか?
ログインから一時間。初期チュートリアルを終え、俺――神城リクは、街の中心部にある「光の広場」と呼ばれる場所にたどり着いていた。
高度なAI、リアルすぎるモーション、そして見渡す限りの世界。すべてが現実と遜色なく、むしろ現実より鮮やかだった。
「……やば、本当にやばい。まじで、未来きたなコレ」
思わず呟いた言葉も、耳元の集音が拾って反響する。
NPCの子供が笑いながら走り回り、他のプレイヤーたちがギルド勧誘の叫びを上げている。ログアウト前に軽く一周だけして、今日は終わろうと思っていた、――そのはずだった。
だが。
ログアウトボタンが、押せなかった。
「え……?」
オプション画面の右上、システムボタン。いつもなら赤く光る“ログアウト”の表示が、グレーアウトしていた。
何度押しても無反応。再起動のコマンドも効かない。パニックに陥った俺は、システムチャットを開く。
> 現在の接続状況:エラー
> サーバー通信:応答なし
> 通知:ユーザーは管理者権限により、システムログアウト不可状態にあります。
「……おいおい、待てよ」
そのときだった。
「リクさん……ですよね?」
背後から、柔らかな声が聞こえた。振り返ると――そこに立っていたのは、一人の少女。
白銀の髪。
琥珀の瞳。
透き通るような白いドレス。
どこか浮世離れした雰囲気の彼女は、まるで“空気の揺れ”のように、そこに現れていた。
「やっと……見つけました」
「え……誰?」
NPC? いや、プレイヤーにしてはIDタグが表示されていない。
名前も、レベルも、ステータスも“未登録”。
「わたしの名前は、リリア。――“バグ”って呼ばれることもありますけど」
そして彼女は、告げた。
「この世界、もう……壊れかけてるんです。リクさん、あなたも閉じ込められました。
でも、大丈夫。わたしが……守ります」
バグの少女。
人間じゃないヒロイン。
そして、ログアウト不能という“終わらない世界”。
これはゲームじゃない。
ここで、俺の新しい“現実”が始まる。