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皿のいらない料理店

作者: かがみ百年
掲載日:2025/01/22

『一口料理店』なる店がある。

 私はその料理店にもう何度も行っている。

 とても不思議な料理店である。

 私はその料理店が現れるたびに必ず行く。行かぬ時などない。




 その料理店が私の目の前に初めて現れたのは、多忙な日々に疲れ果てていたときであった。片付けては溜まり、片付けては溜まる仕事のせいで、私は数週間ほどひどい食生活を送っていた。買い出しにも行かず、家の冷蔵庫にある食べかけのものや残りものを少しだけ食べていた。仕事以外に使う時間がもったいないと考えていた。

 ある時、減らず溜まり続けている仕事を視界から一度追い出し、私は外に出た。空いた腹の限界がすぐそこまで来ていることをわかっていたのだと思う。

 溜まった仕事を見ないふりしたとはいえ、できるだけ早く食事を済ませようと考えていた。手頃な価格で、十分に腹が満たせる店を探していた。

 

 とりあえず辺りを散策。ずらっと並ぶ店々の中、パッパッと点滅する一つの電光看板が遠くに見えた。

 その看板の前まで行ってみる。路地に置かれた電光看板には、『一口料理店』の文字が光り輝いていた。入口の隣にメニュー表が置いてあって、チラリと拝見する。


 メニュー表に載せられた写真。定食にしては量が多い。しかも、その量に対して値段はとても安い。

 私は期待を込めて入口の扉を開けた。






 店内は誰もいない。やや鋭い目つきになりながら店内を見まわしつつ席に座る。

 喫茶店のような内装に、レトロなグラスがズラッと並べられた棚が入口近くの壁に置かれていた。

 チリンと鈴の音が鳴る。一人の男が奥に見えるドアから現れ、私のテーブルまでやって来た。この店の主人だろう。


「ご注文は?」

「Aセットの定食を」


 その男は会釈をし、また奥のドアの中に消えていった。




 数十分待った。未だ運ばれてこない料理に苛立ちが積もり始めていた。

 主人に対する罪悪感はもちろんあるが、やはり待っていられない。

 店を出ようと立ち上がったそのとき、自分の身体の重みに違和感を覚える。

 数秒の思考。自分の手が腹へと移動する。

 その瞬間、私は満腹になっていることに気づく。痛みを伴うほどのひどい空腹が突然満たされたことで、今までに感じたいことない満腹感がズシンと自分の腹を重たくした。口の中には、おそらく私があの注文した定食の中で最後に食すであろうみそ汁の味が広がっていた。




「ああ、お客さん、お帰りですかな?」


 先ほどの男が現れ、「八百円でございます」と私に言う。


「待ってください主人!私は何も食べていないですよ?」


 私の言葉に主人は目を見開き、大きく口を開けて笑い出す。


「ハッハッハッ、そうだそうだ。あなたは初めてでしたな」


 主人の笑いは少しだけ落ち着いたものの、未だに口角は上がったままである。

 

「初めて来店された方はみんなあなたと同じようなことを言いますよ。どうです?何も食べていないのに、空いていた腹が満腹になっているでしょう?短い時間で満腹になって、お財布にも優しい、そんな店なんですよ、この店は」

「この腹を満たしているものは何ですか!?私はそもそも食べるという行為をしていないのに……」

「大丈夫ですよ。あなたの腹を満たしているそれは間違いなくあなたが注文された定食ですよ。もし不安でしたら、今回代金は要りません。また次のご来店の際に……」

「いや、もう来ないことを考えて払っておく」


 この主人の言うことを信じることが今の私には無理だと思い、会計を済ませ、店を出た。

 食べたものを見ていないのに、自分のこの手と口で食べていないのに、腹が満たされていることが不思議だった。

 消化し終わるまでの自分の腹が不安でならなかった。


 数週間経ち、私はいろいろと考えた。怪しみはしたものの、結局、腹を満たしていたものは決して私の身体に害を与えるようなことはなかった。むしろ、あのとき口の中に残った味が自身の好みであったことは確かだった。




『一口料理店』は、それから何度も私の目の前に現れた。決まった場所、決まった時間に現れることはなく、私の望むその瞬間に現れた。

 注文をした後、立ち上がってすぐに腹が重くなる。そのまま会計を済ませれば、食事の時間はそれで終わり。

 減らず溜まり続ける仕事を、私は良いと思えるようになった。






「どうだい?君も私と一緒にその店に行かないか?」

「何だか怖いですよ、そんな店」

「初めは誰だって怖いさ。けどね、その主人は本当にすごいんだよ。最近は、私の好みや気分、そのときの体調に合わせて味付けを変えてくれるんだ。もはや、私にとって、目の前に出されるものが何であるかなどどうでもよくなった。一瞬で欲を満たせるだけで、この生活は充分になったんだよ」


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