友人に愚痴る
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仮面舞踏会の翌日の昼過ぎに、ルーチェリエはヴァルディア侯爵邸に来ていた。
ヴァルディア侯爵レオンハルトの妻エセルドレーダとルーチェリエは学生時代からの友人で、彼女と夫の離婚騒動の時には、レオンハルトが正式にエセルドレーダにプロポースする用の赤い薔薇を用意したこともある仲だ。
エセルドレーダは、色々あってこの名ではなくずっと「リセ」という名前で生きてきたので、友人たちはずっと彼女をリセと呼んでいる。
「ねぇ、リセ。どう思う?」
昨夜の出来事をところどころつっかえながらも話すと、リセはくすりと笑った。
「どうもこうもないでしょう?だって、殿下は本気だって言ったじゃない」
「……殿下に本気になられると困るのよ」
「まぁ、ルーチェは家を継ぐことになっているものね。殿下に嫁いだらさすがに商売は出来ないわよねぇ」
「下の人間に全部任せて、とかなら出来るだろうけど、そんなの面白くもなんともないじゃない。私は自分の目で見て商品の仕入れをしたいし、現地にだって行きたいわ」
「そうね。さすがに殿下の妻になったらそれは無理よね」
「殿下の場合、このまま王弟として王家に残るか、大公の地位に就くかの二択しかないわよね。騎士団の総長もやってるし、そんな人の妻が商売大好きな子爵令嬢ってダメでしょう?しかも、私は跡取り予定だから、家のこともあるし。妥協に妥協を重ねて、婿入りはあるかもしれないけど、殿下の婿入り先が商売ばっかりしている子爵家っていうのは聞いたこともないわよ」
「……さすがにそれはちょっと……」
「そもそも、王家の方に嫁ぐのに家格が子爵家っていいの?」
「確かに!」
ルーチェリエに疑問にリセも大きく頷いた。
普通に考えて、王家の男性に嫁ぐとなれば、伯爵家以上の家柄のお嬢様が幼い頃から婚約者としてみっちり教育されるか、学生の頃に成績優秀で最低でもその頃から教育されるか、他国の王族か高位貴族か、といったところだ。
王家に嫁ぐとなれば、愛だけではどうにもならない壁がある。
「私、婚約破棄されてるし、妃教育に時間を取られたくないから絶対に拒否したいし」
今更、覚えられるとも思えないし。
第一、ルーチェリエの頭の中は商品のことで一杯で、他のことが入る余地なんてない。
無理矢理詰め込まれようものなら、ぽろぽろと落ちて教育内容が消えていくだけだ。
「うん、やっぱりどう考えても無理ね」
ランディオールのことをどう思っているかと聞かれれば、個人的な興味はあると思う。
それが彼が求めている感情と同じかと言われると、今はまだ分からない。
ひょっとしたらこの興味からそういった感情が育まれる前段階なのかもしれないが、現実問題がある以上、これ以上の発展は見込めない。
「ルーチェ……」
「……無理なのよ」
リセには、ルーチェリエの微笑みがちょっとだけ寂しそうに見えた。
「あ、そうそう、リセ、新しい布の話ってしたかしら?」
ランディオールのことを振り払うように無理矢理商売の話を始めたルーチェリエに、今はこれ以上どうにもならないと思ったリセは、紅茶を一口飲んでからその話に乗った。
「新しい布って、どんなやつ?」
「光沢があるんだけど、肌触りがつるっとしていて気持ちいいの。あ!」
「ルーチェ?」
急にルーチェリエが目を見開いたので、リセは驚いて名前呼んだ。
「あー、そうだったわ。仕入れに行かなくちゃ」
「え?今から?」
「ううん、明後日から。この布の仕入れ先と約束してたんだった。ちょっと色々と忙しくて忘れるところだったわ」
ふぅーと息を吐くと、ルーチェリエも紅茶を飲んだ。
婚約破棄騒動からの王弟殿下とのあれこれで、すっかり忘れていた。
光沢の布は試しに仕入れたのだが、思った以上に客の反応がよかったのでもっと仕入れることにしたのだ。
王都から馬車で三日ほど行った場所にある町で作られており、その工房では他の種類の布も作っていると言っていたからそれらも見せてもらうことになっている。
「ごめんね、リセ。私、帰って支度しなくちゃ」
「えぇ、気を付けてね」
「お土産、買ってくるからね」
先ほどまで王弟とのことで悩んでいたのに、商売のことを思い出した今は、生き生きとした笑顔でルーチェリエは帰っていったのだった。




