仮面舞踏会③
読んでいただいてありがとうございます。だいぶ放置してしまいましたが、書きたい気持ちはあったんです。
ルーチェリエはそのまま庭にあったベンチに座らされた。当然、横にはランディオールが座った。
「ルーは仮面舞踏会によく出席するのか?」
「はい、見ていて楽しいですし、こういう場所から新しい商品に関するアイディアが浮かぶこともありますから」
「ほう、では、今日はどんなアイディアが浮かんだんだ?」
「そうですね。仮面舞踏会専用の、ちょっとした隠れ家的な店を構えてみようかと思いました。仮面舞踏会って、自分ではない自分になれるような気がして楽しいじゃないですか。ここでの出来事は一夜の夢です。そう思うと、大胆になれる方も多いですから」
「なるほど。だからといって、先ほどの約束はなかったことには出来ないからな」
「……承知しました」
どうやら一夜の夢だから、で逃げ切ることは出来なそうだ。
翌日に持ち越さないが表向きのルールだが、何事にも例外がたくさんあることを、大人なルーチェリエは知っていた。
「で、じゃなくて、ランディ様はこういった催しは?」
「あまり参加はしないな。どうしても目立ってしまうから。今日もラスカルに手伝ってもらって、ヤツの身内枠として参加している。お揃いのうさ耳を付けていれば誤魔化せるだろうと言われてな」
ラスカルというのは、今日の仮面舞踏会の主催者であるボッシュ伯爵のことだ。
ランディオールは友人である彼にどうにか誤魔化せないかと相談を持ちかけた結果、こうなった。
「たしかに、あの王弟殿下がうさ耳付けて仮面舞踏会に出席しているとは、あまり考えられない状況ですからね」
騎士団長である彼の強さや厳格さは誰もが知るところだ。
そんな彼が、うさ耳付けて仮面舞踏会に出席している?
ないない、あり得ない、気のせいだ、で終了しそうだ。
「あの、明日もお仕事ですよね?」
「さすがにさぼるわけにはいかんからな」
多少、遅刻はかまわないと言われてはいるが、さすがにそんな一発で何したかバレるようなことはしたくない。
それに絶対、ルーチェリエにそんな気はないだろうし。
来てみて分かったが、ルーチェリエは純粋に商売の種を探しているのであった、いわゆる男女のアレコレのために来ているわけではない。
「えーっと、なら、もう私は帰ろうと思っていますから、ランディ様も帰りませんか?」
「そうだな。ルーと昼に会う約束もしたことだし、今日はもう帰ろうかな。だが、ルー、約束は守ってくれよ」
耳元でそう囁くと、ルーチェリエが微かに震えた。
「わ、分かりました!約束は守りますから、今日はもう帰りましょう!」
慌ててランディオールから距離を取る姿が、普段の姿とはまた違って見えて、ランディオールはくすりと笑ったのだった。
当たり前のようにランディオールの馬車で家まで送られて帰ってきたルーチェリエは、疲れ切った身体を癒すためにゆっくりと風呂に浸かっていた。
「……もう、なんであの方は私にかまうのよ」
風呂の中で、ルーチェリエは一人でぶつぶつとそんなことを愚痴っていた。
「私なんて……」
子爵令嬢でありながら商売に力を入れていたから婚約破棄されて、女性らしくないから嫁にもらっても夫はきっと放置される、そんな風に噂されていることも知っている。
それでもルーチェリエは商売をするのが楽しいし、止めようとは思わない。
ルーチェリエの理想の夫は、彼女が商売をするのを絶対に止めない相手だ。
協力してくれるのならなおいいが、なかなかそんな相手はいない。
「はぁ……」
ランディオールは王弟。
その妻となる人物は、夫を支える理想的な妻といえる人物でないときっと難しい。
王弟のままか、それとも大公の地位に就くのかは分からないけれど、どちらにせよ、妻が嬉々として商売をするような家ではない。
「一度だけ、一度だけ昼間に会って、それでもう終わりよ」
決して深入りはしない。
そう決めると、ルーチェリエはゆっくりと目を閉じたのだった。




