仮面舞踏会②
読んでいただいてありがとうございます。こっちは軽い感じです。
「さぁ、俺の名を呼んで?」
心の中で盛大に助けを呼んだが、誰も助けに来てくれそうにないので、ルーチェリエは諦めて言われた通りの愛称で呼んだ。
「ランディ様」
「あぁ、いいな。俺も君の名前を呼びたい。ルー、と呼んでもいいか?」
「いいです!!」
いいから!それで呼んでいいから!お願いだから耳元で言わないでー!!
「ルー」
囁くように言われて、ルーチェリエの腰は完全に砕けた。
「おっと」
そんなルーチェリエをいとも簡単に抱き留めて、ランディオールはくすくすと笑った。
「君をデートに誘っても全然会ってくれないから、ここに来たんだ。変な男に捕まる前でよかったよ」
「変なって。これはまともな仮面舞踏会ですよ」
自分で言っておいて何だが、まともな仮面舞踏会って何だろう?
仮面している時点で、もう十分怪しいとは思うのだが。
素性がはっきりしている人間しか入れず、主催者が色々と上手く手を回してくれる分、他の開催しっぱなしで後は自己責任的なところよりは全然まともだろう。
「だが、君がここに一人でいることに俺が気に入らないのは確かだ」
「それこそ、私の自由でしょう?殿下と私はそんなに深い仲ではありませんから」
「ランディだ。ルー、もう一度言おうか。俺の名前は?」
「……ランディ様です」
「そう、いい子だ」
嫌です。ルーチェリエは悪い子でいいです!なので、解放してください!!
明日、親友に愚痴を言いに行くんだ、私。
王弟殿下によく似たランディって男の人に趣味の仮面舞踏会鑑賞を邪魔されたって。
愚痴を言って、まぁ、大変だったわねって慰めてもらうんだから!!
だから、今夜はもう離してください。
ルーチェリエは、今夜何度目かのお祈りをした。
心を込めた祈りだったはずなのに、無情な神様には通じなかった。
ランディオールは、ルーチェリエから離れるどころか、さらに彼女の腰を引き寄せて身体を密着させたのだ。
「あ、あの、離れていただけませんか?」
「なぜ?」
「なぜって、それは……」
「離してもいいが、代わりに昼間にきちんと会ってくれ。お願いだ」
真剣なうさ耳王弟殿下のお願いに、ルーチェリエは、しぶしぶ頷いた。
頷かないと離してもらえなさそうだし、夜に会うよりは昼間の会う方が、きっと目と耳に悪くない。
「会います、ちゃんと会いますから、今日はもう離してください」
「……分かった。もし、君が次の俺の誘いを断ったら、どんな手を使ってでも夜会で君を確保して、これよりもっと先に進むからな」
「ちゃんと会います!!」
何で捕まえるのが夜会限定なの!?
どんな手を使ってもって、何する気ですか??
お願いですから再起不能者とかは、出さないようにしてください!!
これより先に進まれたら、私の諸々が保たないです。
すでにルーチェリエの耳と腰は、保ちそうにない状態なのだ。
騎士だけあって、ルーチェリエがくっついている身体は鍛えられていて逞しい。
けれどルーチェリエが興味あるのは、その逞しい肉体を持つイケメンを描いた絵姿がどれだけ世のお嬢さん方に売れるのかということであって、生身に用はない。
声を保存して聞ける道具とかがあったら、絶対にこの方の声を保存して売りに出すのに。
……すごく売れそう……。
自分で考えておいて何だが、本当に売れそうな予感しかしない。
「……おい、ルー、何か邪なことを考えてるだろう?」
「えぇ?邪?邪って!……あー、うん、そうですね。邪な商品について考えてました」
王弟殿下の声を売ろうとしていたのだ。立派に邪なことだろう。
「この状況で商品について考えられるのか、お前は。さすがだよ」
褒めてるのか貶しているのか、どっちかはっきりしてほしい。
確かに、今の状況は、王弟殿下の身体にしっかりくっついて、耳元で囁かれる殿下の色気ある声にやられている最中だ。商品のことを考えてたのは、この状況を把握したくないがゆえだ。
でも、どうやら殿下はルーチェリエにしっかり現状を見ろと無言の圧力をかけてきていると思われる。
だからといって、ルーチェリエがそれに付き合う必要もないのでは?
ルーチェリエの願いは、平穏無事。商売繁盛のためには、これが一番だ。
出来れば、王弟殿下のことは何もなかったことにしたい。
こんな風に会っていることがばれたら、何か色々と面倒くさい気がしてならない。
「えーっと、で……じゃなくてランディ様」
またもや殿下と言いかけた瞬間のランディオールの顔が何となく怖かったので、さすがに言い直した。
「様もいらない。呼び捨てでかまわないのだが」
「それはさすがにお許しください」
呼び捨てとか絶対にしたくない。
いらんヘイトを買いそうだし。
愛称で呼んだだけで、満足してほしい。
ルーチェリエは切実にそう思っていた。