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仮面舞踏会

読んでいただいてありがとうございます。前作の「婚約破棄は証人と共に」はシリーズ分けしてありますので、よろしければそちらから読んでください。頭の中でこの二人が暴れ出したので、書いていきたいと思います。よろしくお願いします。

 王弟ランディオールの日常は、忙しいの一言に尽きる。

 朝、自分の屋敷で起きれば良い方で、王城に泊まり込みをすることなどしょっちゅうだ。

 兄王が時々本気で心配して叱り飛ばしてくるので、そういう時はしぶしぶ帰るが、家に帰っても使用人以外に出迎えてくれる家族がいないので、王城で寝起きした方が楽で手っ取り早い。

 騎士団の総長をしているので、騎士団関係の書類に会議に鍛錬にと休む暇もなく、それに加えて王族としての仕事も入ってくる。


「そういうことでな、レオンハルト。お前の奥方に、今度はルーチェリエ嬢と共に差し入れを持ってきてほしいと頼んでくれ」

「は?何言ってるんですか?殿下。それよりもルーチェリエ嬢をデートに誘った方が早くないですか?」


 部下のヴァルディア侯爵レオンハルトが呆れた顔で言った。


「したさ、先日な。だが、ちょうどその日にどこかの国の商人が珍しい商品を持ってきたとかで、品定めと仕入れで忙しいと断られた」

「……ルーチェリエ嬢……」


 レオンハルトが今度は額に手を当てて、首を軽く横に振った。

 王弟の誘いを仕入れで忙しいと断る女性がこの世にいたとは……


「まぁ、ルーチェリエ嬢はあの”エウロペー”ですから」

「そうだな。あえてその名を名乗る生粋の商人の一族だったな」


 エウロペー子爵家は、王国の建国時から存在している古い家柄の家だ。

 動乱の時代に台頭した初代の王に様々な物資を調達していた商人に与えられた子爵位なのだが、彼が最初に手がけていた仕事は、王と共に戦った騎士たち相手の商売だった。

 『初心、忘れるべからず』

 その言葉とともに、彼らはあえてその家名を名乗った。

 そして歴代の誰もが、けっして子爵位以上の地位を欲しなかった。

 多少、商売敵に押されている時期もあったが、概ね順調の商売は、近年ではさらにその勢力を増していた。

 ルーチェリエ・エウロペーという一人の商人の手によって。


「あれから会っていないのですか?」


 あれ、というのは婚約破棄騒動のことだ。

 ルーチェリエと婚約者だったジャンとの婚約破棄はあの後、すぐに両家での平和的話し合いという名のジャンのつるし上げ大会を以て無事に終了した。

 エウロペー子爵家の店で偉そうにしていたジャンの父であるブロア伯爵が鼻息荒く乗り込んできたが、その場にヴァルディア侯爵レオンハルトと王弟ランディオールがいたことに驚いて、とたんに大人しくなった。

 そこから先はランディオールが権力を駆使して調べ上げたジャンの悪事を、と言いたいところだったが、ほとんどルーチェリエが自力で集めたジャンの悪事を暴露してジャンの有責で婚約破棄をした。

 慰謝料まできっちり計算されて書類に纏められていたのが素晴らしかった。

 ルーチェリエは、実家の商売を継ぐのでなければ、ぜひ財務局に欲しい人物だった。


「いや、先日、その時に仕入れたという布地を持って王妃殿下に売り込みに来た時に会った」

「売り込みですか」

「売り込みだ。正直、あの布のおかげで約束を取り付けられなかったのかと思うと引き裂きたくなったが、布自体は確かに見たことのないくらいの美しさだった。なんでも新しい技法で織られた物で他国に出たのも初めてだったらしく、さっそく王妃殿下が購入されていたよ」

「……さすが……」


 あの夜会の日、これからルーチェリエはランディオールに振り回されるんだろうな、とか思っていたが、実際は逆にランディオールがルーチェリエに振り回されている。

 だが、先輩妻帯者として言わせてもらえば、振り回されている内は良いのだ。黙ってこっそり離婚されそうになってないからな!!


「で、そんな状態なので、俺の妻からの差し入れが羨ましくなったんですか?」

「そうだ」


 そんなにはっきり言われたら、苦笑いするしかない。

 今、レオンハルトの手元には、先ほどリセが持ってきてくれた差し入れのサンドウィッチが入った籠がある。リセが屋敷の片隅で野菜を育てたいと言って庭師と協力して作った畑に植えたレタスが、初めての収穫を迎えた。よほど嬉しかったのか、新鮮なうちにと言って作って持ってきてくれたのだ。野菜とローストされた肉が挟まったボリュームあるサンドウィッチは、見ただけでとても美味しそうだった。

 仕方ない、リセお手製のサンドウィッチを死守するためにも、少しだけルーチェリエの情報を流すか。


「殿下、小耳に挟んだのですが、今夜ルーチェリエ嬢がボッシュ伯爵家の夜会に出るそうですよ」

「ボッシュ家の?あれは確か」

「はい。仮面舞踏会です」


 ルーチェリエが先日商売に来た時に、そんなことを言っていた。

 仮面で顔を隠すだけでいつもと違う自分になれるので、全体的に派手な衣装や変わった衣装の人が多く、見ているだけで勉強になるのだそうだ。

 さすがに怪しい仮面舞踏会には行かないが、ボッシュ家の仮面舞踏会は身分がしっかりしている者でなければ入れないのであまり危険はなく、出来る限り行っていると言っていた。

 実はリセも付き合いで行ったことがあると知って、レオンハルトは慌てて、次にもし行く機会が出来たのなら自分と二人で行くことを約束させた。


「開催されている時は、都合が付く限り顔を出しているそうですよ。あれは、一人でも行けますから」

「レオンハルト」

「今日の仕事はそんなに急ぎのものはありませんから、夕刻には帰れるかと。残りは明日にしましょう」

「ああ、たまには早く帰りたい」

「……もし、明日休むのでしたら、早めに知らせてください」

「分かった」

 

 謎の言い訳をして、二人はその日の仕事を大急ぎで終らせたのだった。




「綺麗……」


 うっとりとルーチェリエは、その仮面舞踏会の様子を眺めていた。

 煌びやかな衣装、飾られている花々も原色の大輪のものばかりだ。飾り付けも人々も、いつもと違ってこれ以上ないというほど派手だ。

 いつもより多く灯された光が、紳士淑女が付けた仮面を煌めかせている。


「あの模様、砂漠の国のものね。ドレスの形、すごいわ。薄い布を何枚も重ねているのね。それにあのネックレス、職人は何を思ってあの並びにしたのかしら?物は良さそうなのに普通の夜会では使えないっていう絶妙さ。すごいわ」


 ルーチェリエは他の男女のように一時の恋に酔いしれるのではなくて、その場の雰囲気と仮面を付けたことにより気が大きくなった人たちの普段あまり目にしないような衣装や宝石に見とれていた。

 どれも派手すぎて、正規の夜会では身に付けられないものばかりだ。

 そういうルーチェリエ自身も、黒を基本にしたドレスを身に纏っている。黒といっても光沢のある艶やかな布地に、金糸や銀糸でこれでもかというほど刺繍がほどこしてあるドレスで、後ろのリボンを蝶の羽に見立てているので、テーマは黒揚羽蝶といったところだ。

 仮面もそれに合わせて黒に様々な色ガラスが付いたものを用意した。

 胸元も大胆に開けているが、これくらいここでは普通のことなので目立たない。むしろ開けてないと目立つ。

 飲み物を配る使用人は、猫耳や犬耳などの動物を模した耳を付けている。

 熊耳をつけた男性が持ったお盆から紫色の液体が入ったグラスを受け取ると、壁際に下がった。


「あら、これ中身は普通のお酒なのね。着色されているだけで雰囲気が変わるわね」


 ここでは知り合いがいても知らないふりをするのがマナーだ。ここでの出来事は、全て一夜の夢として処理をする、そういう場所なのだ。まぁ、中にはここで出会って本気の恋をする人たちもいるが、そういうのは極一部の人間だけだ。

 ルーチェリエは、誘ってくる男性陣を言葉巧みに避け、ゆっくり観察をしていた。

 庭に出ると、月明かりの中で語らい合っている男女の姿が木々の合間にチラリと見える。


「エキゾチックなのがいいわね。今度、仮面舞踏会専用のお店でも作ろうかしら」


 専用の衣装や仮面を売る店というのもいいのかもしれない。表通りに堂々とあるのではなくて、ちょっと奥まった秘密の場所にあるお店。なんだか、その言葉だけでイケナイ感が増している気がする。


「予約制の秘密の専用店と、誰でも気軽に入れるお店を隣同士に作るとかどうかしら」


 ぶつぶつと新しい商売について考えながら歩いていたら、急に腕を引かれた。悲鳴を上げようとした口を大きな手が塞いだ。


「んん!!」

「しー、静かに」


 引き寄せられた先にあったのは、大柄な肉体。鍛えているその逞しい胸に抱きしめられて、ルーチェリエは身動きがとれなくなった。ほのかに香る男性の香水さえも、ルーチェリエを絡め取るかのようだった。


「悪いな、こんな方法を取って。だが、こうでもしなければ会ってもくれないだろう?」


 腰に響くその低い声で、こんなことをしてきた相手が誰だか分かった。

 見上げた視線の先にいたのは、会うのを避けてきた人物。


「手を離すが、大声はあげないでくれ?いいか?」


 ランディオールの言葉に頷くと、手で塞がれていた口が自由になった。


「殿下」

「だめだよ、その言葉をここで使っては。そうだな、ランディと呼んでくれ」

「呼べません」

「なぜ?ここはそういう場所だろう?」

「そうですが……」


 そう言われればそうなのだが、だからと言って王弟殿下を愛称呼びなんて怖くて出来ない。

 他に何か呼び方を考えなければと思いランディオールを改めて見れば、派手な衣装とシンプルな仮面の他に、なぜかうさぎの耳を付けていた。


「……なぜうさぎ耳?」

「あぁ、これか。さすがに仮面舞踏会の衣装は持っていなくてな。ボッシュ伯爵に用意してもらったんだが、まさか紛れ込んだうさ耳男が王弟だなんて誰も思わないだろうから付けろと言われて渡された」

「それで素直に付けたんですか」


 渡したボッシュ伯爵も凄いが、言われたから素直に付けている王弟殿下も凄い。


「アイツは昔からあんな感じだからな」


 どうやらボッシュ伯爵とは昔からの知り合いのようだ。確か年齢も同じくらいではなかっただろうか。


「おかげで誰にも気付かれていないぞ」


 それはそうだろう。あれ?と思った人がいたとしても、うさぎ耳の時点で選択肢からランディオールが消える。よりにもよって一番目立つうさぎ耳を渡しているあたり、ボッシュ伯爵の性格がにじみ出ている気がする。そういえば、今日はボッシュ伯爵もうさぎ耳だった。


「そういうわけで、今ここに俺がいるのを知っているのはアイツと君だけだ。だから、安心して名を呼んでくれ」


 ランディオールはルーチェリエの耳元で囁くように言ったので、ルーチェリエは声をあげそうになって慌てて己の手で口を塞いだ。


 やばい、この方の声、耳元で直に聞くと腰が砕けそうになる!!

 そんな囁くように言わないで!!

 誰か!助けて!!


 そのルーチェリエの心の叫びは、誰の元にも届かなかった。



 

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