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6. 空はね、青くてきれいなんだよ

「へい、ダニー!!海行こう!!」

「その前に一回寝た方がいいんじゃないかな!!」

 ダニエルは職場に徹夜テンションで現れたアナスタシアをどうどうと落ち着かせた。血行が悪く、どんよりとした顔色をしたアナスタシアを心配して、ダニエルは研究室まで送り届けた。そして、よいしょと仮眠室で運んで寝かせた。

 次の日の昼、ダニエルはアナスタシアのところに、どこに行ってもよいようにいろいろと準備万端で向かった。

「アナスタシアさん、元気?」

 アナスタシアは起きていて客室のソファに座っていた。昨日とは打って変わって顔色も良く、いつも通りの落ち着いた様子だった。

「ええ、大丈夫です。昨日は大変ご迷惑をおかけいたしました」

 アナスタシアは心底申し訳なさそうに俯いた。ダニエルは珍しい様子が見れたと少し嬉しく感じていたため、全く気にしてはいなかった。

「へーきだよ、海どうする?」

「行ってくれますか?」

「もちろん!」

 どこにどうやっていくか、何を持っていこうか、何をしようかなど、いろいろ相談したいなとダニエルは準備段階でウキウキしだした。

「じゃあ、行きましょうか」

 アナスタシアはそんなダニエルの様子をお構いなしに、平然と規模の大きめな転移魔法で一番近い海に移動した。

「……情緒がないね」

「すみません」

 視界には青く透明度の高い海が広がっていた。太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。それはもう美しかった。そして、居心地が良さそうな砂浜や岩場があったが、まだ泳ぐ季節ではないため、人は少なく、ほとんど貸切状態だった。

「あの岩場の方に行ってみてもいいですか」

「うん、行こうか」

 ごつごつとした岩場の隙間に海水が溜まっており、水面がぱちゃっぱちゃっと揺らいでいた。アナスタシアはこうした生き物がいそうな場所を覗くことを好んでいた。 

「小さな魚やエビがいるね」

「本当だ。あっ、あそこにカニもいますよ」

 ダニエルは他の種類の海の生き物がいないから目を皿のようにして探した。たしか、岩場の影や海藻の近くに生き物は身を潜めているらしいという話を思い出し、懸命に潮だまりとにらめっこした。

「あっ!あそこにヤドカリいない?」

「いますね。かわいい」

 二人は夢中になって潮だまりの中を覗いた。同じ姿勢で首や足腰に違和感を感じるほど、時間を忘れて岩場にしゃがみ込んでいた。

「ちょっと海に入らない?」

「そうですね」

「砂浜の方行こうか」

 ダニエルは砂浜に行くと、靴を脱ぎ、服をまくって、海に入った。アナスタシアも同じように海にちょっと足をつけられるように体勢を整えたが、潮風が少し薄寒く感じた。

「おいでよ」

「少し肌寒くないですか」

「大丈夫だよー、あとでちゃんと乾かそうね」

 ダニエルに手を引かれて、アナスタシアは海に入った。底にある貝殻を探したり、海水を掛け合ったり、二人は子どものようにわちゃわちゃと戯れた。

「冷たいですね」

「うん」

「それに、しょっぱい」

 アナスタシアは海ってこんな感じかと改めて実感した。潮の匂い、海の冷たさ、砂が足の下でうごめくくすぐったい感覚、それらすべてが新鮮でアナスタシアは口角を少し上げて目を細め、にっこり楽し気に笑った。

「海は青くてきれいですね」

「そうだよ。海はね、青くてきれいだよ。あと、空も青いよ!」

「……そうですね」

 いつも上にある空だが、この透き通った海のそばでダニエルと共に見ると、とてつもなく綺麗に見えるとアナスタシアは感慨深く思った。

 しばらくして、二人は海から出て、土産物や食べ物の類の屋台が密集しているところに行った。

「なんか記念に買わない?」

「え、ええ」

 そういうものかと思って、アナスタシアは流れで頷いた。

「これとかどうかな」

 ダニエルは装飾品が売っている出店の前で立ち止まった。そこには、波と花の意匠が彫られ、真ん中にはターコイズがはめられているイエローゴールドの腕輪がペアで売られていた。

「すてきですね」

「じゃあ、買っちゃおうか」

 アナスタシアとダニエルは割り勘をして買った。ペアになっている揃いの腕輪を二人はその場で身につけた。

「あっ、これ買って置かせてもらってもいい?」

 アンティーク調の置物売り場を見つけると、ダニエルはコージーも友達がいた方がいいと思うんだと猫の置物を手に取った。魚を釣っていて、細身でチャーミングな黒い猫の置物だ。

「構いませんが、コージーはダニエルさんが持っていた方が喜ぶんじゃないですか?名前までつけていますし」

「いーや、コージーはねぇ、あそこにあった方がいいんだよ」

「……そうですか」

 ダニエルのしみじみ頷いている姿を見て、アナスタシアは不思議な人だなと奇妙に思った。

「この猫の名前は何にしようかな、何がいいかなぁ」

「そうですね……」

 アナスタシアは我が研究室に迎える猫の置物と向き合った。釣りをしていて、客室の机の端に座らせたら素敵だなと感じた。

「なまえ……、ハマちゃんはどうですか?」

「イイネ」

 ダニエルはグッドサインをして、ハマちゃんを購入した。

「あっ、これおいしそうだね」

「ええ、そうですね」

 ダニエルが指を差した焼きそばをアナスタシアは見つめた。この焼きそばはもちもちとしてそうな太めの麺で、もやしやにんじん、キャベツをはじめとした野菜とお肉がたっぷり入っている。何よりもソースの匂いが屋台の前に立ち込め、食べてください!とおいしさを主張していた。

「すみませーん!これください」

 アナスタシアは大盛りの焼きそばを二皿買った。

「ダニエルさん、いつものお礼です」

「うん?」

 アナスタシアはそのうちの一皿をダニエルに渡した。

「あの時の掃除やいつもの料理のお礼です。ささやかですが」

「えっと、あれは俺の無茶振りと言うか、バリア破りに付き合わせてる礼なんだけどなー」

「ちょっと、もらいすぎてる気がしたんです。いりませんか?」

 いらないなら全部私が食べるとアナスタシアは意気込んだ。ダニエルはアナスタシアが細く華奢な見た目に反して、意外とよく食べることを知っていた。

「ありがとう。いただくよ」

 ダニエルは素直に受け取り、アナスタシアとおいしい焼きそばを一緒に食べた。いつかこれよりもおいしいものを作ってやると対抗心を燃やすほどに美味で、アナスタシアも舌鼓を打っていた。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「うん、そうだね」

 日も暮れてきたしとダニエルは名残惜しそうに赤くなった空を見た。

「ダニエルさんは職場の方に転移した方がいいですか?」

「いーや、職場より一緒の場所にしてもらった方が助かるかな。ハマちゃんをコージーの近くに並べたいし」

「そうですか」

 行きと同じくアナスタシアの転移魔法で二人は研究室に戻った。ダニエルはハマちゃんを客室の机の上に置いた。どこがいいかなぁ、この机の角のとことかよくない?と、たかが猫の置物の場所を決めるだけでも、二人は楽しそうに話していた。

「じゃあね、アナスタシアさん」

「はい、今日は楽しかったです」

 アナスタシアはお一人様の海もよかったが、誰かと一緒に行くことも悪くないなとしみじみと感じた。

「俺も楽しかったよ~」

「……本当にありがとうございました」

 アナスタシアは海水をダニエルの顔面にかけたこと、お返しと言わんばかりに思いっきりかけられたこと、薄桃色のきれいな貝殻を見つけたこと、小さな魚やヤドカリなどが岩場の近くにいたこと、頬が落ちるほどおいしかった焼きそばのことを、腕輪やハマちゃんを見ながら思い出した。アナスタシアは充実した一日だったと満面の笑みを浮かべた。

 





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