5. 予定が入ってるとなんかめんどくさーいと思うときがあるよね
「アナスタシアさーん」
アナスタシアは客室でちょっとした休憩を取っていた。今日はいる、よかったとダニエルは嬉しく思った。
「その、ダニエルさん。部屋の片付けをしてくださり、本当にありがとうございました」
「あっ、コージーのとこにあったの見たんだ」
「コージー?」
「違う名前つけてた?あの犬の置物のことだよ~」
「いいえ、特には」
アナスタシアには置物に名前をつけるという発想がなかった。
「なんかずっと見ていたら愛着湧いちゃって、味があっていいよなぁ、コージー」
「……そうですね」
アナスタシアは口元を抑えながら、ふふふと目を細めて笑った。彼女もその犬の置物のことはいたく気に入っていたようだ。
「ええ。コージーのメモ、読みましたよ。字がお綺麗ですね」
「そう?ありがとう」
ダニエルは褒められたーとにこにこ笑った。こうして褒められたら、ありがとうと感謝の言葉を述べて、にこーと愛嬌よくすることが大事だと長年の経験で染み付いていた。
「書類がどこにあるのか、一目でわかりやすくなっていて感動しました」
「それはよかった」
「現状維持を目指します」
アナスタシアは整理整頓された世界こそが快適だと身に沁みていた。どこに何の書類があるのか、わかりやすいだけではなく、きちんと整理された部屋から開放的な気分を感じていた。
「また物が増えたら一緒に片付けようよ」
「すみません、是非お願いします」
自分一人ではあのように整理整頓はできないため、アナスタシアは潔くお願いすることにした。いつかできるようになるために、あわよくばダニエルから教わろうと思った。
「俺、アナスタシアさんが掃除の時にどんな魔術使うのかなって想像したらわくわくしちゃったよ」
「そうなんですか」
「うん。アナスタシアは魔術を使いこなすの本当に上手だからね!」
「あ、ありがとう、ございます」
アナスタシアはじわじわと顔が赤くなり、ついには耳まで真っ赤になっていた。ダニエルはアナスタシアのこういうところにあどけなさやかわいらしさを感じていた。
「そういえば、どこに行ってたの?」
「海に行ってました」
「研究のため?」
「ええ、行ったら何かわかるかなと思って」
アナスタシアは海水を簡易的に飲み水にする魔術の研究に行き詰まっていた。この前、ダニエルのハンバーグを作る過程を見た後に、この木はタマネギで、この木は肉でと当てはめながら魔術を行ったところ、前よりはおいしくなり、一歩前進したことから、実際に海に行こうかなとアナスタシアは思い立ったのだった。
「また海に行っていろいろ考えてみようと思ってます」
「俺も海行きたいなぁ」
「クジュークリやチャレンカの海は綺麗らしいですよ」
「……えっと、一緒に行こうって言ってんだけれど」
ダニエルは整えられた頭をかいて、照れくさそうに笑った。
「えっ……!ん~、そうですねぇ~」
「あっ、無理にとは言ってないからね?」
ぐいぐい行きすぎたかなとダニエルは反省した。
「無理というより、誰かと行くと予定を決めないといけないじゃないですか」
「まあ、そうだね」
「それが嫌なんです。思い立った時に行きたいというか、予定があるっていうのがちょっと……」
「そっか」
ダニエルはアナスタシアのことをずぼらのような気まぐれのような不思議な人だなと思った。そして、組織の中で生き難い人だなと感じた。
「わかった。行きたくなったら声かけて。いつでも付き合うから」
何はともあれ、二人で行くことに拒否感はないと知ってダニエルは安心した。
「……ダニエルさん、仕事してます?」
「してるよしてるから」
この前、アナスタシアの研究室の掃除に時間をかけすぎて、上司に怒られたことは知らんぷり、忘れたふりをした。アナスタシアは本当に大丈夫かなと心配になった。
「その、今日もバリア破りの挑戦をしても?」
「ええ、いいですよ」
アナスタシアはコージーの周りによいしょとバリアを張った。
「コージーが取れるといいですね」
アナスタシアはニコッと挑戦的な笑顔を見せた。
「今日こそは頑張るから!」
ダニエルはその表情に負けん気を引き出された。
「あっ、今日はこれを持ってきたよ」
ダニエルは卵とハムのサンドウィッチを差し出した。特に、ほどよくふわふわした卵はよくできたとダニエルは自信を持っていた。
「ありがとうございます」
アナスタシアは味よりも時間を優先して、いつもおいしくない栄養剤やドリンクで済ませていた。そのため、ダニエルのサンドウィッチをもぎゅもぎゅとありがたくいただいた。とてもおいしかった。