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12. 信じる者は救われるといいね

「アナスタシアさん、こんにちは」

 ダニエルはお昼時にキャシーから取り返した腕輪を持って研究室を訪れた。

「これをどうぞ」

 客室にいたアナスタシアにダニエルは腕輪を手渡した。

「……ありがとうございます」

 キャシーに奪われたものが返ってきたのはこれが初めてだった。

「ダニエルさん、これ返しますね」

 アナスタシアはダニエルの腕輪を右手首から外して、手渡した。

「本当にありがとうございました」

 深々とお辞儀をしながら、アナスタシアは感謝の気持ちを伝えた。

「あの、妹が迷惑をかけませんでしたか?」

 かけましたねとダニエルは率直に思った。いずれアナスタシアの腕輪を返してもらおうと考えていたため、キャシーに会いに行こうとは思っていた。そのため、キャシーの方から接触をしてきた時はラッキーと手間が省けたことを喜んでいた。しかし、少し話すだけで、ベタベタしてくるわ、しなしなへなへなしてくるわと、とっても鬱陶しく感じ、ダニエルの不快指数がどんどん加速的に上がっていった。何はともあれ腕輪は取り返せたからよしとしようとダニエルは自身を落ち着かせた。

「あの、うん。君の妹さん、だいぶファンキーじゃないかな」

「ふふふ、そうですか。大変なご迷惑をおかけしたようで」

 アナスタシアはキャシーのアプローチが目に浮かぶようだった。きっと、腕輪はアナスタシアからもらったもので、姉はものや人の心に関心がない冷たい人だとでも言っていたのだろう。事前にダニエルに説明する機会があってよかったとアナスタシアは感じた。

「妹さんのことはね、あなたのせいではないよ」

「うーん、まあそうですかねぇ」

「そうだよ、妹さんだっていい大人だよ。自分の行動くらい自分で責任持たせてやらないとかわいそうだよ」

「……それもそうですね」

 アナスタシアは妹もあのままで大人になったと見られているのかとしみじみ感じていたところ、来客があった。招かれざる客である。

「アナスタシア!お前という奴は許せない!!!」

 開口一番、男は怒鳴り声で場を制した。うるさいため、アナスタシアとダニエルは耳を塞いだ。

「どちらさまですか?」

「アランだ!!」

「アランダ」

「ア・ラ・ン!!!」

 あー、アランね、あんな顔だったっけと、アナスタシアは一周回って、懐かしささえ感じていた。

 アナスタシアに出鼻をくじかれたアランは気を取り直して、ダニエルにビシッと指を差した。

「僕の妻にいちゃもんつけやがって!!」

 次に、アランはアナスタシアに偉そうに短い指を差した。

「僕にフラれたからって、キャシーにひどいことをしなくたっていいだろ?」

 アランはふふんと鼻で笑ってアナスタシアを見下した。

「待て。無礼だったのは君の奥方の方だ。姉のものを奪い、挙げ句の果てには土下座をさせた。そして、夫のある身というのに、俺にベタベタ触り、品位にかける行動をしていた。夫である君がなんとかしたらどうなんだ?」

 ダニエルは鬱陶しそうにアランを怪訝な目で責め立てた。

「キャシーは悪くない!!どうせお前の方から手を出したんだろう!僕の妻に粉かけやがって!!」

 こっちがぶっかけられたんだがとダニエルは思った。

「僕はキャシーのことを信じてる!!!たしかに頼まれたら何でもしてあげたくなっちゃうくらいメロメロになるのもわかるけどさっ!」

 なっちゃうじゃねーよ、迷惑だからやめてくれとダニエルは不快に感じた。

「でも、あれは、僕のだぞッッッ!!!」

 違いますとダニエルは思った。聞いている限りではあなたが彼女の所有物ですねと心の中でツッコんだ。

「金輪際近寄るな!!!」

「わかった。君もあの女が俺たちの方に来ないように協力してくれ」

「あの女だと!偉そうに!そうだ!!!慰謝料をよこせ」

「はぁ?君にやる金はビタ一文ないよ」

 ダニエルは最終的には金が欲しいのか、呆れたと口をあんぐり開けた。

「何だと!」

「もしご不満なら、私の上司や皇太子殿下の前で申開きをしてもらおうか」

 ダニエルは一応皇太子を護衛している身でおり、高貴な人、偉い人との繋がりがある、アランやドーロン伯爵家よりも断然に。上司や皇太子を巻き込まなくても、自分の父親に頼る手段もある。アランはダニエルを敵に回しても勝てないとやっと気づくことができた。

「ア、アナスタシア!君も義姉なら何とか言ったらかどうだ」

 アランは情けない声でアナスタシアに助けを求めた。

「なんとか~」

「黙れ!!」

 アランは元婚約者と聞いていたが、特に動揺するわけでもなく、アナスタシアには随分心の余裕があるなとダニエルは感じた。アランに対して、ダニエルが不快に感じるほどに昔馴染み感があるふざけた態度で接し、どう思われてもいいと思っていることが透けて見えていた。キャシーがまだアナスタシアはアランが好きかもと意味ありげに言っていたが、それは嘘だなと誰もがわかる態度だった。

「おぼえてろー!!!」

 味方がいないと悟ったアランは負け犬のセリフを吐いて、退散した。

「あなたの義弟もだいぶファンキーだね」

「ええ、本当に。ご両親はしっかりしているんですけれど……」

 アナスタシアは不思議そうに首を傾げた。

「へぇー、昔からあんな感じ?」

「そうですね。小心者で情けなくてなんか間が悪くて意気地がないところはまるで変わっていませんね。ですが、すぐお金を要求する人ではなかったような……」

「まあ、だいたい一緒だね……。人はそんなに変わるもんじゃないね」

「ええ、変わろうと思っても簡単には変われませんよ」

 アナスタシアは頷いた。人間は積み重ねだ。怠惰の中に身を置いていた人間が突如努力勤勉ガリガリ人間にはなれない。不慣れなことをやり続けるのは難しい。しかし、頑張りさえすれば人は変われるとも思っていた。あの人みたいになりたい、美しい人間になりたい、善い生き方をしたいと思い、実行に移す強さと継続する忍耐が人間にはあるとどこか信じていた。

 アナスタシアには人間そう捨てたものではないという感性が少なからずあった。






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