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11. 幼児的万能感

 キャシーはドーロン伯爵邸に無理矢理帰らされると、きぃとハンカチを握りしめた。ダニエルに命令された人間達にまるで罪人のようにぞんざいに追い出され、腹が煮えたぎる思いをした。今まであんな扱いをされたことなんてなかったのだ。キャシーは、両親にかわいいと言われ続け、なんでも言うことを聞いてもらっている弊害から、ちょっとお願いすればかわいい自分の言うことをみんな聞いてくれると思い込んでいた。

 それなのに、ダニエルにお馬鹿を見る目で見下され、いくらお願いしても自分の要求は一つも通らなかった。必ずしもキャシーのお願いを叶えてくれる人だけが彼女の周りにいたわけではないが、ダニエルのように厳しく嫌な目に遭わせた人間などいなかった。門前払いをされて、キャシーは一種の屈辱を感じていた。

 ダニエルはまだ私の魅了をわかっていないだけだ、アナスタシアに騙されているんだと考えることで、キャシーは自身を落ち着かせた。

「もしかしたら、ぜーんぶ、お姉様のせいなんじゃないかしら!」

 キャシーはダニエルがキャシーの虜にならないのも、ダニエルがあの腕輪を取り上げたことも、お姉様なのにアナスタシアがダニエルを独占しているせいだと考えた。

 キャシーは自身の都合の悪いことが起きるとすべて姉のせいにしてきた。両親や自分を守ってくれる人に、だってお姉様がと言えば、そうだアナスタシアが悪いとみんな同調して、キャシーを救い出し、アナスタシアをやっつけてくれるの学習していた。

「キャシー!何があったんだい?」

 騒ぎを聞きつけたアランがキャシーを心配して家に帰ってきた。

「アランさまぁ!」

 キャシーは目をうるうるさせてアランに縋りついた。

「ふえぇ……、うぅ……、グスッ」

「大丈夫かい」

 しばらくアランの腕の中で泣き続けると、頃合いを見計らってキャシーは泣き腫らした顔を上げた。

「お姉様がぁ……」

「あの女がどうした?」

 アランはドーロン伯爵家に染まり、アナスタシアのことは嫌いだった。というよりも、キャシーを害する存在として認識しているため、警戒と嫌悪の対象であった。

「お姉様がぁ、ダニエルさまに、嘘ついたんですぅ……」

「なんだって!!」

「お姉様から腕輪をもらったのに、グスッ。盗られたってダニエル様に吹き込んだみたいで……」

「そうか。それでキャシーが悪者扱いされたんだね」

 アランはキャシーの頭をよしよしと撫でた。

「僕がなんとかするよ」

 アランはキャシーを安心させるように微笑んだ。

「え、ほんとにぃ……?」

「もちろん!」

 アランはダッと走って、急いでアナスタシアのところに向かった。余談だが、アランやキャシーをはじめとしたドーロン伯爵一家はあまり魔術が得意ではないため、転移魔法やバリアなどはできない。そして、彼らの中でアナスタシアが一番魔術のレベルが高いということは言うまでもない。

「ふふふ」

 キャシーは夫の背中を見送ると、片手を口元に寄せて笑い出した。あーあ、本当にちょろいとキャシーは気分が良くなった。これも言うまでもないことだが、キャシーはアランのことをさほど愛してはいない。自分の言うことを聞いてくれる存在として、多少好意的に見ている程度だ。アランが姉のアナスタシアと結婚していたら、自分がドーロン伯爵家において、姉よりも優位な地位に立てないこと、また、アランが姉の婚約者であることからキャシーはアランを誘惑し、略奪したのだ。赤子の手を捻るよりも簡単にキャシーはアランの心を手に入れることができた。

 そうした経緯もあって、キャシーは姉を女としても見下していた。また、姉の婚約者を落としたという一つだけの成功体験から、キャシーはこの世の男はちょっと頑張れば、意のままにできると楽観視していた。最終的には姉が大事にしているらしいダニエルもキャシーの魅力に気付き、手に入るだろうと思っている。

 キャシーは自分の願いごとはすべて叶うという万能感を引きずったまま二十歳になっていた。





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