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小話3. 犬の置物

 アナスタシアは妹ばかり優先する両親があまり好きではなかった。その両親に倣って、周りの大人たちはアナスタシアを遠巻きに扱っていた。そのため、彼女が懐いていた大人は父方の祖母のみであった。おばあさまはアナスタシアが10歳になる前に亡くなってしまっている。忙しさが祟ったのだろう。

 おばあさまははドーロン伯爵家の領地の運営に携わり、その職務であちこち飛び回っていた。そのため、会う機会がそれほど多かったわけではないが、おばあさまは利発なアナスタシアのことをとてもかわいがっていた。おばあさまは毎回、仕事で行った先にあった素敵なお土産をアナスタシアに買って来てくれていた。アナスタシアの研究室の客室にある犬の置物、コージーもおばあさまにもらったものだ。

 これは、アナスタシアが8歳頃のこと、おばあさまがいつものように仕事でどこかから帰ってきた時のことだ。

「おばあさま、おかえりなさい」

 アナスタシアは嬉しくてしょうがないと駆け出して、おばあさまに抱きついた。笑顔で駆け寄ったら笑顔を返してくれる大人はアナスタシアにとって貴重な存在だったのだ。ついでに、お土産はアナスタシアの見たことがないものばかりで、とても好奇心がそそられ、どこに行った、ここが綺麗だったという土産話を聞くことも大好きだった。

「アナスタシア、元気にしていた?」

「はい!」

 他の来客であれば、アナスタシアには引っ込んでいろと言う父やそっけない態度を取る母であったが、ドーロン伯爵家の実権を握っているおばあさまの前で、母と父は何も言えなかった。キャシーはどのようなわがままでも聞いてくれないおばあさまを嫌い、あまり姿を見せない。今も自室に籠っているんだろう。

「お土産を買って来たのよ~」

 おばあさまは大きなクマのぬいぐるみと机に飾る用の犬の置物を見せてきた。よく見ると愛嬌のある顔をしていると思い、アナスタシアはこの犬の置物がほしいと感じた。かわいらしい顔立ちではなかったが、ずっと見ていると、愛着がわく、趣深い置物だった。

「わたし、これほしい!」

 いつのまにか来たキャシーがクマのぬいぐるみに飛びついた。気まぐれを起こして、おばあさまに会いに来たのだろう。

「えっと、アナスタシアはどうする?」

 おばあさまは突然現れたキャシーに困惑し、アナスタシアの方を見た。

「おねえさまなのよ!わたしにゆずるべきでしょう!」

 キャシーはきゃんきゃん騒いでいた。アナスタシアは姉なんだから譲れと両親や妹に言われるこの言葉が一等嫌いだった。姉だから譲るというロジックがよく分からなかった。アナスタシアは今も昔も納得できない論理は嫌いである。

 そして、アナスタシアは両親がキャシーをかわいがり、アナスタシアを愛していないから、キャシーにさまざまなものを譲らせるということが、もうわかっていた。

「わたし、これがいーいー!」

 キャシーは地団駄を踏んだ。そして、ううーと目を潤ませて、父や母にお願いしている。アナスタシアは犬の置物が気に入っていたため、身の丈よりも大きなクマのぬいぐるみなんてどうでもよかった。

「アナスタシア、譲ってあげなさい。お姉様なんだから」

 アナスタシアは母親にいつも言われない優しげな声で諭された。おばあさまがいるため、猫を被っているのだろう。

「そうだ。譲りなさい」

 父親はいつものようにトゲのこもった声音でアナスタシアを押さえつけた。彼は実母の前で取り繕う必要はないと感じているのだろう。

「……そうね」

 おばあさまはにっこり笑って、アナスタシアにしゃがんで目線を合わせた。

「アナスタシア、お姉様だから、今回はキャシーに譲ってあげてね」

 そう言っておばあさまはアナスタシアに犬の置物を手渡し、キャシーにクマのぬいぐるみをあげた。

 喜んでいるキャシーと騒がしい両親が遠ざかるとおばあさまはアナスタシアにこそっと耳打ちした。

「ごめんなさいね。こんなものではなくて、今度は素敵なものを用意するから」

 犬の置物はあなたのご両親用に買ってきた物だったのとお茶目な笑顔を見せ、アナスタシアの頭を撫でた。あたたかい手だった。

 アナスタシアはこの犬の置物の方がほしかったとは言えなかった。









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