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10. 随分な箱で育った娘さんですねぇ

 キャシーは袖や裾にレースがさりげなくあしらわれたふわっとしたお気に入りの白いドレスを着て、腕輪やイヤリングといった装飾品で着飾り、ダニエルのところに向かった。ダニエル様に姉の様子が知りたい、心配なんですぅなどと言って、アランから上手く聞き出したのだ。キャシーはアランのような男の扱い方を心得ていた。

「ダニエル様!」

 目当ての男を見つけると、キャシーはとてとてとてとかわいらしい歩調で近寄った。

「……どなたかな」

「アナスタシアの妹のキャシーと申します。姉が大変迷惑をかけているようでぇ……」

 キャシーはしなしなと身体を動かし、小動物を思い起こすような上目遣いでダニエルを見つめた。

「迷惑……?俺の方が世話になっているくらいだよ」

 ダニエルは周りの目もあるため、にこっとお愛想笑いをした。心の中はなんだコイツと仏頂面だ。

「本当ですか?だって、お姉様は……」

「なに?」

 ダニエルはタイミングを見計らって、初対面のくせに距離が近すぎるキャシーから一歩離れた。

「い、いいえ、何も。お姉様に何かされていないのであればそれでいいんです」

「そうか、用件はそれだけ?」

 キャシーは自分の魅力に何も反応を示さないダニエルを不審に思ったが、動揺を押し隠しているだけだと考え、よりダニエルに身体を寄せた。

「その、お姉様とはここ三年全然会えていなくて、あの、いろいろと心配なんです」

 ダニエルはキャシーの厚顔無恥さにうんざりして、外面をかなぐり捨てた。何様のつもりでアナスタシアが心配と言えるのだ、妹様か?とダニエルはムスッとした。

「……婚約者を奪われたんだから、会ってもらえないのは仕方ないんじゃないかな」

「奪ったなんて……。ひどい、ひどいわ!!そんな噂をダニエル様まで信じているなんて……。アラン様はたしかに姉の婚約者でしたので、未来の義兄としてそれなりに親しくしていました。そのうちに、ええ、私達は恋に落ちてしまって……。誓って誘惑したなんてことはしてませんわ!それを知った優しいお父様とお母様はお前達が結婚しないかと提案してくださって。お姉様は、ええ、まあ、譲ってくれました」

「へえ」

 目をうるうるさせてキャシーは長ーくたらたらと話した。

「そういえば、この前アナスタシアさんに会ったって聞いたよ。なあ、土下座させたらしいじゃないか」

 ダニエルは怒りを内に秘めた瞳でキャシーをねめつけた。

「あれは、その、私がちょっとふざけたら、お姉様が本気にしてしまったんです。お姉様はひどいわ!!土下座することで私に恥をかかせたんだわ」

 キャシーは手持ちのハンカチでよよよと涙を拭いた。

「お姉様はいつもそうなんです。昔から私のことが嫌いみたいで……、いつからかしら、もう私とお話しするのも嫌みたいなんです」

 キャシーは涙交じりの幼稚な口調でダニエルに姉のひどさを訴えかけた。ダニエルは白々しいと鼻で笑った。

「婚約者を譲ったんだろう?お優しいお姉様じゃないか」

「……お父様やお母様がいくらお話ししても、アラン様がいくら嫌そうな顔をしても、お姉様はなかなか了承してくれませんでした。当然のことですがね。でも、私に会いたくないってことは、まだアラン様のことをお好きなのかしら」

「……」

 キャシーはアナスタシアのために怒っているダニエルを意味ありげに見た。

「お姉様はその、人当たりの冷たいところもあって、家族の私たちにさえ心を閉ざしています。ダニエル様も冷たくあしらわれていませんか?」

「いいや、ちっとも」

 キャシーはダニエルの頑なな様子をくすくすと笑った。

「そうですかぁ?あら、この腕輪は……。ダニエル様とお揃いでしたの?」

 キャシーはダニエルが身につけている腕輪をめざとく発見すると、自分の右手首に輝く腕輪を見せつけた。ダニエルは自分の腕輪をアナスタシアにあげていたが、似たような見た目の腕輪を付けていたのだ。

「そうでしたか、ふふふ。これ、お姉様からもらったんです」

 手首にはイエローゴールドで真ん中にはターコイズがはまっている腕輪があった。ダニエルとアナスタシアがお揃いで買った物である。

「君がお姉様から奪った腕輪じゃないか。返してくれ」

「違います!これはもらったんです。姉は昔から物に執着しない人なんです。人からもらった物でも興味がなさそうに私にあげちゃうんです!」

 冷たい人でしょうとキャシーはダニエルの腕に擦り寄った。ダニエルは鬱陶しそうに払い除けた。

「あの人には大事なものなんてないんですよ。だって、なんでも私にあげちゃうし、姉の部屋は昔から物が少なく冷ややかなところでした。研究室とやらもそうでしょう?」

 キャシーは姉のことなど全てお見通しと言うかのように鼻で笑った。

「……いいや、犬の置物と猫の置物があるよ」

「はぁ……?どうせ押し付けられて置き場所に困っているだけよ」

「とても大事にしているように見えたよ。その腕輪もね」

 ダニエルは長い人差し指でキャシーの手首を忌々しそうに指差した。

「君はアナスタシアさんが大事にしていた腕輪を奪った挙句に土下座させたんだ」

「違うわ!土下座をしたのは私やドーロン伯爵家への当てつけよ。ええ、もちろん、あなたのためではないわ!!」

 ダニエルはキャシーの姉のことなんて全部分かっているといった傲慢な態度が癪に触った。

「……君はアナスタシアさんのことを何一つ理解してない」

 ダニエルはキャシーから腕輪をむんずと取り上げた。

「これは彼女に返しておこう」

「ちょっと!何勝手に盗ってんのよ!!誰か!!この人が私のものを盗んだんです!!」

「あのね、君が姉を土下座させた件はそこら中で噂になっているよ。君の味方は結構少ないぜ」

「いいえ、みなさん!そんなのでまかせです。誰か、私を信じて!!この人が私の腕輪を盗んだのよ!」

「すまないが、彼女は部外者だ。つまみ出してくれ」

「はっ」

 キャシーはきゃんきゃん喚きながら、連れ出された。みんなひどいわと言いながらじたばたと暴れていて、まるで幼い子どもが自分の道理や感情を喚き立てているようだった。

 ドーロン伯爵家を一歩出れば、キャシーを無条件に信じ、支えてくれる人間はいない。その事実に彼女は気づいていなかった。このままではいけないと、気づける日が来るのだろうか。







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