1. 笑顔が素敵な貴方
アナスタシアには一つ下の妹がいた。名前はキャシー。金髪のふわふわ巻き毛で大きな青い瞳がきゅるんとして、とてもかわいらしい。両親から目に入れても痛くないほどに溺愛されていた。アナスタシアは覇気のない目に長めの茶髪を飾り気なくまとめており、華やかさに欠けてはいたが、決して不美人というわけではない。しかし、年上・目上の人間や男性から見たかわいげが欠けていた。妹は庇護欲がそそる表情や仕草を熟知しており、よくいえば甘え上手であった。そんな妹にアナスタシアは幼い頃からほしい、ちょうだいとせがまれたものを何でもあげていた。
「おねえさま、このお人形さんください!」
「おねーさま、この髪飾り私の方が似合うわ!」
「お姉さま、このネックレスほしいわ!」
「お姉様、この化粧台、ちょーだーい」
「お姉様ー、このドレス、私のでいいよね」
このような具合でアナスタシアはキャシーにありとあらゆるものをあげてきた。興味のそそらないものか必要ではないものが大半であったため、アナスタシアは別にいいかという心持ちであった。
「お姉様、アラン様は私の方が好きなのよ」
「じ、実はそうなんだ……」
キャシーとアランは仲睦まじそうに腕を組んでいた。そして、両親はお姉様なんだから譲りなさいと囀った。家同士の結婚であるため、アナスタシアかキャシーのどちらかが結婚すればよいということもあるが、かわいいキャシーの意思を尊重した結果だろう。アナスタシアもアランのことは好きではないし、別にいいやと、とうとう婚約者まで譲ってしまった。そして、学生の頃からオファーのあった魔術研究所で働くことになった。そこは、魔術関連の研究者の選りすぐりのエリートが集まる場所だ。
それから三年の月日が経ち、今日もバリバリ研究に勤しんでいた。アナスタシアはいろいろ頑張ってもぎとった個別の研究室に籠り、海水を飲み水にかえる魔術の研究やバリアの張り方の開発など手広く行っていた。
「すみませーん、アナスタシアさんいますか?」
「はーい」
外から男に声をかけられた。この研究室に知らない人間が訪れることはあまりない。アナスタシアは誰だ?何だ?と疑問に思った。
「どちら様でしょうか?」
のっぺりとした表情でアナスタシアは応対した。用件さえわかればいい、お愛想は不要と彼女は心底思っている。
「……ダニエルです。皇太子殿下の護衛を務めています」
ダニエルは明るくにっこり笑って自己紹介をした。第一印象は大事と彼は心底思っている。
「このバリアを開発したのはあなたかな?」
「ええ、はいそうです」
アナスタシアはダニエルから渡された書類をパッと読んだ。これは徹夜のテンションでパッパラパーになって作ったバリアだった。ちょっとどのようなものだったのか記憶が飛んでいる。
「これをうちの金庫で使いたいんだけれど、詳しく教えてもらってもいい?」
「わかりました」
アナスタシアは立ち話も何ですしと言って、なけなしの客室に案内した。その間に、頑張ってどのような魔術であるかを思い出した。
「魔術はお得意ですか?」
「え?フツーかなぁ」
ダニエルはヘラッと笑って答えた。皇太子の護衛に名を連ねている騎士であるため、多分何とかなるだろうとアナスタシアは踏んだ。
「これはここをこうしてこんな感じでこうです」
アナスタシアは訳のわからない説明をしながら、バリアをぶんっと出現させた。
「おお~、このまま持っていけば使えるかな」
「これはさっと作ったものなので、すぐ消えてしまいますよ」
あっそっかとダニエルは納得した。そして、ちゃんと作ってくれないかなと期待に満ちた笑顔でアナスタシアを見つめた。
「……ちゃんと作ってもいいですけれど、私しか金庫が開けられなくなりますよ」
「え?」
「この魔術は術者のみがバリアを抜けられるものになっています」
「つまり、俺がやらなきゃダメってことか~」
ダニエルはラクができず、ガックシと肩を落とした。
「少し難しいかもしれませんが、その分、金庫を守るためにはうってつけの魔術ですよ」
アナスタシアはこの魔術をラク~にやる方法を考えた。
「あっ、ステッキがあるとやりやすいと思います」
ステッキがあると魔力のコントールがしやすいのだ。アナスタシアは初歩的なことを思い出した。
「へぇ、今は持ってないや。明日とか空いてる?」
「はい」
大丈夫大丈夫とアナスタシアは自分に言い聞かせた。基本的に彼女の予定はガラ空きではあるが、予定を入れることに気が乗らないシーズンと突然どっか行きたくなると思い立つシーズンなどがあるのだ。アナスタシアは明日の風に身をまかせる気まぐれ人間なのだ。
「じゃあ、明日のこの時間にステッキを持って行くから、教えてねー」
今日はありがとうと言ってダニエルは笑顔で去った。
「よく笑う人だったなぁ」
アナスタシアは久しぶりに知らない人とちゃんと話したなと感慨深くなった。