約束
リールーの振った刀は女の人の首筋に触れるか触れないかって位置で止められた。
「…抵抗も逃げたりもしないんだ?なんで目を閉じてる?」
「リールー!!」
「シルビアはちょっと黙ってて! 吸血鬼、質問に答えなよ」
「動けると思います? それに、信じられないと判断されたのなら仕方ありません。一思いにお願いします」
「……」
リールーは無言で刀を鞘に収めた。
「もし、この二人に危害を加えたら、地の果てまでも追いかけて殺す」
「…はい」
「よしっ、じゃあ出してあげるね」
リールーもようやく納得したのか首元で縛られてる麻袋を解く。
なんか忘れてるような…?
「あ…」
「……もういっそ殺して!」
裸な上に縛られてるから、自ら隠すこともできない。これはヒドイ…。
「忘れてたよ。ひん剥いたんだった」
私は思わずリールーをどついた。
「いったいな!! 忘れてたんだから仕方ないじゃん」
「リールーの変態!」
泣いてる元吸血鬼の女の人は縄を解いてあげて、手持ちのワンピースを渡した。私のだから小さいかもだけど素っ裸よりはマシ。
リールーはひん剥いた装備を重たいからって墓地に捨ててきたらしい。
言ってくれれば持ってきたのに…。
涙目の元吸血鬼、名前はモラエと名乗ってくれた。
モラエさんと、リナさん、アグリをムーサルまで護衛し家に送り届けた。
「ありがとうございました、私はこれからここに住みますからまた何かあったら訪ねてきてください」
「こちらこそお世話になりました。アグリちゃんも元気でね」
「うん! また遊びに来てね」
「…そいつの様子、見に来るよ」
「………」
素直じゃないなリールーは。
こうしてリールーの吸血鬼化事件は幕を閉じた。
(めでたしめでたしじゃな!)
そうですね。しばらくのんびりしたい…貧血気味だし。
(甲斐甲斐しく飲ませておったしの?)
う、うっせぇですよ!
(くくっ。これはディーの喜ぶ展開も近いかもしれんのじゃ)
その日は早朝からムーサルに宿を取り、沼地で汚れた身体をお風呂で洗い、倒れ込むようにベッドで眠った。
気疲れと、貧血と…リールーの温かさが心地よくて…。
「シルビア、そろそろ起きてよ。つまんない…」
「ん…ふぁぁ…誰のせいだよ…」
「起きないと手出すよ?」
「んー?いいよ…」
「マジで!?」
「…うるさいなぁ。まだ眠いんだけど…」
「ほんとにいいんだね?」
んあ?なんの話?
「ひゃう…ちょ…リールー! どこ触って…やめっ! やめろー!」
パーン!!
「いったぁぁ!! なんでひっぱたくの?」
「り、リールーが…へんなとこ触るから!」
「いいって言ったじゃん!」
「は?何言ってんの?」
「え? まさか寝ぼけてた?」
「うん?」
「なんだよもう! 期待させてひどい…」
ベッドの上でこれでもかってくらい落ち込むリールー。何があったの…。
(ふははは、まぢウケるんじゃが!)
笑ってねぇで何があったか教えて下さいよ…エロ神様。
(我の扱い酷くなっとるんじゃが)
自業自得では?
(む…。お前が手を出して良いとリールーに言ったんじゃ。まぁ寝ぼけておったが…)
……寝ぼけてたとはいえ私のせいか。
「リールー、ごめんね?」
「……」
「寝ぼけてたから…」
「……バカ」
「はぁ…。ねぇ、リールー。家を買おう?そしたら、その…さっきの続き、していいから」
「本気?寝ぼけてない?」
「うん。本気だよ、だから機嫌直して」
「最後まで?」
「…うん」
「じゃあ許してあげる。バッチリ稼いで家を買うぞー!」
さっきまで拗ねてたのに、現金なことで。
王都は行ってみてわかったけど、活動拠点にするには宿をはじめお金がかかりすぎる。
稼ぎがそのまま生活費に消えていく。
それじゃあ意味がない。家を買うなんて夢のまた夢だ。
(それなら…イリタマゴ湖の近くにある潰れた製材所を修理して使ったらどうじゃ?)
そんなのありましたっけ…。
(元々あったぞ?お前が追加したとかじゃないのか?)
んー?湖のどの辺ですか?
(リバーサイド村の近く、狩人のテントがある対岸じゃな)
あぁ!! 修理を自分ですれば拠点にもなるやつだ!
(そう言うとるじゃろ)
確か初期費用もかからないから…イケる!
「リールー! リバーサイドへ行こう」
「唐突だね?リバーサイドには依頼掲示板ないよ?」
「リバーサイドの近くに拠点というか、住む場所のアテがあるの」
「また神託?」
「そんなとこ!」
「ふーん…確かにリバーサイドの近くならブラックランも近いし、何とかなるか…」
「うん。ダメかな?」
「いいけど…その上目遣いやめて。なんかズルい」
ほうほう…リールーにお願い事するときには上目遣いがいいのか。
覚えとこ。
ムーサルの錬金術師のおばちゃんから、ブラックランのヤマトの大釜へ手紙と荷物の配達があったから受けた。
距離もあるし報告はしなくていいって言ってくれたから助かる。
ヤマトの大釜の店主と知り合いだから、またいずれ返事が来るだろうって言ってた。
また馬車に揺られて、まずはブラックランへ。
馬車でリールーに血をあげたのも、もう過去の事。
ほんっと大変だったな…。
明け方になってようやくブラックランに到着。
馬車で多少なりとも寝たからそこそこ元気。
リールーに膝枕をせがまれて、許可したら太ももを弄られてひっぱたいたりはしたけど…。
ヤマトの大釜はまだ開いてない。
市場にはチラホラ人がいるけど、お店はまだ開店前。
こんな早朝からルディアさんの家に押し掛けるわけにもいかないし、とりあえず宿屋へ。
パンを買って手持ちのチーズと一緒に食べながら時間を潰す。
ついでにリールーが盗み食いしたチーズの代金も払っておいた。
店主のプードルさんにげんこつを貰ったリールーは懲りて欲しい。
市場やお店の開店時間になったから、ヤマトの大釜への配達のお仕事を終えて、市場で買い物。
お供えを買い込んで聖堂へ行って、今回のお礼を伝えてきた。
久しぶりにキナエル様と、タルエル様の声も聞けた。
リールーにもお祈りをさせたら、スキルが増えたらしい。戦神タルエル様のおかげだね。
私自身も弓の威力が2割程上がったし、隠密も高くなって狩りが捗りそう。
後は…色神ディエル様からねっとりとそっち系のスキルを押し付けられた。
リールーとそうなるかもしれないし、もらってよかったのかも?
(流石にその時は我らも気を使ってやるのじゃ)
当たり前です! まぁいつになるか分かりませんけど!
聖堂を後にして、ルディアさん達に挨拶に行ったのだけど、留守だった。
「あら…シルビアちゃん、久しぶりね?ルディア達なら出かけてるわよ。もし、いない間にシルビアちゃんが戻ってきたらって家の鍵と手紙を預かってるわ」
「エビドリアンさん! お久しぶりです。私達もすぐに出かけるので、お手紙だけ頂きます」
「そう?じゃあこれね。武器の手入れしていくでしょ?」
「そうですね、自分でもしてましたけど、プロにお願いしたいです」
弓と短剣、鎧一式を預ける。
「任せて。そっちの子の武器も預かりましょうか?」
「いいの?じゃあお願い!」
リールーも背負ってた刀を預ける。




