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疾病



「ダメだ! 王都は宿代が高すぎる」

もう一泊した翌朝、ベッドの上でリールーが叫ぶ。


王都に来てから二泊したけど、どちらもリールーが店主とのやり取りをしてくれたから、私は値段を知らない。

「そんなに高いの?」

「一人300ゴールド…」

「それはキツイな。このまま宿暮らしを続けるべきでは無いね」

「お金ためて家でも買う?」

「そうだね、取り敢えずの目標は小さくてもいいから家を持つ事かな?」

お気に入りだったリバーサイドのロッジは、勇者様の記念館みたいになってて、吸血鬼の姫様が住んでるしなぁ。 

(なんかすまんことをしたのじゃ…)

いえ、ドラゴン倒してもらったし、それはいいのだけど…。他には家とか追加してないからどうしようかなと。

(いや、元々ある家を買うか、建ててもいいじゃろ)

私達が建てれるとでも!?

(問題ないはずじゃぞ。仕様じゃからな)

なんだかなぁ。


「それより、リールーの眼って赤色だった?」

「何言ってるの?」

(…お祈りしなかったから…)

その声はノクエル様。 お久しぶりです。

(…久しぶり…。それより、その子…ヴァンパイアになってる…)

はい!? まさか数日前のダンジョンで戦った時に吸血病にかかってた?

(…そう。忙しくていいそびれてた…)

なんてこった…。

でも言われたら一昨日に違和感を感じてたのに。

あの時点で私が疾病治療の魔法をかけてれば…。

いや今は後悔してる場合じゃない!



「リールー! 前に拾ったブラックソウルストーンってまだ持ってる?」

「え?うん。あまり見ない物だから、大事に持ってるよ」

「よかった…。それ売らないでね」

「売るつもり無いよ。でもなんで?」

「リールー、落ち着いて聞いてね?」

「なんだよ…他に好きな人ができたとか言ったら泣くからな!」

「違うから! リールー吸血病にかかって、ヴァンパイアになってる…」

「……嘘でしょ?」

私のゲーム環境が元になっているなら、血を吸わなきゃ吸血鬼として成長しない。 

元々の仕様は渇けば渇くほどパワーアップしてたけど…。

そもそも顔つきも変わらない様にしてあるからわかりにくいんだよな。

でも、ノクエル様が言うなら間違いない。


「はぁ…どうしよう。ボク退治されちゃう?」

「血を吸いたくなっても絶対に我慢して! 治してくれる人のところへいくよ」

「吸血鬼なんて、聖堂でも治せないじゃん!」

「アテがあるから言ってるの!」

「なんでわかるの?当事者のボクより先に吸血鬼だってわかってたし」

「神託だよ」

「あぁ。それなら納得」

当たり前に神託がある世界でよかったよ。

(なんじゃ、すぐに治療してしまうのか?)

だってこのままじゃリールーが…命を狙われる事になる!

(仕方ないのぅ。ムーサルのパリオンの所へ行くのじゃ)

だから名前よ…。わかりやすいけども。

(シルビアが混乱せんようにとの我の配慮じゃ!)

そういう事にしときます。

私が来るかもわからなかったのに、そんな訳あるか! って突っ込みたい。

でも待てよ?そもそも私のゲーム環境が元になってるんだっけ?

どういう事だよ…。

(それより今は急ぐんじゃろ?)

そうだった!



宿屋から外へ出ると幸いにも今日は曇り空。

「ううっ…眩しい…。それになんか肌が痛い…」

それはそうだろうな。吸血鬼だし。

元々リールーはかなりの色白だからぱっと見じゃわかんねぇんですよ…。


「シルビア…ボクのこと始末する?」

いつも元気なリールーが俯きながらそんな事を言う。

「するわけ無いじゃない。リールーはバカなの?」

「だって! ボクはもう…人を辞めちゃったんだよ…」

「いいから、ムーサルへ行くよ」

首に巻いてたマフラーを頭にまいて、日除けみたいにしてるリールー。

曇ってても関係ないらしい。

(馬車が改善されたのじゃ!)

…本当に?信じていいの!?

(うむ! その代わり、前より移動に時間がかかるようになったのは我慢するのじゃ)

わかりました。どのみち前は途中で降りてたから差がわかんないし。

ただ…リールーを馬車に乗るよう説得できるかな。


王都をでて、馬屋の傍に止まっている馬車へ向かう。

今朝はまだいるな。

「リールー、馬車に乗るよ」

「は? 絶対ヤダけど!」

「今は少しでも急ぎたいから。それに今回は前みたいにならないよ」

「ヤダ! 絶対ヤダ!」

リールーが渇きに耐えられなくなる前にムーサルに行きたいのに…。


「どうしても嫌?」

「…シルビアが何でも言う事聞いてくれるって言うならボクも言うこと聞くよ」

リールーの為なのになんで私が頼んでるみたいになってんだよ! 

とは言っても、ここは私が折れるしか…。

それに違和感を感じてたのに放置した私にも責任はあるんだよね。


「…わかったよ。だから乗って!」

「乗るなら急いでくれ」

うっせーですよ、外道な御者のくせに!

リールーもイラッとしたのかものすごい顔で睨みつけた。

こんな美少女みたいな子に睨みつけられても怖くないのでは?と思ったけど、むしろご褒美だったらしい。

外道な上に変態かよ…。本当に大丈夫なの?この馬車。

(御者の性癖まで我は知らんのじゃ…)


ヘッタクソな歌を歌いながら、御者が馬にムチを入れて馬車は出発した。

「…あれ?あまり揺れなくなった?」

「だね。神託はホントだったんだ…」

「シルビアの聞いてる神託ってさ、すっごいピンポイントだよね」

「あーうん。そうかも」

当たり前に、お友達感覚で会話してるなんて言えない。

(言うても信じやせんじゃろうな…)

だよねぇ…。


馬車の改善は本当だった。

今までは何もかもをズンドコ跳ね飛ばしてたのに、通行人とかがいると、速度を落として街道脇へ避けるのを待ったり、人道的な馬車になった。

ただ、襲ってくる人や狼とかは容赦なく、前のように跳ね飛ばしていく。

それでも馬車が荒ぶらなくなったのはすごい。さすがキナエル様。

(大変だったのよ…シルビアちゃんが乗ってくれて確認が取れてよかったわ)

本当にお疲れ様です。

(まだしばらく忙しいけど、また落ち着いたら話しましょうね)

はーい!

多分盗賊ギルドとかのだよね。

(そうじゃな…。ちなみに狂気の神は食神に統合されておったのじゃ)

それまさか、チーズのせいでは?

(大正解なのじゃ! チーズの為なら死んでもいい! とか言うとったが…)

ガチのやつだ…。関わりたくない!


馬車で移動を始めて少し。

「…シルビア、喉乾いた…」

「水筒は?」

「飲んじゃった…」

「私のあげるから」

手渡した私の水筒を受け取ると、すぐに飲み始める。

「…ダメだ。コレジャナイ」

血、か…。


どうしたものやら。

(…少しくらいならあげていい…)

悪化しませんか?

(…そのままにしてると禁断症状がでる…)

わかりました…。ノクエル様が言うなら間違いないし。

幸いな事に、御者はいまだ下手くそな歌を歌いながら楽しそうに馬車を操ってる。


手持ちの短剣で手首を少し切ってリールーの口元へ。

「…んっ…ちぅ…んくっ…んくっ…」

躊躇なく吸い付かれてびっくりしたけど、美味しそうに飲むね…。

………。



「ストップ! 私貧血になる…」

言葉で止めてもやめてくれなくて、無理やり振りほどいた。

リールーは恍惚とした表情のまま固まってる。

なんか知らんけど、色気がやばいなこの子!


馬車がカーブで”ガタッ”て揺れてようやく我に返ったのか、謝られた。

「…ごめん」

「いいよ。落ち着いた?」

「うん…美味しかった」

そう言われても私は複雑なんだが? 


あまりにも申し訳なさそうな顔をするから無理やり膝枕して頭を撫ぜる。

「大丈夫だから。ね?」

「…ありがと」

「リールーってエルフだったの?」

「知らない。親の顔も知らないし…確かに耳はちょっと尖ってるけど、エルフ程じゃないからハーフか、クオーターか…。シルビアはエルフ嫌い?」

「いや、別にそんなことはないよ。髪で隠れてて初めて見たから」

確かにエルフと言うには目立たない程度のエルフ耳だ。

「くすぐったいから触らないで…」

「いいじゃんケチ」

「変な気分になるからぁ…」

「わかった、やめるから。 こら! 太もも触るな!」

「イタっ…叩かなくてもいいじゃん。膝枕してるんだから触れても仕方ないでしょ」

「触り方がやらしいんだよ!」

ディエル様からのいいねが腹立ってきた!

(ひどいわ〜…)

(お前が出てくるとややこしくなるからすっこんどれ!)

(…仕事の邪魔…目に余る…。回収…)

(あぁ〜…今から良いところなのに〜ノクエル姉様引きずらないで〜)

これ以上の展開なんてあってたまるか! しかも馬車の上でとか!

(ちなみにどこならいいんじゃ?)

そうですね、小さくてもいいから、庭のある素敵な自宅で…ってなに言わすんですか!

(乙女じゃのー)

そうですが何か!?




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