スタート
「ん…眩しい…」
「おい、シルビア! いつまで寝てるんだ」
「…ん?」
えっ…あれ?私はロリ神様の陰謀で牢屋にいたはず…。
どこだここ…。牢屋よりは広いけど、ゴチャゴチャしてて汚い。
「おい、早く起きろ!」
「う、うん…兄さん」
は?兄さん?
自然と自分の口から出た言葉にビックリする。この髭面のおっさんが兄?
「今日はお前の買い手が来るからシャキっとしろよ!」
「ごめんなさい…」
「まったく外見だけよくても使えねぇ…どうせ買われた先でも使い捨てされるだろ」
はい?今コイツなんて言った?買い手?
「兄さん、買い手って?」
「あぁ?うちの雑貨屋でお前を売ったんだよ! 地元の連中には流石に売れんから他所から来た人にな?」
「…はぁ?妹を売った!?」
「うるせぇ! 両親が死んでから、なんとかやってきた雑貨屋も、なんの役にも立たんお前の面倒を見ていたら潰れちまう! せめて売上の足しにでもなってくれや」
最悪じゃん…。
思い出した。この人、ゲームの雑貨屋の店主だ。
大したものを売ってなくて、逆に拾った物を売りにしか行った事がない。
”何でも売るぞ。俺に姉妹がいたら売ってるのに”とか言ってた奴。
でもこの人、身内はいなかったはず…。
「早く仕度しろ! せめてその外見が無駄にならん様にマシな服を着ておけ!」
怒鳴られてビクッとしつつ、無意識でも何故かわかる自分のタンスを開ける。
中には…二着しかない。どっちがマシ?こっちかな。
着ているボロボロな囚人服みたいなのを脱ぐと、下は素っ裸。この世界、下着もないのか…。
本来は布を巻いてたはずだけど…。
選んだのは淡いブルーのワンピース。生地はゴワゴワしてて着心地は最悪。
街のNPCが着てたなぁこれ…。
「邪魔する。商品を引き取りに来た」
表の店舗スペースから声がしておっさん兄が応対に出ていく。
「これはどーも! 今、準備してますので」
「早くしろ。主が王都で待ちくたびれてるからな」
「シルビア! 急いで仕度しろ!」
表から怒鳴られてまたビクッてする…。
「…準備できました」
「荷物は?それだけか?」
「これだけです」
私物なんてショルダーバッグひとつに収まる。そこにもう一着の着替えもいれたらおしまい。
あまりの少なさに買い手の方が引いてる。
「これが残りの金だ」
「まいど! ありがとうございましたー」
私、本当に売られたんだ…。 これからどうなるんだろ。
いや、言わなくても大体わかる。おっさん兄が言ってた。外見だけはいいって…。
確かにゲーム開始時なんてステータスは初期値だもんな。使えないって言われても仕方がない。
そうなると…。 はぁ…。
「ちゃんとついてこいよ」
「はい…」
この人、何処かの召使い?私よりはずっといい服を着てるから、主はお金持ちなんだろう。
雑貨屋を出るとゲームではよく見慣れた、井戸を囲むように市場のある広場。そこを抜け、街の門へ向かう。
走り回る子供や、巡回する街の衛兵…。
ゲームの時はあまり街の人を気にせずに歩き回ってたし、道端の薬草とかも摘んだりしてたっけ。
「シルビアちゃん、どこか行くのか?」
街の門を出た所で門番衛兵のおじさんに声をかけられる。
兜で顔が見えないから誰かわからない。
「はい…私うら…」
「私の主様の元で働く事になりまして」
「そうなのか?気をつけていけよ! また休みには勇者様との冒険話でも聞きに来るといい」
あぁ、あの人か…。ドラゴン討伐した、異世界からきた勇者様とパーティ組んでたって言う。
確か、矢を受けて冒険者を引退して衛兵になった…とか言ってたな。
あれ…なんで知ってるんだ私…。
「早く来い!」
腕を引っ張られて引きずられるように街の外にある馬車乗り場へ向かう。
「余計な事を言うな! 人身売買なんかバレたら極刑なんだぞ!」
知らんし…じゃあなんで買うんだよ。
イヤ、それは売ってたからか。おっさん兄め!
乗り心地最悪の馬車に乗せられて、どこかへと向かう…。
こっち方向だと、何処だっけ?
破壊されてボロボロになった石造りの塔が見える。
あれって…ドラゴンが壊したんだっけ。
ガタガタと揺れるのに、クッションすらないからお尻が痛い。
ゲームの時は馬車にのると、即目的地だったんだよなぁ。
こんな揺れがひどいのか馬車って。
(お前何をしておるんじゃ…)
ロリ神様…?
(もうそれでよいわ。それよりもなんでそんな過酷なスタートを選んだかと聞いておるのじゃ)
選んでません…。選択肢が多すぎて、ようやく選んだのはステータスが足らないって言われて…。
疲れたからベッドで寝てから、また選び直そうと思ってたら、こうなってました。
(はぁ…選ばずに寝た事でランダムに運命が決められたのじゃ…)
酷い! そういう大切な事は先に言ってほしかった。
(お前が怒らせるからじゃ…イラッとして説明も途中で放棄したからな)
自業自得ですか、そうですか…。 この後、私がどうなるか知ってます?
(その馬車は王都へ向かう道中、山賊に襲われて、お前は戦利品。山賊共に代わる代わるオモチャにされて、最後は吸血鬼にエサとして売られるんじゃったかの)
………。もういっそ死にたい。
(仕方ないのぅ、大人気なかった我にも責任はあるからな、助けてやるのじゃ。そもそも、お前がマトモにその世界を冒険せなんだら呼んだ意味もないからの)
………。
(ほれ、元気出せ。助けてやると言うておるに…)
ありがとうございます…。
後ろから幾つもの馬の駆けてくる音がする。
顔を上げて後ろを見ると、馬に乗った衛兵さん達?
始めてみた。衛兵さんって馬に乗れたんだ…。
(気にするのそこなのか?)
ゲームで衛兵さんが馬に乗ってるのって見た事がなくて。
(そこはもうゲームではない。現実じゃ…不死も無ければ、りすぽーんとやらもせん)
そうですよね…。
(お前以外は、じゃがな)
えっ?
(説明は後じゃ、取り敢えずその衛兵に任せておけ)
「そこの馬車止まれ!!」
衛兵の指示に逆らえるはずもなく馬車は止まる。
「捕らえろ!」
「何事ですかこれは! 私は王都におられる貴族の…」
「しらばっくれるな。神託でお前たちの所業は既に領主様の耳にまで届いてるんだ! お前たちの雇い主ロリクールも今頃王都で捕縛されているだろう!」
「なっ…」
神託?
(我じゃ…全く手間かけさせよって)
ごめんなさい…。ありがとうございます。
(よいよい。我の眷属たるお前が不幸になるのも寝覚めが悪い)
私眷属なの?
(当たり前じゃ…直轄だと言うたじゃろうに)
知らなかった。
(言うておらんしな?)
すごく大切なことなんじゃ…。
(だから今言うたじゃろ)
……。
「大丈夫かい?シルビアちゃん」
「衛兵さん…。 はい。ありがとうございます」
「いや、これが俺たちの仕事だからな?ただなぁ…申し訳ないが、シルビアちゃんの兄は助けられん」
「それって…」
「人身売買は重罪。しかも神託での発覚となると…な。 店も差し押さえになる」
「はぁ…」
おっさん兄はどーでもいいけど、お店なくなるのか。私は結局どこへ行けばいいんだろう。
「取り敢えずシルビアちゃんは俺が引き取るから安心しろ。落ち着いたら身の振り方を考えればいい」
「わかりました、ありがとうございます」
衛兵さんの前に座らせてもらって馬はゆっくりと街へ戻る。
大きな城壁に守られた、この辺りでも大きな街。
名前は…ホワ…
(ストップじゃ! 街の名前とかは流石に変わっておるからな)
そうなの?
(その辺は色々ややこしいのじゃ…)
えー…。
(その街はブラックラン。領主はブラクルーフっちゅー厳ついおっさんじゃ)
すっごいギリギリ感!
(うっさいわ!)
こうして私は窮地を逃れて、衛兵さんのお世話になる事になったのだった。