三十 責任
着替えの服を詰め込んだリュックを放置しておいたビルの屋上に着いた。
屋上の地面に足が着いたとたん、力が一気に抜ける。
俺は頭のゴーグルをむしり取り、その場に寝っ転がった。
かたかたと、ゴーグルを握る手が震えている。
もう終わったはずなのに。無事に済んだはずなのに。
恐怖が、焦りが、収まってくれない。
一歩間違えればという想像が、次から次に浮かんでくる。
地面に打ち付けられ、無残な姿になった少女と、その傍で泣く中野さん。
そんな場面が、嫌になるほどリアルに瞼の裏にうかんでくる。
振り払っても振り払っても、消えてくれない。
「本当に、良かった」
俺は手にしたゴーグルを見つめ、呟く。
ゴーグルのレンズもまた、俺を見つめ返してきている。
俺を責めるように、何かを確かめるように、レンズに反射した自分の顔は、険しかった。
知らず知らずのうちに、うぬぼれてしまってた。
強くなったと、思いあがっていた。
負けるはずがないからと、どうにかなるだろうとタカをくくって、気楽な気持ちで、ロクに覚悟もしないまま、人助けをしていた。
自分がどれだけ軽はずみなことをしていたのか、今更ながらに思い知らされる。
今日、一歩間違えれば、誰かが命を落としていた。
それは俺だったかもしれないし、リョーカだったかもしれないし、中野姉妹や、不良たち、街中に大勢いた人たち、あの化け物だって俺が殺していたかもしれない。
足りなかった。
欠けていた。
俺は、無責任で、覚悟のないやつだった。
俺は今日、誰かを救ったわけじゃない。
自分の行動の後始末を必死でやっただけだ。
「…………」
そして、もう一つ問題がある。
赤江の奴に、確かめなきゃいけないことができた。
黒森さんに言われて、今日のこの出来事があって、気づいてしまった。
自分の中にわだかまる、決定的な違和感に。
俺は上着からスマホを取り出して、赤江に電話する。
壊れていないで、助かった。
「ああ、赤江か。街の方の騒ぎは、何とかしたよ。先に戻っててくれ。それから……」
話したいことがある。
言いながら顔を上げる。
高い建物屋上から見る景色はいつもなら清々しいはずなのに、今日はどことなく、俺を拒んでいるような気がした。
私がマーベル映画を本格的に好きになり始めたきっかけである「アメイジングスパイダーマン」という映画には、主人公が自分のマスクの前で葛藤するシーンがあります。
ヒーローというのは格好いいばかりではなくて、苦しいものでもあるんだな、と思い知らされた名シーンですね。