二 才能と面白みのない男子高校生
俺と赤江一姫は小、中、高と同じ学校に通ってきた。
しかし、これはいわゆる幼馴染だとか、腐れ縁だとかいうものではない。
俺たちはある目的を達成するために協力することを約束し、可能な限り長い時間、一緒にいることを選んだのだ。
こんな言い方をするとなんだか誤解を招きそうだが、当然、色っぽい関係でもない。
ストイックで、面白みのない、協力関係だ。
俺と赤江を繋いでいるただ一つのもの。
それは、俺、双葉六平が達成するべき『課題』。
俺はその苦難を乗り越えるために赤江に協力をしてもらっている。
「ただいま」
学校が終わった後、俺は足早に家に帰ってきた。
母さんは買い物にでも出かけたのか、家には誰もいなかった。
手持ちの鍵で玄関を開けて入る。
そのまま階段を登って、二階の自分の部屋へ向かった。
根暗で必死な凡才。
教室での女子たちからの評価を要約すると、俺はそういう人間に見えているらしい。
容赦ない言葉ではあるが、その通りだと自分でも思う。
俺は元々、頭が悪い。
そして、運動のセンスにも恵まれていない。
加えて、取り柄らしい取り柄も持ち合わせていない子どもだった。
宿題も毎日の授業も、他の子どもたちと同じことをしているはずなのに、だれよりも出来ないことが多い小学生。
それが昔の俺だ。
以前はそれで悩んだこともあったのだが、どうにかこうにか人よりも頑張ることで高校まで進学してくることができた。
単純な話だ。
人より何倍も物覚えが悪いから、何倍も時間をかけて勉強をした。
それこそ授業中に限らず、家でも、学校でも。暇さえあれば勉強時間に回してきた。
ガリ勉と言われても仕方ないよな、と思わず苦笑してしまう。
幸いどれだけ勉強しても目だけは悪くならなかったので、ビン底みたいな眼鏡はしていない。
両親に感謝だ。
ただ、あの女子たちの評価には一つ間違いがある。
俺が必死にやってきたのは勉強だけじゃない。
「体だって、鍛えてるっつーの」
ドアを開けた先、自分の部屋を眺めてつぶやく。
そこにあるのは、参考書や問題集が詰まった本棚。
そして、床に転がっているのはダンベルに、バランスボール、握力を鍛えるグリップなどなど、トレーニングに使う機器たちだ。
筋トレの指南書なんかも、しっかりとそろえてある。
5年前から小遣いや、親戚からもらったお年玉をつぎ込んで集め、使い続けてきた器具たちだ。
運動部にも入らず、ただただ家の中で体を鍛え続ける俺を見て、家族は口をそろえて、お前は何を目指しているんだ、と言った。
「あと少し、なんだよ」
勉強も、筋トレも、ただの趣味でむやみやたらにやってきたわけではない。
今日まで続けてくることができたのは、こんな人になりなさいという『課題』があったからだ。
「あと少し、あと少しなんだよな」
俺は勉強机の目立つところに張り付けてある古びた紙を見つめる。
そこにはこう書かれていた。
『双葉六平が十八歳までに成し遂げる五つの課題』
今まで何度この紙とにらめっこしてきたかわからない。
俺を苦しめ、背中を押し、叱りつけ、励ましてきた約束の紙。俺と赤江一姫を繋ぐ『課題』の正体。
それは、小学四年生の時の担任の先生が俺に与えた『課題』だった。
「……ん」
ブイン、とポケットの中でスマホが震えた。
見れば赤江からのメッセージが届いている。
そこに書かれている文面は実に単純だった。
「はよこい、かあ」
文末にはドクロマークがついていて、実に恐ろしい。
この後、俺は赤江の家に行く。
何をといえば簡単。
トレーニングをしに行くのだ。
赤江はいわゆるトレーナー役をやってくれているのだが。
「やだなあ、ほんと」
俺を鍛えている時の赤江は鬼だ。
普段の物静かさが冷徹さに変わり、賢さは効率よく俺の体をいじめ抜くために使われるようになる。
ぶっちゃけ自分一人でやるより、超しんどいのだ。
「うるせえ、行くぞ」
生き渋る心に鞭打って、俺はタンスの中にしまってあるスポーツウェアをひっつかんだ。
たかだが三、四時間の辛抱だ。
いつも通り悶え苦しんで、帰ってくるとしよう。
人間、ある程度の物心がつくと「人と自分を比べる」という指標を得ます。
誰かと自分を比べた時、優れた点がまるで見つからなかった。
それでも善性をもって成長しようとしてきた少年。
そういう主人公になればいいなと思っています。