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十九 戦うための準備

 ほとんど全てのパーキングエリアで垂直ジャンプ五十回のペナルティをくらい、俺はへとへとになって赤江宅まで戻ってきた。


 マジであの後一度も車に乗せてくれないとは思わなかった。

 流石に体力も回復しきっていないのがわかる。


 今日はここまでで終わるのかと思いきや、俺が遅れて到着するなり赤江は言った。


「最後は戦闘訓練といこうか。島野相手に、組手をしてもらうぞ」

「組手って、お前……」


 赤江の申し出に、ついしかめっ面になってしまう。

 まだやるのか、という意味もあるが、それ以上に、


「流石に負けねえぞ。昨日のあれ、お前だって見てただろ」


 いくら疲れているとはいえ、今の俺の体力が尋常ではないものになっていることに違いはない。

 確かに護衛というだけあって島野さんは格闘技だの、銃の扱いだのに長けているのかもしれないが、その程度のアドバンテージでどうこうできるものではない、と思う。


 昨日だって俺の圧勝だったわけだし。


 気を使った俺の発言に島野さんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 しかし、赤江はそんなこと百も承知と言わんばかりの様子で、腕を組みふんぞり返っている。


「もちろん、キミに全力を出されたのでは勝負にならんからな。これを装着してもらう。おい、黒森」

「あいよっと。双葉少年、ちょっとこれ背中に背負ってくれる?」


 赤江に促されて、黒森さんが何か運んできた。

 大きめのリュックサックほどの機械だ。

 形も似ていて、肩にかける太いひもが二本ついている。

 黒森さんは俺にそれを背負わせた。


「なんだこれ、重りか? このくらいの重さじゃハンデにもならないぞ」

「いいからいいから。ほい、両手も出して。はい、ガッチャンコっと」

「おい! これ手錠じゃねえか!」


 言われるがままに両手を差し出したら、両手に太い金属製の輪っかを二つ取り付けられてしまった。

 これではパンチや、手を使ってのガードは非常に困難だろう。


 あと、精神的な圧迫感もある。


「これじゃ脚しか使えねえだろ! バランスだって悪いし」

「それでいいんだよ。キミの身体能力で特に強化されたのは脚力だろ? 手っ取り早く強くなるためには器用に足技を使えるようになるのが一番ってわけさ」


 俺の抗議などどこ吹く風。

 赤江は最もらしいことを言って取り合おうとはしない。


「それとな、島野との組手は原則としてカエルの力は使わずにやってもらう。肌の色が変わらないギリギリのところで組手をしてくれ」

「ギリギリのところって、そんな微妙な調整まだ出来ねえっての」

「そのために背中の装置を用意した」

「これが? なんなんだよ、このリュック」


 俺は首を回して背中でガチャガチャとやかましい音を立てるリュックを見る。

 黒々としていて、いかにも危険そうな雰囲気は漂っているのだが。


「それについては私が説明しましょう」

「島野さんがはあああああっ!」


 返事をしようとした俺の背中に、すさまじい衝撃が走った。


 つま先から頭のてっぺんまでが強制的に一直線にさせられるような感覚。

 痺れを伴うこれは、まさか!


「また電気ショックかよ!」

「その通りです。スイッチは私が握っていますので。あなたがズルをして肌の色が変わったらすぐに電流を流せる仕様になっています。私の反応速度でも、ボタンを押すぐらいならできるので悪しからず」

「いや、まあ、わかったけどさ。わざわざ今押さなくても良かったんじゃないですかね」

「あ、いっけなーい」


 こいつ、ホントに嫌いだ。

 棒読みで、自分の頭を小突く仕草付きなのが凄まじく腹立たしい。


 ぎりぎりと歯ぎしりをする俺を横目で見ながら、島野さんはその場で二、三度屈伸をし、羽織っていた薄手のパーカーを脱ぎ捨てた。

 一瞬、ドキッとする仕草の後、その下から鍛え上げられたタンクトップ姿が現れた。

 腕といい、腹筋といい、無駄な肉など少しもなく絞り込まれているのがよく分かる。

 スレンダーなのではない。鍛え上げられているのだ。


 映画に登場する女の兵士ってこんな感じだよなあ、と俺は思う。


「双葉さん、最初に言っておきます」


 スッと、島野さんの両手が顔の前に上がる。いつでも拳が打ち出せるファイティングポーズ。


「私はあなたが嫌いです。仕事じゃなければ口も聞きたくないと思っています。八つ当たりで厳しくなると思いますが、諦めてください」


 直球の拒絶。

 面と向かって人から嫌いだと言われたのは、初めてかもしれない。

 だが、そんなことでショックを受けている暇はなかった。


「いきます」


 シッ、と鋭く息を吐く音と同時に、島野さんが踏み込んできた。

 足を出す位置、体重の移動、無駄を省ききった動きで一気に距離を詰められる。

 その一動作で、ぞわりと肌に寒気が走った。


 間髪入れずに繰り出された左のジャブを避けようと、俺は身を捻ったのだが。


「んが! あだだだだっ!」


 島野さんの拳が、目の前でぶれた。

 驚いて目を見開いた時には鼻っ柱に一発。

 その後、顔と腹に五発立て続けにもらってしまった。

 一発一発はさほど重くないが、恐ろしく速い。


「くっそ!」

「脚を、使いなさい!」


 とっさに顔を守ろうと腕をあげた瞬間、鋭い叱責が飛んだ。

 がら空きになった俺の鳩尾に、島野さんの中段蹴りが突き刺さる。

 ミシミシっと肋骨がきしみ、肺から息が絞り出される。


「ぅぐ……この」

「遅い! 馬鹿なんだからしゃべらず考えろ!」


 うめき声をあげる俺にお構いなく、島野さんの猛攻は続く。

 腹を守ろうとすれば顔面に回し蹴りを食らい、蹴り返そうとしたら足払いをされてすっころぶ。

 転んだら追い打ちのように首筋を踏みつけられ、どうにか転がって逃げ、立ち上がったところを下からの膝蹴りで狙われる。


 ガキン、と音がして、目の前で火花が散る。

 蹴り上げられた顎が跳ね上がり、遅れて痛みがやってきた。


 このクソ女。人が手加減してりゃあつけあがりやがって。


 いいようにやられて、腹の底から黒い感情が沸き上がるのを押さえられなかった。

 一発くらいやり返さなければ気が済まない。

 一瞬で良い。


 俺が全力を出せば!


「ズルはさせませんよ」

「んぎゃああああ!」


 反撃しようと力を込めかけた所で、電撃がはじけた。

 電極を突っ込まれたカエルのように、俺は全身を硬直させ、地面に倒れこんで悶絶する。

 スイッチを押されたのだ。


 肌の色が、変わってしまっていたらしい。


「やっぱり、あなたは駄目ですね。センスがない。頭が悪い」


 倒れこんだ俺の頭を踏みつけ、島野さんは言ってくる。

 軽蔑しきった、その声に俺は何も答えられない。


「この訓練は私に勝つのが目的ではないはずです。たまたま身に着けた力ではなく、あなた自身が強くならなければ意味がない。そんなこともわかりませんか」


 呆れたように吐き捨てて、島野さんは俺の頭から足を退ける。

 そして、


「学ぶ気がないなら、やめてください。時間の無駄です」


 淡々と、ただただ冷徹にそう告げた。


 地に伏せながら、俺は思う。

 こいつのことが大っ嫌いだ。

 ちょっと強いからって偉そうなこと言いやがって。

 大体、学ぶも何もお前ただただ襲い掛かってきただけじゃねえか。

 殴って蹴って憂さ晴らししてるだけなんじゃねえのか。

 ほんとに嫌いだ。嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで大っ嫌いだ!


 だけど、だからこそ。


「ちょっと、待ってくれ!」


 俺は立ち上がる。

 悔しくて悔しくて、涙が出そうだが、ここは言わなくちゃいけない。


「何です? 何か文句でもありますか」


 はんっと、つくづく腹の立つ笑い方をして島野さんは俺を見据えている。

 ムカつくが、蹴りの一発でもくれてやりたいが、それでもだ。


「…………すんませんでした。もっかい、お願いします」


 それは今じゃない。

 ちゃんと力をつけて、蹴っ飛ばす。


 ぐいっと頭を下げて、頼み込む。


 おい、赤江、何笑ってんだお前。


 島野さんが俺を嫌いだろうが、どれだけ腹の立つ奴だろうが、鍛えてくれてることには変わりはない。

 要領の悪い俺は、迷惑をかける側なのだから。付き合わせる以上、敬意は表さないといけない。


 断腸の思いでの謝罪が、三秒ほど続いた後。


「顔を上げてください、双葉さん」


 変わらず、冷たい調子の島野さんの声。

 俺はそれに従い、彼女の顔を見る。

 そして、その表情を見て絶句した。


「いいでしょう。あなたはどうやら女性に痛めつけられて喜ぶタイプの変態のようですから」


 島野さんは、笑っていた。


 酷薄に、無機質に、凶悪に、口の端を吊り上げ、笑っている。

 いたぶりがいのある獲物を見つけた肉食獣のそれだ。

 俺はもしかしたら自分は、とんでもないスイッチを入れてしまったのではないかと思う。


「あ、や、そのできれば最初はお手柔らかに」

「遠慮しなくて結構です」

「ひいああああああああああああああああああっ!」


 その後、一時間にも及んだ筆舌に尽くしがたい地獄のことを、俺はよく覚えていない。

 手っ取り早く強くなるには、パンチを蹴りなみに強くするか、蹴りをパンチなみに器用にするかなんだそうです。

 私の大好きな漫画、『史上最強の弟子ケンイチ』から教わったことです。

 マジでいい漫画なので気になったら読んでみてほしいです。

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