十七 電線跳び渡り
縦方向の移動の後は、横方向の移動。
ひとしきり垂直ジャンプで悪戦苦闘をした後、赤江は敷地内の場所を変え、次のトレーニングの内容を俺に言い渡した。
その内容はまたしてもシンプルだった。
十メートルほどの感覚で立っている三本の柱の上を、ひたすらジャンプして往復するというもの。
柱は俺の身の丈ほどの高さで、金属製。直径は電柱ほどだろう。
その頂点を目標にジャンプし、着地、またジャンプを繰り返す運動だ。
俺の記憶の中では赤江宅の中にこんな柱はなかった。
不思議に思って尋ねてみると、
「黒森がやってくれた。昨日から、大急ぎでな」
とのことだった。
その後ろで、めっちゃ大変だったよ、と苦笑する黒森さんにはなんとなくシンパシーを感じてしまう。
もしかしてあの人、昨日から寝てないんじゃなかろうか。
まあ、それは置いておくとして、だ。
このトレーニングがやばかった。
さっきの垂直跳びの何倍も難しい。
一本一本の柱の間が一メートルほどならば、そんなに苦労することもないだろう。
子供向けの遊具にだって似たようなものはある。
だが、その間の距離がこれだけ離れていると、ただ何も考えずにジャンプするだけではうまく着地が出来ないのだ。
飛びすぎても、短すぎてもダメ。
力加減を考えて、リズムよく、片足でどうにか踏める程度の足場を行き来する。
一瞬の油断が、命取りだ。
たかだか二メートルほどの高さで命取りは言い過ぎかって?
とんでもない。
このトレーニングを考えた赤江はやっぱり頭がおかしいと思う。
「……やっべ!」
うっかりジャンプする脚に力を込めすぎてしまった。
俺の体は着地しなければならなかった足場を飛び越してしまい。
そして――下に用意されていた電線の上に落ちた。
「……あごばっ!」
背中から脳天、つま先に向かって鋭い痛みが走る。
背筋が無理やりのけぞらされ、目の前で火花が散った。
肺もぎゅっと押し縮められ、喉から妙な声が漏れる。
もう何度目かになる感電の感覚。
俺はそのまま受け身も取れず、ぐるりと半回転して地面に落ちる。
「あぐ……ぐぎぎぎぎ」
パリパリパリっと、空気が帯電している音がした。焦げ臭いにおいもする。
俺は歯を食いしばりつつのろのろと仰向けの姿勢になり、柱と柱の間を繋いでいる太い導線を睨み付けた。
赤江が言うには、この柱の間を往復する運動は、街中を移動する時の練習なのだそうだ。
カエルの力を得た俺の最も効率的な移動の仕方は、跳ねながら建物と建物の間を飛び移っていくこと。
着地地点は電柱のように狭い場所になることも多いだろう。
それを想定した訓練なのだが。
本当に電気を流した鉄線を用意することはないだろうに。
「どうしたんです? 立ってください。やる気がないんですか」
寝そべったままなかなか立ち上がれない俺の傍にやってきて、島野さんが言った。
島野さんは生身の人間なので、感電を防ぐためにゴム手袋とゴム長靴を身に着けている。
「もうちょい、待ってくださいよ……まだ痺れが」
「弱音は聞きたくないので、早くしてくださいね。あと、あんまり落ちないでください。あなたが感電するたびに電流がいちいちストップするんですから。準備が面倒なんです」
「…………はい、善処します」
この鉄仮面女、また信号機の上に置き去りにしてやろうか。
言いながら、導線に繋がっている電源装置の所に歩いていく島野さん。
非常に悔しいところではあるが、この酔狂極まりないトレーニングに協力してくれているのも事実だ。
怒りをぐっとこらえて立ち上がる。
「スゴロクーン、実際の電線切っちゃったら停電で近所迷惑になるからな! 気をつけろよー」
赤江は少し離れた所でのんきにそんなことを言ってくる。
……もう、自転車で移動しようかな、俺。
スゴロクンの耐久力も兼ねてます。