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十六 超人の訓練

 朝飯としても昼飯としても扱える食事を摂った後、俺は赤江宅に向かった。

 昼間なのでカエルの力は使わない。

 自転車も昨晩、赤江宅に置きっぱなしにしてしまっていたので駆け足で向かうことにした。

 試しに肌の色が変わらない程度に速く走ってみた。

 明らかに自転車より時間がかからなかったのにもかかわらず、俺は汗一つかいていない。


 便利と割り切ってしまえばそれまでだが、正直、末恐ろしくなる。


 赤江宅では、いつもと違い、島野さんと黒森さんも合わせた三人が俺を待ち構えていた。

 赤江はジャージほどではないにしても、動きやすそうな私服姿。

 残る二人も今日は黒服ではなく、黒森さんがポロシャツにジーンズ、島野さんが薄手のパーカーにハーフパンツといった出で立ちだった。


 こうしてみると、昨日ほど怖い人には見えないように思う。

 俺は二人に会釈してあいさつする。


「おはようございます」

「昼過ぎにおはようもないでしょう。芸能人気取りですか」


 間髪入れずに島野さんのきつい言葉が返ってきた。

 前言撤回。この人やっぱり怖い。


「あんまりつんけんするなよ、島野。スゴロクンだって疲れていたんだ」


 一気に冷え込んだその場の空気を取り繕うように、赤江が俺と島野さんの間に入る。

 黒森さんはというと、我関せずといったスタンスなのか、何も言わずにやついていた。


「それで? 今日は何の用なんだよ、赤江」


 こういう時は一番慣れている相手に話しかけるに限る。

 まずは何のために呼びつけられたのかを確かめておく必要があるだろう。

 赤江も今日は隠し事をするつもりもないらしい。

 俺の質問にすぐさま答えた。


「今までと、やることは変わらない。キミを鍛えさせてもらう」

「いや、鍛えるってお前……」


 腕を組んで俺を見据える赤江の目は真剣そのものだ。

 しかし、俺としてはその申し出を、はいそうですかと受け入れられる状態ではないのだ。

 ついさっき、トレーニングが無意味だと悟ったわけだし。


「はっきり言うけどさ、俺、もう体を鍛える必要ないと思うぞ」


 赤江としても、今の俺の体力を測りかねているところがあるのかもしれない。

 ただ、昨日、車と追いかけっこをした時の感じなら、今の俺は相当重いものでも易々と持ち上げてしまうだろう。

 試してはいないが、その辺の車くらいなら、軽く担ぎ上げられる気がする。


 だが、赤江はその俺の心中を見透かしたように言った。


「確かに、キミの体力は凄まじいものになっただろう。けれど、キミはその変わってしまった体を余すところなく、きちんと使いこなせていると言えるか?」

「そう言われると、まあ、百パーセントとは……」

「いえ、一パーセントも活用できていないでしょうね。あなた、昨日、自分がアスファルトに頭から落下したのを忘れたんですか」

「あ」


 小馬鹿にしたような調子の島野さんに指摘されて思い出す。

 昨日の晩はとにかく無我夢中で体を動かしていたが、失敗も多かったのだ。


 街の中を跳ねまわる最中に、いろんなところに体をぶつけたし、地面で体のいろんなところを削った。

 それでも車に追いつけたのは、尋常ではない頑丈さでごり押ししたから。

 決してスマートな追走劇などではなかっただろう。


 赤江が言っているのは、その辺のことか?


「その顔、身に覚えがあるようだな。私が思うに、キミは今、自分の力を持て余している。スゴロクン、金槌を使った時のことを想像してみてくれ」

「金槌? なんでまたそんなもん」


 金槌いうと、あの釘とかを木に打ち込むあれだよな。

 技術の時間や美術の木工などで触ったことはあるが、俺の体と何の関係がある?


「金槌というのは、その重量が重くなればなるほど、打ち付ける力が強くなるだろう。小さいものは釘を打つのがせいぜいだが、大きいものになると土木作業で使うような太い杭だって地面に突き刺すことが出来る」

「そりゃそうだ。デカければデカいほど、一発一発は重くなるだろうな」


「しかし、重量が増せば増すほど、金槌の扱いは難しくなる。特に大きな金槌は、筋力のない者や、扱いなれていない者が使ったとしても、狙いを外してしまったり、そもそも振り上げられなかったりと、道具としての価値が下がってしまうわけだ」


 ふむ、と俺は少しイメージする。

 片手で持てるような金槌なら子どもだって見よう見真似でトントンと釘を打ち込めるだろう。

 ただ、身の丈ほどのあるような金槌となれば話は別だ。

 そんなもの、子どもが持っていたら、バランスを崩して何をしでかすかわからずハラハラするに違いない。


「キミが手に入れた力は巨大な金槌のようなものだよ。上手く使えば、とてつもなく太い杭を打ち込める代物だ。だが、キミはその巨大な金槌をガリガリの筋力不足な腕で振り回そうとしている」

「なるほどな」


 この場合の筋力というのは、与えられた力を上手く使うための感覚や経験を指すのだろう。

 赤江の言わんとしているところを察して、俺はこれから自分が何をすればいいのかを考える。


「つまり、俺はこれから、カエルの力を使う練習をさせられる、と。そんな感じか」

「オーケーだ。それがわかれば、すぐにでも始められるな」


 赤江はにやりと笑って、踵を返して歩き出す。

 ついてこい、ということだろう。

 俺自身、自分がどのくらいのことまでできるようになったのか、ということには興味がある。

 昨日は色々試している余裕もなかったのだ。

 このカエルの力はまだよくわからない部分も多い。

 後で何か大きな失敗をしてしまう前に、ある程度、力加減を知っておく必要もあるだろう。


 その辺を上手いこと引き出す方法を考えるのは、俺より赤江の方が得意のはず。

 今日は休日で暇もあるわけだし、付き合っておいて損はない。

 そう思って、俺は赤江の提案に乗っかることにした。


「それじゃあ、まずはジャンプしてもらおうかね」


 相当な広さを誇る赤江宅の中央。

 周りにはガラクタの山もなく、天井もない開けた場所で赤江は右手の人差し指を上空に向けた。


 俺はその指の先を目で追い、赤江の顔に視線を戻す。


「ジャンプって、普通に上に跳べばいいのか?」

「ああ。ただし、全力で垂直に跳ぶんだぞ。キミがどのくらいの力を得たのか見せてみろ」


 言われてみれば、自分でも本気を出せばどのくらい跳ねられるのかは分かっていない。

 赤江は俺を鍛えると言っていたが、まずは実力を把握しておこうということだろうか。


 面白い。

 ちょっとばかり驚かせてやろうじゃないか。


 俺はその場で準備運動がてら二、三度軽くジャンプして、脚の具合を確かめる。

 問題ない。いける。


 ストン、と膝を曲げて、一気に体を沈み込ませる。

 歯を食いしばり、両脚を意識しながら思いっきり力を込めた。

 ぞわり、と肌がざわめくのを感じる。


 色が変わったのだ。


 視線を上に向ける。

 太腿とふくらはぎにため込んだ力を瞬間的に解き放つイメージ。


「あら、よっと!」


 爆発的な加速。

 エレベーターが上昇する時の何倍、何十倍にも匹敵するような浮遊感と同時に、目の前の世界が線となり後方へ流れていく。

 打ち上げ花火にでもなった気分だ。

 耳元で風が唸っている。この速度になると空気の抵抗も凄まじい。

 髪の毛は頭皮にくっつくように押さえつけられ、頬の肉がピリピリと震えるのを感じた。


 加速による変化を感じたのは一、二秒くらいだっただろうか。


 跳ね上がった体は重力によって徐々に速度を落とし、やがて停止した。

 ここが最高到達点か。


 俺は周囲に目を向けてみる。


「おお、これは……」


 目の前の壮大な光景に、思わず息を飲む。


 今俺がいるのは、ビルの五階か、六階くらいの高さではないだろうか。

 この高さでも街並みを見渡すことが出来る。

 俺は、赤江の家の敷地から市街地までの景色を眺めていく。


 この気分の良さは、階段を使ってじゃあ得られないだろうな。


 最高点での時間はほんのわずか。

 俺の体は段々と下に向かって加速していく。

 出発の時とは違い、今度は段階的に速度が上がっていくわけだ。


 そこで、ふと気づく。


 ……これ、着地どうすんだ?


 いや、ちょっと待て。

 下からの風やばい、服がまくれあがる! バランスが保てない!

 世界が傾く。いや、傾いているのは俺の体だ!

 傾きはやがて回転に変わり、そして制御を失った俺は。


「……ぅぅうおおおおおおおおおわあああああああああああああああああああああっべぶ!」


 うつぶせの体勢で、アスファルトに叩きつけられた。

 ドシャっという肉を打ち付ける生々しい音が耳に響いて、体の前半分から背中側へと衝撃が抜けていった。

 平べったく押しつぶされた鼻からツンとした痛みが走り、圧迫された腹が吐き気を訴える。


 そういえば昔、小学校のプールで飛び込んでこんな目にあった気がする。


「おーい、双葉少年、生きてるかい?」


 うつぶせのまま固まった俺に声をかけてきているのは、黒森さんか。

 お気遣いはありがたいが、今はちょっとそっとしておいてほしい。


「なかなかショッキングな光景だったぞ。常人なら即死だな」


 言いながら俺の後頭部を突いているのは赤江か。

 残念、超人でも死ぬかと思った。


「これで分かったでしょう。今のあなたは全力でジャンプすらできないわけです。それにしたって、今のは酷すぎでしたけれども」


 そんでこの冷たい声が島野さん、と。

 女性陣はまず、俺の安否を気遣ってほしい。


 そして、うつぶせのまま悶絶する俺は、完全に思い出していた。


 そうだ。

 俺は運動のセンスがなかったんだ。と。

 体が強くなったせいで、うぬぼれていた。


 一朝一夕で身に着けた力を、あっという間に使いこなせるようになるセンスなど、持ち合わせていなかったということを。


「スゴロクン、起き上がれるか」

「ぅああ、なんとか、大丈夫だ」


 手をつき、のろのろと体を起こす。

 ぽたぽたと鼻さきから血が滴って、地面に染みを作った。

 かなり痛むが、死ぬほどではない。

 普通の人間が派手に転んだ時くらいのもんだろう。


「耐久性もなかなかのようだな。治癒力も高まっているらしい」


 赤江は俺の顔を見て顎に手を当て、そう呟いた。そして、確かめるように訊いてくる。


「まだ、いけるな?」

「当たり前だ。自分の足で跳んで、動けなくなるわけないだろ」


 俺は手の甲で鼻についた血を拭い、立ち上がる。

 確かに落下した時の衝撃はすさまじかったが、その後の痛みの引き方も尋常ではなかった。

 その証拠に、鼻血も既に止まっている。

 打ち付けた所もほとんどノーダメージだ。


「とりあえずは今のジャンプでまともに着地して、十連続で跳べるくらいにはならないとな」


 赤江はさらりとそんなことを言ってきた。


 やれと促しているのだ。

 今のと同じ、全力でのジャンプを。まともにできるまで何度でも何度でも挑戦しろと、この女は言っている。


 イカレてるんじゃないだろうか。


 そう思うのと同時に、ふつふつと湧き上がってくるこれはなんだろうか。


 やってみたい、と思う。

 できるようになりたい、と思ってしまう。


 先生から与えられた五つの課題に取り組んできた時と同じ気持ちだ。

 失敗の後の挑戦。反省し、やり直し、修正し、改善し、やがて達成にたどり着くあの快感。


「今ので、わかった。ジャンプした後はバランスが大事だ」


 俺は目を閉じ、イメージする。

 跳ね上がるのはそんなに難しくない。

 着地を想定しろ。空中ではどうする、どんな姿勢がいい、今度は何を試そうか。


「いい顔になった。ようやく目が覚めてきたみたいだな」

「言ってろよ。今度は、ちゃんと着地するからな。うっかり踏み潰されないよう離れてろ」


 にやりと笑う赤江に軽口を返して、俺は再び空を仰ぐ。

 さあ、出来るまでやってみようか!

 このシーンを書くために、公園にあるタイヤの遊具でジャンプしたのを覚えています。

 ポイントは跳ねる距離ではなく、正確な着地なのです。

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