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十五 呼び出し

 翌日、俺が目覚めたのは昼前だった。


 二度寝をした記憶もないので、泥のように眠りこけてしまったのだろう。

 部屋の窓から降り注ぐ太陽の光は強く、蒸し暑い。

 ベッドの上で何回か寝返りを打って粘ってみたが、徐々に眠気が覚めてくるのを感じる。


 体が起きろ、と訴えかけてきているのだ。


 ベッドから立ち上がり、便所と洗面を済ませた。

 なんとなく肌が乾燥している気がする。

 昨日寝付くのが遅かったからか、それとも異常な状況にさらされ続けたストレスからか。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと洗面台の鏡で自分の間抜け面を眺めていて、気づいた。


「傷、治ってるな。すげえ」


 前髪をかきあげ、額を確認してみたが、昨日チンピラに殴られた時についた傷は跡形もなくなっていた。

 車にぶつかったときに転んでついた傷も全てなくなっている。

 確かに骨折のような大けがではなかったが、普通一晩で感知するものでもないよな。


 改めて、自分の体が変化してしまったのだということを思い知らされた。


「これが、俺の新しい顔なわけね」


 全身に力を込めて、肌の色を緑色に変化させ、鏡で見慣れない姿になった自分をしげしげと見つめる。

 昨日、赤江に見せられたあのカエルに、本当によく似た色だ。

 目の色は黄色になって、瞳の形も変わるんだな。気色悪い。

 よく目を凝らせば、毛穴のようなものも見当たらなくなっている。


「こりゃバケモンって言われても仕方ねえわなあ」


 俺は息を吐いて脱力し、体をもとの色に戻す。

 簡単に切り替えができるのは本当に助かった。

 あんな見た目じゃとてもじゃないけど学校にも通えない。


 いくら日本でハロウィンの催しが盛んになっているといっても、年がら年中仮装している振りもできないからな。


「……つーことは、だ」


 俺は部屋に戻って、自室の床に置いてあったダンベルを手に取った。

 一応、俺が持っている品の中では、この二十キロのやつが一番重かったはずなのだが。


「嘘だろ、軽すぎるぞ、これ」


 腕を上下に曲げ伸ばしてみるが、ほとんど負荷を感じない。

 丸めた新聞紙だってもうちょっと手ごたえがある。

 こんなもの何度持ち上げたところで、トレーニングにはならないだろう。

 俺はダンベルを床の上に戻し、自分の手をじっと見つめる。


 たったの一晩で、俺の五年分の努力が全く意味を持たなくなっちまった。


 素直に喜べばいいものを、そんな気持ちが込み上げてくる。

 課題を達成しきってしまった今、俺の目標は失われてしまったのだ。


「どうすっかなあ、この辺の道具」


 トレーニング器具として意味をなさなくなった以上、部屋にある多くのものが場所を取るだけの粗大ごみとなってしまった。

 残念ながら我が家では漬物石も間に合っているので、捨てるしかない。


 部屋の中央で途方に暮れていたところ、ベッドの上に投げ出されていたスマートフォンが震えだした。

 画面を見れば、相手は赤江一姫と表示されている。


 昨日の今日で、何の用だ?


「おう、もしもし。赤江か? どうしたよ?」

『おはよう、スゴロクン。昨日はよく眠れたかい? そして目覚めてからの気分はどうかと思ってね』

「あんまり楽しいもんじゃないな。家の中のトレーニング器具が全部ゴミになったのが分かった」

『なるほど。それはちょうどいい。このまま筋トレもしなくなってしまうのはキミの性に合わないだろ?』

「まあ、な。なんか目標もなくなっちまったし。気が抜けそうだ」

『目標が欲しいなら、私があげるよ。とっておきのやつだ』


 電話口の向こうで赤江がくっくっと笑っている。


 ……これは、何か企んでいる時の笑い方だ。


 しかめっ面になった俺の表情など、赤江は想像もしていないのだろう。

 活き活きとした声が、後に続く。


『今からちょっと出てこい。楽しいことをしようじゃないか』


 ……絶対に、嘘だ。

 目覚ましで起きなくていい朝って幸せです。

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