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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋はミステリー〈僕と彼の恋は1滴の媚薬から〉

作者: SHIZU

ー透ー

俺には小学生の時からずっと一緒の幼馴染がいる。で、俺はその幼馴染の斉藤真心(さいとうまこ)をずっと好きだった。俺がこの大学に行くと言うと

「私も行くよ!」

と言った。もう両思いだと思ってた。大学行ったら告白しようって、浮かれていたのも束の間、いざ入ってみると…

「ミス研の2年の安住先輩、カッコ良くない?」

「は?」

「同じ高校通ってたの覚えてない?」

「居たのは覚えてるけど、一個上だし、俺あんまり喋ったことないかも」

「うそー?私、時々話してたよ!そん時、透(とおる)も居たじゃん。先輩もミステリー好きなんだって。だから私もこの大学に入って、サークルはミステリー研究会に入るって決めてたの!ところで透も入るでしょ?」

「俺そんなにミステリー興味ないけど…」

「まーいいじゃん。どうせ他に興味あるサークルとか他にないくせにー」

「…そうだけど」

真心は小説家になりたいと言っていた。昔からミステリー小説が好きだった。マジか。俺が行くからこの大学選んだと思ってだけど、真心の目的は安住先輩だったのか。

安住先輩なー。何となく無口で人に気を許さないようなオーラを出してた気がする。俺、先輩と話したことあったかな。真心ばかり見てたから記憶にないや。

好きな子の幸せを願って、ここは身を引く…なんて出来たら

格好いいんだろな。でも嫌だ。俺もミステリー研究会に入って、先輩が真心を好きにならないように阻止してやる。


ある帰り道、真心が本屋に寄りたいと言ったので、ついて行った。真心が行きたいと言った本屋の、道路を挟んだ向かい側に古本屋を見つけた。

「俺、向かいの本屋に行ってくる」

と真心に告げると、俺は信号渡ってその古本屋に入った。

本棚にぎっしり本が詰められている。歩くスペースがないほどではないけど、本棚に入り切らない本が床にも積まれていた。隣には少し小さめのカフェスペースが設置されている。買った本を読めるみたいだ。

「いらっしゃい」

店長さんが笑顔で声をかけてきた。30代半ばくらいの男の人だった。

「こんにちは。…前からこんな本屋ありましたっけ?」

「つい最近出来たんだ。君が初めてのお客さんだよ」

「へー。じゃあほんとに最近なんですね」

「うちの本屋は、その時その人に必要な本が見つかる、不思議な本屋なんだ。元々は父親が別の場所でお店をやっていたんだけどね。ところで記念すべきお客様第一号に、プレゼントを贈るよ。この店の中にある本、どれでもひとつだけ持ってっていいよ」

「え。いいんですか?」

「うん。決まったら教えてね」

「ありがとうございます」

どれにしよう。こんなに古い本がいっぱいあるんだ。もしかしたらすごい価値のある本もあるんじゃ…

そうだ。こんなに沢山の古い本があるなら、安住先輩が見たことないようなミステリー小説もあったりして。

そんで先輩よりミステリー詳しくなったら、真心もちょっとは俺を見てくれるかも。

店内を見回すと、ハードカバーの黒い本が目に止まった。手に取って見てみる。でもタイトルも、作者も何も書いていない。

中を見ると何かを作ってる絵が書いてある。説明を読むと…

惚れ薬のレシピ?今時そんな非科学的なもの、あるわけないじゃん。てかそんな変なもの勝手に飲ませたら犯罪じゃ…と思った。でも中身が気になってしまい読み進めた。まあ、変なものは入ってないんだな。おまじない的なもんだな。効果はあるのかな。試してみようか?

だめだ。流石にこれはルール違反だろ。ルールってなんだ。そもそもこんなものどっかの頭のおかしいおじさんが書いた妄想の本だろ。効果なんてあるわけない。…と思いつつも気になる。そうだどうせ一冊タダなんだ。これで効果がなくてもそんなもんだと諦めもつく。俺は

「これください」

と店長さんに本を渡した。


家に帰って、俺は今日もらった本を読み返した。

媚薬っていくつかあるんだな。

"ジプシーの媚薬は好きな人を振り向かせるおまじないの一種として広まっています"

これいいじゃん。まーおまじないレベルなら試しても怒られないか。

材料は、赤ワイン、赤ワインと同量のミネラルウォーター、ナツメグが少量、フェンネルが3粒、シナモンひとつまみ。

やっぱりそんなに変なもんは入ってない。こんなんでほんとに効くのかな。媚薬って聞くと、メロメロになっちゃうイメージで、なんとかの尻尾とか、南米のわけわかんない木の実とか入ってると思ってた。

作り方は…

①赤ワインとミネラルウォーターを鍋に入れて火にかける。

②沸騰しないよう注意しながら、ナツメグ・フェンネル・シナモンを加える。

③右回りにかき混ぜながら、好きな人を想い名前を唱え続ける。

④気持ちが高まったら布でこし、瓶に入れれば完成。

へー。簡単なんだな。でも好きな人を想いながら名前を唱え続けるって。ヤバくない?こんなの人に見られたら絶対だめだよな。

おっ。待てよ。注意書きがある。

"ジプシーの媚薬はルールを守って使用する必要があるため、以下のルールを必ず守ってください"

ルール①媚薬を作る時は、好きな人を想いながら作ること。

まーそーだろね。

ルール②媚薬を作っている姿は、誰にも見られてはいけない。

まーそーだろね。

ルール③媚薬の使用は1度に1滴まで。

1滴しかだめなんだ。そんなんで効くのか?

ルール④相手が媚薬を口にしたのを確認したら、残りの媚薬はその日の夜のうちに土に流す。

なんか怖いな。

良い子は真似しないでね。

ちなみに媚薬は金曜日や新月、満月の夜なんかに作るといいらしい。

明日金曜日で、しかも満月じゃん。土曜日はミス研の集まりがあるから、チャンスだ。

明日学校の帰りに材料を買いに行こう。


俺は次の日、買い物があると言って、真心と別々に帰った。

買うものを調べていると、全部スーパーで揃うらしい。

でもナツメグって食べすぎると幻覚見るって書いてる。ハンバーグとかに入れるやつなのに?まーなんでもやり過ぎはダメってことだな。シナモンとフェンネルは大丈夫か。赤ワインは家にあるやつを使おう。火にかけるからアルコールは飛ぶよな。材料を買って家に帰った。

父さんは福岡に出張中。母さんは今日は病院で夜勤。兄貴は大阪に転勤中だし、弟はバレーボール部の遠征で居ない。あーなんて日だ。誰にも見られずに作れる絶好のタイミングじゃないか!

俺は風呂に入ったり、テレビを見たりして夜を待っていた。

そろそろかな。

外を見ると綺麗な満月が輝いていた。

俺は鍋に赤ワインとミネラルウオーターを入れて火にかけた。他の材料を入れて、沸騰しないように右回りにかき混ぜる。

「真心が好き。真心が好き。真心が好き」

ふと我に帰る。客観的に見たら俺めっちゃ気持ち悪くない?

しばらく混ぜて火を止めて濾す。

小瓶に入れて完成。まあこんなのが効くわけないけど、ダメもとで明日試してみよう。


「おはよ!」

駅で真心と待ち合わせだった。大学まで一緒に行くと、俺らはミス研のある建物に向かった。部屋の鍵は開いていた。

「先輩、もう着いてるみたいだね」

と真心が言った。

でも先輩達の姿は見えない。

「今日来るの何人か知ってる?」

と俺がコーヒーを淹れるためにポットに水を入れながら真心に聞くと

「私たちと安住先輩、高杉先輩、柏木先輩の5人だって言ってた気がする」

「そうか、土曜日だもんな」

みんなデートとかで忙しいはず。でも安住先輩は来るってことは土曜日にデートする相手はいないってことか。

もうすでに真心を狙ってたりして…ダメだ。グズグズしてる暇はない。

カップを並べて、インスタントコーヒーを2杯ずつ入れて、お湯が沸くのを待った。

真心用だとわかりやすいように、ひとつだけ花柄のカップを用意していた。そこにひっそりと媚薬を1滴たらした。

お湯が沸く。ドキドキしながら注いだ。真心の前に花柄のカップを置いた時、

「ありがと。あ、先にお手洗い行ってくる」

と真心は立ち上がって部屋を出て行った。

すると奥にいた安住先輩がソファから起き上がってきた。

「町田。おはよ」

「おはようございます。先輩いたんですね」

「みんな少し遅れるって言うから、鍵開けるために早く来たけど寝てしまった」

「じゃ、コーヒー淹れますね」

「これは?」

「あ、それ真心のコーヒーなんで、今新しいコーヒー淹れますから…」

「別に、まだ飲んでないみたいだし、これでいいよ。戻ってきたら、またあったかいの淹れてあげて」

と言って、安住先輩が花柄のカップのコーヒーを飲んでしまった。

「あっ…」

と思わず言ってしまう。

「ダメだった?」

「…いや、大丈夫です」

まぁどうせただのおまじないだ。効果なんてあるわけない。しばらくすると、真心が帰ってきた。

「あ、安住先輩、私のコーヒー飲んじゃったんですね」

「ごめん、喉乾いてて。まだ飲んでないみたいだったから」

「大丈夫ですよ!透、私のまた入れてー」

「俺のももう一杯頼める?」

「わかりました」

と俺はコーヒーを入れて2人に差し出した。

自分のコーヒーを淹れていると、高杉先輩が到着した。

「まこー。ごめんな。鍵ありがとう!」

「?」

高杉先輩が真心のこと、まこって呼んだ?いつのまにそんなに仲良く…でもなんか変だ。

「晶(あきら)、その呼び方やめろよ。斉藤さんもいるからややこしいだろ?」

「えー。でも物心ついた時からそう呼んでるのにー」

「2人はすごい仲良しですよね」

と真心が聞いた。俺はそんな呼び方してるの全然知らなかった。

「そうだよー。従兄弟だからねー。じゃあこれからは誠って呼ぶ。それともまーくんがいい?」

と高杉先輩が安住先輩に言った。俺は自分用に入れていたはずのコーヒーを高杉先輩に渡しながら、

「ふ。まーくんって可愛いですね」

と思わず笑ってしまった。

「…まーくんは却下。誠にして」

ちょっと安住先輩の顔が赤くなった。

「従兄弟で仲良し羨ましい」

と真心が言った。

「仲は…確かにいいかな。家も近いし、年も同じだからよく遊んでた。家族みんなで一緒にキャンプ行ったり」

と安住先輩。

「小学校の頃は同じ子を好きになっちゃってー。同じクラスの圭子ちゃん!間に圭子ちゃん挟んで3人で帰ったりしたよなー!」

と高杉先輩が言うと

「懐かしいな」

と安住先輩が笑った。

「2人の好みって似てるんですか?」

と思わず俺は聞いてしまった。これ以上ライバルが増えたら困る。ところで、今のところまだ媚薬の効果は現れてないみたいだ。

「どうかな。似てないんじゃない?それから先はあんま恋バナとかしてないもんな」

「でも晶の噂は本人に聞かなくても、勝手に耳に入るから大体わかる」

「なんでよ?」

「母さんが聞いてもないのに教えてくるから。半年くらい前、彼女と別れたんだろ?」

「姉妹っておしゃべりだな…そうだよ。あっさりフラれたよ。芸能事務所に入るんだと。恋愛はご法度だからーって」

「まあそういうこともあるよ。応援してあげれば?」

「まあね。たまにメールくるし。頑張ってるっぽい。そうだ。柏木先輩来るまで久しぶりに恋バナでもするか!真心ちゃんは?恋人とか好きな人いないの?いないなら、俺、立候補しようかなー」

「恋人はいないですー!好きな人は…秘密です」

「秘密ってことはいるんだなー?ショックー。じゃあ透は?」と高杉先輩が俺に話を振ってきた。

「透っていきなり呼び捨てしたな」

と安住先輩が言う。

「真心ちゃんがいつも透って呼ぶから。代わりに俺のことは晶でいいよ。あっ。真心ちゃんが好きなの透だったりして?」

「違いまーす」

と真心のあっさりした返答にショックを受けつつ、

「透でもなんでも好きなように呼んでください。恋人はいません。でも好きな人はいます」

と答えた。

「告白は?しないの?」

「しないですね」

「なんで?どうしてよ?」

「うーん。多分何とも思われてないんで」

「そんなの聞いてみないとわかんないだろ?」

「わかりますよ。見てたら。何とも思われてないことを、わざわざ確認する勇気は僕にはありません。お二人みたいにイケメンじゃないし。普通の女子なら僕みたいなサボテンは選びませんよ。先輩達みたいなバラやらユリやらとは雲泥の差があるんで」

だから媚薬なんておまじないにまで頼ろうとしてたんだぞ。

「透、もしかして童貞か?俺がサボテンに花、咲かせてやろうか?」

「晶さん。それ、相手が僕でもセクハラです」

真心はその会話を聞いて爆笑している。俺はお前の話をしているんだぞ。と思いながら安住先輩の様子を見ると、高杉先輩と不毛な会話をしていた俺を、何も言わずじっと見つめていた。

「誠は?今恋人は?」

「今はいない。でも気になる人はいるよ」

「マジで?協力するから教えろよ」

「いいよ。晶の協力なくても大丈夫。というか余計にややこしくしそうだから言わない」

「なんだよー、寂しいこと言うなよー」

と晶さんは拗ねていた。

俺は

「僕、ちょっとお手洗い行ってきます」

と言うと、

「あ、俺も」

と言って安住先輩が付いてきた。

2人で廊下を歩いていると、

「透の好きな人、斉藤さんだろ?」

と安住先輩に聞かれた。てか先輩もめっちゃ普通に透って呼ぶから少しドキッとした。

「安住先輩、知ってたんですね」

「同じ高校だったし、その頃から今もだけど、みんなで話してても、斉藤さんしか見てないもんな」

「幼馴染なんです。小さい頃から好きで、どうしても近くにいると目で追ってしまうんです」

「へー。斉藤さんの好きな人は本当に透じゃないのかな?」

「違うと思いますよ」

俺は心の中で、あんただよ、と思った。

「そういえばコーヒー、斉藤さんのやつにだけ、なんかシロップみたいなの入れてたよな?俺が飲んじゃったけど、あれ何?」

「!?」

バレていた。どう説明しよう。どうせ真心に飲ませられなかった上に、バレていたなら正直に話すしかないか。

「見られちゃってたんですね。あれは1滴口にすると、飲ませた人のことが気になってくる媚薬のおまじないです」

引くかな。引くよな。

「へー。そんな媚薬があるんだな。だから透といるとドキドキするのか」

「!?」

何だ?媚薬効いてきたのか!?

「なんか今、俺おかしなこと言ったよな?」

「言いましたね」

「すげー恥ずかしい。その媚薬のせいかな」

安住先輩は顔を赤らめていた。ライバルだけど、ちょっと可愛いな、と思ってしまった。もしかしてほんとに媚薬が効いてるのかも。効果があるなら真心にも飲ませたいけど、相手が口にするのを見届けると、その日の夜うちに土に流せって書いてたな。意中の人以外が飲んだらどうなるんだ?

また作り直さなきゃいけないのか…

効き目ってどれくらいで消えるのかな。恋する乙女のような安住先輩も、ファンには萌えなんだろうけど、ずっとこのままは困る。


部屋に戻ると柏木先輩が到着していた。

「おはよ。みんな土曜日なのにデートする相手もいないのかー?寂しいやつらだなー」

「先輩もでしょ」

と晶さんがニヤニヤしながら突っ込んだ。

「うるせぃ。で何の話してた?」

「恋バナです!」

真心が言うと、

「なるほど。恋バナか…確かにある意味ミステリーだよな。英語のmysteryは、ギリシア語の"ミューステリオン"を語源としていて、神の隠された秘密、人智では計り知れないことを指しているらしい。漢字表現に置き換える場合は"神秘"や、あるいは"不思議"てことになる。恋なんてまさに神秘というか、人智では計り知れないことだよなー。よし!1ヶ月後の金曜日の夜からこのメンバーで、2泊3日で恋のミステリー合宿やろう!真心ちゃんは女子1人が不安なら友達連れてきてもいいからね」

「じゃあ1人声かけてみます」

と真心は言っていた。


次の日の日曜日。俺はまたあの不思議な本屋に行った。

「いらっしゃい!お。こないだの1号君。あの本は役に立った?」

そういえば、最初に店長さんは“うちの本屋はその時その人に必要な本が見つかる、不思議な本屋なんだ”と言ってたな。

「実はちょっとハプニングがありまして…」

「どうしたの?」

「僕がどんな本をいただいたか覚えてますか?」

「たしか…恋のおまじないの本だったね。」

「そうなんです。僕ずっと好きな人がいて。あ。幼馴染の子なんですけど。でもその人は別の人が好きなんです。だから少しでいいから僕のことを見て欲しくて、あの本に載っていた、ジプシーの媚薬っていう好きな人を振り向かせるおまじないを試してみたんです」

「なるほど。でハプニングとは?」

「そしたら、その媚薬入りコーヒーを別の人が飲んでしまって」

「あらら」

「最初はやっぱ効果なんてないんだって思ってたんですけど、所々、あれ?なんか僕のこと好きになってない?って言動があって…少し困ってるんです」

店長さんは少し考えて言った。

「そうか…どんな人が飲んじゃったの?」

「大学の先輩です。同じサークルの。俺が好きな人の好きな人です」

「それはまた残念と言うか何というか。でも、あーいうのって永久に効き目があるわけじゃないだろうから、しばらく様子を見るしかないんじゃないかな」

「そうですよねー。でもなんか気まずくて」

「まあ、君があの本を手に取ったってことは、今の君に必要な本だったってことだよ」

「そーなんですかね。見事失敗しちゃいましたけど。また本見てってもいいですか?」

「いいよ!どうする?次は黒魔術でも試してみる?」

「そんなのやり方知らないですもん。…もしかしてそんな本もあるんですか?」

「探せばあるんじゃないかなー」

と店長は笑いながら言った。恐ろしい店だな。


1週間後、柏木先輩からメールがきた。

"千葉にある親戚のペンションを安くて借りたから、そこで合宿やります!時間は講義が終わり次第ミス研の部屋に集合!"

これは真心と新しい関係になるチャンスかな。


合宿当日、講義が終わって部屋に行くと、安住先輩が居てちょうどカギを開けるところだった。

「お疲れ様です」

「おー。お疲れ様」

「他のみんなは?」

「まだ来てないみたいよ」

「そうですか」

部屋に入るとポットに水を汲みお湯を沸かした。

「コーヒー飲みます?」

「うん。ありがとう。そういえば、斉藤さんにおまじないの再チャレンジした?」

「してないですよ」

「どうして?俺が飲んじゃったせい?」

「違いますよ。あの液を作る時間がなかなかなくて。それだけです」

「そっか。ほんとごめん。でもあれ効果あるのかな?」

「いやー、たぶん子供騙しのおまじないですよ」

「でも俺、あの日透の夢見たよ」

「そうなんですか?」

「うん。その後もちょこちょこ出てきた」

「マジですか」

「あれっていつ効果が切れるんだ?」

「それについては僕にもわかりません」

「そうか…」

「ちなみにどんな夢ですか?」

何でかわからないけど聞いてしまった。

「あの日の夢は公園でピクニックして、そのあと俺が告白してた。その次は遊園地行って帰りにキスして、その次はデートの帰りに俺の部屋で…」

「うわぁー!も、もう大丈夫です。なんかすみません…そんなにあの媚薬に効果があるなんて知らなくて…巻き込んでごめんなさい」

「いや、面白い夢だったし、嫌じゃなかったよ」

デートの帰りに俺の部屋でって…なんかもう告白されて付き合っちゃってんじゃん。

どっちかっていうと無口で、あんまり人を寄せ付けない人かと思っていたけど、先輩は怒りもせず、優しく笑って話してくれてた。

その笑顔に心臓がどくんって鳴って、きゅうってなるのがわかった。

なんだよ。なんか変な感じ。

そう思ってると、真心が入ってきた。隣には可愛い女の子を連れている。

「あ、先輩、お疲れ様です。今日一緒に行くことになった友達の立花メイちゃんです。メイ、こちら2年の安住誠先輩と私の幼馴染の町田透くん」

「立花メイです。メイでいいです。今日はお誘いいただいてありがとうございます」

とメイちゃんが挨拶をした時、後ろから晶さんと柏木先輩が入ってきた。

真心と立花さんがまた2人に挨拶をすると、柏木先輩が

「あら、また可愛いお友達を連れてきてー。どう言ったお友達?」

とちょっとオネェみたいな口調で聞いた。

「私が高校生の頃からアルバイトしてるカフェの常連さんです。よく話してたりしてたんですけど、同じ大学って入ってから知って、あー!ってなりました。そっから遊びに行ったりしてます。ね?」

と真心が言った。

「うん。今日は楽しみにしてました!よろしくお願いします」

とメイちゃんは明るく挨拶をした。

そーいや見たことあるな。

「今日はよろしく!」

晶さんが言うと、

「じゃあ行こうか!」

と柏木先輩が歩き出した。

車で2時間くらいだった。

柏木先輩の車に晶さんと真心とメイちゃん。

安住先輩の車に俺。

なんかバランス悪くない?

飲み物とかの荷物は、全部安住先輩の車に乗せられている。

「なんか、メンツおかしくないですか?」

と俺は安住先輩に聞いた。

「確かに。なんとなく柏木先輩、途中で飲みたくなるかもだから、運転役いると思って。でも女の子に運転させるのもちょっとなと思って向こうに晶を乗せた。向こうの方が車大きいから、女の子2人も向こうに。俺と2人は嫌?」

と聞かれ、

「嫌じゃないですよ。なんでこの割り振りになったのかなって思っただけです」

「良かった。嫌がられてたらショックだなと思って。まだおまじないが効いてんのかな。」

「いや、ほんと申し訳ないっす」

「いいよ。気にしてないよ」

と笑った。爽やかだなー。真心もやっぱ好きになるよなー。

「見て。夕焼け。そろそろ陽が沈んでく」

と先輩が言った。空のグラデーションがすごく綺麗だった。俺はスマホで、先輩越しに写真を撮った。


ペンションに着くと、男性と女性に分かれて、部屋に入って荷物を置いた。

2つのペンションは隣同士で、後で男性の部屋に集まって夕食を取ることになった。

部屋は各ペンションに2つずつ。つまり男性側は2人で一つの部屋だ。部屋はどうやって決めるのかとドキドキしていたら、柏木先輩があみだくじを作っていた。

「よし!場所を選んで、1人3本ずつ線を足してくれ。同じマークが出た人が同じ部屋な!」

みんなそれぞれ縦の線を選び、横に線を足していく。

こういう時、絶対俺が漫画の主人公なら、安住先輩と同じ部屋になるだろうと思っていた。

結果は…

「透ー!よろしくな!」

晶さんだった。ちょっとホッとした。


真心達がきて、みんなでご飯を作った。楽だし味も間違いはないって事で、1日目はベタにカレーにした。

夕飯の後、みんなで話をしていた。。俺はまだそんなにミステリーやらトリックやらに詳しくないから、ふんふんと聞いてるだけだった。メイちゃんは趣味で漫画を描いてるらしく。絵が上手だった。みんなの話を聞きながら、スケッチブックに俺達の絵も描いていた。

「そうだ。恋という最大のミステリーについて語り合わなければ」

と柏木先輩が言った。

「でももう遅いですよ?0時回ってますから。明日の楽しみにとっておきましょう?」

と晶さんが言った。

「それもそうだな。じゃあ今日はこれでお開きに」

と柏木先輩が言い、

「おやすみなさい」

と言いながらみんなが部屋に帰った。


2時間くらいして目が覚めた。

隣に眠っていたはずの晶さんの姿がない。

シャワーか?と思ったがそこにも姿はなかった。

リビングのソファには、本を読んでる安住先輩がいた。

「あれ?まだ起きていたんですか?」

と聞くと

「…ああ。ちょっと寝付けなくて」

と本をひらひらさせながら、俺に見せて言った。

「透も眠れない?」

「はい。なんか目が覚めてしまって。ところで晶さん知りません?隣で寝てたはずなのにいなくなってて」

「柏木先輩とでも飲み直してるんじゃないか?」

「えー。じゃあ僕も混ぜてもらおうかな。眠れなさそうだし」

「いや、外に行ったみたいだから、ここで待ってたら?」

「じゃあ僕も散歩してきます」

と言って外に出た。俺の後ろで引き止めようとした安住先輩の声がしたけど、気にぜすに外に出ると、少し離れたところで人の声がした。

こっそり近づくと真心と晶さんの声だった。

「晶先輩、私、先輩のこと昔から好きでした」

と真心が言った。

あれ?真心が好きなのは安住先輩じゃ?

「真心ちゃん。俺も実は冗談じゃなくて真心ちゃんのこと好きなんだ」

え?どういうこと?

「高校生の時、先輩が安住先輩を迎えに来たことがあったんです。その時まこー!って安住先輩を呼ぶ晶先輩の声にドキッとして、そこからずっと気になってました。私が最初呼ばれたのかと思って後で安住先輩に聞いたら、自分をまこって呼んだのは従兄弟で、今は別の高校だけど、同じ大学に行くって聞いて、私も同じ大学に行けば会えるかもって思って…実際に同じ大学でミス研に入って先輩に会って話すうちに、面白くて優しい人なんだなって思って、本当に好きになりました」

「ありがとう。俺は大学でミス研に可愛い子が入ったなーって思ってて、話したら明るくて性格もいい子だなって思って、気付いたら好きになってた。1ヶ月前に部室で、恋人はいないって知って嬉しかったけど、好きな人はいるって言うから、透のことが好きで、俺には望みないって思ってた…もし良かったら俺と付き合ってくれる?」

「はい。よろしくお願いします」

こんなのって、ドラマや漫画でしかおきないと思ってた。

泣きそうになりながら、2人の姿を見ていると、後ろに気配を感じた。振り返ると、安住先輩が立っていた。

「先輩…」

先輩は口の前で人差し指を立てると、俺の手を引いてペンションに戻った。ペンションに戻ったあと、ソファに俺を座らせて、お茶を出してくれた。隣に座って先輩は話し始めた。

「俺がキッチンに飲み物を取りに行って戻ってくると、玄関を出て行く晶が見えた。斉藤さんの隣にはいつも透がいたから、2人は付き合っていると思ってた。でも透達がミス研に入って、しばらく見ているうちになんとなくわかってきた。今日、出て行く晶を見て、斉藤さんに会う約束してるってわかったから、透を引き止めたかったのに無理だった。ごめん」

「先輩が謝ることじゃないですよ」

「そうだけど…」

「気を遣わせてすみません。元々、望みなんてないのはわかってましたから。僕の初恋が終わったってだけです」

って言った俺の目から涙が出てきた。すると安住先輩は俺を抱きしめて、

「透はいいやつだよ。自分のことサボテンで、俺らのことはバラとかユリとか言ってたけど、サボテンも可愛いし癒されるよ。きっとお前のこと好きになって、大切にしてくれる人が現れるから。もし現れなければ、俺が責任取ってサボテンの面倒見るから…」

と言ってくれた。先輩優しいな。精一杯俺のこと慰めようとしてくれて。先輩の抱きしめる力が強くなってく。

「あの媚薬、まだ効果が続いてるんですね。真心が飲んでたら、今頃あそこにいたのは僕だったんですかね」

と呟いた俺の言葉に

「…ごめん。本当にごめん」

とずっと先輩は謝っていた。

ちょっと悲しい夜が明けた。


朝ご飯を安住先輩が作ってくれていた。俺はソファでうとうとしていると、扉が開いて晶さんが帰ってきた。

「おはよう!」

「おはようございます」

「どこ行ってた?」

と安住先輩が聞くと

「いやー、真心ちゃんと話してたら、すっかり朝になっちゃって。それとー、俺と真心ちゃん付き合うことになった」

ズキっと心が痛む。

「へー。良かったな」

安住先輩は知らないふりをしている。

「透、聞いてる?」

と晶さんが俺の顔を覗き込んだ。

「聞いてますよ。良かったですね。僕の友達泣かしたら晶さんのこと殴りに行きますからね。…ちゃんと大切にしてやってください」

「うん。透ともちゃんと遊んでやるからな?拗ねるなよー」

「拗ねてないですよ。あっ!朝ご飯出来そうなんで、柏木先輩起こしてきます」

と言って俺は階段を登って行った。

人生って残酷だな。


朝ご飯の後は自由時間だった。柏木先輩は課題を部屋でやると言っていた。なんだかんだであの人真面目だ。

真心と晶さんは川に遊びに行くと言っていた。メイちゃんは漫画描くって。もうみんなミステリー合宿関係ないじゃん。

一応、夜はみんなで集まって、語り合おうということになった。

「透は何するの?」

安住先輩に聞かれて、考えたけど何もしたいことが浮かばない。

「何も浮かばないんで、とりあえずここに座って動画でも見てます」

「じゃあ、俺もここで本読んでいい?嫌なら言って。散歩でも行くから」

「大丈夫です。そんときは僕が部屋に戻りますから」

と言った俺を見て、一瞬先輩の顔が暗くなった。

気付いたら俺はソファで寝落ちしてしまっていた。


夕方、起きると安住先輩が

「夕飯作るよ」

と言ったから

「僕も手伝います」

と2人でキッチンに行った。結構たくさん買い出ししたから材料はまだまだ残っていた。

「何作ろう」

と材料の残りを探りながら先輩が言った。

「透は嫌いなものある?」

と聞かれて、

「特にはないです。でもセロリは好きじゃないです」

というと

「確かにあんまり買ってまで食べようって気持ちにはならないな。スープに入れると美味しいけどな」

と先輩は言った。気を遣って話題を振ってくれてるんだな。

「じゃあ好きな食べ物は?」

「僕、オムライス好きです」

というと

「可愛いな」

と先輩は笑った。

「じゃあオムライスとコンソメスープとサラダでいいか?」

「はい。じゃあ僕、スープ作ります」

「うん、よろしく」

料理をしながら、先輩と色々話した。

高校生の時のこと、晶さんとの思い出、ミステリーを好きになったきっかけ、家族の事、他にも先輩がたくさん話してくれるから、自然と真心達のことを考えずに済んだ。

「出来たな」

「うん」

あ、俺今タメ口だった。先輩は無言。え?キレてる?

「ごめんなさい!無意識に今タメ口でした。はいって言おうとしたのに…」

「…いや。ちょっと嬉しくて固まっただけ。あり。全然あり」

と先輩ははにかんだ。うっ。一瞬、鼓動が速くなった。

「いや、なしですよ。ごめんなさい。悔い改めます」

「そんな大袈裟な。でも本当嬉しかった。こんなこと思うの変かもだけど、透は晶のこと晶さんて呼ぶだろ?でも俺のことはずっと安住先輩って。なんか俺だけ距離があって、なんで?」

「いや、それはあの時、晶さんが僕を透って呼んだ時、代わりに俺のことは晶でいいからって言ったから。呼び捨てはあれかなって思ったからさん付けで」

「俺も透って呼んでるから、代わりに誠って呼んでくれたらいいのに」

「まだ媚薬が効いてます?まあ理由はそれだけじゃなかったんですけどね」

「何?」

「僕、夜中のあの2人の会話聞くまで、真心の好きな人は安住先輩だと思ってました。だからちょっとライバル意識というか、素直に仲良くなるのは癪だったんです」

「なるほど。でももうライバルじゃないってわかったから、誠って呼んでくれたらいいのに」

ずいーっと顔を近付けて先輩は言った。

「わ、わかりました。誠さん、顔近いです」

「うん。満足した!みんなを呼びに行くか!」

料理をテーブルに運ぶとソファのところにメイちゃんがいた。

「ごめんなさい。もういい時間だったんで、夕飯の準備のお手伝いをしようと思って来たんですけど、とても私がお邪魔できる雰囲気ではなかったので、ここで待ってました。運ぶの手伝います!」

全然気付かなかった。声かけてくれたら良かったのに。というかどっから話聞いてたんだろ…

「!?」

俺はどうしよう!って顔で先輩の顔を見た。先輩は

「あの…メイちゃん。ちなみにどのあたりから聞いてたの?」

と聞いた。メイちゃんは答える。

「えっと。僕、オムライス好きです。からです!」

まあまあ聞いてたな。それはもうほぼ最初からだよ。

「えっと、多分話の内容から、僕の気持ちわかっちゃったと思うんだけど、真心には秘密にしててほしいんだ」

と俺が言うと、

「あっ!全然大丈夫。誰にも言わないよ!私的にはこっちの展開の方がありなんで。でもその代わり、少しだけ漫画のネタにしてもいい?」

「どうぞ…?」

俺は先輩と顔を見合わせた。

食事をテーブルに置くと、先輩は晶さん達にメールした。俺は柏木先輩を呼びに部屋に行った。先輩は寝ていた。

「先輩。夕飯出来ました」

「ん。ありがと。何作ったの?」

「オムライスとコンソメスープです」

「マジで?俺、オムライス好きー」

「僕も好きです。ケチャップかけたやつ」

「わかる!オムライスはデミグラスやホワイトよりケチャップだよな!」

と言って一緒に部屋から出ながら、柏木先輩は俺の肩を組んできた。

「もちろんです!ケチャップ一択です」

「って、それって俺達ただのケチャップ好きでは?」

「そうかもですね」

「よし!今日はケチャップについても語り合おう!」

この人いろんなことについて話し合うのが好きなんだな。

ノリだけで、大して中身のない会話だけど、楽しかった。

ふと階段の下を見ると誠先輩がこちらを見ていた。

みんな揃って椅子にかけて夕飯を食べた。

柏木先輩は食べてる間もずっとケチャップについて話していた。お酒も飲んでいたからケチャップ愛が止まらなくなっていた。ほんとにただのケチャップ好きじゃ…まーいいや。

「じゃあそろそろ恋のミステリー合宿も大詰めだな。て、もうカップル出来ちゃってるし」

と柏木先輩が晶さんと真心を見ながら言った。

「まあまあ。人智では計り知れないことがミステリーの語源になってるって言ってましたよね?」

と晶さんが言った。

「そうだな。誰がいつどんな理由で相手を好きになるか、異性か同性か。同じ人種か違う人種か。年齢だって離れた歳の人を好きになることもある。それは誰にも分からないだろ?」

確かに謎だな。俺はいつ、どうして真心を好きになったんだろ?それを考えていた。

「ミステリー小説で人が人を殺す理由も、愛とかお金とかが多いですよね?」

と真心が言った。

「愛も金と同じくらい人を狂わすんだよ。怖いねー。実際、好きすぎて、誰にも邪魔されたくなくて殺したくなるとか、自分を犠牲にしてでも相手に尽くすとか、好きな人のこととなると周りが見えなくなるとか。そういう人もいるからね。そこまで人を好きになったことがない俺にはまだわからんねー」

と、柏木先輩はビールを飲みながら言った。

俺にはちょっとだけわかる気がする。自分のことを見て欲しくて、媚薬なんか作って飲ませようとしたんだから。

失敗したけど。

みんなでそれから盛り上がって、また0時を過ぎた頃、

「もうこんな時間か…そろそろお開きにするか。部屋はどうする?昨日と同じでいい?」

と時計を見ながら柏木先輩が言った。俺は晶先輩と同じ部屋なのが、ちょっと辛いかもって思ったけど言えなかった。すると

「先輩。今日は俺が透と同じ部屋でもいいですか?」

と安住先輩が言った。

「おう!じゃあそうしよう」

と柏木先輩と晶さんが部屋に入って行った。

「どうして僕と同じ部屋に?」

「もっと色々話したかったから。あっ!でも眠かったら寝てていいよ。邪魔だったら俺このソファで本読んだりするから」

と先輩は言った。きっと先輩のことだから、俺が晶さんと同じ部屋で寝るの、気にしてるって気付いたんだろうな。

「昼間だいぶ寝たんで、僕元気ですよ。話しましょ?でもその前にシャワー浴びてきていいですか?」

「わかった」

しばらくして俺はタオルがないことに気付いて戻ると、メイちゃんが戻る前に先輩に話しかけていた。

「参考までに聞かせて欲しいんですけど、2人が話してた媚薬って何ですか?」

「あーそれは…透がミステリー小説を真似して作った媚薬を、俺がたまたま口にしちゃって、そっから俺が透を気になってしまったっていう話。媚薬の効果がいつまで続くのかわからなくて」

先輩ごめんなさい。めっちゃフォローしてくれてる。

「へー。それってまだ効き目続いてるんですか?」

「…たぶんまだ続いてるんじゃないかな」

するとメイちゃんは先輩の耳に顔を近付けて何か言ったみたいだった。

「え?」

「じゃあ、おやすみなさい」

と言ってメイちゃんは自分達の建物に戻って行った。

「あのー?」

「おぉ!?どうした?」

「タオルなくて取りにきたんです」

「あぁそうか」

「媚薬のこと、フォローしてくれてありがとうございました」

「うん、大丈夫」

メイちゃんはさっき先輩の耳元で何を言ったんだろう。

シャワーを出ると入れ違いに先輩もバスルームに向かった。

しばらくして出てきた先輩が、部屋に入ってきて言った。

「そういえば透はいつから斉藤さんのこと好きなの?」

「うーん。わからないんです。さっきも話してるとき考えてたんですけど、明確にこの日の何がきっかけでっていうのが思い当たらなくて。でも気づいたら、一緒にいるのが当たり前になってて、好きなんじゃないかなーって。先輩は?先輩も気になる人いるって言ってましたよね?いつからですか?」

「高校生の時からかな」

「告白は?」

「してない。俺の方こそ何とも思われてないのはわかってたから」

「先輩でもそんなん思うんですか?」

「そんなんて?」

「顔も良くて頭もいいのに、好きな人に振り向いてもらえないって思うんですか?」

「そんなの関係ないよ。気になる人にどう思われてるかは誰だって気にするだろ?自分の気持ちに気付いて欲しい気もするけど、それで距離を置かれても嫌だし。俺と話してても、きっと今も他の人のこと考えてるんだろうなとか考えたらね」

「それは気なってるじゃなくて、たぶん大好きですよね」

「え?」

「相手の人、先輩に好かれてるって知ったら喜ぶと思うんだけどなぁ…」

「じゃあ聞くけど、俺に好きだって言われたら、透はどう思う?」

「だって僕の場合は媚薬のせいってわかってるじゃないですか」

「例えば、媚薬の効き目が切れて、それでも俺が好きだって告白してきたら?」

「いやぁ…僕は男だし、はいそうですかとはならないですけど、相手が女友達とかなら、それまで何とも思ってなくても、告白されたことでちょっとは意識したりするんじゃないですか?」

「…でもやっぱり何とも思ってないやつに告白されても、ただ迷惑なだけだと思うし、今の関係を壊してまで先に進みたいって思ってないから」

頑なだな。もしかして先輩の好きな人って…

「間違ってたらごめんなさい。先輩の好きな人って晶さんですか?」

「え?」

「何とも思われてないとか、今の関係壊したくないとか、告白できない理由が、相手が晶さんなら色々納得できるなーって思って」

「…相当鈍いな」

先輩が小声で何か言ったけどよく聞こえなかった。

「え?なんて言いました?」

「何もないよ。というか晶じゃないよ。流石に従兄弟をそういう目では見れないな」

「そうですか」

自信あったのに。俺が色々と考えていると

「失恋の傷癒すのは新しい恋だって、柏木先輩が前に言ってた。新しい恋しろよ?」

「そうですね。新しい恋が見つかるように星に願いをかけてみますよ!」

と俺は窓から外を見た。

流石!都会とは違って星が綺麗だった。昨日は星なんて見る余裕なかったもんな。

先輩は隣に来て、

「綺麗だな」

と言った。その瞬間流れ星がかけていった。

「先輩!流れ星ですよ!僕流れ星初めて見ました!」

「本当だな。なんかお願いしたか?」

「忘れてた!新しい恋!ってお願いしようと思ってたのに…でもあんな一瞬で3回も願い唱えるの物理的に無理じゃないですか?」

「あはは!そうだな。でも流れ星に3回願いを唱えたら叶うっていうのは、3回唱えたから叶うわけじゃないらしいよ。流れ星が見えた瞬間に、咄嗟に3回も願いを唱えられるほど、普段から強く思ってるからだって。星が叶えるんじゃなくて、人の強い思いが叶えるって」

「なるほど…先輩は今お願いできました?」

「俺も無理だった」

「もう一回見れたら何願います?恋愛成就?」

「難しいな。それは多分無理だから。他の事を願うかな。透は?また見られたら何て願う?新しい恋がしたいです!って?」

「うーん…それはやめときます。…じゃあ!次流れ星見れたら、僕が代わりに先輩の願いが叶いますようにってお願いしますよ」

先輩はすごくびっくりした顔をした後、

「透…俺の願いは…」

と何か言いかけて

「やっぱりいい。そろそろ寝よう」

と言った。色々あったけど、この合宿楽しかったかも。


翌日朝にはペンションを出て東京に戻った。

先輩が家まで送り届けてくれて、残った食材も持たせてくれた。

家に帰ると母さんがお昼ご飯を食べていた。

「ただいま」

「お帰り。早かったのね?」

「先輩に送ってもらった。お昼ご飯?俺のもある?」

「あるわよ。サンドイッチ作ったから食べて。凪の分も残しといてあげてよ。朝練行ってるからもうすぐ帰ってくるみたい」

「母さんは今日、夜勤明けじゃないの?」

「そうよ。もうすぐ食べ終わるからそうしたら寝るわー」

「お疲れ。皿置いといて。俺のと一緒に洗っとく」

「ありがとう。今日なんかご機嫌じゃない?なんか合宿でいいことあった?彼女出来た?」

「ご機嫌じゃないよ。彼女ねー。それどころか失恋した」

「あらー。真心ちゃんにフラれたのね」

「なんで知ってんの!?」

「私を誰だと思ってるの?あんたの母親よ?それに兄弟の中で透が1番わかりやすいのに」

と母さんは笑っていた。

「はいはい。単純でごめんなさいねー。ゆっくりお休みくださいませー」

と母さんの背中を押しながら部屋まで連れてった。

振られたなんてそんなもんじゃない…そもそも気持ちすら伝えられなかったのに。

でも不思議と今はそんなに落ち込んでいなかった。

失恋の傷って、意外とすぐに癒えるんだな。


しばらくしたある日、ミス研の集まりに行く途中、安住先輩を見かけた。

どっかに行くみたいだ。声かけようかと思ったけど、急いでたみたいだから、後をつけてみることにした。

人気のないところに着くと、そこにはメイちゃんが待っていた。こんなとこで待ち合わせなんて怪しい…

何か話しているけど、距離があってよく聞こえない。話の内容が気になるけど、これ以上は近付けない。

メイちゃんは何かを渡しているみたいだった

2人は話を終えるとメイちゃんは足早に去っていった。

先輩が戻ってくる前に俺は急いで部室に向かった。


しばらくして先輩が部室に入ってきた。

何人かのメンバーも来ていたけど、みんなそれぞれ思い思いの過ごし方を楽しんでいた。本を読んだり、何人かで映画を観たり。

俺は真心に勧めてもらった推理小説を読んでいた。真心は今日はバイトだって。晶さんは多分真心のバイト先に行ってるんだろうな。

そういえば先輩とメイちゃん、何話してたんだろう。

あの2人結構仲良いよなー。合宿の時もなんかひそひそ話してたし…なんか集中できないな。帰ろう。

1時間くらいして、俺が帰ろうとした時、誠先輩に声をかけられた。

「透、もう帰る?」

「はい。本屋寄りたくて」

「俺も本屋行きたいから、一緒に行っていい?」

「いいですよ」

2人で歩いて本屋に行った。大学から少し行ったところにいつも行く本屋がある。

その向かいにあの本をくれた古本屋があった。

おれが手前の信号を渡ろうとすると、

「本屋そっちじゃないよな?」

「こっちにはこっちで面白い本屋があるんですよ」

「そうなんだ」

2人でお店に入った。

「いらっしゃい。あ、1号君じゃないか!お疲れ様」

「こんにちは」

先輩は店長さんにぺこっと会釈をして、奥の棚の方へ歩いて行った。

「そういや、あれからどう?」

「いやー。相変わらずですかね。でも1つわかったことがあります」

「何?」

「僕の好きだった人の好きな人は、媚薬を飲んだ人ではありませんでした」

「そうなの?」

「はい。別の人が好きだったみたいです。僕の勘違いでした」

「というか好きだった人って言った?」

「はい。最近失恋しました。彼女が好きなのは別の先輩だったんです。そして二人は付き合うことになりました」

「なんか大変だったんだねー」

「ま、望み無いことはわかってましたから、思ったより落ち込んでないというか、引きずってないことに自分でもびっくりしてます」

「媚薬を飲んだのって、今日一緒に来た子?」

「実はそうなんです。最初は気まずかったですけど、最近慣れてきたのか普通になりました。ただ、このままだと先輩に迷惑かけちゃうと思って、媚薬の効果が早く切れる本とかないかなって思って、今日見に来たんです」

「たぶんそんな本はないんじゃないかな…」

「えー。黒魔術はあるのに?」

「まあ、あれは半分冗談だからさ」

と2人で笑っていると先輩が、

「これ、ください」

と店長さんに言った。

「僕、先に外に出てますね」

「うん」

しばらくすると先輩が出てきて、

「ありがとねー!また来てねー」

と店長さんの声がした。

しばらく歩くと先輩が

「今の店、よく行くの?」

と聞いてきた。

「たまにです。1ヶ月ちょっと前に初めて行って、見たことない本いっぱいあるし、店長いい人で大人だし、色々話聞いてもらったりしに時々行きます」

「そっか」

「あの媚薬の作り方が載ってる本、ここでもらったんです」

「へー。どうりで。変わった本とか古い本もいっぱいあったもんな」

「先輩、どんな本買ったんですか?」

「心理学の本だよ。そうだ。週末時間ある?」

「どうしてですか?」

「メイちゃんに遊園地の招待券貰ったんだ。今週末までの期限らしくて。行けないからって。一緒にどう?」

「えー!いいですね。遊園地なんて久しぶりですよ!…でもせっかくなら好きな人誘えばいいんじゃないですか?」

「いやぁ…まあ。えっと、練習?そう!デートの練習させてよ!俺も久しぶり過ぎてデートの仕方なんて忘れちゃったから」

「しょうがないなー!じゃあ土曜日、家に迎えに来てください!それともー。駅待ち合わせで、待った?いや、今来たとこだよ!的なのやります?」

「…どっちもいいな」

「ふふ。とりあえず今回は駅集合にしましょうか!」

そういや真心のことは斉藤さんて呼ぶのにメイちゃんはメイちゃんなんだ…


週末、改札前にいた先輩の姿を見つけて、本気で

「すみません!待ちましたよね?」

と聞く羽目に。そら待ったよな。5分の遅刻だった。先輩はきっと10分前には待ち合わせ場所に着いてるようなタイプの人だ。先輩は笑いながら、

「うん。すごい待った」

と言った。うわぁ。先輩待たせちゃうなんて最悪だー。

「本当にごめんなさい」

「いやいや、俺が早く着き過ぎただけ。時間はギリ大丈夫だよ。本当は今来たところだよって言うとこだったよな」

「僕が後輩なんで、僕が先に来てなきゃだったのに」

「でも誘ったの俺だから気にするな。行こう。電車来るよ」

遊園地なんて本当久しぶりで、すげー楽しみだった。遠足の前の日の子供みたいに、興奮して中々寝られなかったせいで、遅刻しかけたなんて恥ずかしくて言えない…


割引券をブースで引き換えて中に入った。

「まず何乗ります?」

「どういうのがデートっぽい?」

「うーん。メリーゴーランドとか?コーヒーカップとか?」

「じゃあそれ乗る?」

「行きましょう!」

とりあえずベタなとこから攻めてみる。

先輩はメリーゴーランドに乗る俺を写真に撮りながら笑っていた。

「ちょっと早めだけど、混む前にお昼にしようか?」

「そうですね。色々中にレストランあるらしいんで。どこ行きます?」

「何食べたい?」

「ピザのお店ありましたよね?そこはどうですか?」

「いいよ」

お店に入ってメニューを選んだ。

「僕、これのセットにします」

「飲み物は?」

「コーラかな」

「じゃあ買ってくるから、席取っといて」

レジを済ませ戻ってきた先輩に

「ありがとうございます。あ!お金これ…」

と渡そうとすると

「デートなんだから俺が払うよ」

と言われた。

「え!そんなん悪いです」

「今日はデートの練習だろ?だから俺が」

「えー。じゃあ安い方にしとけば良かった…」

「そんなに変わらないし、透が食べたいもの食べて楽しんでくれたらそれでいいよ」

先輩はアイスコーヒーを飲みながら、笑って俺に言った。

モテると思うんだよ。この人。顔もいい。性格もいい。頭もいい。身長だって高い方だし、家柄もいいって誰かが言ってた。実際大学内にはファンクラブ的なものもあるらしい。何で俺なんかでデートの練習してんの?そんなんしなくても余裕だろ。

食べて少し休憩したら、先輩が聞いてきた。

「次どうする?」

「じゃあジェットコースター乗りましょうよ!」

「今、ご飯食べたとこだぞ?」

「僕、全然平気です。消化早いんで」

「俺は今乗ったら吐きそうだからもう少し後でいい?」

「わかりました。じゃあ先にお土産見ますか?」

「そうだな」

俺達はお土産屋さんに入った。

「先輩!これ見てください!可愛くないですか!?」

俺はその遊園地のマスコットキャラクターのウサギのピンバッジを手に取って先輩に見せた。

「可愛いか?なんか腹立つ顔してない?」

「気のせいですよ。お揃いにしましょう」

先輩のは青、俺のは赤でお揃いにした。これは僕が支払うと押し切った。店を出ると俺達は買ったピンバッジを鞄に付けた。

「次こそジェットコースターですね!」

「え?あぁ…」

「もしかして先輩怖いんですか?」

「違うよ。よし!行こう!」

待ち列に並んでいると、後ろにいた女子高生が小声で

「前の2人、カップルかな?」

「でもさっき並ぶ時、先輩って呼んでたよ?」

「先輩と後輩のカップルかもよ?だってお揃いのピンバッジ付いてるし」

「えー!それならエモいねー」

と話していた。なぜかちょっと照れた。馬鹿だな、俺。ただの練習なのに。

「透!次。順番来た」

「はい!誠さん!」

先輩がびっくりして顔を赤くすると同時に、後ろの女子高生が小声できゃーっと喜んでいるがわかった。

アトラクションを降りると先輩が休憩しようと言ったからベンチに座っていた。

「はい。アイス。チョコとバニラどっち?」

「チョコで!」

「ん」

とアイスをくれた。

「ジェットコースター苦手でした?」

「いや、そんなことないよ。久しぶりだったのとあれとでびっくりして心臓おかしくなっただけ」

「あれって?」

「急に誠さんって呼ぶから。びっくりした。後ろの女子高生からかっただろ?」

バレてた。

「そうですよ。カップルかもよーとか話してたから、それっぽい感じ出すとどんな反応するか見たくて…あと先輩の反応も」

「ばか。俺を殺す気か?」

「一応デートって言う程なんで」

「でも…」

「はい!写真撮りますよ!」

と先輩の話を遮ってスマホでアイス食べてる自分達の写真を撮った。自撮り下手なんだよな。うまくいかないと悩んでいると、さっきの女子高生が声をかけてくれた。

「良かったら撮りますよ?」

「ありがとう」

そう言うと、先輩は俺を引き寄せて、首の後ろから手を回しピースを作った。右手にはアイス。

「はい!チーズ!」

俺達も彼女達のスマホで写真を撮ってあげた。

二人はキャッキャ言いながら去って行った。

「先輩こそ、からかったでしょ?」

「俺のは単純に透への仕返し」

と言ってウィンクした。

ドキッとした。やっぱモテるだろなー。

先輩の好きな人、きっと先輩のこと好きだと思うんだ。

次はその人誘ってデート行くんだろなー。

そういや、メイちゃんのことはメイちゃん呼びだったな。先輩の好きな人って…あ、そうか。今日はメイちゃんが用事で行けないって言ってたから、代わりに練習で俺を誘ったんだな。

「次はさ、4Dのアトラクション乗ろうか?」

「いいですね!」

残り色々アトラクションまわって、最後もう一回お土産を見たいとお願いした。

「大学の先輩と遊園地行くって言ったら、家族にお土産よろしくって言われたんです。先に買うと邪魔になるから帰る前にしようと思って」

「いいよ。何買うの?」

「やっぱ食べ物系ですかねー」

「そっか。…これは?あのウサギの絵が描いてあるクッキー」

「それもありですね!でもこのどら焼きもいいと思いません?」

「いいじゃん」

「あ。チョコもおかきもある!迷うなー」

「全部買えば?」

「それは多くないですか?甘い系としょっぱい系の2つっていうのありですよね?」

「いいと思う。どら焼きとおかきか?」

「それでいきます!」

「俺も買いたいから、レジ並んでくる。混んでるからここで待ってて」

と先輩はレジに行ってしまった。戻ってくると先輩は袋を3つ持ってた。

「はい。これ、どら焼きとおかきな」

「これ代金です」

と渡そうとすると、

「いいよ。デートの練習代ってことで」

「そんな、悪いですよ。お昼ご飯まで奢ってもらったのに」

「いいんだよ。あと、これ」

袋を見ると、買うか悩んでいたチョコが入ってた。

先輩、優しいな。あともう一つは…

「それは好きな人に渡すんですか?」

「これ?これはうち用」

「先輩も家族にお土産ですか?」

「俺一人暮らしだよ。帰って俺が食べる用ってこと」

袋の中を見せてもらうと、チョコとクッキーが入ってた。

「先輩、甘いの好きなんですか?」

「うん。好きだよ。クッキーはメイちゃんに渡すやつだけど」

と微笑んで言った。

やっぱり…先輩はメイちゃんが好きなんだ。なんか心がざわつく。

その時、閉館のアナウンスが流れ始めて、俺達は慌てて外に出た。


「まだ時間ある?」

先輩にそう言われて時計を見ると、まだ19時過ぎだった。

「大丈夫です。明日休みだし」

「良かった。行きたいとこあって。話したいこともあるし。お腹空いてる?」

「まあぼちぼちですかね」

先輩の案内でしばらく歩くと、たこ焼き屋さんが見えた。

「何個入りする?味は?飲み物は?」

「えーっと…6個入りで。ソースマヨで。飲み物は烏龍茶で」

「じゃあ10個入り2パックで1個はソースマヨで、1個は塩マヨで。あと飲み物は、アイスコーヒーと烏龍茶で」

と先輩は注文した。

「遠慮して6個って言ったろ?」

と笑って言う。

「…はい。この流れだとまたお金受け取ってもらえないパターンだと思ったんで」

「やっぱり。俺も食べたいから2つの味シェアしよ?10個でもいけるだろ?」

「はい」

たこ焼きを買ってしばらく川沿いを歩いた。

ここ。真心が読んでた雑誌で見た。デートスポットだった気がする。

「ここって。デートスポットですよね?」

「イルミネーションが綺麗に見えるところは人が多いんだけど、こっちの方はほとんど人居ないから、ゆっくりできるよ」

ベンチに座って2人でたこ焼きを食べた。きっとイルミネーションが綺麗に見える席は、本当に好きな人と行くんだろうな。しばらくして

「塩マヨ食べる?今日、どうだった?」

たこ焼きのパックを交換しながら先輩は聞いた。

「楽しかったですよ!僕まともにデートなんてしたことなかったんで、ちょっとテンション上がりました!」

俺はたこ焼きを頬張りながら答えた。塩マヨ美味いな。

「そっか。俺も久しぶり過ぎて浮かれてたかもな」

「じゃあお互い様ですね!本番はメイちゃんをイルミネーションがちゃんと見えるところに誘ってくださいよ?」

「え?」

「僕思ってたんです。もしかして僕たちが知らないだけで、メイちゃんとは昔から知り合いだったのかなって。ペンションでもちょこちょこ話してたし、大学でも人気のないところで会ってたじゃないですか?だから高校生の頃から好きだって言うのはメイちゃんのことだったのかなって」

「違うよ。会ったのは合宿の時が初めてだよ。大学で会ってたのは、ちょっと相談したいことがあっただけ。見かけたなら早く言ってくれれば良かったのに」

「だってもしそうなら、お邪魔しちゃ悪いと思って。今日も僕とデートの練習してましたけど、それも全部メイちゃんとの本番のデートのためでしょ?最後はメイちゃんにだけ、お土産も買ってたし。それに先輩、真心のことは、高校生の時から知ってるのに斉藤さんて呼ぶでしょ?でもメイちゃんはメイちゃん呼びだから…」

「お土産は、メイちゃんにチケット譲ってもらったから、そのお礼だよ。それにメイちゃんて呼ぶのは自分でメイって呼んでって言ってたし。斉藤さんを名字で呼ぶのは…名前で呼ぶと透がやきもち焼くと思ったから」

「あー。なるほど…後輩思いなんですねー」

俺は川の方に向いてた視線を、先輩の方に向けて言った。

先輩と目が合った。なぜだか視線を外せない…すると

「透、ソース…」

と俺の唇に付いたソースを指で拭うと思ったら、

「ちゅっ」

ソースの上からキスをされた。

「え…」

「あ。ごめん…」

「まだ媚薬効いてますね」

俺はまた川の方に視線をやった。

「…」

しばらく沈黙が続いた。俺のファーストキスだったんだけどな…

ん?そういや前に夢の話で遊園地の帰りに俺とキスする夢見たって言ってたな。すごいな。正夢じゃん。

でもこの場合、正夢になるかどうかは、結局先輩次第だったのでは?

え?それって…俺は先輩の方を見た。

先輩は少し困った顔でこっちを見ていた。

「ごめん。透に話さなきゃいけないことがある。とりあえずこのまま聞いて欲しい。今のキスは媚薬のせいじゃない。というかこれまでのほぼ全部、媚薬とは関係ない。媚薬の効果は一瞬だった。ちょっと胸がドキドキしただけでしばらくして消えたんだ」

「は?」

「俺、ずっと透が好きだった。でも望みはないの知ってたから、少しでもそばにいたくて、媚薬の効果がずっと続いてるふりしてた。騙してて本当にごめん。本当に。でも今までのあれもこれも全部俺の本心…」

先輩の話を聞いてるうちに、何故だか俺は泣いていた。

その涙を見て先輩は言葉を失っていた。

何だろ。俺が泣いたのは、騙されていたことを怒ったからかな。それとも嘘つかれたことが悲しかったのかな。媚薬の効果が切れてたって知って安心したのかも。多分全部だ。

でもそれだけじゃない。わかんないけど、なんか痛い。すごく苦しい。とりあえずここから逃げたい。

「僕、帰ります。今日はありがとうございました。さようなら」

俺は先輩の顔を見ずに言って、とりあえず走った。先輩の言葉にどう返せばいいのかわからなかった。だからとりあえず振り返ることもなく走り続けた。一駅分走ったとこで俺はしゃがみ込んだ。

「追いかけても来ないのかよ」

と呟いた。来て欲しいわけじゃなかったけど、そう呟いた自分に驚いた。あと余計涙が出た。このまま帰ったら母さんビックリするだろうな。ちょっと落ち着くまで歩いて帰ることにした。結局、家に着くまで2時間半かかった。

家に着くと、母さんが玄関まで来て言った。

「お帰り!」

「…ただいま。何でお出迎え?あーお土産?ごめん。公園に忘れて来ちゃって…」

「それならさっき安住君が持って来てくれたわよ。自分のせいであんたが怒って帰ったからって。泣きそうな顔してすごく謝ってたけど何かあった?」

「別に…」

「そ?安住君って真面目そうでいい子ね。イケメンだし!合宿の帰り、家まであんたのこと送ってくれた子よね?」

「知ってたの?」

「窓から見えたから。あの日嬉しそうにしてたのは、彼のせいかと思って。好きなの?今日だってウキウキしながら出ていったし、夜も中々寝付けなかったでしょ?楽しみすぎて」

と母さんは笑った。

「違うよ…それは遠足の時みたいな気持ち…」

「本当にわかり易い子ね。何をそんなに躊躇ってるの?」

「そういうんじゃ…」

「安住君は透のこと本当に大切にしてくれてると思うんだけど、あんたはどうなの?」

「どうなの?って先輩は男だよ!?大切にって言うけど、俺に嘘ついてたんだよ?」

「だから?男だから好きになっちゃいけないの?嘘ついたら悪人?理由もなく嘘をついてあんたを傷付けるような子に見えなかったけど?それにあんたが悩んでるのはそこじゃないんじゃない?」

「そうじゃなくて…」

「とりあえず、こっち来て」

と母さんがリビングのソファに俺を座らせた。

「聞きなさい。母さんはね。若い間は色んなこと経験すれば良いと思ってる。もしかしたら10年後は、結婚したいとか、子供が欲しいとか考えるかもしれない。それならそん時考えればいい。だから若いうちは好きだけで突っ走ってもいいんじゃない?もちろん好きな人が相手なら、色々したいことも出てくるでしょう?その辺のことは相手が誰でもしっかり考えて行動して欲しい。だけど相手が男だから、親不孝してるとか思わないでね。苦しむ息子を見てる方が母さんは辛いわ。だから素直に気持ちを受け入れなさい。3人も息子がいんのよ。1人くらい男と結婚したからって気にすることじゃないわよ」

母さんがそんなこと思ってるなんて考えた事もなかった。看護師なんて堅い仕事してる割には、オープンな人だと思ってはいたけど。

「母さん…俺…」

そう言いながら俺は玄関を飛び出した。

「もう夜遅いのに、ご迷惑にならないかしらね」

「母さん」

「凪。聞いてたの?」

「おにぃのお土産、俺も食べたくて。さっきあの先輩と母さんの会話も聞いてたよ。俺もあの人嫌いじゃないし、いい人だと思う」

「あんたも恋人が出来たら、相手が誰でもとりあえず紹介しなさい」

「そうだな。そのうち超絶美人と結婚して可愛い孫抱かせてやるから、もうちょっと待っててよ」

「そう。期待しないで待ってるわ」


家を飛び出してから、俺は先輩の電話を鳴らし続けた。

でも何度鳴らしても繋がらない。思い詰めて、駅のホームから飛び込んだりしてないかな?それかヤケクソになって、誰か別の人と…

嫌なことばかり浮かんでくる。

家どこだっけ?晶さんに聞いたらわかるかな?

俺は晶さんに電話した。

「もしもし、晶さん?先輩の…安住先輩の住んでるとこ知ってます?」

「うん!〇〇駅の近くの△△ってマンションの803号室だよ」

「ありがとうございます」

俺は急いで向かった。

エントランスでインターホンを鳴らす。

出ない。

「どこ行っちゃったんだよ」

他の場所探そうとして、エントランスを出ようとした時、

「…はい」

と先輩の声がした。

「先輩?透です。遅くにごめんなさい。さっきは話の途中で帰っちゃってそれもごめんなさい…」

「ごめん。シャワー浴びてたから気づくの遅くなって。開けるよ…」

8階の3号室の前に来た。来てしまったもののどうしよう。何を話せば良い?ベルも鳴らさず部屋の前で考えているとドアが開いた。

「透?入って。そこのソファにでも座って」

と先輩に案内され部屋に入る。先輩の部屋はものが少なくて片付いていた。やっぱこういうタイプだよな。俺の部屋とは大違いだ。

「先輩。お土産、家まで持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」

「うん。忘れてったから」

と言いながら、淹れたお茶をソファの前のテーブルに2つ置きながら言った。

先輩は元気が無さそうだった。泣いたのかな。少し目が赤い。それでシャワーを浴びてたのか。

「話の続き、ちゃんと聞かなきゃと思って。あと、僕の気持ちもはっきり伝えておいた方がいいと思ったから来ました」

「そっか。わざわざ来てくれてありがとう。…俺は透が好きだ。高校生の時から好きだったんだ。俺が高3の時、本屋で初めて斉藤さんと透に会った。それから何度か学校でも話したりしたけど、2人はずっと一緒だったから、付き合ってると思ってた。その時は俺も透を好きだって認識はなかったし」

「僕、高校生の頃、あんまり先輩の存在気にしてなくて。真心にも同じ学校で、ミステリー好きってゆう共通点もあって時々話してたし、透も一緒に居たから知ってるでしょって言われたけど、ほとんど覚えてないんです。すみません」

「だろうね。透は斉藤さんしか見てなかったの知ってる。彼女がアルバイトの時は、透1人だっただろ?ある日街で見かけて話しかけようと思ったら、男に絡まれてる女子高生を助けようとしてた。でも全然歯が立たなくて、突き飛ばされて、その上殴られそうになってたから、俺が止めたんだ。」

「あの時の…その節はどうも」

「うん。追い払って透を見ると、その女子高生のことすごい心配してた。自分の制服がかなり汚れたりしてるのに、お構いなしに泣いてる女子高生にずっと声かけて、落ち着くまでそばに居てあげてた。弱いくせにって思ったけど、正義感とか思いやりがあって良いやつだなって思って…俺はもっとお前を知りたいと思った」

「それで?」

「ある時、斉藤さんと進路の話してて、自分も同じ大学に行きたいって言うから、いつも一緒の彼氏も一緒?って聞いたら彼はただの幼馴染ですって言ってた。あ、ごめん…」

「大丈夫です。続けてください」

「そのうち本当に2人ともうちの大学に入って、ミス研にも入ってきた。お前のこと、もっと知りたいって思ったのは、ただの好奇心かもしれないって最初は思ってた。でも次第に透が見つめる先にいるのが、俺だったら良かったのにって思うようになってたんだ。それまで、女の子しか付き合ったことなかったから、自分にこんな気持ちが芽生えるなんてびっくりして戸惑った。斉藤さんの晶に対する気持ちにも気付いたけど、しばらくは俺も透も斉藤さんも全員の気持ちは一方通行のままで…そんな時あの本屋に入ってく透を見かけた」

「あの本屋の事も知ってたんですか?」

「うん。たまたま向かいの本屋から出てきたとき、入って行く透の姿が見えた。だから透が帰ったあと入っていって、彼は何の本を買ったんですか?って聞いたんだ。ミステリーの本なら俺も役に立てるかもしれないし、そっからもっと仲良くなれるかもって。そしたら店長から帰ってきた言葉は恋のおまじないの本だって言われた」

あのおじさん、バラしたなー。まあタダでもらった本だから偉そうに言えないけど。俺は先輩の目をみた。

「斉藤さん用に入れた媚薬入りコーヒーを飲んだのも、わざとだった。部室でコーヒー入れてくれた時、ふとソファから身体を起こすと、透が花柄のカップにだけ何か入れたのが見えたから、おまじないを実行したんだと思った。だから後で何を入れたのかって聞いたんだ。何かわからないのにかかったふりは出来なかったから」

「なるほど。それで?」

「飲んだ相手が、自分のこと好きになる媚薬だって聞いて、ずっと効果が続いていることにした」

「飲んだ時、身体に異変とかなかったんですか?」

「そんなのは全然なかったよ。最初胸の高鳴りはあったけど、そもそも俺は媚薬なんて飲む前から透を好きだったから、それだって媚薬のせいか、単なる俺の気持ちの問題か区別がつかなかった」

と先輩は言った。

「だから、そのあと見た夢の話も、合宿の時に言ったことも。媚薬のせいじゃない。だけど全部本当のことで、俺の本心なんだ。俺がずっと好きだったのは透なんだよ。だけど透は斉藤さんが好きだし、男同士だし、俺の気持ち伝えても叶うわけないの知ってたから、どうしても好きだって言えなかった。だから媚薬のせいにして、少しでもそばに居られたらと思ってた。でも合宿の日、"あの媚薬、真心が飲んでたら、今頃あそこにいたのは僕だったんですかね"って透が泣きながら言ったの聞いて、俺、自分がどれだけ自分勝手で酷いことしたか思い知って、ただ謝ることしか出来なかった…」

先輩は少し声を震わせて、俯きながら言った。

その時、床にぽたっと1つ、涙の粒が落ちた。

「僕、真剣に悩んだんですよ?僕の作った訳のわかんない媚薬のせいで、先輩の恋が叶わなかったらどうしようって。だからまた流れ星が見れたら、先輩の恋が上手くいくように願いたいって言ったんです」

俺もつられて泣きそうになったが、何とかこらえた。

「ごめんな。あの時、メイちゃんには俺の気持ちバレてて、好きな人には好きって言わないと後悔するって言われたんだ。それで一瞬本当のこと話そうとしたけど、やっぱり無理だった」

「あの夜、何か言いかけてやめたのは、そのことを話そうとしたんですか?」

「あぁ。お前と一緒に居られる時間が増えて、好きな気持ちはどんどん増してった。と同時に罪悪感も限界で。もう元には戻れなくても、最後の思い出が、思い出したくないくらい辛いものになったとしても、これ以上嘘をつくのは無理だと思った。それで怖かったけど、最後に食事でも誘って、本当のこと話して、自分の気持ちを伝えることにしたってメイちゃんに相談したら、遊園地のチケットをくれたんだ。だから練習って言ってお前を誘った。そう言わないと俺と2人で遊園地なんて、絶対来てくれないと思ったから」

「ずるいですね」

「うん。ごめん。そんなんじゃ済まないだろうけど、それしか言えない…嘘ついてたこと、騙したこと、媚薬の効き目がなかなかきれないって心配してくれてたこと。ずっとずっと申し訳なくて。黙っていてごめん」

「じゃあ、なんでさっきキスしたんですか?申し訳ないって思ったなら、いっそのことそのまま気持ち隠して、ただ媚薬の効き目が切れたってことにして、何もなかったふりしてくれたら良かったのに。そしたらずっと仲のいい先輩と後輩でいられたかもしれないのに…」

「俺がどんなに酷いことしたかはわかってる。けど、俺の好きな人は透なんだよ。だからお前が俺の好きな人が他の誰かだって言ったのがすごく嫌だった。そう思った瞬間、体が勝手に動いてた。キスの後、しばらく沈黙があっただろ?俺はふと我に帰って、ちゃんと本当のこと、説明しないとダメだって思った。透に嫌われても、許してもらえなくても、それは自業自得だけど、いきなりただの先輩だと思ってた男にキスされて、それが変なトラウマになって、この先ちゃんと恋が出来なくなったりしたら、俺…」

先輩がすごく動揺してるのがわかった。俺は隣に座っていた先輩の眼を見て言った。

「わかりました。僕のファーストキスまで無理矢理奪っといて、簡単に許してもらえるとは思ってないですよね?」

「うん。どんな罰も受けるよ。もう話しかけるなと言うならそうするし、顔も見たくないと言うならサークルも辞める」

「そうですか。それも悪くないかもしれませんね」

「わかった。じゃあ明日柏木先輩に…」

「でも…。今度傷付いたらサボテンの面倒、先輩が責任取って見てくれるって言いましたよね?」

「え?」

「ずっと辛かったです。僕の作った、たった1滴の媚薬のせいで、先輩がおかしくなったらどうしようってずっと悩んでました。でも今日で全部気付いたんです。真心のことでショックを受けてたはずなのに、すぐに立ち直れたこと。お揃いのピンバッジが嬉しかったこと。写真取ってもらう時に、僕の体に触れた先輩の体温にドキドキしたこと。今日のデートが、ただの練習なんだって思ったら悲しかったこと。先輩の好きな人がメイちゃんかもって考えて、胸が苦しくなったこと。キスされて、それが媚薬のせいなら、このまま媚薬の効果が切れなければいいとさえ思ってしまったこと。それは全部先輩を好きなせいだって気付いてしまったんですよ…」

「透?」

「だから媚薬の効果が切れてたからって、なかったことには出来ないです。もう好きになっちゃってたんです!だからちゃんと責任取って面倒みてくださいよ…」

そう言った俺のことを、先輩は抱きしめて言った。

「透。ごめん。今までのこと、本当にごめん」

「ごめんはもういいですよ。他に言うことあるでしょ?」

そう言われて先輩は俺の眼を見て言った。

「…大好きだ」

先輩はそう言って俺にキスをした。

「僕も大好きです」

嬉しかった。今やっと気付いた。あの本は俺を本当の恋に気付かせるために出会ったんだって。


1滴の媚薬から始まった恋の物語はここで終わり。これからは2人の愛の物語が始まる。

なんてね。



ー誠ー

俺が彼に会ったのは高校3年の夏だった。本屋で偶然同じ本を手にした、同じ学校の女子高生と意気投合し、1冊しかなかったその本を譲った。今度お礼をするからと言われて、連絡先を交換した。彼女はその本を持って、嬉しそうに漫画コーナーにいた彼に見せに行った。


それから何度か学校で2人を見かけた。

いつも一緒だったから恋人同士なんだろうな。俺が彼女と話をしているといつも機嫌が悪そうだ。わかりやすい子だな。

ミステリー好きの斉藤さんは俺を見かけるといつも手を振ってくれた。たまに話もした。夏休みに入る終業式の日、偶然2人に会った。少し話をして別れた直後、

「まこー!」

俺を呼ぶ声がした。そう俺のことを呼び止めたのは従兄弟の晶だった。

「今日、俺んちで勉強。覚えてる?」

「覚えてるよ」

「母さん、おばさんと家でお茶するって。あの人達邪魔ならそっち行く?」

「そうだな。お昼ご飯無いから、スーパーで材料買って帰ろ。オムライスでいい?」

「おう!まこはオムライス好きだよなー」

「そうか?」

俺達はスーパーに寄って帰った。


ある日、俺は気分転換に買い物に出た。

すると彼の姿があった。斉藤さんに聞くと、彼は町田透君と言うらしい。彼氏かと思っていたけど、ただの幼馴染です!と言っていた。町田君の方はそれだけじゃない気がするけど…

珍しく1人で何してんだ?そう思って近寄ると、彼の後ろには違う制服の女子高生がいて、女の子は泣いているみたいだった。大丈夫かな。

そう思った瞬間、向かいに立っていた男に突き飛ばされて、彼は後ろに転がっていった。

「お前は関係ないだろ!引っ込んでろ!!」

「彼女嫌がってますから。警察呼びますよ!」

「テメェ!」

と言う声が聞こえて、男が殴りかかろうとした。

その手を掴んで俺は言った。

「そんな事したら本当に警察沙汰になりますよ?」

「また余計な奴が来やがって。これは俺とその女の問題なんだよ!」

「お兄さん。男前なんだから1人にこだわらなくても、すぐにまた可愛い彼女が出来ますよ。だから今日のとこは解散しましょう。人も集まってきちゃいましたし…」

「う…うるせー!お前!もう連絡してくんなよ!」

男は女子高生にそう吐き捨てると足速に去って行った。

俺が振り返ると、彼は泣き続ける女子高生をなだめながら、泣き止むまでずっと声をかけてそばに居続けた。

自分の服がどろどろになっているのに気付いてるのかな?

弱いくせに首突っ込んだのか。正義感だけは一丁前だな。俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?そんなこと考えてなかっただろうな。何か変な感情…彼のこと、もっと知りたいって思った。


しばらくして、俺と晶は同じ大学に合格し、高校を卒業した。卒業式の日、斉藤さんと彼は僕のところに挨拶に来てくれた。

「ご卒業おめでとうございます」

斉藤さんにそう言われ

「ありがとう」

と答えた。

「俺、向こうにいるわ」

と彼は別の先輩のところに行ってしまった。そのとき斉藤さんが言った。

「ちなみに従兄弟の方も同じ大学に受かったんですよね?」

「あー。あいつも一緒だよ。そういえば幼馴染の彼も一緒に受けるの?」

「はい!同じとこ受けるって言ってました!」

そうか。じゃあ来年、大学で会えるかもな。


高校を卒業してからも、2人を街でちょくちょく見かけることはあった。斉藤さんとは勉強のことやサークルのこと、ミステリー小説の話なんかで、たまに連絡を取っていたから

その時彼のことも様子を聞いたりした。

次の年、2人はうちの大学に入学した。しかも斉藤さんに釣られて、彼も一緒にミス研にまで入ってきた。

彼は相変わらず斉藤さんしか目に入ってなくて、俺の存在なんて居ても居なくても変わらないくらいだった。

それがすごく悲しかった。彼の見つめる先にいるのが俺だったら良かったのに…ただの好奇心だと思ってた気持ちを、恋だと自覚した。


ある日本屋から出てきた俺は、向かいの本屋に入って行く彼を見つけた。彼が出て行った後その本屋に入って聞いた。

「今出て行った子が持っていた本、なんの本ですか?」

もしミステリー小説とかなら、俺も役に立てるだろうし、それをきっかけに仲良くなれるチャンスかも。

店主は少し考えたように目線を上に向けて、

「恋のおまじないの本だよ!」

と微笑んで言った。

びっくりした。今時そんな本があるのか?というか効果はあるのか?という疑問があったが様子を見ることにした。


晶も柏木先輩も今日は遅くなるらしい。部屋の鍵開けとかなきゃ。

昨日、課題やっててあんま寝てないんだよな…みんなが来るまで少し横になってよう。

暫くして声がすることに気付き目が覚めた。

「今日来るの何人か知ってる?」

「私たちと安住先輩、高杉先輩、柏木先輩の5人だって言ってた気がする」

「そうか、土曜日だもんな」

斉藤さん達早いな。ふと声のする方を見ると、彼は花柄のカップにだけ、ひっそりと何かを1滴たらした。

本当におまじないを実行したんだな。お湯を入れた花柄のカップを彼は斉藤さんの前に置いた。

「ありがと。あ、先にお手洗い行ってくる」

ふと俺の頭の中で、悪魔が囁いた。俺が代わりにあのコーヒーを飲めば、少しは彼の視界に入れるかもしれない。

「町田。おはよ」

「おはようございます。先輩いたんですね」

「みんな少し遅れるって言うから、鍵開けるために早く来たけど寝てしまった」

「じゃ、コーヒー淹れますね」

「これは?」

「あ、それ真心のコーヒーなんで、今新しいコーヒー淹れますから…」

「別に、まだ飲んでないみたいだし、これでいいよ。戻ってきたら、またあったかいの淹れてあげて」

と言って、俺は花柄のカップのコーヒーを飲んだ。

「あっ…」

と彼が言った。

「ダメだった?」

「…いや、大丈夫です」

飲んでしまったが、どんなおまじないをかけたんだ?それをとりあえず聞きださなきゃいけないな。

そう思っていると、斉藤さんが戻ってきた。

「あ、安住先輩、私のコーヒー飲んじゃったんですね」

「ごめん、喉乾いてて。まだ飲んでないみたいだったから」

「大丈夫ですよ!透、私のまた入れてー」

「俺のももう一杯頼める?」

「わかりました」

そのとき、晶が部屋に入ってきた。

「まこー。ごめんな。鍵ありがとう」

「晶(あきら)、その呼び方やめろよ。斉藤さんもいるからややこしいだろ?」

「えー。でも物心ついた時からそう呼んでるのにー」

「2人はすごい仲良しですよね」

「そうだよー。従兄弟だからねー。じゃあこれからは誠って呼ぶ。それともまーくんがいい?」

自分用に入れていたはずのコーヒーを晶に渡しながら彼は

「ふ。まーくんって可愛いですね」

と言って微笑んだ。お前の方が可愛い。

「…まーくんは却下。誠にして」

身体が熱くなるのが分かった。

「従兄弟で仲良し羨ましい」

と斉藤さんが言った。

「仲は…確かにいいかな。家も近いし、年も同じだからよく遊んでた。家族みんなで一緒にキャンプ行ったり」

「小学校の頃は同じ子を好きになっちゃってー。同じクラスの圭子ちゃん!間に圭子ちゃん挟んで3人で帰ったりしたよなー!」

「懐かしいな」

と昔を思い出して笑った。

「2人の好みって似てるんですか?」

彼は晶に聞いた。

「どうかな。それから先はあんま恋バナとかしてないもんな?」

「でも晶の噂は本人に聞かなくても、勝手に耳に入るから大体わかる」

「なんでよ?」

「母さんが聞いてもないのに教えてくるから。半年くらい前、彼女と別れたんだろ?」

「姉妹っておしゃべりだな…そうだよ。あっさりフラれたよ。芸能事務所に入るんだと。恋愛はご法度だからーって」

「まあそういうこともあるよ。応援してあげれば?」

「まあね。たまにメールくるし。頑張ってるっぽい。そうだ。柏木先輩来るまで久しぶりに恋バナでもするか!真心ちゃんは?恋人とか好きな人いないの?いないなら、俺、立候補しようかなー」

「恋人はいないですー!好きな人は…秘密です」

「秘密ってことはいるんだなー?ショックー。じゃあ透は?」

と晶は彼に聞いた。しかも透って。なんで呼び捨て?

「透っていきなり呼び捨てしたな」

と俺が言うと

「真心ちゃんがいつも透って呼ぶから。代わりに俺のことは晶でいいよ。あっ。真心ちゃんが好きなの透だったりして?」

「違いまーす」

あいつ今軽くへこんだな。

「透でもなんでも好きなように呼んでください。恋人はいません。でも好きな人はいます」

と彼は答えた。晶が

「告白は?しないの?」

と聞く。いいぞ!俺の代わりにもっと聞いてくれ。

「しないですね」

「なんで?どうしてよ?」

「うーん。多分何とも思われてないんで」

「そんなの聞いてみないとわかんないだろ?」

「わかりますよ。見てたら。何とも思われてないことを、わざわざ確認する勇気は僕にはありません。お二人みたいにイケメンじゃないし。普通の女子なら僕みたいなサボテンは選びませんよ。先輩達みたいなバラやらユリやらとは雲泥の差があるんで」

なんでそんなに自己評価が低いんだ?十分魅力的だと思うけど。

「透、もしかして童貞か?俺がサボテンに花、咲かせてやろうか?」

俺は飲んでいたコーヒーを吹きだすかと思った。

「晶さん。それ、相手が僕でもセクハラです」

斉藤さんはその会話を聞いて爆笑している。晶をもう晶さんと呼んでいる…羨ましいとか思ってしまった。気付くと俺はじっと彼を見つめていた。

「誠は?今恋人は?」

ふと我に返る。

「今はいない。でも気になる人はいるよ」

「マジで?協力するから教えろよ」

「いいよ。晶の協力なくても大丈夫。というか余計にややこしくしそうだから言わない」

「なんだよー、寂しいこと言うなよー」

と晶は拗ねていた。すると彼が

「僕、ちょっとお手洗い行ってきます」

と言ったから、これはチャンスだと思い、

「あ、俺も」

と言って付いて行った。2人で廊下を歩いていると、

「透の好きな人、斉藤さんだろ?」

と聞いた。どさくさに紛れて、俺も透って呼んでみた。少しびっくりしているみたいだ。

「安住先輩、知ってたんですね」

「同じ高校だったし、その頃から今もだけど、みんなで話してても、斉藤さんしか見てないもんな」

「幼馴染なんです。小さい頃から好きで、どうしても近くにいると目で追ってしまうんです」

「へー。斉藤さんの好きな人は本当に透じゃないのかな?」

「違うと思いますよ」

「そういえばコーヒー、斉藤さんのやつにだけ、なんかシロップみたいなの入れてたよな?俺が飲んじゃったけど、あれ何?」

「!?」

透は驚いていた。

「見られちゃってたんですね。あれは1滴口にすると、飲ませた人のことが気になってくる媚薬のおまじないです」

そうか。これは使えるかも。

「へー。そんな媚薬があるんだな。だから透といるとドキドキするのか」

「!?」

透はびっくりしている。

「なんか今、俺おかしなこと言ったよな?」

「言いましたね」

「すげー恥ずかしい。その媚薬のせいかな」

思わず口から出た言葉に自分でも驚いた。媚薬のせいか?それとも俺の気持ちが単に前に出すぎただけか?2人の間に微妙な空気が流れた。

部屋に戻ると柏木先輩が到着していた。

「おはよ。みんな土曜日なのにデートする相手もいないのかー?寂しいやつらだなー」

「先輩もでしょ」

と晶がニヤニヤしながら突っ込んだ。

「うるせぃ。で何の話してた?」

「恋バナです!」

と斉藤さんが言った。

「なるほど。恋バナか…確かにある意味ミステリーだよな。英語のmysteryは、ギリシア語の"ミューステリオン"を語源としていて、神の隠された秘密、人智では計り知れないことを指しているらしい。漢字表現に置き換える場合は"神秘"や、あるいは"不思議"てことになる。恋なんてまさに神秘というか、人智では計り知れないことだよな。よし!1ヶ月後の金曜日の夜からこのメンバーで、2泊3日で恋のミステリー合宿やろう!真心ちゃんは女子1人が不安なら友達連れてきてもいいからね」

「じゃあ1人声かけてみます」

と斉藤さんは言っていた。

1週間後、柏木先輩からメールがきた。

"千葉にある親戚のペンションを安くて借りたから、そこで合宿やります!時間は講義が終わり次第ミス研の部屋に集合!"

これは透と新しい関係になるチャンスかな。


合宿当日、ちょうどカギを開けるところに透が現れた。

「お疲れ様です」

「おー。お疲れ様」

「他のみんなは?」

「まだ来てないみたいよ」

「そうですか」

部屋に入ると透はポットに水を汲みお湯を沸かした。

「コーヒー飲みます?」

「うん。ありがとう。そういえば、斉藤さんにおまじないの再チャレンジした?」

「してないですよ」

「どうして?俺が飲んじゃったせい?」

「違いますよ。あの液を作る時間がなかなかなくて。それだけです」

「そっか。ほんとごめん。でもあれ効果あるのかな?」

「いやー、たぶん子供騙しのおまじないですよ」

「でも俺、あの日、透の夢見たよ」

それは本当だった。

「そうなんですか?」

「うん。その後も何回か透の夢見た」

これも本当。

「マジですか」

「あれっていつ効果が切れるんだ?」

「それについては僕にもわかりません」

「そうか…」

本人も媚薬の効果の期限は知らないんだな。しばらく効果が続いているふりをしてみようか。

「ちなみにどんな夢ですか?」

正直に話したら引くだろうか?それとも媚薬のせいだと思ってくれるかな。

「あの日の夢は公園でピクニックして、そのあと俺が告白してた。その次は遊園地行って帰りにキスして、その次はデートの帰りに俺の部屋で…」

「うわぁー!も、もう大丈夫です。結構たくさん僕の夢見たんですね。なんかすみません…そんなにあの媚薬に効果があるなんて知らなくて…巻き込んでごめんなさい」

「いや、面白い夢だったし、嫌じゃなかったよ」

引いてないか。媚薬のせいだと思ってくれている。素直だな。

その時、斉藤さんが入ってきた。隣には可愛い女の子を連れている。

「あ、先輩、お疲れ様です。今日一緒に行くことになった友達の立花メイちゃんです。メイ、こちら2年の安住誠先輩と私の幼馴染の町田透くん」

「立花メイです。メイでいいです。今日はお誘いいただいてありがとうございます」

とメイちゃんが挨拶をした時、後ろから晶と柏木先輩が入ってきた。

2人に改めて挨拶をすると、柏木先輩が

「あら、また可愛いお友達を連れてきてー。どう言ったお友達?」

と聞いた。

「私が高校生の頃からアルバイトしてるカフェの常連さんです。よく話してたりしてたんですけど、同じ大学って入ってから知って、あー!ってなりました。そっから遊びに行ったりしてます。ね?」

と斉藤さんが言った。

「うん。今日は楽しみにしてました!よろしくお願いします」

とメイちゃんは明るく挨拶をした。

「今日はよろしく!」

晶が言うと、

「じゃあ行こうか!」

と柏木先輩が歩き出した。

車で2時間くらいか。

車2台に分かれて出発した。

「なんか、メンツおかしくないですか?」

と透が聞いてきた。

「確かに。でも柏木先輩、途中で飲みたくなるだろうから、運転役いると思って。でも女の子に運転させるのもちょっとなと思って向こうに晶を乗せた。向こうの方が車大きいから、女の子2人も向こうに。俺と2人は嫌?」

「嫌じゃないですよ。なんでこの割り振りになったのかなって思っただけです」

「良かった。嫌がられてたらショックだなと思って。まだおまじないが効いてんのかな」

「いや、ほんと申し訳ないっす」

「いいよ。これはこれで面白いよ」

一緒にいられるなら今はそれでいい。

「見て。夕焼け。そろそろ陽が沈んでく」

空のグラデーションがすごく綺麗だった。透はスマホで、写真を撮っていた。


ペンションに着くと、柏木先輩があみだくじを作っていた。

部屋割りを決めるらしい。

「よし!場所を選んで、1人3本ずつ線を足してくれ。同じマークが出た人が同じ部屋な!」

みんなそれぞれ縦の線を選び、横に線を足していく。

こういう時、俺が少女漫画の主人公なら、透と同じ部屋になれるんだけどな。

結果は…

「おう!よろしくな!」

柏木先輩か。残念だった。


斉藤さんたちもきて、みんなでご飯を作った。

楽だし味も間違いはないって事で、1日目はベタにカレーにした。

夕飯の後、みんなで話をしていた。メイちゃんは趣味で漫画を描いてるらしく。絵が上手だった。みんなの話を聞きながら、スケッチブックに絵を描いていた。

「そうだ。恋という最大のミステリーについて語り合わなければ」

と柏木先輩が言った。

「でももう遅いですよ?0時回ってますから。明日の楽しみにとっておきましょう?」

と晶が言う。

「それもそうだな。じゃあ今日はこれでお開きに」

と柏木先輩が言い、

「おやすみなさい」

と言いながらみんなが部屋に帰った。


眠れないな。本でも読もう。リビングで飲み物を用意していると、晶が玄関を出て行った。

多分斉藤さんに会いに行くのかな。あの時は冗談ぽく立候補しようとか言ってたけど、あいつはたぶん斉藤さんが好きなんだろうな。そして斉藤さんも…

「あれ?まだ起きていたんですか?」

と透の声がした。

「…ああ。ちょっと寝付けなくて。透も眠れない?」

「はい。なんか目が覚めてしまって。ところで晶さん知りません?隣で寝てたはずなのにいなくなってて」

「柏木先輩とでも飲み直してるんじゃないか?」

「えー。じゃあ僕も混ぜてもらおうかな。眠れなさそうだし」

「いや、外に行ったみたいだから、ここで待ってたら?」

「じゃあ僕も散歩してきます」

と言って透は外に出た。

まずい。多分外には2人がいる。なんとか止めないと。

「ちょ!待って…」

どうしよう。行ってしまった。追いかけなきゃ。追いかけて何て言う?でもとりあえず透を探さないと。

しばらく探していると人の声がした。

こっそり近づくと斉藤さんと晶の声だった。

それを見つめる透もいる。間に合わなかった…

「…もし良かったら俺と付き合ってくれる?」

「はい。よろしくお願いします」

少し透の肩が震えてるな。泣いてるのか?まあ無理もないか。振り返った透は俺の顔を見て小さく

「先輩…」

と呟いた。

俺は口の前で人差し指を立てると、透の手を引いてペンションに戻った。ペンションに戻ったあと、ソファに透を座らせて、お茶を出した。隣に座って俺は話し始めた。

「俺がキッチンに飲み物を取りに行って戻ってくると、玄関を出て行く晶が見えた。斉藤さんの隣にはいつも透がいたから、2人は付き合っていると思ってた。でも透達がミス研に入って、しばらく見ているうちになんとなくわかってきた。今日、出て行く晶を見て、斉藤さんに会う約束してるってわかったから、透を引き止めたかったのに無理だった。ごめん」

「気を遣わせてすみません。元々、望みなんてないのはわかってましたから。僕の初恋が終わったってだけです」

と言いながら透は静かに涙をこぼした。俺は透の肩を抱いて言った。

「透はいいやつだよ。自分のことサボテンで、俺らのことはバラとかユリとか言ってたけど、サボテンも可愛いし癒されるよ。きっとお前のこと好きになって、大切にしてくれる人が現れるから。もし現れなければ、俺が責任取ってサボテンの面倒見るから…」

俺はより強く透を抱きしめた。

「あの媚薬、まだ効果が続いてるんですね。真心が飲んでたら、今頃あそこにいたのは僕だったんですかね」

そう呟いた透の言葉に我に返った。俺はなんて酷いことしたんだろう。媚薬のせいにして、一緒にいられたらそれでいいなんて。透は精一杯の思いを込めてあの媚薬を作ったのに。

「…ごめん。本当にごめん」

どうしよう。どうしたらいい。

すごく苦しい夜が明けた。


俺は朝ご飯を作っていた。透はソファでうとうとしている。そのとき扉が開いて晶が帰ってきた。

「おはよう!」

「おはようございます」

「どこ行ってた?」

俺は聞いた。

「いやー、真心ちゃんと話してたら、すっかり朝になっちゃって。それとー、俺と真心ちゃん付き合うことになった」

「へー。良かったな」

と俺は言った。

「透、聞いてる?」

と晶が透の顔を覗き込んだ。

「聞いてますよ。良かったですね。僕の友達泣かしたら晶さんのこと殴りに行きますからね。…ちゃんと大切にしてやってください」

「うん。透ともちゃんと遊んでやるからな?拗ねるなよー」

「拗ねてないですよ。あっ!朝ご飯出来そうなんで、柏木先輩起こしてきます」

と言って透は階段を登って行った。


朝ご飯の後は自由時間だった。柏木先輩は課題を部屋でやると言っていた。なんだかんだ真面目な人だ。

斉藤さんと晶は川に遊びに行くと言っていた。メイちゃんは漫画描くって。

一応、夜はみんなで集まろうということになった。俺は透に聞いた。

「透は何するの?」

「何も浮かばないんで、とりあえずここに座って動画でも見てます」

「じゃあ、俺もここで本読んでいい?嫌なら言って。散歩でも行くから」

「大丈夫です。そんときは僕が部屋に戻りますから」

と透は言った。落ち込んでるよな。でも言わなきゃ。本当のこと。でも今言ったら余計に傷つくよな。

動画を見ていた透はいつの間にかソファで寝ていた。


夕方、夕飯の準備しようとすると

「僕も手伝います」

と透が言うから、2人でキッチンに行った。結構たくさん買い出ししたから材料はまだまだ残っていた。

「何作ろう」

と材料の残りを探りながら先輩が言った。

「透は嫌いなものある?」

と聞くと、

「特にはないです。でもセロリは好きじゃないです」

と言った。

「確かにあんまり買ってまで食べようって気持ちにはならないな。スープに入れると美味しいけどな」

好きじゃないって言ってる食べ物の話を広げてどうする…俺

「じゃあ好きな食べ物は?」

「僕、オムライス好きです」

「可愛いな」

と俺は笑った。思わず声に出た。俺もオムライス好きだ。

「じゃあオムライスとコンソメスープとサラダでいいか?」

「はい。じゃあ僕、スープ作ります」

「うん、よろしく」

料理をしながら、透と色々話した。

高校生の時のこと、昔の思い出、ミステリーを好きになったきっかけ、家族の事、他にもたくさん話した。少しでもあの2人のことを考えなくて済むように。

「出来たな」

「うん」

透が急にタメ口だった。少し嬉しい。

「ごめんなさい!無意識に今タメ口でした。はいって言おうとしたのに…」

「…いや。ちょっと嬉しくて固まっただけ。あり。全然あり」

思わずニヤけてしまう。

「いや、なしですよ。ごめんなさい。悔い改めます」

「そんな大袈裟な。でも本当嬉しかった。こんなこと思うの変かもだけど、透は晶のこと晶さんて呼ぶだろ?でも俺のことはずっと安住先輩って。なんか俺だけ距離があって、なんで?」

「いや、それはあの時、晶さんが僕を透って呼んだ時、代わりに俺のことは晶でいいからって言ったから。先輩なんで呼び捨てはあれかなって思ったからさん付けで」

「俺も透って呼んでるから、代わりに誠って呼んでくれたらいいのに」

「まだ媚薬が効いてます?まあ理由はそれだけじゃなかったんですけどね」

「何?」

「俺、夜中のあの2人の会話聞くまで、真心の好きな人は安住先輩だと思ってました。だからちょっとライバル意識というか、素直に仲良くなるのは癪だったんです」

「なるほど。でももうライバルじゃないってわかったから、誠って呼んでくれたらいいのに」

顔を近付けて俺は言った。

「わ、わかりました。誠さん、顔近いです」

マジで可愛すぎる。それにちょっと距離が縮まった気がして嬉しかった。

「うん。満足した!みんなを呼びに行くか!」

料理をテーブルに運ぶとソファのところにメイちゃんがいた。

「ごめんなさい。もういい時間だったんで、夕飯の準備のお手伝いをしようと思って来たんですけど、とても私がお邪魔できる雰囲気ではなかったので、ここで待ってました。運ぶの手伝います!」

全然気付かなかった。声かけてくれたら良かったのに。というかどっから話聞いてたんだろうか。

「!?」

透がどうしよう!って顔で俺の顔を見た。

「あの…メイちゃん。ちなみにどのあたりから聞いてたの?」

と俺は聞いた。メイちゃんは答える。

「えっと。僕、オムライス好きです。からです!」

ほぼ全部…

「えっと、多分話の内容から、僕の気持ちわかっちゃったと思うんだけど、真心には秘密にしててほしいんだ」

と透が言うと、

「あっ!全然大丈夫。誰にも言わないよ!私的にはこっちの展開の方がありなんで。でもその代わり、少しだけ漫画のネタにしてもいい?」

「どうぞ…?」

透と顔を見合わせた。

食事をテーブルに置くと、俺は晶にメールした。透は柏木先輩を呼びに部屋に行った。

「わかる!オムライスはデミグラスやホワイトよりケチャップだよな!」

と言って、柏木先輩は透の肩を組んで部屋から出てきた。

「もちろんです!ケチャップ一択です」

「って、それって俺達ただのケチャップ好きでは?」

「そうかもですね」

「よし!今日はケチャップについても語り合おう」

みんな揃って椅子にかけて夕飯を食べた。

柏木先輩は食べてる間もずっとケチャップについて話していた。お酒も飲んでいたから愛が止まらなくなっていた。ほんとにケチャップ好きなんだな。

「じゃあそろそろ恋のミステリー合宿も大詰めだな。て、もうカップル出来ちゃってるし」

と柏木先輩が晶さんと真心を見ながら言った。

「まあまあ。人智では計り知れないことがミステリーの語源になってるって言ってましたよね?」

と晶が言った。

「そうだな。誰がいつどんな理由で相手を好きになるか、異性か同性か。同じ人種か違う人種か。年齢だって離れた歳の人を好きになることもある。それは誰にも分からないだろ?」

そうだな。俺もまさか男を好きになるとは思わなかった。

「ミステリー小説で人が人を殺す理由も、愛とかお金とかが多いですよね?」

と斉藤さんが言った。

「愛も金と同じくらい人を狂わすんだよ。怖いねー。好きすぎて、誰にも邪魔されたくなくて殺したくなるとか、自分を犠牲にしてでも相手に尽くすとか、好きな人のこととなると周りが見えなくなるとか。そこまで人を好きになったことがない俺にはまだわからんねー」

と、柏木先輩はビールを飲みながら言った。

俺にはちょっとだけわかる気がする。自分のことを見て欲しくて、媚薬なんか入ったコーヒーをわざと飲んだんだから。透と一緒にいたいから、嫌われたくないから、今も本当のことが言えずにいる。人を好きになると、こんなに狡くなるって初めて知った。

みんなでそれから盛り上がって、また0時を過ぎた頃、

「もうこんな時間か…そろそろお開きにするか。部屋はどうする?昨日と同じでいい?」

「先輩。今日は俺が透と同じ部屋でもいいですか?」

と俺は言った。

「おう!じゃあそうしよう」

柏木先輩と晶が部屋に入って行った。

「どうして僕と同じ部屋に?」

「もっと色々話したかったから。あっ!でも眠かったら寝てていいよ。邪魔だったら俺このソファで本読んだりするから」

「昼間だいぶ寝たんで、僕元気ですよ。話しましょ?でもその前にシャワー浴びてきていいですか?」

「わかった」

透がバスルームに向かった後、メイちゃんに話しかけられた。

「参考までに聞かせて欲しいんですけど、2人が話してた媚薬って何ですか?」

「あーそれは…透がミステリー小説を真似して作った媚薬を、俺がたまたま口にしちゃって、そっから俺が透を気になってしまったっていう話。媚薬の効果がいつまで続くのかわからなくて」

「へー。それってまだ効き目続いてるんですか?」

「…たぶんまだ続いてるんじゃないかな」

そう言うとメイちゃんは俺の耳元に顔を近付けて、

「安住先輩、好きなものは好きって言える時に言っとかないと後悔しますよ?」

と小声で言った。

「え?」

「じゃあ、おやすみなさい」

と言ってメイちゃんは自分達の建物に戻って行った。

メイちゃん、鋭い。

「あのー?」

「おぉ!?どうした?」

「タオルなくて取りにきたんです」

「あぁそうか」

「媚薬のこと、フォローしてくれてありがとうございました」

「うん、大丈夫」

透がシャワーを出ると入れ違いに俺もバスルームに向かった。

シャワーの後、部屋に戻ると透に聞いた。

「そういえば透はいつから斉藤さんのこと好きなの?」

「うーん。わからないんです。さっきも話してるとき考えてたんですけど、明確にこの日の何がきっかけでっていうのが思い当たらなくて。でも気づいたら、一緒にいるのが当たり前になってて、好きなんじゃないかなーって。先輩は?先輩も気になる人いるって言ってましたよね?いつからですか?」

「高校生の時からかな」

「告白は?」

「してない。俺の方こそ何とも思われてないのはわかってたから」

だってずっと透は斉藤さんだけを見てたから。

「先輩でもそんなん思うんですか?」

「そんなんて?」

「顔も良くて頭もいいのに、好きな人に振り向いてもらえないって思うんですか?」

「そんなの関係ないよ。気になる人にどう思われてるかは誰だって気にするだろ?自分の気持ちに気付いて欲しい気もするけど、それで距離を置かれても嫌だし。俺と話してても、きっと今も他の人のこと考えてるんだろうなとか考えたらね」

「それは気になってるじゃなくて、たぶん大好きですよね」

「え?」

「相手の人、先輩に好かれてるって知ったら喜ぶと思うんだけどなぁ…」

「じゃあ聞くけど、俺に好きだって言われたら、透はどう思う?」

「だって僕の場合は媚薬のせいってわかってるじゃないですか」

「例えば、媚薬の効き目が切れて、それでも俺が好きだって告白してきたら?」

「いやぁ…僕は男だし、はいそうですかとはならないですけど、相手が女友達とかなら、それまで何とも思ってなくても、告白されたことでちょっとは意識したりするんじゃないですか?」

「…でもやっぱり何とも思ってないやつに告白されても、ただ迷惑なだけだと思うし、今の関係を壊してまで先に進みたいって思ってないから」

透は少し考えたあとこう言った。

「間違ってたらごめんなさい。先輩の好きな人って晶さんですか?」

「え?」

何だ急に。晶は従兄弟だぞ?

「何とも思われてないとか、今の関係壊したくないとか、告白できない理由が、相手が晶さんなら色々納得できるなーって思って」

「…相当鈍いな」

「え?なんて言いました?」

「何もないよ。というか晶じゃないよ。流石に従兄弟をそういう目では見れないな」

「そうですか」

「失恋の傷癒すのは新しい恋だって、柏木先輩が前に言ってた。新しい恋しろよ?」

「そうですね。新しい恋が見つかるように星に願いをかけてみますよ!」

と透は窓から外を見た。

俺は横に立って

「綺麗だな」

と言った。その瞬間流れ星がかけていった。

「先輩!流れ星ですよ!僕流れ星初めて見ました!」

「本当だな。なんかお願いしたか?」

「忘れてた!新しい恋!ってお願いしようと思ってたのに…でもあんな一瞬で3回も願い唱えるの物理的に無理じゃないですか?」

「あはは!そうだな。でも流れ星に3回願いを唱えたら叶うっていうのは、3回唱えたから叶うわけじゃないらしいよ。流れ星が見えた瞬間に、咄嗟に3回も願いを唱えられるほど、普段から強く思ってるからだって。星が叶えるんじゃなくて、人の強い思いが叶えるって」

「なるほど…先輩は今お願いできました?」

「俺も無理だった」

「もう一回見れたら何願います?恋愛成就?」

「難しいな。それは多分無理だから。他の事を願うかな。透は?また見られたら何て願う?新しい恋がしたいです!って?」

「うーん…それはやめときます。…じゃあ!次流れ星見れたら、僕が代わりに先輩の願いが叶いますようにってお願いしますよ」

素直に嬉しかった。

でも俺はお前にそんなこと願ってもらえるほどいい人間ではないのに。

「透…俺の願いは…」

と言いかけて、

「やっぱりいい。そろそろ寝よう」

と言った。ダメだ。言えなかった。怖かった。


翌日朝にはペンションを出て東京に戻った。

行く時と同じで同乗者は透だったから、家まで送り届けた。余った食材も持たせた。

すると窓からお母さんが外を覗いていた。

車の音で透の帰宅に気付いたみたいだった。

俺が頭を下げると向こうも笑顔で会釈をしてくれた。


数日後、ミス研の集まりに行く前に、メイちゃんと会う約束をした。

人に聞かれたくなかったから、あまり人気のないところで待ち合わせた。

「メイちゃん。昨日の話なんだけど…」

「先輩。私趣味で漫画描いてるんです」

「うん。知ってる」

「実は、BL漫画なんですよねー」

「そうなの?」

それでこっちの展開の方がいいって言ったのか。

「私の物語は、ずっと同じ人が主人公なんです。漫画でも現実でもですけど。好きだけど、もうタイミングを逃しちゃって。お互い今以上の関係には進めないかなって考えてます。もっと早く気持ちを伝えられてたら良かったかなって思ったんですけど、やっぱり怖いですよね。拒否されるかもしれない。上手くいっても、長くは続かないかも。元には戻れないって思ったら言えませんでした。失うよりは現状維持がベストかなって。でもちゃんと伝えれば違う結末が、もっと幸せな結末が待っていたかもしれないって思ったこともありました」

「それで俺に好きなものは好きって言える時に言っとかないと後悔するって言ったの?」

「そうです。先輩の媚薬の効果はもうとっくに切れてるんじゃないですか?でも透君は真心が好きだったから、自分には可能性がないって思ってますよね。だから少しでも透君のそばにいたくて、媚薬がまだ効いてるふりをしてるんでしょう?」

図星だった。さすが鋭いな。誰かとは大違いだ。

「そうなんだ。詳しくは言えないけど、俺、媚薬入りのコーヒーってわかってて飲んだ。それを利用して少しでもあいつの視界に入れたら、そばにいられたらって思った。でも一緒にいるうちにどんどん好きになって、その分罪悪感も増していった。だから週末に食事にでも誘って、本当のこと全部話そうと思う。それが最後になっても。メイちゃん、ありがとう。君のおかげでやっと決心出来た」

「先輩頑張ってください。これ使ってください。ちょうど今週までのチケットなんで。私は、最良の結果を期待してます!そして上手くいったら漫画のネタにさせてもらいますね!」

そう言って彼女は笑って去って行った。


部室に行くと何人か人がいた。今日は多いな。

みんなそれぞれ思い思いの過ごし方を楽しんでいた。本を読んだり、何人かで映画を観たり。

透は斉藤さんオススメの推理小説を読んでいた。まだ好きなのかな。そりゃあんなに長く想いを寄せていた人なら仕方ないか。

1時間くらいして、透が帰ろうとしたから、声をかけた。

「透、もう帰る?」

「はい。本屋寄りたくて」

「俺も本屋行きたいから、一緒に行っていい?」

「いいですよ」

2人で歩いて本屋に行った。大学から少し行ったところにいつも行く本屋がある。

その向かいにあの古本屋があった。

透が手前の信号を渡ろうとした。

「本屋そっちじゃないよな?」

「こっちにはこっちで面白い本屋があるんですよ」

「そうなんだ」

2人で例の本屋に入った。

「いらっしゃい。あ、1号君じゃないか!お疲れ様」

「こんにちは」

俺は店長にぺこっと会釈をして、奥の棚の方へ歩いて行った。

透が店長と話している間、店内を見てまわっていた。

気になる本があった。

「これ、ください」

レジに俺が行くと、透が言った。

「僕、先に外に出てますね」

「うん」

透が外に出たのを確認した後、店長が

「君、1号君の持ってた本は何の本かって、聞きに来た子だよね?」

と言った。

「はい。バレてましたよね。気まずくて、すぐに奥に逃げたんですけど…でも僕が来たこと覚えてたのに、透に言わないでくれたんですね。ありがとうございます」

「この本屋はね。昔は親父が違う場所でやっててね。もう歳だから僕が継いだんだ。前に彼にも話したんだけど、親父がやってた頃から、うちの本屋はその時その人に必要な本が見つかる不思議な本屋なんだよ」

「へー。良いですね」

「信じてないかな?彼は、好きな幼馴染の子に近付くためにあの本を見つけたと思ってるかもしれないけどね。僕は本当は違うと思うんだ」

店長はもう全部知ってるんだな。そして俺の気持ちにも気付いてる…

「…店長さん。僕はどうしたらいいんですかね。今すごく苦しいんです。全部自分が悪いんですけど。」

「そうだね。苦しいね。昔さ、愛は真心、恋は下心って誰かが言っててね。愛って漢字は真ん中に心で、恋は下に心だからなんだって。面白いよねー。好きな人にも自分を好きになって欲しいとか、独り占めしたいとか。恋をすると下心が出てきちゃうんだよ。だからね。僕は、今度は先輩君の真心が彼に届くといいなと思ってるよ」

「真心ですか。ありがとうございます」

「ありがとねー!また来てねー」

店を出た俺達の背後から、店長さんの声がした。

しばらく歩いたあと俺は

「今の店、よく行くの?」

と聞いた。

「たまにです。1ヶ月ちょっと前に初めて行って、見たことない本いっぱいあるし、店長さんいい人で大人だし、色々話聞いてもらったりしに時々行きます」

「そっか」

「あの媚薬の作り方が載ってる本、ここでもらったんです」

「へー。どうりで。変わった本とか古い本もいっぱいあったもんな」

「先輩、どんな本買ったんですか?」

「心理学の本だよ。そうだ。週末時間ある?」

「どうしてですか?」

「メイちゃんに遊園地の招待券貰ったんだ。今週末までの期限らしくて。行けないからって。一緒にどう?」

「えー!いいですね。遊園地なんて久しぶりですよ!…でもせっかくなら好きな人誘えばいいんじゃないですか?」

「いやぁ…まあ。えっと、練習?そう!デートの練習させてよ!俺も久しぶり過ぎてデートの仕方なんて忘れちゃったから」

また嘘をついてしまった。でも普通に誘っても来てくれないだろうしな。

「しょうがないなー!じゃあ土曜日家に迎えに来てください!それともー。駅待ち合わせで、待った?いや、今来たとこだよ!的なのやります?」

「…どっちもいいな」

「ふふ。とりあえず今回は駅集合にしましょう!」

今回はって。2回目もあったらいいな。無理な願いだ。


昨日、緊張で眠れなかった。家に居ても仕方ないから早めに出た。着いたのは1時間前だった。さすがに早すぎるよな。

駅のカフェで時間をつぶしていると、透からメールが来た。

“すみません!!ちょとだけ遅れます!”

待ち合わせの時間を5分くらい過ぎた頃、透が走ってきた。

「すみません!待ちましたよね?」

全力ダッシュに俺は笑いながら、

「うん。すごい待った」

と言った。早く来すぎた俺が悪いんだけど。でも焦ってる透が可愛いかった。

「本当にごめんなさい」

「いやいや、俺が早く着き過ぎただけ。時間はギリ大丈夫だよ。本当は今来たところだよって言うとこだったよな」

「僕が後輩なんで、僕が先に来てなきゃだったのに」

「でも誘ったの俺だから気にするな。行こう。電車来るよ」

これが最初で最後になるかもしれない。本当のこと伝えたら、ただの先輩と後輩にすら戻れないかもな。それでも俺は今日が来るのが待ち遠しかった。


招待券をブースで引き換えて中に入った。

「まず何乗ります?」

「どういうのがデートっぽい?」

「うーん。メリーゴーランドとか?コーヒーカップとか?」

「じゃあそれ乗る?」

「行きましょう!」

透は子供みたいにメリーゴーランドに乗っていた。スマホを構えると、ピースをしながら笑顔を向けた。

明日からあの笑顔は見られないんだろうな。だからせめて写真の中にだけでも、透の笑顔を閉じ込めておきたかった。

「ちょっと早めだけど、混む前にお昼にしようか?」

「そうですね。色々中にレストランあるらしいんで。どこ行きます?」

「何食べたい?」

「ピザのお店ありましたよね?そこはどうですか?」

「いいよ」

お店に入ってメニューを選ぶ。

「僕、これのセットにします」

「飲み物は?」

「コーラかな」

「じゃあ買ってくるから、席取っといて」

レジを済ませ戻ると

「ありがとうございます。あ!お金これ…」

と言われた。

「デートなんだから俺が払うよ」

「え!そんなん悪いです」

「今日はデートの練習だろ?だから俺が」

「えー。じゃあ安い方にしとけば良かった…」

「そんなに変わらないし、透が食べたいもの食べて、楽しんでくれたらそれでいいよ」

前もこんなことあったな。晶がジュース奢ってやるって言って、透と自販機で飲み物選んでたとき、晶はコーヒーはブラックしか飲まないからそれを買ったら、あの自販機はブラックコーヒーだけ100円になってて他は120円だった。透は同じブラックコーヒーを買ってもらってた。

最初は飲みたかったからだと思ったけど、後で斉藤さんが透に、ブラック飲めないくせにカッコつけちゃってって言ってたの聞いて笑ったな。本当は晶の飲み物より高いものを買ってもらうことに遠慮したんだろ。ちょっと気を遣いすぎるかなとも思ったけどな。

「次どうする?」

「じゃあジェットコースター乗りましょうよ!」

「今、ご飯食べたとこだぞ?」

「僕、全然平気です。消化早いんで」

「俺は今乗ったら吐きそうだからもう少し後でいい?」

「わかりました。じゃあ先にお土産見ますか?」

「そうだな」

俺達はお土産屋さんに入った。

「先輩!これ見てください!可愛くないですか!?」

遊園地のマスコットキャラクターのウサギのピンバッジを見せられた。

「可愛いか?なんか腹立つ顔してない?」

「気のせいですよ。お揃いにしましょう」

俺は青、透は赤でお揃いにした。これは僕が支払うと透が言うから従った。買ったピンバッジを鞄に付けた。

「次こそジェットコースターですね!」

「え?あぁ…」

「もしかして先輩怖いんですか?」

「違うよ。よし!行こう!」

待ち列に並んでいると、後ろにいた女子高生が小声で話していた。

「前の2人、カップルかな?」

「でもさっき並ぶ時、先輩って呼んでたよ?」

「先輩と後輩のカップルかもよ?だってお揃いのピンバッジ付いてるし」

「えー!それならエモいー」

俺もそう願いたい。

「透!次。順番来た」

「はい!誠さん!」

俺は急に名前を呼ばれて動揺した。後ろの女子高生が小声できゃーっと喜んでいる。俺も心では一緒にきゃーっと喜んでいた。降りてくると、気持ちを落ち着かせたくて休憩しようと言った。

「はい。アイス。チョコとバニラどっち?」

「チョコで!」

「ん」

とアイスを渡した。

「ジェットコースター苦手でした?」

「いや、そんなことないよ。久しぶりだったのとあれとでびっくりして心臓おかしくなっただけ」

「あれって?」

「急に誠さんって呼ぶから。びっくりした。後ろの女子高生からかっただろ?」

「そうですよ。カップルかもよーとか話してたから、それっぽい感じ出すとどんな反応するか見たくて…あと先輩の反応も」

「ばか。俺を殺す気か?」

「一応デートって言う程なんで」

「でも…」

「はい!写真撮りますよ!」

スマホで写真を撮ろうとした。上手くいかないと悩んでいると、さっきの女子高生が声をかけてくれた。

「良かったら撮りますよ?」

「ありがとう」

そう言うと、俺は透を引き寄せて、首の後ろから手を回しピースを作った。

「はい!チーズ!」

幸せだった。ただ幸せだった。

俺達も彼女達のスマホで写真を撮ってあげた。

二人はキャッキャ言いながら去って行った。

「先輩こそ、からかったでしょ?」

「俺のは単純に透への仕返し」

いつ話そう。時間が経てば経つほど決意が揺らぐ。

「次はさ、4Dのアトラクション乗ろうか?」

「いいですね!」

残り色々アトラクションまわって、最後もう一回お土産を見に行くことにした。

「大学の先輩と遊園地行くって言ったら、家族にお土産よろしくって言われたんです。先に買うと邪魔になるから帰る前にしようと思って」

「いいよ。何買うの?」

「やっぱ食べ物系ですかねー」

「そっか。…これは?あのウサギの絵が描いてあるクッキー」

「それもありですね!でもこのどら焼きもいいと思いません?」

「いいじゃん」

「あ。チョコもおかきもある!迷うなー」

「全部買えば?」

「それは多くないですか?甘い系としょっぱい系の2つっていうのありですよね?」

「いいと思う。どら焼きとおかきか?」

「それで行きます!」

「俺も買いたいから、レジ並んでくる。混んでるからここで待ってて」

チョコレート、渡したら食べてくれるかな。

「はい。これ、どら焼きとおかきな」

「これ代金です」

「いいよ。デートの練習代ってことで」

「そんな、悪いですよ。お昼ご飯まで奢ってもらったのに」

「いいんだよ。あと、これ」

チョコレートが入った袋を渡した。

喜んでくれたみたいだ。

「それは好きな人に渡すんですか?」

「これ?これはうち用」

「先輩も家族にお土産ですか?」

「俺一人暮らしだよ。帰って俺が食べる用ってこと」

チョコとクッキーを買った。

クッキーはメイちゃんに。

「先輩、甘いの好きなんですか?」

「うん。好きだよ。クッキーはメイちゃんに渡すやつだけど」

その時、閉館のアナウンスが流れ始めて、俺達は慌てて外に出た。


「まだ時間ある?」

話そう。本当の事。全部。

「大丈夫です。明日休みだし」

「良かった。行きたいとこあって。話したいこともあるし。お腹空いてる?」

「まあぼちぼちですかね」

しばらく歩くと、たこ焼き屋さんがある。

「何個入りする?味は?飲み物は?」

「えーっと…6個入りで。ソースマヨで。飲み物は烏龍茶で」

「じゃあ10個入り2パックで1個はソースマヨで、1個は塩マヨで。あと飲み物は、アイスコーヒーと烏龍茶で」

と俺は注文した。

「遠慮して6個って言ったろ?」

と言うと、

「…はい。この流れだとまたお金受け取ってもらえないパターンだと思ったんで」

と透は言った。

「やっぱり。俺も食べたいから2つの味シェアしよ?10個でもいけるだろ?」

「はい」

たこ焼きを買ってしばらく川沿いを歩いた。

ここ。デートスポットだって雑誌に載ってた。遊園地から近いし、イルミネーションがあんまり見えないところは人がほとんどいないらしい。ここでならちゃんと話できるだろう。俺達はたこ焼きを食べながら話をした。すると透が言った。

「ここって。デートスポットですよね?」

「イルミネーションが綺麗に見えるところは人が多いんだけど、こっちの方はほとんど人居ないから、ゆっくりできるよ」

そう言ってまたたこ焼きを食べた。

「塩マヨ食べる?今日、どうだった?」

お互いに持ってた、たこ焼きのパックを交換しながら俺は聞いた。

「楽しかったですよ!僕まともにデートなんてしたことなかったんで、ちょっとテンション上がりました!」

透はそのたこ焼きを頬張りながら答えた。

「そっか。俺も久しぶり過ぎて浮かれてたかもな」

「じゃあお互い様ですね。本番はメイちゃんをイルミネーションがちゃんと見えるところに誘ってくださいよ?」

「え?」

「僕思ってたんです。もしかして僕たちが知らないだけで、メイちゃんとは昔から知り合いだったのかなって。ペンションでもちょこちょこ話してたし、大学でも人気のないところで会ってたじゃないですか?だから高校生の頃から好きだって言うのはメイちゃんのことだったのかなって」

「違うよ。会ったのは合宿の時が初めてだよ。大学で会ってたのは、ちょっと相談したいことがあっただけ。見かけたなら早く言ってくれれば良かったのに」

「だってもしそうなら、お邪魔しちゃ悪いと思って。今日も僕とデートの練習してましたけど、それも全部メイちゃんとの本番のデートのためでしょ?最後はメイちゃんにだけ、お土産も買ってたし。それに先輩、真心のことは、高校生の時から知ってるのに斉藤さんて呼ぶでしょ?でもメイちゃんはメイちゃん呼びだから…」

「お土産は、メイちゃんにチケット譲ってもらったから、そのお礼だよ。それにメイちゃんて呼ぶのは自分でメイって呼んでって言ってたし。斉藤さんを名字で呼ぶのは…名前で呼ぶと透がやきもち焼くと思ったから」

「あー。なるほど…後輩思いなんですねー」

透は俺を見て言った。透。俺が好きなのは、晶でもメイちゃんでもないよ。俺が好きなのは…

「透、ソース…」

と透の唇に付いたソースに気付いた。

「ちゅっ」

「え…」

「あ。ごめん…」

俺何してるんだ…こんなはずじゃなかった。

「まだ媚薬効いてますね」

「…」

しばらく沈黙が続いた。何か言わなきゃ。早く。ただの先輩だと思ってた人に、しかも急に男にキスなんかされて、ショックを受けているかも…それがトラウマになって、もう一生人を好きになれなくなったりしたら…どうしよう。早く何か…

「ごめん。透に話さなきゃいけないことがある。とりあえずこのまま聞いて欲しい。今のキスは媚薬のせいじゃない。というかこれまでのほぼ全部、媚薬とは関係ない。媚薬の効果は一瞬だった。ちょっと胸がドキドキしただけでしばらくして消えたんだ」

「は?」

「俺、ずっと透が好きだった。でも望みはないの知ってたから、少しでもそばにいたくて、媚薬の効果がずっと続いてるふりしてた。騙してて本当にごめん。本当に。でも今までのあれもこれも全部俺の本心…」

透の眼から涙がこぼれた。やっぱり…最悪の結末だった。ショックだったろうな。男にキスされて、しかもそれが媚薬のせいなら、まだ許せたかもしれないのに。それも嘘だったと聞かされ、騙されていたなんて。俺は馬鹿な事したな。本当に取り返しのつかないくらい馬鹿な事を。

「僕、帰ります。今日はありがとうございました。さようなら」

さようなら。この言葉がこんなに重く聞こえたのは初めてだった。もう2度と会うことはないかのようなさようなら。

透は振り返りもせず走っていった。追いかけたい。追いかけて謝りたい。でも傷つけるだけだろうな。今日ずっと笑ってくれていたのに。次会ったら、どんな顔してあいつに話しかければいい?いや、もうサークルにも来ないかもしれない。

「お土産、置いてっちゃったな」

家はわかるから、これだけでも届けに行こうか。


透の家に着くと、透はまだ帰っていないみたいだった。インターホンを鳴らすとお母さんが出て来てくれた。

「僕、透君と同じ大学の安住といいます。今日一緒に出掛けていたんですが、お土産を置いて行ってしまって…」

「あらー。あの子ったらそそっかしくて。ありがとうね。まーとりあえず上がって?せっかく来ていただいたから、お茶でもどうかしら?しばらくしたらあの子も帰ってくると思うのよ」

手を引っ張られて家の中に案内されてしまった。長居は出来ない。透が帰ってくる前に帰らなきゃ。あいつはきっと俺の顔なんて見たくないだろうし。そう考えていると、

「ねえ?安住君てこの間透を送ってくれた子よね?あの子色々迷惑かけたりしてないかしら?今日だって忘れ物届けてもらっちゃったし」

と言ってお茶を出してくれた。

「先日はちゃんとご挨拶出来ず、すみませんでした。彼は真面目でいい子ですよ。同級生にも先輩にも可愛がられています。今日は僕のせいで彼を怒らせてしまって。本当に申し訳ないことを…」

俺の声が震えていたのを感じ取ったお母さんは、何かを察したみたいだった。

「あの子難しそうに見えて、兄弟3人の中で1番わかりやすいの。先輩と遊園地に行くって言って、昨日も大学から帰ってきてずっとうきうきしてたのよ。夜も遠足前の小学生みたいに、なかなか眠れなかったみたい。部屋とリビングをウロウロして。もうおかしくって」

とお母さんは笑った。そんなに楽しみにしていてくれたのに、最後に俺が全部台無しにした。

「確かに素直で優しい息子さんですね」

「安住君。うちの透どう?」

「どう?っていうのは…?」

質問の意図が分からず、聞き返してしまった。

「あの子、幼馴染の子に失恋したとこでね。落ち込んでると思うのよ。新しい恋でもすればすぐに元気になるんじゃないかと思って。安住君みたいな子がそばに居てくれると、私も安心だなーって。安住君は透のこと大事に思ってくれているんじゃないかなって感じたから」

なんか全部見透かされてるな。お母さんこんなに鋭いのに、透はなんであんなに鈍いんだろう…

「こんなこと…お母さんに言うのはおかしいかもしれませんが、僕は透君の事がとても好きでした。でもひどい嘘で傷つけてしまった。彼は許してくれないと思います。本当はもう1度ちゃんと謝りたいんです。でもきっと僕の顔なんて見たくないと思うから。とりあえずお土産を届けに来たことだけお伝えいただけますか?」

「そう…わかったわ」

「ではこれで失礼します。お茶、ごちそうさまでした。あと、お話出来て嬉しかったです」

「私もよ。気を付けて帰ってね」

これからどうしようか。しばらく歩いて大通りまで出た。もう涙が止まらないけど、気にも留めずにタクシーに乗り込んだ。


帰って来てからしばらく考えていた。もうサークル辞めなきゃいけないな。あいつの眼の届かないところに行かなきゃ。接点を全部断ち切ってやらないと、あいつはずっと辛い思いをするだろう。大学も辞めようか…留学か編入か。他の大学に編入するとなると…パソコンを開いてネットで検索したりした。透と会わないようにすることを考えただけで涙は溢れた。とりあえずシャワー浴びよう。

シャワーを止めたとき、インターホンが鳴った気がした。晶かな。身体を軽く拭いて返事をした。

「…はい」

「先輩?透です。遅くにごめんなさい。さっきは話の途中で帰っちゃってそれもごめんなさい…」

どうしたんだ。自分から会いに来るなんて。最後に文句の一つでも言いたくなったかな。

「ごめん。シャワー浴びてたから気づくの遅くなって。開けるよ…」

しばらくして、遅いなと思って扉を開けると、そこには透が立っていた。

「透?入って。そこのソファにでも座って」

「先輩。お土産、家まで持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」

「うん。忘れてったから」

と淹れたお茶をソファの前のテーブルに2つ置いた。

今の俺、相当ひどい顔してるんだろうな。シャワー浴びたくらいじゃどうにもならなかった。すると透が言った。

「話の続き、ちゃんと聞かなきゃと思って。あと、僕の気持ちもはっきり伝えておいた方がいいと思ったから来ました」

僕の気持ちか…はっきりあなたはただの先輩ですって言いに来たのか。

でも最後にちゃんと話したい。謝りたい。

「そっか…わざわざ来てくれてありがとう。俺は透が好きだ。高校生の時から好きだったんだ。おれが高3の時、本屋で初めて斉藤さんと透に会った。それから何度か学校でも話したりしたけど、2人はずっと一緒だったから、付き合ってると思ってた。その時は俺も透を好きだって認識はなかったし」

「僕、高校生の頃、あんまり先輩の存在気にしてなくて。真心にも同じ学校で、ミステリー好きってゆう共通点もあって時々話してたし、透も一緒に居たから知ってるでしょって言われたけど、ほとんど覚えてないんです。すみません」

「だろうね。透は斉藤さんしか見てなかったの知ってる。彼女がアルバイトの時は、透1人だっただろ?ある日街で見かけて話しかけようと思ったら、男に絡まれてる女子高生を助けようとしてた。でも全然歯が立たなくて、突き飛ばされて、その上殴られそうになってたから、俺が止めたんだ。」

「あの時の…その節はどうも」

「うん。追い払って透を見ると、その女子高生のことすごい心配してた。自分の制服がかなり汚れたりしてるのに、お構いなしに泣いてる女子高生にずっと声かけて、落ち着くまでそばに居てあげてた。弱いくせにって思ったけど、正義感とか思いやりがあって良いやつだなって思って…俺はもっとお前を知りたいと思った」

たぶんこれが始まりだった。

「それで?」

「ある時、斉藤さんと進路の話してて、自分も同じ大学に行きたいって言うから、いつも一緒の彼氏も一緒?って聞いたら彼はただの幼馴染ですって言ってた。あ、ごめん…」

「大丈夫です。続けてください」

「そのうち本当に2人ともうちの大学に入って、ミス研にも入ってきた。お前のこと、もっと知りたいって思ったのは、ただの好奇心かもしれないって最初は思ってた。でも次第に透が見つめる先にいるのが、俺だったら良かったのにって思うようになってたんだ。それまで、女の子しか付き合ったことなかったから、自分にこんな気持ちが芽生えるなんてびっくりして戸惑った。斉藤さんの晶に対する気持ちにも気付いたけど、しばらくは俺も透も斉藤さんも全員の気持ちは一方通行のままで…そんな時あの本屋に入ってく透を見かけた」

「あの本屋の事も知ってたんですか?」

「うん。たまたま向かいの本屋から出てきたとき、入って行く透の姿が見えた。だから透が帰ったあと入っていって、彼は何の本を買ったんですか?って聞いたんだ。ミステリーの本なら俺も役に立てるかもしれないし、そっからもっと仲良くなれるかもって。そしたら店長から返ってきた言葉は恋のおまじないの本だって言われた」

透は俺の顔を見ていた。

「斉藤さん用に入れた媚薬入りコーヒーを飲んだのも、わざとだった。部室でコーヒー入れてくれた時、ふとソファから身体を起こすと、透が花柄のカップにだけ何か入れたのが見えたから、おまじないを実行したんだと思った。だから後で何を入れたのかって聞いたんだ。何かわからないのにかかったふりは出来なかったから」

「なるほど。それで?」

「飲んだ相手が、自分のこと好きになる媚薬だって聞いて、ずっと効果が続いていることにした」

「飲んだ時、身体に異変とかなかったんですか?」

「そんなのは全然なかったよ。最初胸の高鳴りはあったけど、そもそも俺は媚薬なんて飲む前から透を好きだったから、そのドキドキも媚薬のせいか、単なる俺の気持ちの問題か区別がつかなかったんだ」

媚薬なんて上回るくらい、俺は透を好きだった。

「だから、そのあと見た夢の話も、合宿の時に言ったことも。媚薬のせいじゃない。だけど全部本当のことで、俺の本心なんだ。俺がずっと好きだったのは透なんだよ。だけど透は斉藤さんが好きだし、男同士だし、俺の気持ち伝えても叶うわけないの知ってたから、どうしても好きだって言えなかった。だから媚薬のせいにして、少しでもそばに居られたらと思ってた。でも合宿の日、"あの媚薬、真心が飲んでたら、今頃あそこにいたのは僕だったんですかね"って透が泣きながら言ったの聞いて、俺、自分がどれだけ自分勝手で酷いことしたか思い知って、ただ謝ることしか出来なかった…」

心臓が痛い。喉が詰まって言葉がうまく出てこない。

俯いていると、涙が床に落ちた。

「僕、真剣に悩んだんですよ?僕の作った訳のわかんない媚薬のせいで、先輩の恋が叶わなかったらどうしようって。だからまた流れ星が見れたら、先輩の恋が上手くいくように願いたいって言ったんです」

透も泣きそうになっている。すごく心配させたな。

「ごめんな。あの時、メイちゃんには俺の気持ちバレてて、好きな人には好きって言わないと後悔するって言われたんだ。それで一瞬本当のこと話そうとしたけど、やっぱり無理だった」

「あの夜、何か言いかけてやめたのは、そのことを話そうとしたんですか?」

「あぁ。お前と一緒に居られる時間が増えて、好きな気持ちはどんどん増してった。と同時に罪悪感も限界で。もう元には戻れなくても、最後の思い出が、思い出したくないくらい辛いものになったとしても、これ以上嘘をつくのは無理だと思った。それで怖かったけど、最後に食事でも誘って、本当のこと話して、自分の気持ちを伝えることにしたってメイちゃんに相談したら、遊園地のチケットをくれたんだ。だから練習って言ってお前を誘った。そう言わないと俺と2人で遊園地なんて、絶対来てくれないと思ったから」

「ずるいですね」

「うん。ごめん。そんなんじゃ済まないだろうけど、それしか言えない…嘘ついてたこと、騙したこと、媚薬の効き目がなかなかきれないって心配してくれてたこと。ずっとずっと申し訳なくて。黙っていてごめん」

「じゃあ、なんでさっきキスしたんですか?申し訳ないって思ったなら、いっそのことそのまま気持ち隠して、ただ媚薬の効き目が切れたってことにして、何もなかったふりしてくれたら良かったのに。そしたらずっと仲のいい先輩と後輩でいられたかもしれないのに…」

それは考えた。知らない間に媚薬の効果は切れたことにして、何事もなかったかのようにただの先輩と後輩に戻れないかって。でも…

「俺がどんなに酷いことしたかはわかってる。けど、俺の好きな人は透なんだよ。だからお前が俺の好きな人が他の誰かだって言ったのがすごく嫌だった。そう思った瞬間、体が勝手に動いてた。キスの後、しばらく沈黙があっただろ?俺はふと我に帰って、ちゃんと本当のこと、説明しないとダメだって思った。透に嫌われても、許してもらえなくても、それは自業自得だけど、いきなりただの先輩だと思ってた男にキスされて、それが変なトラウマになって、この先ちゃんと恋が出来なくなったりしたら、俺…」

ほら、上手く息ができない。透は隣に座っていた俺の眼を見て言った。

「わかりました。僕のファーストキスを無理矢理奪っといて、簡単に許してもらえるとは思ってないですよね?」

「うん。どんな罰も受けるよ。もう話しかけるなと言うならそうするし、顔も見たくないと言うなら、サークルも辞める」

「そうですか。それも悪くないかもしれませんね」

「わかった。じゃあ明日柏木先輩に…」

「でも…。今度傷付いたらサボテンの面倒、先輩が責任取って見てくれるって言いましたよね?」

「え?」

「ずっと辛かったです。僕の作った、たった1滴の媚薬のせいで、先輩がおかしくなったらどうしようってずっと悩んでました。でも今日で全部気付いたんです。真心のことでショックを受けてたはずなのに、すぐに立ち直れたこと。お揃いのピンバッジが嬉しかったこと。写真取ってもらう時に、僕の体に触れた先輩の体温にドキドキしたこと。今日のデートが、ただの練習なんだって思ったら悲しかったこと。先輩の好きな人がメイちゃんかもって考えて、胸が苦しくなったこと。キスされて、それが媚薬のせいなら、このまま媚薬の効果が切れなければいいとさえ思ってしまったこと。それは全部先輩を好きなせいだって気付いてしまったんですよ…」

「透?」

「だから媚薬の効果が切れてたからって、なかったことには出来ないです。もう好きになっちゃってたんです!だからちゃんと責任取って面倒みてくださいよ…」

そう言った透のことを、俺は抱きしめて言った。

「透。ごめん。今までのこと、本当にごめん」

「ごめんはもういいですよ。他に言うことあるでしょ?」

そう言われて俺は透の眼を見た。

「…大好きだ」

俺は透にキスをした。

「僕も大好きです」

少し照れながら透は言った。


これは俺の1番お気に入りのミステリー。今もまだ進行中の物語。

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