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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏の家

作者: bia

※少し遺体描写がありますので苦手な方は要注意です。

 十年前、元実家で現貸家と背中合わせで建っている家の四十代女性が孤独死した。


 発覚当初は夏で、発見が遅れたためその身体は布団のなかで溶け虫に集られ自然に還ろうとしていた。


 あらゆるものが混ざり黒くなった体液が布団から畳、更に床板を伝い地面に染みてこちらの土地にまで少し侵食していた。





 彼女と私は、私が幼い頃に遊びに行く仲であったがその事を両親は知らなかった。


 幼い私は学校で虐めにあいその事を親に言うことも出来ずに行き場をなくしていた。

 朝学校へと向かう振りをして家を出てその後はよく彼女の家へとお邪魔していたのだ。


 彼女の職業は作家だった。


 彼女は庭に踞るように居た私に気が付くと親に連絡するでもなく、ただ縁側の大きな掃き出し窓を開けて家の中へと入ることを許してくれた。


 何をするでもなく、ただ存在するだけの事を許される場所だった。

 居心地は良かったのだと思う。


 彼女はパソコンに向かい無言で文字を打っていた。


 私が後ろから覗き混んでも隠すことも邪険にすることもなく、かといって拒絶している雰囲気でもない。

 ただ気紛れに招いた野良猫がそこに居る。という感覚でいたのではないかと今だと思う。


 お昼時になっても放っておかれた私は、その内に料理を覚えた。


 私は家で交換条件として母親に料理を習ったのだ。


 何を交換条件にしたのかと言えば、学校に行くことである。

 私が不登校なことは親にバレていたのだ。どこで何をしていたのかしつこく聞かれたが、私は彼女との関わりを秘密にしそれを貫き通した。


 頑として口を割らない私に不審には感じつつ怪我をした様子も無いことから問題ないと判断した両親は、料理を教えて欲しい言う私に交換条件としてそれを突き付けたのだ。


 学校での虐めは無くなったわけではないが、私には私の存在を認めてくれる場所がある安心感から次第に気にならなくなっていった。


 同級生がする無視、悪口、物を隠す等、最後のは少し困ったが、無くしたと正直に親に言い新しい物を買ってもらい冷静に対応するなどした。


 その内に私が何をされても反抗したり泣くこともなくなり飽きたのか、虐めの標的は私以外に移った事で私に対する学校での虐めは無くなった。興味すら持たれなくなったとも言えたが。


 それでも私は彼女の家へと通い続けた。


 学校へは行かなくてはいけなかったために彼女の家へと行く回数は減ったが、私は彼女の家の心地好さの虜になっていた。


 チャイムも鳴らさず裏庭へと回り庭先に顔を出すと気付いた彼女が窓を開ける。


 そこから勝手にお邪魔してお昼時になれば冷蔵庫を勝手に覗き、そこにある食材で好きに料理を作り彼女にもふるまう。


 彼女はそれに手を付けることもあれば、放置することもあった。

 初めは冷蔵庫の中は空に近い状態だったが、食材があれば作るのにという私の独り言を聞き入れてくれた彼女が野菜などを適当に買って詰めてくれるようになった。


 その家でもたらされる全ての事が私にとって特別で楽しく心地好い事だった。


 そうして小学生も高学年と呼ばれる歳になると、転勤を言い渡された父親が引っ越しをすると言い出し一悶着起こした。


 私の居場所が奪われてしまうと半狂乱になった私は必死で引っ越ししたくないと訴えたが聞き入れられる事はなく、私は家出した。


 これしか方法が思いつかなかったのだ。


 深夜両親が寝るのを待ち家を抜け出ると、彼女の家の庭先へとお邪魔した。

 とっくに寝ているものだと思っていた彼女だったが起きており、深夜に訪れたにも関わらず驚くでもなくいつも通り迎え入れてくれた。


 ああ、私の居場所はここしかないのだ。


 そう実感したが、その時になり彼女は初めて私と口を利いた。



「あまり親を困らせちゃ駄目だ」


 と。



 それだけ言うと彼女はいつも通りパソコンに向かい文字を打ち始めた。


 私は衝撃からその場から動けなくなった。

 私の唯一無二の理解者で私を甘やかし、心地好い場所を提供してくれていた彼女が、親の味方をした、裏切られたと思ったのだ。


 その後はどうやって帰ったのか覚えていない。


 気が付いた時には引っ越しは完了しており、彼女の家は飛行機の距離になってしまったのだ。


 終ったと思った。私の暖かな揺りかごは失われたのだ。





 それからは親に逆らうこともなく、進学し大学を出て就職、結婚した。


 夫となった彼が元いた土地に転勤となり、私は彼女の家の近所への引っ越しを提案した。


 彼女がまだそこに住んでいるかは分からなかったが、彼女との思い出が甦り我慢も自重も出来なかった。

 彼女が居ないなら居ないでせめて思い出の地で生活がしたかったのだ。




 借家を探せば偶然にも当時の家を買い取った人が貸家として出していたので、そこを借りて住むことが出来た。

 引っ越しの下見で訪れた際に確認したが、二軒とも思い出のままの姿で存在していた。


 引っ越し後、私は期待に胸を膨らませてご近所挨拶へと向かった。


 照り付ける太陽を物ともせず、向かい三軒、両隣と行きいよいよ裏の家を訪れた。


 流石に裏庭からの侵入は辞めておいた。私もいい歳の大人だし、隣には彼がいる。



 緊張して震える指でチャイムを鳴らす。


 別の人が住んでいたなら会うのは諦めよう。でも思い出の地で過ごせるのだからよしとする。等と考えていればいつまでたっても反応がない。


 すると隣の家から人が出てきた。


「あなた達そこの家にご用なの?もうずっと出掛けているみたいで、生ゴミか何かの臭いが酷いから連絡先とか知らないかしら?」



 それを聞いた途端、言い得ぬ予感に彼の制止も振り切り裏庭へと侵入をし、いつもの窓から中を覗いた。


 遠くの方で彼の声がする。


 カーテンの隙間から見えた部屋の中では、無数の虫が飛び交い窓の隙間からは酷い臭いが漂ってきていた。


 彼女は空調を嫌い、でも私は最低限の涼しさを欲しがった結果、真夏でも設定温度を三十度にして付けてもらえる事になった。

 扇風機を併用し、湿気を取り除けば意外と心地好く過ごせた。

 その事が脳裏を過っていく。


 次第に涙で視界が歪んでいく。


 あの、虫に集られているのは彼女だと心のどこかで理解した。



 彼が彼女の隣家の人と共に警察に連絡をしているのか、慌ただしくしている気配を遠くに感じた。








 十年前、変わり果てた姿になった彼女を発見したのは私だ。


 空調を嫌った彼女が設定温度を三十度にし、使用していたのはもしかしたら私が来るのを待っていたのかもしれないと、そう思うのは自惚れだろうか。




 床板を剥がし黒い体液の伸びた先に、私が元住んでいた家があったのは偶然だろうか。




 今ではすっかりリフォームされ借家となったその家は、なかなか人が居着かない様だ。


 今住んでいる家族が出て行ったら、あの頃みたいに裏庭から訪れてみようか。


 もしかしたら彼女が出迎えてくれるかもしれない。




 ああ、早くあの居心地の好い場所に還りたい。





ありがとうございました。

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