本気で愛してる 1
今日は私、カトリーナの十六回目の誕生日。
煌びやかなシャンデリアと白い壁に金の飾りが付いた城の大広間には、多くの貴族が集まっているはずだ。
本日の主役は、成人したばかりの私。
淡い紫色のシフォンのドレスに、ピンクダイヤモンドの首飾り。淡い金色の髪には、紫色の薔薇の髪飾りを付けている。
化粧も薄く施され、唇はふっくら桜色。目元を強調したおかげで、紫色の瞳が大きく見えていた。
ちなみに乙女ゲームの『バラミラ』では、この日、ヒロインを連れて登場した攻略対象との個別ルートが確定する。
カトリーナがパートナーと一緒に現れると、ゲームの後半部分がスタートするのだ。
でももう、攻略対象は関係ない。
だって私は今、大好きな人と腕を組んで出番を待っている。
「ストーリーを逸れたから、心配は要らないはずよ」
「カトリーナ、どうした?」
「いいえ、なんでもないわ」
低い声で囁かれ、慌てて首を横に振る。次いで傍らの彼を見上げて、眩しさに目を細めた。
彫りの深い横顔と、絵になる立ち姿。
銀の刺繍が麗しい、黒の上下に黒いシャツ、白いクラバットが華やかさを添えている。
スタイルがいいので何を着ても似合うけど、今日の姿も格別だ。だってこの衣装は、ゲームやファンブックにも出てこない。
――彼が今日のパートナーを引き受けてくれて、本当に良かった!
「クロム様」
ドキドキしながら呼びかけた。
「どうした? まさか、緊張しているのか?」
そう、パートナーはクロム様。
彼は私の顔を覗き込み、紫色の薔薇の髪飾りに手を触れる。
「いいえ、平気よ」
――あなたがいるから。
彼の手に自分の手を重ねて、ふふふと笑う。
なぜならこの髪飾りは、クロム様が私に贈ってくれたものだから。
「まともに稼いだ金で買った」と、少し照れながらプレゼントしてくれた。使うのが少し、もったいない気もする。
こんなに幸せで、いいのかしら。
「そろそろだ。準備はいいか?」
「ええ」
たくましい彼の腕に手を添えて、両開きの扉に近づく。
大きく開いたその瞬間、私は最愛の人とともに、光の中へ足を踏み出した。
ファーストダンスは、もちろんクロム様と。
優雅なステップを踏む彼は、元々運動神経がよく、動きも滑らかだ。
ようやく一緒に踊れたので、私の胸は熱くなる。
「クロム様……」
夢見心地な私のドレスの裾が、ターンのたびに弧を描く。
――このままずっと彼の腕の中にいられたら、どんなにいいかしら。こんなふうに優しくされたら、天にも昇れそう。
「カトリーナ」
かすれた声で、私の名を呼ぶクロム様。笑みを含んだ赤い瞳が尊くて、身体から心臓がはみ出そう!
「クロムしゃ……」
ぴったりくっつこうとした途端、曲が終わる。
――おのれ~楽団め。気を効かせて、同じ曲を二十回ほど繰り返せばいいものを。
クロム様は礼儀正しく挨拶すると、あっさり離れてしまう。
続けて踊っていいのは、婚約者か配偶者だけ。
「私としては、次もお願いしたいくらいなんだけど……」
人が大勢いるので、追いすがるのはやめておく。ようやく気を許してくれた段階で、無理に迫ってはいけない。残念ながら、私の好きとクロム様の好きは違うのだ。
微笑みの先も見てみたい。
大それた望みだとわかっているけれど、彼が私に恋をしてくれたなら……。
「待って。クロム様が私のパートナーを引き受けてくださったのって、好意じゃなくって同情では?」
首を捻った私に、赤と黒の衣装を纏ったハーヴィーが手を差し出す。
「カトリーナ、踊ってくれる?」
「ええ、お兄様!」
絶叫後、数日間は私に近寄らなかった兄。
でも最近は、以前のように接してくれている。
もちろん私も。
いくら推しが尊くても、自分の部屋以外では叫ばないようにしている。
「カトリーナ、誕生日おめでとう。大人になったあなたも素敵よ」
「まあ、お兄様ったら。過分な褒め言葉ですが、ありがたく受け取っておきますね」
大人っぽく、品良く振る舞う。
本来は、従兄妹同士の私達。
ハーヴィーに私を扶養する義務はなく、彼に城を追い出されたら、自分は路頭に迷ってしまう。
路頭、か。クロム様と夫婦になって、旅をするのもいいかもね。
馬車の荷台でいちゃつく自分達を思い描いて、ニンマリする。
「――は、年上が好きなの?」
「……え?」
「カトリーナは、年上の男性が好きなの?」
「ええっと……そうですね」
華麗にリードする兄が、私に尋ねた。
クロム様の実年齢は非公開だが、だいたい二十歳過ぎ。年上といえば年上だけど、正確にはクロム様が好き♡
「カトリーナ、私も年上よ」
「そりゃあね。だって、お兄様ですもの」
変なハーヴィーね。
急に、何を言い出すのかしら?
ハーヴィーのこのセリフはゲームにはない。
やはりゲームの『バラミラ』からは、とっくに外れているようだ。
結局、攻略対象達との個別ルートには入らずに済んだ。サブキャラで暗殺者だったクロム様も、姿を消さずに側にいる。
何より私が、生きている!
誕生日より、そっちの方がよっぽど嬉しい。
最後のターンを終えて離れる間際、兄が私の手を強く握った。
クロム様の視線を感じたのは、私の気のせい!?
あと一話で終了となります。
よろしくお願いします(*^▽^*)




