兄の策略?
◇◆◇◇◆◇
地下牢に入れられたアルバーノは、現在も取り調べを受けているそうだ。
城の医師に安静を言い渡された私は、部屋にいながら気が気ではない。心配なのはアルバーノではなく、当然クロム様。
「のおおおおお! のんびり寝ている場合ではないのおおおお。クロムしゃまは? 彼はまだここにいる?」
ベッドから抜け出そうとして、大騒ぎ。
私を押しとどめた侍女のクラリスは、間違いなく呆れている。
「姫様は、偽の婚約発表で危ない目に遭ったのでしょう? ハーヴィー様も大事を取るよう望んでいます。他人のことより、ご自分を第一にお考えください」
「ちっが~~う、クロムしゃまは他人じゃない! むしろ一心同体(希望)なの!」
「しつこいと嫌われますよ」
待てよ? クロム様が大広間を立ち去ったのって、私の愛が重いから?
「でも……」
「代わりに様子を見てきます。カトリーナ様は、おとなしく寝ていてください」
「ありがとう、心の友よ」
「いいえ。私は友である前に侍女です。ルシウス様との仲を応援しておりましたが、こうなったら姫様が誰の元に嫁いでも、ついて行きますからね」
「……え? それだとラブラブな新婚生活が、クラリスに筒抜けってこと?」
私はベッドの上で上半身を起こし、両腕で大きく×印。
クラリスはドアに手をかけ、不敵に笑う。
「ご安心を。お側にいても、邪魔はしませんから」
「邪魔じゃなくって恥ずかしいの! クロム様との新生活(希望)は、二人きりがいいわ」
「いいも何も、恋すら始まっていないのでは?」
「うっ……」
クラリスったら、痛いところを突いてくる。
あら? でもそれって――。
――私のクロム様への想いを、彼女なりに認めてくれたってこと?
「ありが……」
お礼を言おうとしたけれど、クラリスはすでに部屋を出ていた。
「ま、いいか。クロム様の様子を見たら、また戻ってきてくれるものね」
ホッとして瞼を閉じた。
だけどいつしか、寝入っていたらしい。
すっきりした気分で目覚めると、真上から覗き込む麗しい顔と目が合った。
「ル、ルル、ルシウス様!?」
「おっと」
びっくりして飛び起きた私を、ルシウスが器用に避けた。
互いにぶつからなくて良かったが、今、ものすごく顔が近かったような?
いくら女官が一緒でも、他国の王子が入室するとは驚きだ。
クロム様でさえ、満月の夜の一度きりしかご招待して(?)いないのに……。
「カトリーナ、驚かせてごめんね。ハーヴィー様の許可をいただいて、見舞いに来たんだ。ぐっすり眠っていたから、起こすのも忍びなくてね」
「ありがとうございます。ご覧の通りピンピンしておりますわ」
拳を握り、片腕を折り曲げ力こぶをつくる。
ついでに腕を交差させ、軽くストレッチ。
その仕草がなぜかツボに入ったらしく、ルシウスがクスクス笑う。
いったん真顔に戻ったものの、へらりと笑った私を見て、彼はまたもや噴き出した。
「くくくっ、元気そうで良かったよ」
ようやく笑いが収まると、彼は私の手を取った。
「今日はお別れを言いに来た。君と会えなくなるなんて、本当に残念だ」
「残念? それって……」
話し合いを終えたから?
それとも、好感度が足りなくて退場するの?
「もう少しここにいたかったけどね。予定を大幅に超過しているから、帰国しなければならない」
「あら、そうでしたの」
私は大いに納得する。
ルシウスの我が国への滞在は、予定では三ヶ月のはず。
気づけば倍の、半年近くが過ぎている。
「だから直接伝えに来たんだ。僕は明日、セイボリーに帰る」
「……寂しくなりますね」
特に城の女性達が。
ルシウスを目にする機会がなくなって、がっくりしないといいけれど。
「寂しい? そう思ってくれるの?」
青い瞳が、真摯に私を見つめている。
――これ以上意味のある会話をしたら、セイボリーに行く未来が訪れるかもしれない。それだけは遠慮しないと。
「もちろんですわ。ルシウス様は、人気がありますもの。城のみんなも、寂しがりますね」
にっこり笑って、手を引っこ抜く。
そのまま額に当てて、熱を測る仕草をした。
「昨日のショックで熱が出たのかな? それならまだ、本調子じゃないんだね。焦って無理をさせてごめん。これで引き上げるから、後はゆっくり休んで」
「謝らないでください。それから……」
言うべきかどうか迷ったが、このくらいなら平気だろう。
「いろいろ、ありがとうございました」
ルシウスがぎりぎりまで残ってくれたのは、たぶん私のため。
『バラミラ』のメインヒーローというだけあって、彼は気遣い上手で頭もいい。
実は前世の私も、ファンブックのクロム様と出会う前は、ルシウスをちょっといいなと思っていたのだ。
「こちらこそ」
ルシウスは優しい笑みを浮かべると、そのまま部屋を出て行った。
――どうか彼に相応しい、素敵な女性が現れますように。
感傷的な思いは、続けて入ってきた人物を見て、たちまち吹っ飛んだ。
「クロム様! ……クラリスったら、やるわね」
黒いシャツに黒のズボン。
残ってくれた彼を前に、私は心底ホッとする。
「君の具合を見てくるように、ハーヴィー殿下に言われた」
「……ええっ、お兄様が?」
彼をここに導いたのは、クラリスではなく兄だった。
どういう風の吹き回し?
「ああ。よほど悪いのかと案じたが、元気そうで良かった」
「元気だけど……。あなたを前にすると、嬉しくて熱が出そうよ!」
「じゃあ、俺は側にいない方がいいな」
「嘘、嘘だから! なんなら一生側にいて!!」
冗談のフリをして、本気の想いを告白した。
クロム様の顔に笑みはなく、赤い瞳が見つめている。
しゅき♡
言葉が喉まで出かかるが、慌てて押しとどめた。
ルシウスを寄越したり、クロム様に訪問させたり。
兄は私を、なんとしてでも部屋に閉じ込めたいらしい。
こんな策略なら大歓迎。
ときめきすぎて、ちっとも寝られないけれど。




