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ルシウスの回想 2

 (あきら)めていては何も始まらないと、僕は自分を変えることにした。


 騎士に混じって修行に励み、剣や弓の腕を(みが)く。

 彼女の兄に劣らぬ知識をつけたくて、片っ端から本を読み、識者に質問する。


 つらい時にはいつも、カトリーナを思い出していた。


 ――あんなに小さな彼女が、狼犬(おおかみけん)に立ち向かっていったんだ。それなら僕だって!


 彼女との出会いがきっかけで、心身ともに(きた)えた結果、病はすっかり克服された。


 成人の儀を昨年終えて、大人になった僕。

 あの頃とは違う。


「もうそろそろ、会いに行ってもいいかな?」


 僕は隣国の王太子ハーヴィーに、共同事業を持ちかけた。互いの国はもちろん、カトリーナの心にも橋を架けたい。


 全ては、上手くいくと思っていた。

 彼の存在を知るまでは――。



  *****



「ルシウス殿下、お待たせいたしました」


 音もなく現れたのは、黒髪に赤い瞳のクロム。

 戻って着替えてきたらしく、今は黒のシャツに黒いズボンという気軽な服装だ。


 彼は、オレガノ帝国内の暗殺組織の出身で、この前までカトリーナの命を狙っていたと、白状した。


 ――カトリーナはなぜ、この男に好意を寄せているのだろう? 優しい君のことだから、彼の不幸な境遇に同情したのか? 


 刺客(しかく)を好きになるなんて、通常では考えられない。ところが素性が判明した後も、カトリーナは彼を気に()ける。

 そしてこの男も、彼女を慕っているようだ。

 

 権力を振りかざし、二人の仲を引き裂こうと思えば、できないことはないだろう。

 でもそんな自分では、彼女の好意は得られない。


 僕はため息をつき、事実を述べる。


「カトリーナに怪我(けが)はなかったよ。念のため部屋で安静にするように、との医師の診断だった」

「そう、ですか」


 ぽつりと応えたクロムの表情は、全く動かない。

 元々無愛想ではあるけれど、彼女の無事を喜ぶくらいはいいのでは? 


 僕はムッとし、彼に厳しい目を向ける。


「話したかったのは、別のことだ。前にも聞いたと思うけど、君は何者?」

「先日の取り調べの際、お話しした通りです。オレガノ帝国で孤児となった俺は、『キメラ』という組織で、暗殺者になるための訓練を受けました」

「突出した動きや戦いのセンスは、そうかもしれない。でも、それだけでは説明のつかないことが多すぎる! 他人に教えられるほどの教養や数カ国語を短期間で身につけられる頭の良さ、持って生まれたかのような高貴な仕草は、どこから来た?」


 語気を強めてみても、その表情は(くず)れない。

 

「お()めに(あずか)り光栄ですが、任務に必要なため、死に物狂いで覚えただけです」

「果たしてそうかな? 必死だったとしても、資質のない者が簡単に覚えられる量ではない。血縁によほど頭のいい者か、貴族がいると考えない限り」


 クロムという男は、底知れない。

 ただの刺客と言われても、納得できないものがある。

 その証拠に、魔道具の眼鏡を使用したアルバーノともただ一人、互角に渡り合っていた。


「それからもう一つ。立ちこめる煙の中で、君だけがアルバーノの姿を正確に(とら)えていた。なぜだ?」

「……さあ。なんとなくわかった、としか答えようがありません」


 嘘を言っているようには見えないが、何を聞いても飄々(ひょうひょう)としているので、信用できない。


 僕は(つの)る焦りといらだちを、腕を組んで落ち着かせた。


 ここから先は、個人的なこと。

 どうしても、言っておきたいことがある。


【クロム。君がどこの誰でも、僕はカトリーナを諦めない】


 母国、セイボリー語ではっきり発音し、彼を(にら)みつけた。

 得体の知れない人物に、彼女は渡さない。


 けれどここで初めて、彼が動く。

 クロムが目を閉じ、黒髪をかき上げたのだ。

 再び開いたその目には、決意のような光が(うかが)える。


【奇遇ですね。私も諦めません】


 完璧なセイボリー語で返された。

 強い視線の意味は明白で、そこにはカトリーナへの特別な感情が込められている。


 ――クロム、やはり君も!


 地位も名誉も財産もない、他国出身の元暗殺者。誰にも祝福されないと知りながら、それでも彼女を想うのか?


 しばらく(にら)み合ううちに、クロムが目を()らす。


 その程度の覚悟で、彼女への想いを語るな!


 カトリーナの気持ちが彼にあろうとも、遅すぎるとは思えない。



 彼女のために、僕は強くなったのだ。

 生涯この手で(まも)り、(いつく)しむために――。

 


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