あなただけを見つめてる
どちらにせよ、私がこの世界に生き残っているのは事実だ。
「良かったぁ……」
「カトリーナ、心配したよ」
ホッとした途端、耳元に息がかかってゾクッとしてしまう。
「うひゃっ」
誰かが私の肩に手を置いて、囁くからだ。
「ルシウス様!」
「カトリーナが倒れた時には驚いたが、元気そうで良かった」
「ご心配をおかけして、すみません」
ルシウスは優しく微笑み、兄に向き直る。
「彼女は、僕が責任を持って医務室に運びましょう」
「いいえ。妹は私が連れて行くわ」
「いや、俺が」
私の前にはハーヴィーがいて、隣にルシウス、背後にクロム様。
イケメンに囲まれた贅沢な状況なのに、ちっともときめかないのはなぜだろう? 私を間に挟んで、みんなが勝手に揉めているせい?
――結局、怪我をしていないことになったから、診察なんて必要ないのに……。
やれやれ、と肩をすくめた私の腰にクロム様が腕を回す。次いで膝裏に手を入れて、そのまま抱え上げた。
「きゃあっ♡」
密着できて、大興奮。
しかもこれ、お姫様抱っこだ!
クロム様の笑みはとっくに消えて、いつもの無表情。
けれど、キリリとした凜々しい表情の中に、気遣うような色がある……気がする。
この至福の時が永遠に続けばいいと、私は彼の首にしがみつく。
「クロムしゃま、クロムしゃ……うわっ」
ルシウスが、横から腕を伸ばす。
兄との話し合いがついたらしく、私を引き取り横抱きにする。
――解せぬ~、戻せ~。
……じゃなくて。
「ルシウス様。私、自分で歩けますよ?」
「無理しなくていい。それに君は、羽のように軽いからね」
――いや、そんな人間いないから。
ルシウスを恨みがましく見つめていると、てきぱきと指示を出すハーヴィーの声が聞こえた。
「調査のために現場は温存。魔道具にも手を触れないでね。タールは、アルバーノを地下牢まで連行してちょうだい」
国家騎士のタールは、アルバーノの実の弟。ハーヴィーはあえてタールに頼み、周囲に彼を信じていると示したようだ。
「かしこまりました」
その信頼に応えるべく、タールは捕縛したアルバーノを即座に引っ立てていく。
ハーヴィーは、その後も現場を指揮するのに忙しく、私には目もくれない。
ルシウスも険しい顔で、黙って前を見つめている。
そしてクロム様は……あれ? とっくにいないんだけど。
突然不安に襲われる。
――大丈夫、よね? 私に黙って、姿を消したりしないでしょう?
彼の笑みを見たものの、まだ幸せにはしていない。私と彼は、これからだ。
そんなわけで、サブキャラである最愛のクロム様もあっさり退場。
攻略対象は全員事務的で、私への好意は欠片も見られない。
――もしやこの世界のゲームオーバーって、ヒロインのカトリーナが、誰とも上手くいかないって意味!?
ルシウスに運ばれて、医務室に直行した私。
医師の問題ないとの診断に、胸を撫で下ろす。
「そう。カトリーナに怪我がなくて、良かった」
「ルシウス様。付き添っていただき、ありがとうございました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「迷惑? まさか。君の役に立てて光栄だ」
彼は私を一度も下ろすことなく、ここまで運んでくれた。疲れた顔を見せないなんて、さすがはメインヒーローだ。
「ただ、王女殿下は念のため、安静にしてください」
「安静に? でも……」
「カトリーナ、医師の言う通りだよ。事件に巻き込まれた君は、自分が思うより疲れているかもしれない。ゆっくり休んで」
「……はい」
それ以上逆らうわけにもいかず、自分の部屋へ。
おとなしくベッドに横になったものの、実際は元気なので、暇を持て余している。
「アルバーノの件は一件落着。今後は、クロム様の幸せに専念できるわ」
頭に浮かぶのは、大好きな彼のことばかり。
「さっきのあれは、笑顔よね? 倒れた私が助かって、ホッとしたのでしょう?」
今さらながらに、心がポウッと温かくなる。
私は胸に手を置いて、幸せのため息をつく。
――最愛の彼が、私の無事を喜んでくれた。それがこんなに嬉しいなんて! これってもはや、両思い!?
「……って、気が早いか。でも、せっかくの笑みがドタバタしていたせいで、じっくり鑑賞できなかったわ。彼の笑顔を引き出すには、どうすればいいかしら?」
私より、彼自身のことで心から笑ってもらいたい。
この世はまだ捨てたもんじゃなく、生きるだけの価値はある。そのことをわかってもらうため、私に何ができるだろう?
「クロム様の幸せは、私の幸せ。私はいつでも、あなただけを見つめてる」
医師に安静を言い渡されたのをいいことに、私は彼を幸せにするための、作戦を練ることにした。




